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Fri, 29 March 2024

100年の眠りから覚めた上院―タックス・クレジット
削減案にノー

10月26日、オズボーン財務相が主導するタックス・クレジット(英国の所得保障制度の一つ)削減案について上院が2度にわたって「ノー」を突き付け、大騒ぎになった。ご存知の方もおられるかもしれないが、英国は下院(庶民院)と上院(貴族院)の2院制だが、財政に関する法案について下院の可決を上院が否決しないのが英国憲政上のルールである。保守党は総選挙のマニフェスト(政権公約)で社会保障費の上限を引き下げるとうたっていたが、タックス・クレジット削減は明記していなかった。

タックス・クレジットは直訳すると「税額控除」だが、一定の水準に達しない所得を補う制度だ。シンクタンク、財政研究所(IFS)によると、財務相の計画通り、タックス・クレジットを削減すれば実に328万世帯が平均で1300ポンドの所得保障を失う恐れがある。影響があまりに大きいので、上院は「伝家の宝刀」を抜き、財務相に待ったをかけた。「選挙では選ばれていないが、ここでモノを言わなければ存在価値が問われる」という上院の意地があった。オズボーン財務相は秋の予算演説(11月25日)で移行期間の緩和措置を発表する考えを示した。まさに上院議員は「良識の府」「再考の府」の役割を果たしたと言える。

 

タックス・クレジットの前身、ファミリークレジットは1989年に導入され、ブレア労働党政権下の2003年、現在の就労タックス・クレジット(低所得世帯が対象、一定の就労が条件)と児童タックス・クレジット(子供のいる世帯が対象、就労の必要なし)が導入された。労働党が低所得世帯の歓心を買うためにつくり出した「賄賂」という批判もある。02年度にはタックス・クレジットが国内総生産(GDP)に占める割合は0.6%に過ぎなかったが、09年度に1.9%にまで膨れ上がった。グローバル化とICT(情報通信技術)の進展は労働者の賃金を押し下げ、世界金融危機で賃金は大幅にカットされた。タックス・クレジットはいつしか、働いても働いても生活できないワーキング・プア世帯へのクモの糸になってしまった。

GDP成長率が2%を超え、経済の回復が堅調になってきたことから、オズボーン財務相は「高福祉、単純労働、低賃金」の下降スパイラルを「低福祉、技術労働、高賃金」の上昇スパイルに転換する大胆なビジョンを描く。最低賃金を引き上げ、生活賃金を導入する代わりに、タックス・クレジットをカットして44億ポンドの福祉予算を削減する。下院図書館の報告書によると、改革しなければ20年度、最低賃金で週35時間働く低所得世帯(片親、子供2人)の福祉手当を含めた全収入は2万3738ポンド、タックス・クレジットは8132ポンドで34.3%を占める。改革を断行すれば全収入は2万1700ポンドに下がるものの、タックス・クレジットも4753ポンド(同21.9%)に抑えることができる。かなり痛みを伴う改革だ。閣僚など、保守党内部からも批判が出ている。しかし、経常赤字、財政赤字の「双子の赤字」を抱える英国は国債の消化を海外に頼る割合が多く、財政赤字をこれ以上、膨らませるわけにはいかない。オズボーン財務相と上院の衝突は、英国の政治が健全に機能している証でもある。

 

1909年、ロイド・ジョージ蔵相が提出した財政法案をめぐって自由党政府と上院の保守党が激しく対立し、上院は長年の慣習に従わず法案を否決してしまった。下院と上院の正面衝突。しかし民主的な正統性は、選挙のない上院ではなく、有権者に選ばれた下院にある。2度にわたる総選挙が行われ、下院を通過した金銭関係法案は上院に送付して1カ月で成立すると定められた(11年議会法)。それ以来、上院が下院を通過した金銭法案を否決したことは一度もない。

上院は、タックス・クレジット削減で影響を受ける低所得世帯に対する緩和措置と財政研究所の試算への評価が出るまで待つことを求めている。しかし、保守党の下院議員は上院の反乱を「憲法違反」と激しく批判している。上院の構成は保守党249議席、労働党212議席、自由民主党111議席、無所属176議席など計826議席。金銭法案について上院の反乱を防ぐため、保守党の上院議員を150人以上、新たに指名する裏ワザも取り沙汰されている。しかし「意地悪な政党」という暗いイメージが残る保守党は慎重に議会運営を進めていく必要がある。

 
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