ニュースダイジェストの制作業務
Fri, 14 August 2026

第318回 ロンドン、クラーケンウェルの陶芸教室

シティの北にあるファリンドン駅から歩いてすぐの場所にカウクロス・ヤードがあります。かつては近くのスミスフィールド肉市場に家畜を大量に連れ込むときの待機場だったのですが、今ではかわいらしい牛の絵が外壁いっぱいに描かれ、平日に屋台ランチの香りで満ちた広場になっています。この広場の北側には一般向けの陶芸教室があり、窓越しに生徒さんが熱心に粘土をこねている姿がうかがえます。とてものどかな雰囲気です。

クラーケンウェルの陶芸教室クラーケンウェルの陶芸教室

実はクラーケンウェルと呼ばれるこの一帯は、800年ほど前に職人たちが粘土をこね、陶器を作っていた場所でした。12世紀半ばに聖ヨハネ修道院がこの近くに設立されて以降、修道院から大量の陶器やタイルの注文が出されました。聖ヨハネ修道院は病院騎士団の英国本部で、中東に派遣された十字軍や巡礼者を支える拠点でした。そしてさまざまな薬を保管するつぼ、清潔を保つための床や壁を覆うタイルが病院施設に欠かせませんでした。

聖ヨハネ騎士団博物館聖ヨハネ騎士団博物館

ここで注目すべきは、薬をつぼに分けて管理し、床や壁をタイル張りにして清潔を保つという発想が、当時の西洋ではほとんど未知のものだったということです。イスラム文明における病院とは病気やけがを治療するための衛生的な場所でしたが、英国では病気の原因が魂の汚れにあるとして魂の浄化を優先させる祈りが中心でした。病院騎士団はアラビア語を学んでイスラム医学の知識を吸収し、病院や治療の概念を学び直しました。

中世のタイルや薬つぼ(聖ヨハネ騎士団博物館蔵)中世のタイルや薬つぼ(聖ヨハネ騎士団博物館蔵)

また、病院騎士団は蒸留技術を習得し、高濃度アルコールを消毒や鎮痛剤に利用する方法も取り入れたといわれています。陽当たりの良い庭にハーブ・ガーデンを造り、薬草や果実も育てました。特に、ハーブの万能薬といわれるセント・ジョンズ・ウォート(和名: セイヨウオトギリソウ)はシンボルとして使われ、病院騎士団と切っても切れない関係にあります。今でもその花の意匠が聖ヨハネ修道院の建物や家具、所有物の装飾に使われています。

ハーブ・ガーデンにセント・ジョンズ・ウォート(左)が咲き、その意匠の装飾が散見されハーブ・ガーデンにセント・ジョンズ・ウォート(左)が咲き、その意匠の装飾が散見される

イスラム文明ではモスクや公衆浴場、宮殿の床や壁にタイルが多用されました。それは水を通さず、汚れを洗い流しやすい衛生的な素材だったからです。クラーケンウェルにはかつてフリート川が流れており、その川沿いでは良質な粘土が採れ、陶器やタイル、そしてウェストミンスター・タイルの名でデザインも優れたものを生産していました。最近では日本の衛生陶器メーカーがショールームをオープンしました。ぜひとも英国に清潔でおしゃれなウォッシュレットを広めてもらいたいです。800年前のタイルの聖地ですから。

日本の衛生陶器メーカーのショールーム 日本の衛生陶器メーカーのショールーム

寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。

 
シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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