第317回高級の極み、隣の芝生は青い、ロンドン・スクエア物語
前号ではグロヴナー家がスクエアを中心にメイフェアの不動産開発に成功したお話をしました。その輝かしい「隣の芝生」に密かに嫉妬していたのがロンドン中心部ブルムズベリーに広大な土地を持つベッドフォード家でした。レンガ素材(ブリックアース)ならウチの土地でいくらでも掘れる。ウチのレンガで豪勢な家を建ててウチの芝生も青くしよう。そこで選ばれた舞台がベッドフォード・スクエア。 自分の土地の資源ならコストはかかりません。
ベッドフォード・スクエア
現在の大英博物館の北側のロンドン大学周辺やマレット・ストリート・ガーデンズ、ゴードン・スクエア、タヴィストック・スクエアはかつてブリックアースを掘り出し、その場でレンガを焼くクレイ・ピットに使われた土地でした。今もブルムズベリーに多くのスクエアや緑地があるのはその名残です。ベッドフォード・スクエアには近くのリンカーンズ・インやグレーズ・インなどで働く法律家や研究者が住み始め、アカデミックで気品ある高級住宅街になりました。
タヴィストック・スクエアが道路より低いのはクレイ・ピットの名残
ところで、18世紀のレンガは家庭ゴミを土に混ぜて焼かれていました。燃料を節約するため、ゴミ回収人が集めた石炭の灰や生活ゴミは、レンガの内部で静かに燃えて焼成を助けました。当時のレンガに黒い斑点や気泡が見えるのはそのせいで、レンガの保温性と通気性を高める効果もあります。でも、クレイ・ピットとして使われた土地はベッドフォード家の目論む高級住宅街のイメージにそぐわず、次々と緑地やスクエアに転用されていきました。
レンガに黒い斑点や気泡がみえる
クレイ・ピットは北東方面に移り、さらに北部のハイベリー・イズリントンや東部のベスナル・グリーン、クラーケンウェルにたくさんできました。ブリックアース採掘とレンガ製造を同時に行える便利な場所でしたが、風が吹けば燃えかすが舞い、雨水が溜まり、ゴミが積もればまるで廃棄場のようでした。ブルムズベリーのクレイ・ピットが埋め立てられていったように、ロンドン北部のクレイ・ピットも住宅開発と共に、その姿は消えて行きました。
ブリックアース採掘とレンガ製造を兼ねたクレイ・ピット
これを不動産ブランディングというのでしょうか、クレイ・ピットに使われていた土地をスクエアに仕立てれば、高級住宅街のイメージで住宅を販売できました。みるみるうちにロンドン北部に「スクエア」の名を冠した街区が次々と生まれていきました。しかし、狭い埋め立て地に植えられた木々が百年も経つと巨木になり、地下水を吸い上げ、地盤沈下を招いて社会問題になった例が多々あります。ロンドンのスクエアでは足元の歴史に静かに耳を傾けましょう。本当のスクエア物語が聞こえてくるかもしれません。
1970年代に地盤沈下で問題になったスクエア
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。



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