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Sun, 21 July 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

今月6日、ロンドン南西部ワンズワース刑務所(Wandsworth Prison)に拘留されていた男性が脱走したというニュースが報じられました。この男性はテロ罪などで起訴された元英軍兵士ダニエル・カリフ被告(21)で、仕事を与えられていた刑務所の調理室から、外に出る配達トラックにベッドのシーツで体をくくり付けて脱走したというのです。その姿を想像し、「まるで映画のよう」と思ったのは筆者だけではないでしょう。当初警察の捜索では足取りがつかめず、一時は「国外逃亡か」という懸念も出ました。英国を出る場合はパスポートの手配などの準備が必要ですが、もしこの点も含めて十全な計画があり、逃げ切ったとしたら、さらにドラマチックになるところでした。逃亡から4日目、市内各地の監視カメラ、ヘリコプターを使っての捜索、大量の目撃情報などを駆使した警察は、カリフ被告が刑務所から約22キロ離れた運河沿いの道で自転車に乗っているところを拘束しました。刑務所で支給される調理室の制服である、白いTシャツ、赤と白のチェック柄のズボン、茶色のブーツ姿でした。11日、カリフ被告は拘留から逃亡した罪で起訴されました。

英国籍のカリフ被告の父親はレバノン出身、母親はイラン出身の移民です。両親はカリフ被告が幼少のときに離婚し、同被告は母親とともにロンドン南西部キングストン・アポン・テムズを生活拠点としてきました。中学校テディントン・スクールを卒業後の2019年、陸軍に入隊。直近は通信エンジニアとして働いていました。国防省のスタッフォード拠点で偽りの爆弾騒ぎを起こした後、今年1月に基地から姿を消しましたが、同26日に逮捕されました。2月、ウェストミンスターの治安裁判所で開かれた裁判の資料によると、「爆発する可能性があると他人に信じ込ませる目的で」装置を置き去りした、ということです。また、2021年8月には、テロ行為を実行する人物に役立つ可能性が高いと思われる兵士らの個人情報を国防省の人事管理システムから引き出し、公務機密法に違反した容疑もかけられています。7月、中央刑事裁判所では容疑を否定。このとき保釈申請が棄却されたために、ワンズワース刑務所に送られ、11月の刑事法院での裁判を待っているところでした。カリフ被告は5月に軍を処分されています。

カリブ被告の脱出をきっかけに、ワンズワース刑務所のセキュリティーが問題視されるようになりました。前回、同刑務所から逃亡者が出たのは2019年です。昨年9月、刑務所の運営を検証する「独立監視委員会」による報告書は、同刑務所に対しあまりよい評価を出していません。受刑者と職員間の暴力事件が増えていましたし、職員の欠勤や不在率が30パーセントになり、人手も経験も不足しているのです。衛生面でのケアが十分に行われておらず、何日もシャワーに入れない受刑者がいることも珍しくありません。1日24時間のうち、外に出られたのは2時間のみという場合もあったそうです。ワンズワース刑務所が選挙区内にある労働党議員は、「昨年12月、1500人の受刑者に対し、夜間勤務に就いた職員は7人だけだった」とBBCに語っています。また、拘留者・受刑者は犯罪の種類、逃亡の可能性、市民に与える危険性などの条件からいくつかのカテゴリーに分かれ、それに応じた刑務所に送られますが、ワンズワース刑務所は「カテゴリーB」、つまり「最も厳重な警備は必要としないが、逃亡が非常に困難である施設」です。カリフ被告は最大の厳重な警備体制がある「カテゴリーA」に相当する、ロンドンのベルマーシュ刑務所などに入れるべきという声も上がりました。

刑務所内の人手不足がカリフ被告の脱出に一役買った可能性がありますが、さまざまな業界で賃上げストが頻発する今、刑務所予算を大きく増やすことは政府にとっては難しいかもしれません。

キーワード

HM Wansworth Prison(ワンズワース刑務所)

ロンドン南西部にある「カテゴリーB」の成人男性用刑務所。1851年、サリー州矯正所として設置された。1960年代に死刑が廃止されるまで、死刑執行の場所でもあった。受刑者の定員は約1000人だが、実際には約1600人が入所中。2002年4月、男子テニスの元プロ選手ボリス・ベッカーが破産宣告に絡む資産隠ぺいの罪で有罪となり、一時収監されていた。

 

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