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Thu, 28 March 2024

キャメロン首相の4つのお願いはEUに届くか

10日朝、シンクタンク・英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)で講演したキャメロン首相の表情はいつも以上に神妙だった。英国の歴史に残る演説となることを意識してか、黒のスーツに濃紺のネクタイ、光沢のあるワイシャツを隙なく着こなしている。手元のメモに目を落とす回数もできるだけ少なくし、英国が望む欧州連合(EU)の未来像を44分間にわたって淀みなく描き出した。2017年末までに行う、EU残留・離脱を問う国民投票に向けた4つの交渉目標が初めて明らかにされた。講演と同じ内容の書簡がこの日、ポーランド出身のトゥスクEU大統領(EU首脳会議の常任議長)に届けられた。

 

これまでEUの行政執行機関・欧州委員会のバローゾ委員長(当時)に「英国は国民投票の前にEUと再交渉する、再交渉すると言うが、ついぞ、その内容を聞いたことがない」と皮肉られてきた。キャメロン首相が公表したEUとの再交渉で目指す4つの目標を要約すると――まず、英国を「統合を絶えず深化させる連合(ever closer union)」の例外とし、さらなる政治統合のプロセスに巻き込まないこと。第2に、EU域内からの移民は英国に居住して4年が経たないと福祉手当を受給できないようにする。第3に、英国の議会に属する主権をEUに委譲しない。望まないEU指令を拒否できる「レッド・カード」制を導入する。最後に、単一通貨ユーロ圏(19カ国)に参加しないEU加盟国が不利益を被らないようにする。

欧州問題を扱うシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)が英国以外のEU加盟国27カ国を調査した結果、英国を「統合を絶えず深化させる連合」の例外とすることについて主要国のドイツ、フランス、イタリアなど8カ国が「納得しない」と分析。移民に対する福祉手当の制限については実に18カ国が「納得しない」とみており、「納得する」国はゼロだった。移民の福祉制限は交渉の切り代で、キャメロン首相は最終的に取り下げるという観測記事が早くも出ている。

クチの悪い英国メディアは「たった、それだけ?」(「デーリー・メール」紙)、「限られた要求。ふざけているの?」(「サン」紙)と大見出しを掲げ、欧州統合派から懐疑派に宗旨変えしたローソン元財務相は「首相が捕まえようとしているのは小魚だ」とこき下ろした。先の総選挙で過半数を制し、18年ぶりに保守党の単独政権を樹立したものの、党内から一桁の造反が出るだけで政権基盤が揺らぐ。サッチャー、メージャー時代から欧州問題は保守党の鬼門だった。

キャメロン政権でも、EU国民投票は党内右派に対するガス抜きで、EU離脱を掲げる英国独立党(UKIP)対策の意味合いが強かった。しかし、この夏の難民危機でEU離脱派が再び勢いを増し、再交渉の成果が見込めない割には国民投票で「離脱」と出るリスクがあまりに大きくなってきた。「フィナンシャル・タイムズ」紙のオンライン投票を試してみると、英国は「小さなイングランド」になるという意見が51%。ならないは49%にとどまった。

 

トゥスクEU大統領は「とても、とても厳しい」「12月までに合意ができる保証はない。着地点を見出すのは本当に困難だと言わざるを得ない」と表情を曇らせた。債務危機の後、懐疑派や急進左派、極右政党が急激に増えた状況をみると、キャメロン首相が言うようにEUには改革が必要だ。通貨・金融政策、為替政策などの主権を放棄したため、ユーロを導入したギリシャやポルトガルの民主主義が悲鳴を上げている。ユーロ圏全体を見渡した政策が導入国の実情に適っているとは必ずしも限らないからだ。

ユーロを最終ゴールにEUを一つの船にした場合、生産性の高いドイツが域内の労働力や資本を吸い上げて独り勝ちする。生産性の低いギリシャはアリ地獄へと落ちていく。日本では東京から地方に税金を再配分できるが、EUではドイツの税金をギリシャの医療や福祉に回すことはできない。だから一つの船ではなく、それぞれの加盟国(船)をロープでつなぐ「もやい」構造にして、柔軟性を持たせようというのがキャメロン首相の改革案だ。

欧州の未来を予測するのは難しい。英国がEUを離脱して、スコットランドが英国から独立するシナリオも無視できなくなってきた。

 

 

 
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