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Thu, 28 March 2024

第81回 水道ポンプと公園のベンチ

旧王立取引所の南沿い、コーンヒルにはもう使われなくなったベージュ色の水道ポンプがあります。この場所には1282年からシティに飲料水を提供していた井戸があったそうです。かつて、シティの小高い丘であるコーンヒルの頂上にテムズ川の水を運び上げ(標高は海抜21メートル)、そこから水道管で付近一帯に飲料水を提供していました。その水道管沿いの所々に井戸が複数設けられ、その一部が水道ポンプになっていたというわけです。

水道ポンプ
13世紀からあった水道ポンプ

このポンプはイングランド銀行、東インド会社、火災保険会社、銀行や商人の協賛により1799年に寄贈された、と刻印されています。よく見ればポンプの上部には4つの保険会社(サン保険、フェニックス保険、ロンドン保険、王立取引所保険)のファイアー・マークがあります。当時の火災保険は、保険加入者がこのマークを家屋の外に示し、火災が起きれば私設消防団員が駆け付けて消火作業をし、建物を補修・再建するというものでした。

ファイアー・マーク
火災保険加入の印、ファイアー・マーク

この仕組みは内科医で経済学者のニコラス・バーボンによって考案されたと言われます。1666年のロンドン大火の翌年、ファイアー・オフィスという保険会社を、冒頭の水道ポンプの近くに彼が設立したのが火災保険の始まりです。危険度に応じて保険料が異なったのは特筆もの。日本でも明治初頭に火災保険の仕組みが英国から導入され、江戸時代に消防作業に使われた「鳶口(とびぐち)」をかたどったマークを保険加入者が玄関に示したそうです。

ニコラス・バーボン
火災保険の生みの親、ニコラス・バーボン

ところでこの多才なバーボン、寅七が学生時代に読んだ彼の著作は難解でよく理解できていません。ただ、彼がロンドン大火後、火災保険の発明にとどまらず、シティ西側の土地開発、特に学術地区のブルームズベリーとストランドの開発に大きく貢献したことを知り、思わずうなずいてしまいました。彼は産業革命が始まる前の17世紀終わりに、人間は金儲けするだけじゃない、文化や芸術に満たされることが重要だと看破していたのです。

レッド・ライオン・スクエア
バーボンが設計したレッド・ライオン・スクエア

ブルームズベリーは後に大英博物館や文教施設、芸術・出版関係機関が進出し、知識人が多く居住する地区になりました。バーボンが設計したレッド・ライオン・スクエアには哲学者バートランド・ラッセルの胸像があり、寅七はそばのベンチでよく読書します。この17番地には19世紀のアーツ & クラフト運動の牽引者ウィリアム・モリスや画家で詩人のダンテ・ロセッティが住みました。シティの商売の炎で燃えないよう、文芸の水道ポンプが近くに必要なのです。

ラッセル像とベンチ
ラッセル像と寅七お気に入りのベンチ

モリスやロセッティの旧住居
モリスやロセッティの旧住居

 

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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