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Fri, 20 March 2026

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声に出して詠みたい英国の詩 - 英国の風景とともに味わう

英国各地の風景とともに味わう 声に出して詠みたい英国の詩

「詩を詠む」というと、とても高尚な行為のように聞こえるかもしれない。しかし本来、詩は音楽と同様に、特別な知識がなくても気軽に楽しめるもの。今回は、長い冬を越えて、やっと迎えた英国の春を謳った詩の数々をご紹介する。美しい詩の一篇を暗誦して、英国人を驚かせよう。

*英詩の名作というと、日本では古語や独特の韻文調を使って訳されることが多くありますが、本特集では出来るだけ多くの方に英詩の魅力を知ってもらおうと、原典を一部省略した上で、現代語に近付けた編集部オリジナルの口語訳を掲載しています。ここで紹介した詩の多くは、既に第一人者が手掛けた名訳が多数そろっていますので、ご興味のある方はぜひそちらもご参照ください。

詩は「言葉の音楽」

英国の詩には、文字として読むだけでなく朗誦の伝統があり、声に出して味わうことを前提に発展してきた歴史がある。中世からルネサンス期にかけて、詩は宮廷や教会、家庭で朗誦され、韻やリズム、抑揚は意味や感情と一体化する装置として工夫された。こうした言葉の音楽性を重視する伝統は、英国の演劇の発展とも深く結びついている。

シェイクスピアの時代、観客は劇を「見に行く」(see a play)のではなく「聞きに行く」(hear a play)ともいわれていた。精巧な舞台装置がほとんどない代わりに、詩的な言葉の響きやリズムそのものが、現代のCGIのように観客の想像力を刺激し、壮大な情景を描き出していたのである。シェイクスピアやジョン・ミルトンの弱強五歩格の韻律も、登場人物の心理や物語の動きが声となって伝わるよう設計されており、声に出すことで詩の魅力がより生き生きと響いてくる。

この伝統は19世紀に大ブームとなった庶民向け朗読会「ペニー・リーディング」にも受け継がれ、詩や物語は聴衆の前で朗読される娯楽として広く楽しまれた。今日でも英国では「ナショナル・ポエトリー・デイ」のように詩を声に出して楽しむ行事が行われている。さらに学校教育でも、詩を暗唱したり抑揚をつけて朗読したりする学習が重視され、言葉の響きやリズムを音楽のように味わうことが詩の理解につながると考えられている。また、詩人自身が朗読会で自作を読む文化も盛んで、詩は今もなお声を通して生きる文学として親しまれているのだ。

Stratford-upon-Avon

Stratford-upon-Avon春の日が差すストラトフォード・アポン・エイボンにあるシェイクスピアの生家

Shakespeare's Birthplace
Henley Street, Stratford-upon-Avon CV37 6QW
TEL: 01789 204 016
www.shakespeare.org.uk

Spring

When daisies pied, and violets blue
And lady-smocks all silver-white,
And cuckoo-buds of yellow hue
Do paint the meadows with delight,
The cuckoo then, on every tree,
Mocks married men,
for thus sings he:
'Cuckoo!
Cuckoo, cuckoo!'

ヒナギクの花がまだら色になってきて、
スミレは青く
タネツケバナは白銀色になり
ラナンキュラスの花が
牧草地を黄色に染め上げるとき、
木々の上にいるカッコーたちが
「カッコー、カッコー、カッコー」と
鳴いて、妻帯者たちを冷やかすんだ。

シェイクスピア

William Shakespeare
ウィリアム・シェイクスピア
1564-1616

イングランド中部ストラトフォード・アポン・エイボンに生まれる。エリザベス朝時代の屈指の劇作家として四大悲劇などの名作を執筆。シェイクスピアが手掛けた戯曲の多くは、詩の定型を用いて書かれた。ここで紹介したのは、喜劇「恋の骨折り損」からの一篇。

London

London春になり多くの花が満開のときを迎えたロンドンのキュー・ガーデンズ

Kew Royal Botanic Gardens
Kew, Richmond, Surrey TW9 3AB
TEL: 020 8332 5655
www.kew.org

Pipa's Song

The year's at the spring,
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hill-side's dew-pearl'd;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn;
God's in His heaven-
All's right with the world!

ピパの歌

ある春の朝、午前7時。
ここから見える丘の斜面は
露でいっぱい。
空にはヒバリが飛んでいて
カタツムリは木の枝の上を這っている。
雲の上には、神様が隠れているのかな。
やっぱり私は、この世界が大好きなんだ。

ロバート・ブラウニング

Robert Browning
ロバート・ブラウニング
1812-1889

ロンドン生まれの桂冠詩人。さまざまな主観を客観的に語るための「劇的独白」という手法を生んだ。この詩は、「ピパが過ぎゆく」という劇詩の中の一篇。「ピパ」は、同作品に登場する少女の名前。日本では「春の朝」という訳題で知られる。

Lake District

Lake District湖水地方の玄関口にあたる、カンブリア地方のウィンダミア湖を望む

Windermere, Lake District
www.visitcumbria.com

Daffodils

I wander'd lonely as a cloud
That floats on high o'er vales
and hills,
When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils,
Beside the lake, beneath the trees
Fluttering and dancing
in the breeze.

水仙

まるで谷や丘の上を浮かぶ雲のように
僕は彷徨っていた。
そうしたら突然、金色に輝く
水仙の花を見つけたんだ。
それは湖の側で、木々の下で、
そよ風に吹かれながら揺れたり、
踊ったりしていた。

ウィリアム・ワーズワース

William Wordsworth
ウィリアム・ワーズワース
1770-1850

イングランド北部の湖水地方に生まれる。同地域の自然を自身の思いと重ねて描いた作品を数多く残したため、「湖水詩人」と呼ばれた。本作は英国の春の訪れを告げる花、水仙を謳ったもので、英国人であれば誰もが知るほど有名な詩の一つ。ワーズワースの代表作となった。

Ayrshire

Ayrshireエアシャー東部にあるルードン・ヒル

Loudon Hill
Loudon Hill, East Ayrshire, Scotland

Composed in Spring

Again rejoicing Nature sees
Her robe assume its vernal hues,
Her leafy locks wave
in the breeze,
All freshly steep'd in morning dews

春の曲

喜びに満ちた大自然が
いよいよ春の色を帯びてきた。
葉っぱたちはそよ風に揺れて、
そしてさわやかに朝露を浴びた。

Robert Burns

Robert Burns
ロバート・バーンズ
1759-1796

スコットランド南西部エアシャー生まれ。詩の中にスコットランド語を多く用いたことに加えて、古くから伝わる同地の民謡の普及などにも努めたことから、スコットランドでは絶大な支持を誇った。バーンズが改作を手掛けた民謡の中には、日本でも有名な「蛍の光」の原曲がある。

London

St. James's Parkバッキンガム宮殿近くのセント・ジェームズ・パークは、春には一斉にその景色を変える

St. James's Park
St. James's Park, London SW1A 2BJ
0300 061 2350
www.royalparks.org.uk/parks/st_james_park

Spring

Sound the flute!
Now it's mute.
Bird's delight
Day and night;
Nightingale
In the dale,
Lark in sky,
Merrily,
Merrily, merrily, to welcome
in the year.

さあ、フルートを鳴らそう!
まだまだ聞こえないよ
鳥たちは昼も夜もにぎやかな様子だ。
ナイチンゲールは谷間の中で
ツグミは大空の下で
元気に歌っている。
そう、元気が大事。
このまま元気に今年の春を
迎えようじゃないか。

William Blake

William Blake
ウィリアム・ブレイク
1757-1827

ロンドンのソーホー地区に靴下商人の息子として生まれる。詩作だけでなく、銅版画家、挿絵画家としても活躍。幻想的な詩を多く残して、英国ロマン派詩人の先駆けとなった。本作「春」では、文末が2行ごとに韻を踏んでいるのが分かる。

Surrey

カッコウサリーの国立自然保護区で春を告げるカッコウ

Thursley Common
Thursley, Godalming GU8 6LW
https://surreyhills.org

Spring

Chill are the gusts to which the pastures cower,
And chill the current where the young reeds stand
As green and close as the young wheat on land:
Yet here the cuckoo and the cuckoo-flower
Plight to the heart Spring's perfect imminent hour
Whose breath shall soothe you like your dear one's hand.

春の歌

牧草地をすくませる風は冷たく、
若い葦が立つ流れの水もまた冷たい。
その葦は畑の若い麦のように
青く、密に並んでいる。
それでもここでは
カッコウとカッコウ・フラワーが
春の完全な訪れが
今まさに近いことを心に誓わせる。
その息吹は
愛しい人の手のように
優しくあなたを慰めるだろう。

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ

Dante Gabriel Rossetti
ダンテ・ガブリエル・ロセッティ
1828-1882

ラファエル前派の1人として知られる19世紀英国の画家・詩人。若いころから中世イタリア詩の翻訳を行い、「神曲」で知られる詩人ダンテを愛し、英詩ではアルフレッド・テニスンやウィリアム・ブレイク、ジョン・キーツなどのロマン派の作品に傾倒した。妹は詩人のクリスティーナ・ジョージナ・ロセッティ。

South Dorset

英南西部ドーセットの緑の草に覆われた丘陵地帯英南西部ドーセットの緑の草に覆われた丘陵地帯

South Dorset
South Dorset, Near Jurassic Coast
www.visit-dorset.com

Spring

Nothing is so beautiful as Spring—
When weeds, in wheels, shoot long and lovely and lush;
Thrush’s eggs look little low heavens, and thrush
Through the echoing timber does so rinse and wring
The ear, it strikes like lightning to hear him sing;
The glassy peartree leaves and blooms, they brush
The descending blue; that blue is all in a rush
With richness; the racing lambs too have fair their fling.

春の歌

春ほど美しいものはない――
草は輪のように広がり、みずみずしく繁り
ツグミの卵は小さな空のように見える
森に響くその歌声は
耳を洗うように鮮やかで
稲妻のように胸に響く
梨の木の葉と花は
青い空へと軽やかに触れ
子羊たちもまた
春の野を駆け回る。

ジェラード・マンリ・ホプキンス

Gerard Manley Hopkins
ジェラード・マンリ・ホプキンス
1844-1889

イエズス会の司祭でもあった詩人。生前はほとんど作品が知られることはなかったが、死後評価が高まり、英国を代表する詩人の一人と見なされるようになった。独自の韻律理論「スプラング・リズム」によって詩の表現を刷新したほか、自然描写を通して神の存在を讃える詩作でも知られる。

Hull Minster

英北部ハルの大聖堂英北部ハルの大聖堂。ラーキンは同地で図書館長として暮らした

Hull Minster
Trinity Square, South Church Side, Hull HU1 1RR
https://hullminster.org

The Trees

The trees are coming into leaf
Like something almost being said;
The recent buds relax and spread,
Their greenness is a kind of grief.

木々

木々は葉を茂らせ始めている
まるで何か言いかけているかのように、
新しい芽はほっと広がり、
その緑はどこか悲しみに似ている。

フィリップ・ラーキン

Philip Larkin
フィリップ・ラーキン
1922-1985

20世紀後半の英国を代表する詩人の一人。当時流行っていた派手な実験や前衛性よりも、日常生活や時間の流れ、孤独、老い、死といったテーマを、簡潔で皮肉を帯びた言葉で描いたことで知られる。文学界の中心に身を置くことを好まず、英北部で図書館長として静かな暮らしをした。

Margate

マーゲイトのノースダウン・パークT.S エリオットが妻と過ごしたマーゲイトのノースダウン・パークには、紫色の花が咲く

Northdown Park
Margate, Kent CT9 3TP

The Waste Land

April is the cruelest month,
breeding
Lilacs out of the dead land, mixing
Memory and desire, stirring
Dull roots with spring rain.
Winter kept us warm, covering
Earth in forgetful snow, feeding
A little life with dried tubers.

荒地

4月はもっとも残酷な季節である。
なぜってライラックの花をわざわざ死ん だ土から引きずり出して
記憶と欲望をごちゃまぜにした挙げ句に
春の雨でお休み中の草の根を叩き起こ
そうとするのだから。
冬は良かった。私たちを守ってくれた。
地面なんか雪で蔽ってしまい、干からび
た球根で、なけなしの命を養おうとして
くれていたんだ。

フィリップ・ラーキン

T.S Eliot
トーマス・スターンズ・エリオット
1888-1965

米国ミズーリ州に生まれる。1927年に英国人として帰化。神経衰弱に陥った妻の世話で心労を重ねたといわれている。本作は「荒地」の第一部「死者の埋葬」からの抜粋で、妻を連れてイングランド南東部ケントの保養地マーゲイトに赴いたときに書かれたもの。

London

移動式遊園地の空中ブランコメイ・デーには英各地に移動式遊園地が現れる

Southbank Centre
Belvedere Road, London SE1 8XX
www.southbankcentre.co.uk

Folk Song

You lost your sparkle at the fair,

apple, cherry, blackthorn, pear

watched every petal disappear
among the glamour and the glare
and dodgem cars and flying chairs
and candy floss and dancing bears,
the goldfish and the silverware.

フォーク・ソング

あなたは見失った、ファンフェアの中で火花を、

りんご、さくらんぼ、スピノサスモモ、梨も

 

花びらがだんだん消えていくのを見ていた
華やぎとまぶしさの間で、
ぶつかり合うゴーカートや空中ブランコ、
綿菓子や踊る熊たち、
金魚や銀器に囲まれながら

サイモン・アーミテージ

Simon Armitage
サイモン・アーミテージ
1963-

詩人、劇作家、音楽家、小説家。2019年に桂冠詩人に任命された。2024年にナショナル・トラストとのコラボレーションで、春と花をテーマにした詩集「Blossomise」を発表した。俳句からリリカルな散文詩まで、幅広い表現で表現され話題となった。

詩を楽しむヒント英詩のリズムを意識しよう

詩の美しさは、文字を目で追っているだけでは分かりにくい。ここでは英詩のリズムに関する基本的な法則を基に、音で英詩を考えてみよう。英国の詩のリズムやその音楽性を知ることは、正しい英語の発音や抑揚を身に着けることにもつながる。 

(参考:「イギリスの詩を読んでみよう」 小林章夫著 NHK出版)

英語にも七五調がある?

俳句や短歌で使われる5・7・5や5・7・5・7・7の七五調のリズムが日本人にとって心地良く感じられるように、英国人の耳にも心地の良い英語のリズムというものがある。英詩ではそのリズムは「弱強五歩格」と呼ばれ、日本語でいう5・7・5の17音のような存在。弱強五歩格は、英国の定型詩の最も基本の形で、ウィリアム・シェイクスピアが好んで使った。シェイクスピアは詩だけではなく、戯曲でもこのリズムをよく使っており、弱強五歩格になっているセリフが多い。

If Music be the food of Love,
play on

(シェイクスピア「十二夜」)

弱・強・弱・強の順で音節を読む。色で網かけされた部分を強く発音。
この弱強のかたまりが1行に五つあるものを弱強五歩格と呼ぶ。

音節の弱強が重要!

英詩で最も重要なのはリズムといわれる。そしてそのリズムを形成するのが音節の弱強。英詩は弱強または強弱の組み合わせでできており、スタイルとしては、弱強五歩格のほかにも、弱強のかたまりが四つの場合(弱強四歩格)や、三つの場合(弱強三歩格)などがある。しかし、定型のスタイルばかりが続くと単調になることから、基本のリズムを壊した「破格」と呼ばれる形もあり、これは俳句や短歌で言えば「字余り」のような存在だ。

Because I could not stop for Death,
He kindly stopped for me

(エミリー・ディキンソン「poem #712」)

最初の行には四つの弱強があり、次の行は三つ。
四連詩(4行で作られている詩節)で弱強四歩格と弱強三歩格が交互に出てくるスタイルは、普通律、またはバラッド律と呼ばれている。

英語のリズムに慣れる

日本語の5・7・5のリズムは俳句だけではなく、「飛び出すな/車は急に/とまれない」のような標語としても、日常的に身近で使われている。同様に、詩の定型は英国人の英語の基本リズムにもなっているので、上で述べたような弱強を頭に入れておくことで、英詩を楽しむだけではなく、英文を読むとき、または聞くときなどに、英語がスムーズに頭に入ってきやすい。また、自分で話すときにもどこにアクセントを置けば良いかが分かるはずだ。

I am the son and the heir
Of nothing in particular

(ザ・スミス 「How soon is Now?」 )

1980年代の英バンドの歌詞を定型詩のように区切って読んでみた。
強調されている単語、音のつながりなどが見えてくる。
ちなみにこの詞は英詩人ジョージ・エリオットの
小説「ミドルマーチ」の一節に手を加えたものだそう。

 

電話の誕生から150年 - グレアム・ベルが発明したもの

電話の誕生から150年グレアム・ベルが発明したもの

スマートフォンで瞬時に声を交わすことが日常となった現代。だが、その原点である電話が誕生してから、まだ150年に満たない。

1876年、スコットランド生まれのアレクサンダー・グレアム・ベルが米国で特許を取得した電話は、やがて英国に広まり、国家の通信制度、都市の労働、街角の風景を変えていった。その発明は単なる機械にとどまらず、制度や働き方など社会の仕組みにまで影響を及ぼした。本特集では、ベルの発明が英国にもたらしたものをたどる。

(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.belllegacy.orghttps://asaseno.aki.gswww.appps.jphttps://engineeringhalloffame.orgほか

電話の発明

電話の発明をめぐる争い

モールス信号による電信ネットワークが急速な発展をみせていた19世紀後半、電話の発明はアレクサンダー・グレアム・ベル(Alexander Graham Bell)1人によって成し遂げられたというより、当時複数の人物が各国で試みていた技術だった。ベルは、1本の電線で複数のモールス信号を送る多重電信機の改良研究の途中で、電気信号を使って声を送るアイデアに到達し、1876年に米国で電話の特許を取得したことでその名を知られる。

だが、イタリアのアントニオ・メウッチ(Antonio Meucci)、ドイツのフィリップ・ライス(Philipp Reis)、米国のエリシャ・グレイ(Elisha Gray)らも同時期に技術開発を進めていた。そのため、特許権を巡る争いや商業競争は訴訟の泥沼を生み、電話史の初期は複雑な主張と反論が交錯した。

特にベルとグレイの間では、発明か盗用かといった論争があり、発明者の功績は議論の的となった。2002年、米国下院はメウッチの貢献を認める決議を採択したが、上院では採決されず、一方カナダ議会は反対動議を全会一致で可決し、公式に発明者はベルであると宣言された。ベルの特許は最初の実用的な電話として知られ、電話技術の商業的実用化には、トーマス・エジソン(Thomas Edison)が改良したカーボン・マイクなどの特許も重要な役割を果たした。ライスはギリシャ語の「遠く」(tele)と「声」(phone)を合わせた「電話」(telephone)という名称を造り、メウッチも電話技術への貢献で米国下院から表彰されている。

ベルによる電信装置の特許出願図面ベルによる電信装置の特許出願図面

グレアム・ベルの歩みと電話発明

音への関心

アレクサンダー・グレアム・ベルの生まれが米国と思われている方も多いかもしれないが、1847年にスコットランドのエディンバラに誕生、ベルが24歳のときに両親を含む一家でカナダや米国に移住し、電話を発明後に米国に帰化した。

父のアレクサンダー・ベルは発声法学者(elocutionist)で、劇作家ジョージ・バーナード・ショーの「ピグマリオン」に登場するヘンリー・ヒギンズ教授のモデルになったともいわれている。また、聴覚障がい者の発話を助ける「視話法」の考案者として知られる。母は重度の難聴であったが芸術的才能に恵まれ、ベルは幼少期から音に強い関心を抱いた。エディンバラ大学とロンドン大学で学んだ後、父の助手として教育に携わる。ロンドンでは物理学者ヘルマン・フォン・ヘルムホルツの音響研究にも触れ、音の共鳴や振動の科学的分析に関心を深めた。ベルは教育者であると同時に実験好きでもあり、音の振動を目に見える形で記録したり、電気信号に置き換えたりする装置を自作していた。

このころ電信業界では1本の電線で複数の信号を送る多重電信機の改良が求められていた。ベルも異なる音の高さを利用する「ハーモニック・テレグラフ」の研究を進める。音の振動を電流の変化として伝える実験を重ねるなかで、モールス信号ではなく声そのものを送る可能性が見えてきた。電話は、こうした電信改良研究の延長線上から生まれた技術だった。

しかし一家は結核で兄弟2人を失い、ベル自身も体調を崩したため、1870年に空気のきれいなカナダのオンタリオへ移住。回復後の71年、米ボストンに移り、聴覚障がい者教育機関で読唇術と口頭法を指導した。72年にはノーザンプトンのクラーク聴覚言語学校の校長に就任、翌年にはボストン大学教授となった。さらに教育団体を設立し、ベルは生涯にわたり聴覚障がい者教育に尽力することになる。ヘレン・ケラーに盲学校を紹介するなどもし、ケラーはそこで師となるアン・サリバンに出会った。

1875 年に初めて音声を送信した、ベルの電話の複製1875 年に初めて音声を送信した、ベルの電話の複製

聴覚障がいが結んだ縁

クラーク聴覚言語学校で出会ったのが、後に妻となるメイベル・ガーディナー・ハバード(Mabel Gardiner Hubbard)だった。幼少期に病気で聴力を失ったメイベルはベルの教え子である。その父、弁護士で実業家のガーディナー・グリーン・ハバード(Gardiner Greene Hubbard)は、電信独占に対抗する新技術に強い関心を抱き、ベルの研究を資金面で支援した。こうして電話は、実験室の試みから事業化を視野に入れた研究へと動き始める。

1876年2月、ベルは米国で電話の特許を出願し、3月7日に特許第174465号を取得した。だが装置はなお改良の途上にあった。助手のトーマス・ワトソン(Thomas A. Watson)に向けて「ワトソンさん、こちらへ来てください」と呼びかけ、その声が隣室にいたワトソンまで届いたことで、初めて明瞭な音声伝達に成功する。特許取得からわずか3日後のことである。6月25日にはフィラデルフィアで開かれたセンテニアル博覧会に電話機を出展。当初は教育展示の一角に置かれただけだったが、別室にいるベルの声が受話器から聞こえると評判が広がり、科学者や来場者が装置の前に集まった。この反響を追い風に、翌77年、ベルは電話会社を設立し、電話機の販売を開始。その技術はやがて大西洋を渡り、産業化のただ中にあった英国社会へと広がっていく。発明は1人の研究者の成果にとどまらず、国家の信制度や都市の労働、街角の風景を変えていくことになる。

晩年のグレアム・ベル(写真左)と、妻のメイベル(同右)晩年のグレアム・ベル(写真左)と、妻のメイベル(同右)。メイベルはベルの研究に協力を惜しまなかった

英国社会の受容と影響

事業化の始まり

ベルが1876年に特許を取得した翌年には、ヴィクトリア朝時代の英国でも電話の実験と事業化が始まる。電話が社会に広がっていく上で、もう一つ欠かせない技術が電話交換機(スイッチボード)だった。初期の電話は、ある2点を直接結ぶ専用線でしか通話できず、自宅や会社といった固定された場所同士でしか使えなかった。そこで重要になったのが、加入者同士を中継する交換機の仕組みである。交換機では、利用者が受話器を上げると中央の局につながり、交換手がどの回線に接続するかを手動で結び替えることで、任意の相手との通話が可能となった。これにより、電話は点と点を結ぶ通信装置から、都市全体を結ぶネットワークへと進化した。1879年にシティのコールマン・ストリートに最初の電話交換機が設置されたと伝えられているが、やがて英国の各都市部に交換局が設置され、商店、銀行、新聞社、駅などが次々に接続された。労働や商いの取引の速度は飛躍的に高まり、都市生活のリズムそのものが変化していった。

ハロー・ガールズ

交換機の拡大とともに、交換手という新たな労働も生まれた。電話交換業務は高度な集中力と細かな手作業を要し、英米では初期は男性が担当していたものの、次第に多くの局で若い女性が採用されるようになった。こうした女性は「ハロー・ガールズ」とも呼ばれ、第1次世界大戦中の米国の女性交換手たちの愛称でもあった。交換手たちは都市の大規模な交換局では数百人規模の労働力を形成し、電話ネットワークの日常運用を支えた。同時に、手動スイッチボードには限界もあったため、1912年には自動式の交換機が英国で導入され始めるなど、技術革新と労働の変化が並行して進んだ。

また、当初は民間企業による運営であったが、通信を国家インフラとみなした政府は制度整備を進め、同年には電話事業を国有化し、郵便事業を担っていた郵政公社(General Post Office=GPO)が一元管理する体制に。英国では19世紀以来、郵便制度が国家統合の象徴的インフラであったことから、電話もその延長線上に位置づけられ、公共サービスとして扱われた。これは米国のようにAT&Tなどの民間企業が主導するモデルとは対照的である。そのため第2次世界大戦後も、英国の電話普及率は米国より低く、1970年代に至っても電話を引くのに数カ月待つような状況が存在したと記録されている。これは国家独占体制であったことと関係する。

Hello Girls 第1次世界大戦中の女性交換手たちHello Girls 第1次世界大戦中の女性交換手たち

赤い電話ボックスの誕生

一般家庭への電話普及が遅れた一方、公衆電話は急速に広まっていった。公衆電話ボックスが英国で制度化されるのは20世紀初頭である。電話網が都市部を中心に広がるなか、街路に設置される統一的なデザインが求められた。1924年、当時の通信行政を担っていたGPOは、ロンドン市内に設置する新型ボックスのデザインを公募する。翌25年に採用されたのが、ウォータールー橋やバタシーの発電所などで知られる建築家、ジャイルズ・ギルバート・スコット(Giles Gilbert Scott)によるデザインだった。スコット案は古典主義的な意匠を基礎とし、ドーム状の屋根と格子窓を備える堅牢な鋳鉄構造が特徴だった。この初期モデルは「K2」(Kiosk No.2)と呼ばれ、1926年からロンドンで設置が開始された。K2デザインは都市美観に配慮したもので、そこに立つだけで街並みに重厚感を添えた。設置当初から屋根の下部や設備全体に政府を象徴するクラウン(王冠)マークが配され、国家の公共インフラであることを示していた。

赤い電話ボックス

なぜ「赤」なのか

K2に続いて、より実用的で全国展開を前提とした「K6」が1935年に設計された。これはジョージ5世即位25周年を記念して製作され、36年から制作・配備が進んだ。K6はK2よりも小さく軽量で、街路に設置しやすい規格となっている。赤色が採用されたのは、視認性の高さが理由である。霧や煤煙が多い英国の都市環境では、遠くからでもすぐに見つけられる色が求められた。そのためK6にも遠目にも目立つ「赤」が採用され、これが全国に急速に広がる要因となった。K6は1930年代末までに3万5000基以上の公衆電話を実現し、広範な通信基盤として機能した。今日最も広く使われている塗料色は「カラント・レッド(Currant Red)」として知られ、英国規格BS381CRed539で色調が定義されている。

都市文化のアイコンへ

21世紀に入り、携帯電話の普及により公衆電話の利用は激減。1990年代にはピークで約10万基存在した電話ボックスは、2020年代には大幅に減少したが、それでも伝統的な赤い電話ボックスは国内だけでなく連邦諸国でも目にすることができる。通信事業を担うBTグループは、多数のボックスを撤去対象としたものの、ボックスの歴史的価値を認める声も強く、各地で保存運動が起こった。赤い電話ボックスは英国らしい景観の象徴として保存され、観光地や街角のランドマークとして残されている。現在ではWi-Fi スポットや小型図書館、アート展示などに再利用される例も見られ、単なる通信機器から都市文化のアイコンへと役割を変えている。ベルの発明から始まった技術は、交換機を経て、街角の赤い箱となり、やがてデジタル化の波の中でその役割を変えていく。赤い電話ボックスの歴史は、英国が通信という新技術をいかに公共空間へ落とし込んだかを示す物語でもある。

簡易図書館になったウェールズの赤電話ボックス簡易図書館になったウェールズの赤電話ボックス

 

早春の花を楽しむロンドンのスポット

早春の花を楽しむ
ロンドンのスポット

3月を目前にしたロンドンでは日ごとに光が増え、気付かないうちに街のあちこちで春の気配が芽吹き始めている。外に出て自然光を浴びることは、心と体を整える1番手軽なセルフケアだ。ここでは早春に咲く代表的な花々と、気軽に立ち寄れる公園を紹介する。
(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

自然を愛でられる4つの公園・庭園

きれいに整えられた美しい花が咲き乱れる公園もいいけれど、ここでは 目にも心にも優しい、自然の草花が楽しめる場所をピックアップした。

Green Park
グリーン・パーク

Green Park

バッキンガム宮殿と賑やかなピカデリー・サーカスから歩いてすぐのところにある静かな公園。作り込まれた人工的な花壇がない代わりに、木漏れ日の光、野花の草原の揺れ、そして訪れる鳥のさえずりを楽しむことができる。慌ただしい街の中心部にある小さなオアシス。1660年、チャールズ2世がハイド・パークからセント・ジェームズ・パークまで王室の領土を離れずに歩けるようにと造園したのが始まりで、以来市民の憩いの場として親しまれている。

Green Park, London SW1A 1AA
Green Park駅
www.royalparks.org.uk/visit/parks/green-park

Regent's Park & Primrose Hill
リージェンツ・パーク&プリムローズ・ヒル

Primrose Hill

夏には、1万2000本の宝石のようなバラの芳醇な香りが辺りを満たす、クイーン・メアリーズ・ガーデンを内包する公園。120種以上の鳥が生息するだけでなく、ロンドンで唯一、ハリネズミの繁殖地としても知られている。5000種の樹木、野生の花が咲く草原が広がる。公園北部のプリムローズ・ヒルの頂上までハイキングすれば、ロンドンの街を一望できる。その眺めは多くの小説や映画の舞台になり、音楽作品にもなっている。

Regent's Park, London NW1 4NR
Regent's Park / Chalk Farm駅
www.royalparks.org.uk/visit/parks/regents-park-primrose-hill

Richmond Park
リッチモンド・パーク

Richmond Park

700年以上の歴史を持ち、国立自然保護区にも指定されている公園。クワガタ、コウモリ、ガなどの希少種や絶滅危惧種の安息の地になっている。園内には野生のシカが暮らすほか、150年前から存在する古い蟻塚や、推定樹齢750年のオークの木など、多様な自然生息地が広がっている。1637年にロンドンを襲ったペストから逃れるため、リッチモンド宮殿に避難したチャールズ1世が作った狩猟場だった。

Richmond Park, Richmond TW10 5HS
Richmond駅
www.royalparks.org.uk/visit/parks/richmond-park

Chelsea Physic Garden
チェルシー・フィジック・ガーデン

Chelsea Physic Garden

1673年にロンドン薬剤師協会によって設立された植物園。日本ではチェルシー薬草園の名で知られる。ハーブをはじめとした4500種以上の薬用、食用、有用植物が栽培されている。王立公園とは異なりこじんまりとしているが、歴史ある温室を散策したり、植物コレクションを鑑賞したりと、ゆったりとくつろぐことができる。チケットはオンライン予約制。

66 Royal Hospital Road, London SW3 4HS
日~金 11:00-16:00
10ポンド
Sloane Square駅
www.chelseaphysicgarden.co.uk

各花の見ごろの目安

冬から春にかけて、英国の庭や公園を彩る代表的な花の見ごろは次の通り。

1月下旬~2月
スノードロップ
Snowdrops

Snowdrops

早春を告げる白い花。細胞内に凍りにくい成分を含み、霜や雪にも耐えることができる

2~3月
プリムローズ
Primrose

Primrose

黄色や白の花で、名前はラテン語の「最初のバラ」を意味するPrima Rosaに由来する

2月下旬~3月
クロッカス
Crocus

Crocus

紫や白、黄色の小花が点々と芝生などから出る。夜間や曇りのときには花びらを閉じる

2~4月
アイリス
Iris

Iris

ミニチュア種がこの時期に咲く。フランスの王家や知恵の象徴などにもされている

3~4月
スイセン
Daffodil

Iris

スーパーでも手軽に購入でき、イースターの時期を彩る。ウェールズの国花でもある

3月下旬~4月

Cherry Blossom

Cherry Blossom

王立公園(ロイヤル・パーク)に咲く桜の多くが、日本から友情の証に贈られたもの

4月中旬~5月
ブルーベル
Bluebell

Bluebell

森林で群生する姿は、青い花の絨毯。世界中のブルーベルの半数以上が英国に生息する

 

太陽が足りない季節に - 心と体を整えるセルフケア

太陽が足りない季節に 心と体を整えるセルフケア

冬の公園

真冬の底は抜け、朝が少しずつ早く明るくなってきた英国。それでも空は灰色の日が多く、太陽の気配にいつも以上に敏感になる季節といえる。疲れが取れない、気分が晴れない——そんな不調を感じる人は少なくない。その背景にあるのが、日照時間の短さだ。光不足は体内時計や気分のバランスに影響するとされ、英国では「季節性うつ」(Seasonal Affective Disorder=SAD)という言葉も広く知られている。光を上手に取り入れ、生活を整え、ときには外へ出て早春の花に春の兆しを探してみよう。本特集では、太陽が足りない季節を健やかに乗り切るためのセルフケアを紹介する。
(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.rcpsych.ac.ukwww.worlddata.infowww.nhs.ukhttps://natgeo.nikkeibp.co.jpwww.heart-center.or.jpほか

英国の冬はなぜ暗い?

英国は欧州北部に位置し、赤道から5600キロ以上離れた北半球の高緯度にある。夏には太陽が沈みにくく、1日のうち16時間以上も明るい。だが、冬至のころは日の出から日の入りまで7時間余りしかなく、英南東部のロンドンでは2月19日現在、日の出が7時10分、日没が17時21分である。北部やスコットランドではさらに日の出は遅く、日の入りは早いため、自然光を浴びられる時間そのものが少なくなる。

しかし、昼の長さは地理的条件に過ぎず、実際に太陽が見えるかどうかとは別問題だ。北大西洋から吹く湿った空気と偏西風の影響で、英国の冬は低気圧や前線が頻繁に通過し、曇りや雨の日が多い。さらに、高気圧でも下降気流による雲が残りやすく、晴れ間が出にくい日が続くこともある。

つまり、昼の短さという地理的条件と曇天の多さという気候的条件が重なり、英国の冬は太陽がほとんど出ない日が多い。SAD(季節性うつ)など、光不足による心身への影響が出やすい背景には、この地理と気候のWパンチがある。日本の冬と比べても日照時間は圧倒的に少なく、意識的に外に出て光を浴びる習慣が重要となる。

日照時間の長さの比較

冬の日光不足と向き合う

英国の冬は、昼が短く曇りや雨の日も多いため、日光不足に悩む人が少なくない。体内時計や気分に影響を与えるSADの実態とその対策について紹介する。

SADとは? 冬になるとブルーな気分

季節の移り変わりが気分に影響を及ぼすことは、昔から経験的に知られてきた。けれど、「季節性うつ」や「季節性感情障害(Seasonal Affective Disorder = SAD)」という言葉が医学的に使われるようになったのは、1980年代に入ってからだ。南アフリカから米ニューヨークに移住した精神科医ノーマン・ローゼンタール氏が、1984年に論文の中でこの名称を提唱した。

寒くて日照時間の短い冬になると気分が落ち込みやすいそんな自身の体験をきっかけに、当たり前のこととして見過ごされがちだった症状に光を当てたのだ。SADとは、秋から冬に抑うつ状態が現れ、春から夏にかけて自然に軽快するという季節特有のリズムを繰り返す障がいを指す。「反復性冬季うつ病」と呼ばれることもある。はっきりした心理的原因が見当たらず、少なくとも2年以上同じ季節パターンが続くことが、判断の目安とされている。

症状 過眠と過食

SADに見られる症状は、気分の落ち込みや意欲の低下、物事を楽しめない、イライラする、人に会いたくなくなるといった、一般的なうつ症状とよく似ている。朝の方がつらく感じられるのも特徴のひとつだ。

ただし、典型的なうつ病で多い「不眠」や「食欲不振」とは逆に、SADでは眠気や食欲の増加が目立つことが少なくない。冬の間は朝なかなか起きられず、日中も強い眠気に襲われる。また、チョコレートやパン、甘い菓子など糖分や炭水化物を多く含む食品を無性に欲することもある。寒さから活動量が落ちやすいことも重なり、体重が増えやすくなる人も多い。

春になると症状は自然に軽くなり、回復に向かうケースがほとんどだが、診断を受けた人の約3分の1は、反対に気分がやや高揚する時期を経験するともいわれている。

SADにかかりやすい人 若い女性

SADは誰にでも起こり得るが、女性は男性の約3倍発症しやすいとされ、とくに10〜30代の若い世代に多い。子どもや高齢者の発症は比較的まれだが、年齢に関係なく見られる障がいでもある。

英国では約200万人がSADの可能性があると推定されている。冬場に軽い疲労感や眠気、体重増加を感じる人は少なくないが、こうした変化が長く続き、仕事や日常生活に支障が出る場合は注意が必要だ。実際、100人に3人ほどが深刻な症状に悩まされているとも報告されている。

SADの原因 日光不足

原因はまだ完全には解明されていないが、最大の要因と考えられているのが冬の日照不足だ。光を浴びる時間が減ると、体内時計を整えるホルモンであるメラトニンの分泌リズムが乱れ、眠気が強まりやすくなる。同時に、気分の安定に関わるセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質も低下し、抑うつ状態に傾きやすくなるとされる。

こうした変化に体が敏感な人ほど、症状が出やすい。また、若い女性に多い背景には、ホルモン・バランスの影響も関係している可能性が指摘されている。

冬の朝に布団から出られない、甘いものが無性に食べたくなる――そんな変化は、単なる寒さや気のせいではなく、日光不足が体に及ぼしているサインかもしれない。

SAD簡易チェック・シート

気分や睡眠、食欲などが季節によってどの程度変化するかを確認するための自己チェック法がSeasonal Pattern Assessment Questionnaire(SPAQ)だ。冬とそれ以外の季節を比べながら答えることで、光不足の影響を受けていないかを客観的に把握できる。

合計点が7点以下は「正常範囲内」、8〜11点は「SAD前の不調」、12点以上は「SADの可能性がある」とされる。自分の状態を知るための、一つの目安として活用したい。

SAD簡易チェック・シート

SADの症状に対処するために実行できる 6つのセルフケア

冬に気分が落ち込みやすい人や、英国で初めて短い日照時間を経験している人は、自分でも気づかないうちに心身のバランスを崩していることがある。健やかに春を迎えるためにも、日々の生活の中でセルフケアを意識したい。今から始めるのはもちろん、10月下旬など、本格的な冬が始まる前から準備しておくとより効果的だ。

1. 毎日外に出る

15~20分の自然光を浴びるだけで、体内時計を整えメラトニンの分泌をコントロールするのに役立つ。これにより、エネルギーのレベルが上がり、睡眠の質も向上する。職場や自宅ではできるだけ窓の近くに座り、自然光を取り入れることを心がけよう。

2. 運動は薬

曇天が続く冬はセロトニンの分泌量が少なくなるが、1日約20分、あるいは週150分ほどの定期的な運動はセロトニンの最適なレベルを維持するのに役立つ。激しい運動である必要はない。スクワットや壁を使った腕立て伏せ、椅子に座ったストレッチなど、シンプルなものから始めたい。簡単なものなら続けやすい。YouTubeなどで自分に相性の良いエクササイズ動画が見つかるはずだ。ゆっくりと体をほぐし、背中や首などの緊張を和らげよう。早歩きの散歩も効果がある。

運動

3. トリプトファンを含む食材

この時期に食欲が増すのは、セロトニン不足を補おうとする体の反応ともいわれる。日中は脳内でセロトニンの生成を促し、夜になると睡眠を促すメラトニンに変化する必須アミノ酸、トリプトファンを含む食材を意識して摂取したい。牛乳、チーズ、ヨーグルト、豆乳、納豆、豆腐、卵、肉類、魚類、ナッツ類、バナナなどが代表的な食品だ。ビタミンB6(マグロ、ニンニク、鮭、ゴマ、抹茶など)やビタミンB12(青魚、カツオ節、イカ、レバーなど)と一緒にとると吸収が高まる。

4. 時間通りに就寝する

規則正しく深い睡眠は、気分の安定に直結する。就寝時間と起床時間を一定に保ち、就寝前は照明を落としてリラックスするようにしよう。アルコールや夜遅い食事を避け、スマートフォンやテレビの画面も就寝1時間前にはオフにする。脳が休まり、自然な眠りにつきやすくなる。

睡眠

5. ビタミンDを補給

近年の研究では、ビタミンD不足がうつ病や不安の症状増加と関連していることが明らかになった。英国では6人に1人がビタミンD欠乏症に罹りかん患しており、特に肌の色が濃い人や屋外で肌の大部分を覆っている人、1年中日焼け止めを塗る習慣がある人は、ビタミンD欠乏症のリスクが高いといわれている。英国では、秋から冬にかけて1日10マイクログラム(400IU)のビタミンDサプリメントの摂取が推奨されている。

6. つながりを保つ

気分が沈むと人との交流がおっくうに感じられることがある。でも、孤立は落ち込みを深める要因になる。電話やビデオ通話のやり取りだけでも構わないので、家族や友人と連絡を取るようにしたい。誰かと他愛ない会話をするだけでも十分な効果がある。

つながり

ライトボックス療法とは

屋外の自然光を模倣し、強い光を放つ照明機器。SADの症状緩和に用いられ、「SADランプ」「ライトボックス」とも呼ばれる。基準となる1万ルクスは室内照明の約20倍、晴れた朝の屋外とほぼ同じ明るさで、室内にいながら自然光に近い刺激を再現できる。朝起きてから1時間以内に20〜30分、顔から40〜60センチほど離して使用する。紫外線はできるだけ抑えられており、光源を直接見つめ続ける必要はない。緑内障や白内障、糖尿病による網膜症など、過去または現在に眼の疾患がある人は、使用前に眼科専門医へ相談を。処方箋なしで購入できる手軽さはあるものの、医療従事者の助言やメーカーのガイドラインに従って使うのが望ましい。一方、北アイルランドでは公共図書館でライトボックスの貸し出しが行われ、利用希望者が多いという。この療法が生活の中に根づいた選択肢になっていることがうかがえる。

ライトボックス療法

ライトボックス療法

 

英国でできる節約術 2026年版 - 家計の無駄を見直し!

これを機に家計の無駄を見直し! 英国でできる節約術 2026年版

節約術

2026年の英国経済は次第に安定の兆しが見えはじめ、成長は控えめながらも金利負担はやや軽くなる可能性があると、政府の経済予測機関(Office for Budget Responsibility=OBR)の試算は示している。ただし物価は依然高く、生活が劇的に楽になるわけではない。円安の影響も続くため、とりわけ在英日本人は備えが必要だろう。こうした状況では、地域で分け合う工夫や、長く使うためのサステナブルな選択が、家計を支える有効な手段となる。今回も昨年に引き続き、普段の生活で実践できる節約術を集めたので、参考にしていただきたい。
(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.bankofengland.co.ukwww.gov.ukwww.theguardian.comwww.moneysavingexpert.com ほか

2026年の英国経済: 落ち着きと高止まりのはざまで

昨年までの英国経済は、インフレの高止まりと金融引き締めが家計や企業に負担をかけ、景気の不安定感を強めていた。しかし2026年は、やや落ち着きを取り戻す年になると予想されている。イングランド銀行(中央銀行)は政策金利を昨年12月時点で3.75%に引き下げており、エコノミストらの見通しでは、2月以降も据え置きが予測されている。住宅ローンや借入金利の負担は徐々に軽減する見込みだ。一方で、電気代や食品の価格は高止まりのままで、家計が劇的に楽になるわけではない。英国の家庭では、電気の使用量1kWhあたりの単価は5.1パーセント上昇した。ガスの単位料金が2024年7月以来初めて6ペンスを下回ったことから、価格上限が全体でわずか0.2%しか上昇しなかったとしても、電気代ははるかに増加することになるので注意が必要だ。また、食品費は3〜4パーセント程度上昇しており、生活コストへの意識は依然として欠かせない。

企業にとっては、輸出コストや原材料費の上昇リスク、通商政策の変化が投資判断に影響を与える可能性がある。米国が示唆した関税や国際貿易摩擦の動向は、特定産業の価格転嫁や利益率に影響を及ぼすが、全体の物価に直ちに跳ね返るわけではない。一方で金融市場の不透明感は、為替や資産価格を通じて間接的に消費者支出や企業活動に影響することがある。

家計への影響は、単なる物価上昇の数字だけでは測れない。円安は日本からの駐在員や留学生、日系企業にとって依然負担となるため、収入、支出、為替を意識した生活設計が重要になる。26年は「支出の増加ペースを緩やかにする工夫」と「長期的視点での節約・資産管理」が、日常の安心と経済的安定につながる年になるといえる。

新しい電気とガスの単位料金

シェアでここまで節約できる

節約というと日々の細かなやりくりを想像しがちだが、近年は発想そのものを転換する動きが見られる。地域の力を使ってモノの無駄を抑える「共有」と、耐久性や効率性を重視して将来のコストを下げる「サステナブル」の取り組みだ。これらは個別の概念に見えて、実際には無駄の削減と生活の安心につながる点で互いに呼応している。環境にも家計にも無理のない、持続可能な節約の姿だ。本ページでは、その実例を二つの視点から整理した。

ポンド

買う前に、「借りる・譲ってもらう」を選択肢に共有することで支出を減らす

1.「持たない」ほうが安いもの

節約目安:年間200〜1000ポンド

電動ドリル、脚立、スチーム・クリーナー、キャンプ用品といった、年に数度しか使わない物のために収納スペースとお金を割くのは非効率。一時的に使いたいものを数ポンドでレンタルできるサービスを利用してはどうだろう。何社かある中では2014年に英国で「モノの図書館」として始まったLibrary of Thingsが特に知られる。「レンタルを主流にし、アマゾンで何かを買うよりも手頃で便利で、社会的に価値のある、地球に優しいものにしたい」という草の根運動から始まり、今では自治体や小売業者などの協力を得て各地に広がる。例えばコードレス芝刈り機やスピーカー(PMシステム)はそれぞれ1日12ポンド。いずれも購入すれば100ポンド以上することを考えれば十分に合理的といえる。オンラインで予約し、セルフサービス・ロッカーで受け取ることができるのも便利だ。

車も同様で、保険、税金、駐車場、メンテナンスを合わせると、所有コストは年間3000~4000ポンド。だがカーシェアなら、使った分だけの支払いで済む。利用頻度が低い家庭では、カーシェアに切り替えるだけで家計への負担が大幅に軽減するケースも多い。従来のレンタカー会社のように特定の場所に車両が保有されているのではなく、個人がマイカーを登録しており、オーナーが使わないときだけ借りられるHiyacarのようなサービスがある。価格は1時間で4ポンド程度。ほかには、車両が地域の専用駐車スペースに分散配置されていて、会員がスマホや会員カードで予約・ロック解除して使うEnterprise Car Clubなどが知られている。こちらは予約できる単位が30分からとフレキシブルなのが魅力だ。また、方角が同じ人たちが1台の車をシェアする相乗りマッチング・サービス、Lift Shareという取り組みもある。

芝刈り機

2. 服や日用品

節約目安:年間200〜400ポンド

子ども服や普段着、読み終えた本、キッチン用品など、まだ十分使えるのに家庭で眠っている物は多い。これらを持ち寄って交換する「スワップ・イベント」は、学校や教会、地域センターで定期的に開催されており、参加費は無料か数ポンド程度が一般的だ。こうしたイベントを利用するのは、特に子育て世帯に効果がある。育ち盛りの子どもがいる場合、コートや靴はワンシーズンでサイズアウトすることもあり、新品でそろえると年間数百ポンドは簡単に消えるだろう。そんな時期はスワップやお下がりを活用すれば、その多くを削減できる。もし自分のワードローブを見直したいときは、コミュニティーや慈善団体などと協力して、サステナブルなファッション・イベントやアクティビティーを提供しているThe big swapでイベント日程をチェックしてみよう。不要な服を交換して新しいアイテムを入手できる。また、自らスワップ・イベントを開催することも可能で、ロンドン西部を基盤としたGet Swishingを通して企画ができる。

オンラインではFreecycleVinted、FacebookのMarketplaceも有効だ。検索してみると実にさまざまなものが出品されており、なかには無料のものもある。「新品を買う前に1度探す」癖をつけるだけで、支出は確実に減るうえ、廃棄削減にも貢献できる。

3. 食費は「レスキュー食品」を味方に

節約目安:年間300〜600ポンド

家計簿をつけると分かるが、食費は物価だけでなく外食や買い方の違いで毎月の出費が大きく増減する項目だ。フードロスに取り組む代表的なアプリToo Good To Goを使って食費を見直すのもアイデアの一つ。閉店前のスーパーやカフェ、ベーカリーが売れ残りを格安販売する仕組みで、3〜 4ポンドのToo Good To Goバッグにパンや総菜が大量に入ることもある。利用者の中には、週200ポンドも食費にかけていたが、アプリと少額スーパー購入を組み合わせて、いつのまにか週100ポンドまで節約できたという例も。

一方で、OLIOは近隣住民同士で食品や日用品を譲り合う無料アプリで、家庭の余り物はユーザー投稿、企業の余剰食品はボランティアが回収して配布される。フードロスの削減と地域コミュニティーのつながり強化を目的に、2015年に英国で始まった。シェアできるアイテムは食品だけではなく、日用品の貸し借りや、自家製の料理の提供などにも広がっている。

環境団体Hubbubが支援するCommunity Fridge(コミュニティー冷蔵庫)は、誰でも自由に食品を持ち帰れる仕組みとしてロンドンを中心に英国700カ所に設置されており、多くの拠点がコミュニティー・ミールや料理のワークショップなど、活動の幅を広げつつある。

4. 時間とスキルを交換

節約目安:年間500〜1000ポンド

Timebanking UKが広めるタイムバンクは、金銭をやり取りすることなくスキルを交換する方法だ。1時間の活動が1クレジットとして記録され、他のサービスと交換できる。例えば、庭の手入れを1時間手伝えば、別の日に語学レッスンや買い物代行を受けられる仕組みで、現金を使わずに生活を回す一つの方法として、地域コミュニティーで導入が進んでいる。掃除や修理、子守りなどを市場価格に換算すると1時間あたり15〜 20ポンド程度の価値があるが、それ以上に、楽しく、プレッシャーを感じることなく、気軽に人々が互いに支え合い、それぞれの長所を引き出す方法で、自然に節約につながっていくと考えられる。

時間とスキルを交換

環境配慮と出費削減を両立させるサステナブルな節約

5. 省エネ対策は最優先事項

節約目安:年間200〜400ポンド

LED電球への交換、待機電力のカット、窓やドアの隙間風を防ぐドラフト・ストッパーや断熱シートの設置といった地味で基本的な対策だけでも光熱費は着実に下がる。非営利チャリティーの省エネ支援機関Energy Saving Trustでは、企業や個人に向けて具体的な節約法や補助制度を紹介しており、無料で情報を得られる。光熱費は一度削減できれば効果が毎月続く「積み上げ型」の節約なので、面倒がらず進めておこう。また、政府は今年1月に「暖かい家計画」(Warm Homes Plan)を発表し、住宅の省エネ・光熱費削減を大規模に進める計画を示している。

これは光熱費が家計を圧迫する状態(fuel poverty)を減らし、全世帯の光熱費を下げることを目的とした大規模な計画だ。これにより2030年までに賃貸住宅の最低効率基準に到達させるため、家主は省エネ・断熱措置などの改善を求められる方向性が示されている。賃貸世帯自身が大きな費用負担を負うことなく住環境の改善が進む可能性もある。

LED電球への交換

6. 家電は「修理して使う」

節約目安:年間200〜600ポンド

大型家電は「壊れたら買い換える」前に、修理を検討すると費用対効果が高いことがある。修理で延命できれば、1台あたり数100ポンドの節約につながることも。修理費は £150〜£200 が一般的だが、機種や故障内容によっては新品購入と同等の費用になる場合もあるため、メーカーや地域の修理サービスに確認しておくと安心。

 

また、Repair Caféや、2013年にロンドンで設立された非営利団体Restart Projectが開催する修理イベントでは、壊れた家電や電子機器を無料または寄付ベースで直してもらえるので、こうした修理イベントを活用すれば、出費はさらに抑えられる。どちらも、壊れたら捨てるのではなく、昔ながらの「直して使う」文化を広める活動している団体だ。Repair Caféのサイト内には、自分で直すための説明ページも用意されており、ラップトップやコーヒーマシンといった一見難しそうなものの修理にも挑戦できるようになっている。また、Restart Projectでは、英国全土でも600以上という修理店ネットワークと連携し、ロンドン北部では50パーセント・オフになる取り組みも行っている。さらに、メーカーに「修理しやすい設計」を求めたり、部品販売の義務化を政府に提言するなど、長期的な視点での取り組みも進めている。

家電修理

7. 自分で育てる

節約目安:年間200~300ポンド

家庭菜園というとコミュニティー菜園のアロットメントを思い浮かべがちだが、人気が高くスペースが空くのに何年も待たなくてはいけないのが現状。だが実はベランダの鉢植えだけでも十分節約になる。英国ではハーブやサラダ葉物が1パック1ポンド以上と割高なため、自宅で育てれば年間200〜300ポンドの差が出ることも珍しくない。さらに再生栽培や室内ハーブを組み合わせれば、食費の1カ月分に相当する節約も現実的だ。

  • ベランダ・鉢植え菜園
    単価が高く、少量ずつ使うものを選ぶ。 バジル、パクチー、パセリ、ミント、ルッコラ、ベビーリーフ、スプリング・オニオン、唐辛子、チェリー・トマトなど
  • キッチン再生栽培
    買った野菜の根や切れ端を再利用する方法。 スプリング・オニオンの根、レタスの芯、セロリ、にんにく、じゃがいも(芽が出たもの)、ハーブの挿し木など
  • 窓辺・室内ハーブ栽培
    ミント、パセリ、チャイブ、タイム、ローズマリーなど

こうした「育てる」取り組みは、買う量を減らすだけでなく、食材を無駄にしないという意味でも共有やサステナブルの考え方と響き合っている。生活に無理なく取り入れられ、節約の流れに自然と組み込める方法だ。

家庭菜園

ライフステージ別! わが家に合った節約アプリ&サービス

節約法は年齢や家族構成によって異なる。学生や単身者は日々の買い物や交通費の管理が中心になるだろうし、子育て世帯では食費や教育費が大きな割合を占める。シニア世帯は光熱費や医療費の負担が増えがちだ。ここでは、それぞれのライフステージに合わせて、取り入れやすく、家計管理や支出削減に直結するアプリをご紹介。自分の状況に合ったツールを使うことで、毎日の節約がぐっと実感しやすくなるのではないだろうか。

単身者/学生

外食やレディーミールが増えがちな一人暮らしは、食費管理が鍵となる。週末に作り置きを行い、平日の出費を抑えるだけで支出は大きく変わる。交通はバス定期や自転車を活用し、サブスクリプション契約は必要最小限に。

1. Olio(食品・日用品の無料シェア)

アプリに投稿された近隣の人や提携店舗の余剰食品を、無料でシェアできる。冷蔵庫の中身に左右されやすい一人暮らしの食費削減に直結。
https://olioapp.com

2. Too Good To Go(レスキュー食品)

提携しているパン屋、カフェ、レストラン、スーパーなどの余剰・売れ残り食品を格安で購入できる。
www.toogoodtogo.com

3. Splitwise / Tricount(割り勘管理)

友人やフラットメイトとの共同購入、家賃割り勘に便利な共有支出管理アプリ。計算ミスによる「無駄支出」も防ぐ。基本機能は銀行口座への紐づけは不要。
www.splitwise.com
https://tricount.com

4. Council Tax discount(住宅税)

単身者はカウンシル・タックスが25パーセント引きになる。学生とシェアしている社会人の場合も、学生はもともと免除されているので、単身者扱いとなりディスカウントを受けられる。
www.gov.uk/apply-for-council-tax-discount

5. Trainline / Citymapper(運賃比較)

移動コストを節約したいなら、アプリを使って最安運賃を検索。上記のほかにTrainPal、Split My Fare、TrainTickets.com などもある。単身者の移動費は積み上がりやすいので、こうしたツールの活用で毎月の出費をぐっと抑えられる。
www.thetrainline.com
https://citymapper.com

運賃比較

カップル/共働き

まとめ買いと共同調理で食費を効率化できる。光熱費や保険、携帯電話は家族プランへ一本化すると割安になるケースが多い。カーシェアを取り入れれば自家用車を持たずに済み、固定費削減効果は大きい

1. Octopus Energy(柔軟な電気代プラン)

スマートメーター利用者に、利用時間帯で料金が変わるスマートプランを複数用意しており、電力消費を割安な時間に移すことで節約がしやすい設計になっている。在宅時間が限られる共働きのカップルや、夜間に電力需要が偏る人は、こうしたプランの恩恵を受けやすい。
https://octopus.energy

2. Emma(家計管理)

複数口座やクレジットカードを一括管理。2人の収支が一目で分かり、予算、貯蓄、サブスク管理が共通の目標にしやすくなる。また、支出傾向を客観的に把握することで、無駄遣いを減らし、共通の節約行動につなげやすいのが大きなメリットだ。
https://emma-app.com

3. Hiyacar / Enterprise Car Club(カーシェア)

自家用車を持たずに必要なときだけ利用可能。車の維持費(税・保険・駐車場・修理費)を劇的に削減できる。
www.hiyacar.co.uk
www.enterprisecarclub.co.uk

ファミリー

1. Freegle / YoungPlanet / Littleswaps(子ども用品)

子ども関連の出費はスワップやお下がりの活用で削減。子ども用品専用のアプリも多く、無償に特化したYoung Planet、地域のスワップスポットや配送機能のついたLittleswapsなど便利なものが多い。
www.ilovefreegle.org
www.youngplanet.com
www.littleswaps.com

2. Hoop / Club Hub UK /Day Out With The Kids(子ども向けイベント)

子ども向けの活動やイベントを自宅周辺から検索できるアプリ。地域や年齢などでフィルターして見つけられるため、季節のワークショップや地域イベント探しに便利。Club Hub UKは乳幼児からティーンまでと幅広くクラブや休日キャンプ、キッズ・イベント を探せる。Day Out With The Kidsは博物館やミュージアムなどのキッズ・フリー・リストも掲載。
https://hoop.co.uk
https://clubhubuk.co.uk
www.dayoutwiththekids.co.uk

子供向け

60歳以上

シニア割引や公共サービスの優待制度を積極的に利用したい。割引や補助は対象年齢、所得条件、居住地によって異なるため、公式サイトでの確認が必須。

1. 60+ London Oyster Photocard / Freedom Pass / Senior Railcard / Senior Coachcard(交通費)

60+ London Oyster Photocardはバス・地下鉄・DLR・オーバーグラウンドなどが無料になり、ロンドン在住で60~65歳以上なら誰でも申請可能。66歳からはFreedom Passになるが、サービスは同じ。Senior RailcardとSenior Coachcardは全国の鉄道と長距離バスが使える。オフピーク時に限るなどの制限はあるものの、最大1/3まで割引となる。
https://tfl.gov.uk/fares/free-and-discounted-travel
www.thetrainline.com
www.nationalexpress.com

2. NHS prescriptions / NHS sight tests(医療・生活サービス)

イングランドでは60歳以上の場合、処方薬や視力検査が無料。申請などは必要ない。ただ、眼の健康診断自体は無料でも、補助具(眼鏡・コンタクトレンズ)や、眼疾患の精密検査や治療、専門医による診察は別途費用が掛かる。
https://check-for-help-paying-nhs-costs.nhsbsa.nhs.uk

3. National Trust / English Heritage(レジャー・文化施設)

ナショナル・トラストとイングリッシュ・ヘリテージの会費や入場料が割引。ナショナル・トラストの年会費は、3年間以上継続して会員の60歳以上なら25パーセント割引、イングリッシュ・ヘリテージの場合は約15パーセント引き。レールパスも割引(上記参照)されていることから、気軽に観光ができそうだ。
www.nationaltrust.org.uk
www.english-heritage.org.uk


 

生誕270周年記念!モーツァルトと欧州の旅

生誕270周年記念 モーツァルトと欧州の旅

子どものおもちゃや学校の授業、CMや電話の保留音に至るまで、クラシック・ファンでなくてもモーツァルトの音楽を耳にする機会は多いだろう。そんな身近で偉大な作曲家モーツァルトが生まれてから、今年で270周年になる。オーストリアの作曲家として知られるが、実はその人生の多くを旅に費やしたモーツァルト。東はプラハ、西はロンドンまで欧州中を旅したモーツァルトの軌跡をたどりながら、その人生や作品の魅力に迫る。 (文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

Dチケット

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart
(1756-1791)

モーツァルトってどんな人?

参考:planet wissen「Persönlichkeiten: Wolfgang Amadeus Mozart」「Wolfgang Amadeus Mozart: Wurde Mozart ermordet?」

1. 「神童」として人々を魅了

1756年1月27日、ザルツブルクに生まれたモーツァルト。宮廷ヴァイオリニストだった父レオポルトの影響で、生まれたときから音楽に囲まれて育ち、4歳でピアノを弾き始め、5歳で初めて作曲したといわれている。そんなモーツァルトの才能を見抜いたレオポルトは、6歳のモーツァルトと11歳の娘ナンネルを連れて演奏旅行へと旅立つ。ピアノとヴァイオリンの並外れた演奏技術だけでなく、親しみやすい性格でも人々を魅了し、まさに「神童」としてもてはやされたのだった。

2. 嫉妬されるほどの天才作曲家

11歳になると、初のオペラを作曲。しかし、モーツァルトはほかの作曲家たちからは脅威とみなされ、作曲家として地位を築くのに苦労する。なかには、モーツァルトの作品をわざと下手に演奏して評価を下げた演奏家もいたという。そんなモーツァルトが広く認められるようになったのは、1781年にミュンヘンで初演されたオペラ「イドメネオ」の成功だった。モーツァルトの作品は複雑ながらも、キャッチーなメロディーが巧みに取り入れられ、今日もなお唯一無二の天才作曲家として知られている。

3. フリーランス音楽家のパイオニア

モーツァルトが生きた時代は、宮廷音楽家になることは地位と収入を安定させると同時に、芸術的な自由が制限されることを意味していた。ザルツブルク大司教の宮廷音楽家だったモーツァルトもその限界を感じていたようだ。1781年に宮廷音楽家を辞職してウィーンへ移り、演奏活動や作曲、ピアノの指導を行い、当時としては珍しいフリーランス音楽家となった。権威に固執しなかった彼は、自身の成功については滅多に語らなかったが、音楽愛好家のための仕事となると非常に情熱的だったと伝えられている。

4. 毒殺説も? 35年の短い生涯

1791年12月5日午前1時、ウィーンの自宅で家族と主治医に見守られながら、モーツァルトは35年の生涯に幕を閉じた。今日の研究では死因はリウマチ熱だと推定されているが、死の直後に毒殺の噂も広まっていた。実際に作曲家サリエリが晩年にモーツァルトを毒殺したと告白しており(医学的には否定されている)、このエピソードは映画「アマデウス」にも描かれている。モーツァルトが生涯で作曲した作品はおよそ1060曲だといわれているが、その一部は現在も見つかっていないという。

ゆかりのスポットをめぐるモーツァルトが旅した欧州の都市

モーツァルトはその生涯で計17回の旅に出ており、人生のおよそ3分の1(10年2カ月2日間)を馬車の中で過ごしたといわれる。200以上の都市を訪れたというモーツァルトだが、なかでもモーツァルトの人生にとって重要な場所や転機を迎えた場所など、八つの都市をゆかりのスポットと共にご紹介する。

参考:Europäische Mozart Wege、Internationale Stiftung Mozarteum、各都市の公式ホームページ

旅行をしなければ(少なくとも芸術や科学の分野では)、
人は惨めな生き物である。

Ohne Reisen (weni gstens L eute von K ünsten und Wissenschaften)
ist man wohl ein armseli ges Geschöpf!
― モーツァルトの手紙より

モーツアルトの旅

1 モーツァルトの生まれ故郷 ザルツブルク Salzburg

ザルツブルク

旧市街がユネスコ世界遺産に登録されているオーストリアのザルツブルクは、モーツァルトの生誕地。モーツァルトが幼少期に初めて作曲をしたのも、11歳でラテン語劇「アポロとヒュアキントス」を制作したのもこの街だった。演奏旅行で不在期間が長かったものの、生涯で作曲した作品の約半分がこの地で生まれたといわれる。青年期からは宮廷音楽家としてザルツブルク大司教に仕えていたが、大司教との確執により25歳の時にこの街を去り、ウィーンに移った。1880年にはザルツブルク市民によって「モーツァルテウム財団」が設立され、モーツァルトの研究やモーツァルト・ウィークを開催するなど、現在も活動を続けている。

ゆかりのスポット

モーツァルトの生家
Mozarts Geburtshaus

ザルツブルク

モーツァルトが生まれてから17年間を過ごした生家は、世界中からのファンが訪れる博物館となっている。18世紀の生活を再現した館内では、手紙や思い出の品、肖像画のほか、モーツァルトが幼少期に愛用していたヴァイオリンやクラヴィコードを見ることができる。

Getreidegasse 9, A-5020 Salzburg
https://mozarteum.at

2 グランド・ツアーへ出発 ミュンヘン München

ミュンヘン

ミュンヘンはモーツァルトが人生初の旅行で訪れた都市であり、姉のナンネルと共にバイエルン選帝侯マクシミリアン・ヨーゼフ3世のために演奏した。その後、モーツァルト一家は3年半にわたる演奏旅行「グランド・ツアー」で欧州各地を訪れているが、行きと帰りにミュンヘンを訪れている。モーツァルトは数回にわたってこの地に滞在したが、音楽家のポストを得ることは叶わず、片思いで終わったようだ。ミュンヘンを象徴する作品として、バイエルン選帝侯カール・テオドールのために1781年に作曲したオペラ「イドメネオ」がある。この作品を皮切りに、モーツァルトは瞬く間に売れっ子作曲家となったのだった。

ゆかりのスポット

キュビリエ劇場
Cuvilliés-Theater

キュビリエ劇場

王家の宮殿レジデンツ内にあるロココ様式の劇場。フランスの建築家フランソワ・ド・キュビリエによる設計で、1751~55年にかけて建てられた。モーツァルトのオペラ「イドメネオ」の初演をはじめ、数々のバロック・オペラがこの劇場で上演されてきた。

Residenzstr. 1, 80333 München
www.residenz-muenchen.de

3 モーツァルト一家のルーツ アウクスブルク Augsburg

アウクスブルク

独南部アウクスブルクはモーツァルトの父レオポルトの生まれ故郷。モーツァルト一家はれんが職人や製本職人などを生業として、何世代にもわたってこの地に住んでいた。モーツァルトもこの都市を5回訪れており、アウクスブルクのバールフューサー教会とウルリッヒ教会のオルガンを演奏したという。また、父方のいとこで「ベーズレ」の愛称で知られるマリア・アンナ・テークラ・モーツァルトと出会ったのもこの街だ。いわゆる「ベーズレ書簡」といわれる彼女宛の手紙の数々には、下品な内容も含まれており、モーツァルトの死後長らく公開されなかったこともでも知られる。

ゆかりのスポット

レオポルト・モーツァルト・ハウス
Leopold-Mozart-Haus

レオポルト・モーツァルト・ハウス

レオポルトの生家は現在博物館として公開されており、音楽家や音楽教師であるだけでなく、子どもたちのマネージャーも務めたレオポルトについて深く知ることができる。またモーツァルトが旅先での練習に使用していた旅行用ピアノのレプリカの展示も。

Frauentorstr. 30, 86152 Augsburg
https://kunstsammlungen-museen.augsburg.de/mozarthaus

4 最初の交響曲を作曲 ロンドン London

ロンドン

1764年、モーツァルトが8歳の時に一家はロンドンを訪れ、およそ15カ月滞在している。到着からわずか4日後には、姉ナンネルと共にドイツ出身の英国王ジョージ3世の前で演奏を披露し、その後もさまざまな場で演奏会を開いた。姉ナンネルの日記によると、ロンドンでは父レオポルトが病気の間、モーツァルトは暇つぶしのために交響曲の作曲を開始。わずか8歳にして「交響曲第1番」を完成させている。さらにロンドン滞在中には、大バッハの末子で「ロンドンのバッハ」と呼ばれたヨハン・クリスティアン・バッハとも出会い、モーツァルトの作曲スタイルにも大きな影響を与えた。

ゆかりのスポット

若きモーツァルト像
The Young Mozart

若きモーツァルト像

モーツァルトが交響曲第1番を作曲した際に一家が滞在していたエバリー・ストリートからほど近い、オレンジ・スクエアに設置されている像。没後200周年を機に彫刻家フィリップ・ジャクソンが制作し、1994年にマーガレット王女によって除幕された。

Orange Square London SW1

5 イタリア音楽の影響を受けて ミラノ Milano

ミラノ

モーツァルトは生涯で3回イタリアを旅行している。特に1769~71年にかけて父レオポルトに連れられて行った最初の旅行では、モーツァルトは新たな音楽知識を身に付け、イタリア音楽からインスピレーションを受けるなど、音楽家としての経験を積んでいった。とりわけミラノでは、委嘱作品として三つのオペラを制作。1770年に作曲された1作目のオペラ「ポントの王ミトリダーテ」の最初の3公演では、モーツァルト自身がピアノで弾き振りをして観客を喜ばせた。スカラ座の前身であるレージョ・ドゥカーレ劇場が数カ月にわたって満席になるほどの人気ぶりだったという。

ゆかりのスポット

サン・マルコ教会
Chiesa di San Marco

サン・マルコ教会

芸術地区として知られるブレラ地区に佇むサン・マルコ教会は、モーツァルトが14歳のときに3カ月間滞在した場所で、教会内にあるオルガンを演奏したという。また、ヴェルディの「レクイエム」が初演されたのも同教会である。

Piazza S. Marco, 2, 20121 Milano

6 母アンナ・マリアの死に直面 パリ Paris

パリ

1763~66年にかけて2度パリを訪れたモーツァルトは、ルイ15世への謁見も果たしている。1778年、22歳となったモーツァルトは仕事を求めて、母アンナ・マリアと共に再びパリを訪問。パリの貴族たちから人気を集めることに苦戦していたが、オペラ座のバレエ・マスターだったノヴェールの依頼で「パリ交響曲」として知られる「交響曲第31番」を作曲した。初演で成功を収めたのもつかの間、熱病に侵されていたアンナ・マリアが急死する。モーツァルトは仕事でほとんど留守にしていたため、アンナ・マリアは孤独の中、次第に衰弱していったという。その数週間後、モーツァルトは悲しみのうちにパリを去った。

ゆかりのスポット

メゾン・モーツァルト
Maison Mozart

メゾン・モーツァルト

モーツァルトが母アンナ・マリアと滞在していた建物はすでに取り壊されているが、同じ住所にはメゾン・モーツァルトが立っている。プレートには「W.A.モーツァルトとその母アンナ・マリアは1778年にここに滞在した。母はここで7月3日に亡くなった」と記されている。

8 Rue du Sentier, 75002 Paris

7 モーツァルトが愛し愛された都市 プラハ Praha

プラハ

モーツァルトが初めてプラハを訪れたのは、1787年にオペラ「フィガロの結婚」を自身の指揮で公演したときだった。熱狂したプラハの人々は、街中で作中のメロディを歌っていたといわれるほどで、モーツァルトは「プラハの人々は私を理解してくれる」と感じていたという。さらに、しばらくして「プラハ交響曲」として知られる「交響曲第38番」をこの地で作曲。それらの成功から、同年にはオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の初演を行っている。1791年にはボヘミア国王レオポルト2世の戴冠式のために「皇帝ティートの慈悲」を作曲しているが、初演されたのはモーツァルトが亡くなる3カ月前だった。

ゆかりのスポット

エステート劇場
Stavovské divadlo

エステート劇場

「ドン・ジョヴァンニ」の初演が行われたノスティック劇場は、現在はエステート劇場と呼ばれている。モーツァルト作品も定期的に上演。モーツァルトの生涯を描いた映画「アマデウス」のシーンの多くはプラハで撮影されているが、本劇場もロケ地の一つとなった。

Železná, 110 00 Staré Město
www.narodni-divadlo.cz

8 人生の絶頂から死へ ウィーン Wien

ウィーン

モーツァルトが初めてウィーンを訪れたのは1762年。6歳だったモーツァルトは、シェーンブルン宮殿の鏡の間で大公妃マリア・テレジアの前で演奏し、その後皇妃の娘であるマリー・アントワネットにプロポーズしたという逸話が知られている。1781年に再びウィーンに移ると、フリーランスの音楽家として活動を開始。翌年には、父の反対を押し切ってコンスタンツェ・ウェーバーとこの地で結婚した。1790年頃にはモーツァルトは音楽家人生の絶頂期を迎えていたのとは裏腹に、パーティー好きで浪費家だったことから借金にも悩まされていたという。1791年9月30日にはウィーンでオペラ「魔笛」の初演が行われたが、制作中だった「レクイエム」が未完のまま、同年12月5日に自宅で息を引き取った。

ゆかりのスポット

聖シュテファン大聖堂
Stephansdom

聖シュテファン大聖堂

ゴシック建築の聖シュテファン大聖堂はモーツァルトの結婚式と葬儀が行われた場所。死後は聖マルクス墓地にほかの死者と共に埋葬された。お墓の正確な位置は現在も不明で、ウィーン共同墓地に記念碑がある。

Stephansplatz 3, 1010 Wien
www.stephanskirche.at

モーツァルトの姉・ナンネルの光と影

マリア・アンナ・モーツァルト(1751-1829)、通称「ナンネル」は、ヴォルフガングの5歳年上の姉だ。チェンバロとピアノを弾き、グランド・ツアーでは弟と共に「神童」としてもてはやされた。どんな難曲でも正確かつ情熱的な演奏で人々を魅了し、レオポルトはある手紙の中で「娘は12歳にもかかわらず、欧州で最も熟練した演奏家の一人である」と記している。しかしナンネルが18歳になると、レオポルトは娘を自宅に残し、息子だけを演奏旅行に連れて行くようになる。ナンネルはピアノ教師などの音楽の仕事をしていたものの、華やかな世界から姿を消したのであった。

聖シュテファン大聖堂父レオポルトと一緒に演奏する幼少期のヴォルフガングとナンネル

ヴォルフガングが完成したばかりの作品をザルツブルクに送り、ナンネル以外に演奏させないように指示したという逸話がある。ヴォルフガングが演奏家としての姉の才能に信頼を置いていたことを物語っている。一方で旅行先のヴォルフガングがナンネルに宛てたある手紙には「親愛なる姉よ! あなたがこんな作曲ができるとは、深く感銘を受けました」と記されており、作曲もしていたと考えられている。しかし、ナンネルの作曲した作品は一つも残されていない。一説によると、ヴォルフガングのヴァイオリン協奏曲全5曲のうち、3曲はナンネルが書いた可能性もあるという。

一部の研究者からはヴォルフガングよりも才能があったのではないかといわれるナンネル。女性の権利が制限されていた時代に生まれ、その人生には多くの葛藤があったに違いない。そんなナンネルにフォーカスしたドラマ・シリーズ「Mozart/Mozart」が、2025年12月にドイツ公共放送ARDにて放映された。1780年代のモーツァルト姉弟を描きつつ、当時の女性の視点を取り入れた新たなモーツァルトのエピソードを楽しむことができる。

「Mozart/Mozart」ドラマ「Mozart/Mozart」は全6話、ARDメディアテークで視聴可能(ドイツ国内のみ)

パリに愛されなかったモーツァルト

1791年にモーツァルトが亡くなった後もなお、フランスではモーツァルト作品は注目されず、18世紀末までコンサート・ホールや劇場で演奏されることはほとんどなかったという。1793年に「フィガロの結婚」のフランス語版がパリ・オペラ座のレパートリーに加わったものの、フランス革命のさなかだったこともあり、ほぼ無名のモーツァルトの作品が成功するチャンスはなかった。

転機が訪れたのは、1801年のこと。パリ・オペラ座が「魔笛」のフランス語版として制作された「イシスの神秘」を上演して成功する。また、同年にモーツァルトの伝記が2冊出版された。さらに、ドイツの劇団がオリジナル版の「後宮からの誘拐」をパリで上演し、主人公の恋人コンスタンツェ役をモーツァルトの義姉アロイジア・ヴェーバーが務めた。こうして死後10年経って、フランスでモーツァルトの名が知られるようになったのである。

「魔笛」1863年のパリ・オペラ座で上演された「魔笛」の舞台デザインイメージ(作者不明)

パリ・オペラ座は「イシスの神秘」の成功から、「ドン・ファン」の上演を決定。しかし、台本は書き換えられ、フランスの聴衆が好みそうな音楽に編曲されている。それでも1805年の初演では、多くのマスコミが「野蛮なモーツァルトの音楽がパリ・オペラ座を侵略した」と激しく非難。モーツァルトを批判する者と擁護する者との間で論争が起こった。

その後、パリのイタリア座では著名な歌手によってモーツァルトのイタリア語オペラが上演され、器楽曲にも次第に注目が集まっていく。1830年頃には、モーツァルトは「古典派」の作曲家として地位を確立。19世紀初頭はモーツァルトはオペラ歌手の才能を開花させる作曲家の一人にすぎなかったが、歌手が作曲家を際立たせる役割を担う時代になったのである。1866年には「ドン・ファン」がパリの三つの主要劇場で同時上演されるまでになり、モーツァルトの作品はパリの人々に愛される存在となったのである。

参考:Opéra national de Paris「I. Mozart’ s three stays in France」「II. Mozar tadapted to French taste (1793-1830)」「III. Acclamation on opera-house stages」

ザルツブルクで生誕270周年をお祝い!

■ モーツァルト・ウィーク
Mozartwoche 2026: Lux Aeterna

会期:2026年1月22日(木)~2月1日(日) https://mozarteum.at/mozartwoche

Mozartwoche 2026: Lux Aeterna

生誕200周年を迎えた1956年から毎年故郷のザルツブルクで開催されてきた音楽祭で、1月27日の誕生日前後に開かれる。著名な指揮者、オーケストラ、ソリストが集い、コンサート、オペラ、室内楽などを通して、モーツァルトの作品を再発見する機会となっている。モーツァルト生誕270周年、音楽祭70周年に当たる今年は、若くして亡くなったモーツァルトを不滅の存在として讃える「Lux Aeterna」(永遠の光)をテーマに掲げる。およそ70のプログラムのハイライトは、芸術監督ローランド・ビリャソンの演出による新作の「魔笛」だ。その注目度の高さから追加公演が決まったものの、残念ながら全て満席となっている。

■ 特別展「宇宙の魔笛」
Sonderausstellung: Kosmos Zauberflöte

期間:2026年1月16日(金)~4月7日(火)
https://mozarteum.at/mozart-museen/mozart-wohnhaus

特別展「宇宙の魔笛」

モーツァルトの家(Mozart-Wohnhaus)では、モーツァルト・ウィークの新作「魔笛」の上演に合わせて、特別展を開催する。「モーツァルトの魔笛」と「モーツァルト時代のフリーメイソン」に焦点を当て、貴重なコレクションの数々を展示。その中には「魔笛」の初演で掲示されたポスターも。また同施設では、モーツァルトが「魔笛」を制作時に滞在していた「魔笛の家」(Zauberflöten-Häuschen)も見学できる。

特別展「宇宙の魔笛」

 

AI・SNS時代に考える - 欧州で暮らす私たちとメディアの距離感

新春 英国・ドイツ2国特集

AI・SNS時代に考える欧州で暮らす私たちと
メディアの距離感

AIやSNSが生活のあらゆる場面に入り込み、私たちのメディアとの関わり方や言葉との向き合い方も大きく変化している。欧州では、未成年のSNS使用制限やメディア・リテラシー教育の強化など、情報環境の見直しが進む。2026年新年号では、英独を中心にメディアをめぐる現状を多角的に捉えながら、研究者や文化人に「メディアとの向き合い方」について聞いた。マスメディアを超えて広がる多様な声の中から、自分に合った情報の選び方を探っていきたい。(文:英国・ドイツニュースダイジェスト編集部)

メディアとの距離感

なぜ今「情報との付き合い方」を問うのか

情報の海と加速するデマ

現代社会は、かつてない規模の「情報洪水」に覆われている。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のタイムラインを開けば、真偽不明の情報が次々と流れてくる。人工知能(AI)に質問すれば、もっともらしい答えが返ってくるし、あるいは本物と見分けがつかない画像や動画を瞬時に生み出してくれて便利だ。しかし、どのAIプラットフォームにも必ず小さくこう書かれている。「回答は必ずしも正しいとは限りません」。私たちは日々、「何を信じ、どう受け止めるか」という選択を迫られているのだ。

この問いは新しいようでいて、実は古代から続いている。ギリシャのソフィストたちは、言葉を単なる写し鏡ではなく、現実に働きかける力として捉えた。プロタゴラスは「人間は万物の尺度である」と述べ、真理が人間の認識と切り離せないことを示した。ゴルギアスは「言葉は魂に作用する」と洞察し、語りが感情や判断を動かす事実を照らす。言葉が世界を組み替えるという修辞観は、私たちの時代にも通底している。

今日では、インターネット上の一投稿や映像が、社会の「現実」を塗り替える。2020年のコロナ禍では、デマがワクチン接種を妨げ、社会不安をあおった。2022年のロシアによるウクライナ侵攻では、虚偽情報が爆発的に拡散し、情報戦の新局面を示した。そして生成AIの普及によって、誰もがそれらしい偽情報を「作れる」時代が到来している。

各国が模索する情報空間の安全

こうした状況に対し、欧州では法整備を通じて情報空間の安全を守る動きが進んでいる。欧州連合(EU)は2024年、世界初の包括的なAI規制法「Artificial Intelligence Act」を施行。同年、デジタル・サービス法(DSA)の全面適用も始まり、大手プラットフォームに対して違法コンテンツの迅速な削除を義務付けている。EUは「技術は市場に任せるだけでは制御できない」という立場を明確にした。

英国は2023年に「オンライン安全法」(Online Safety Act)を成立させ、未成年保護や誤情報対策を包括的に扱う。きっかけは2017年、SNS上の自殺関連投稿に触れ続けた14歳の少女が自ら命を絶った事件だ。アルゴリズムが有害コンテンツを次々と表示し、少女を絶望の渦へと引き込んだこの出来事は、プラットフォームの責任を問う議論の転換点となった。

一方、日本ではAI事業者向けガイドラインの策定やSNSの透明性向上をめぐる議論が進められている。欧州のような厳格な規制ではなく、「柔軟なガバナンス」で成長と安全の両立を図る方針だ。

どんな現実を共につくるか

もっとも、法制度は乱用を抑えつつ自由を保障する「外枠」にすぎない。その内側で私たちがどう振る舞うかは、依然として大きな課題だ。プロタゴラスに立ち返れば、「真理は唯一ではなく、人の数だけ見方がある」。多様な意見が共存する社会では、他者の言葉を理解し、解釈を更新し続ける努力が欠かせない。一人ひとりが情報との付き合い方を選ぶこと、その選択の積み重ねこそが、私たちの未来を映し出すのかもしれない。

参考:GOV.UK「Guidance Online Safety Act: explainer」、Bundesministerium der Justiz und für Verbraucherschutz「Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken」、EU Artificial Intelligence Act「Official Journal」、Bundeszentrale für politische Bildung「Gegen den Hass im Netz」、The Guardian「how Molly Russell fell into a vortex of despair on social media」

疑うのではなく、理解し関わるAI・SNS時代のメディア・リテラシー

技術の進歩によって、ニュースの選び方も届け方も大きく変わりつつある。AIが記事を推薦し、SNSで誰もが発信者となる今、私たちに求められる力とは何か。メディア・リテラシー教育を専門とし、テレビ・ディレクターとして制作現場も経験してきた昭和女子大学准教授の村井明日香さんに、情報を「疑う」のではなく「理解する」ための視点について聞いた。

村井明日香さん 村井明日香さん
Asuka Murai
メディア研究者。昭和女子大学人間社会学部准教授。テレビディレクターとして報道・ドキュメンタリー番組の制作に携わった後、メディアリテラシー教育の研究者に。現在は大学でメディア論を教えるかたわら、学校や市民講座などでもワークショップ等を実施している。

Q1. そもそもメディア・リテラシーとは何ですか?

私がよく参照するのは、メディア教育研究者である中橋雄さんの定義です。すなわち、メディア・リテラシーとは「メディアの意味と特性を理解した上で、受け手として情報を読み解き、送り手として情報を表現・発信するとともに、メディアのあり方を考え、行動していくことができる能力」(中橋雄『メディア・リテラシー論』北樹出版、2014年)であると。つまり、メディアの重要性を共有しながら、それをより良いものにしていこうとする主体的で前向きな姿勢が、メディア・リテラシーの本来の姿だと思います。

一方で、今の大学生にメディア・リテラシーに関する授業を行うと、多くの学生が「メディアを疑うことを忘れないようにしたいと思います」というような形でまとめたレポートを提出してきます。というのも、日本では特にメディア・リテラシーを「メディアを批判的に読み解く」と訳したために、「批判すればいい」と誤解されてきた面があるのです。

英語の「critical」には「批評的」や「吟味的」といったニュアンスがあり、日本語の「批判」とはニュアンスが異なります。その翻訳のずれが、メディア・リテラシーの本質を見えにくくしてきた面があるかもしれません。メディアを批判したり、遠ざけたり、ボイコットしたりすることは、むしろメディア・リテラシーの理念と逆行します。

Q2. このメディア・リテラシーに対する「誤解」は、なぜ生まれてしまったのでしょうか?

その一因として、日本がメディア・スタディーズを専門科目として中等教育に取り入れなかったことがあると思います。例えば英国やカナダでは、メディア・スタディーズの専門の先生が学校にいます。私も英国滞在中に授業を見学したことがありますが、専門的な観点からメディアについてうまく教えているなという印象でした。もちろん課題もあって、英国の場合はあくまで選択科目なので、科目を選択をしなかった生徒は全くメディアについて学ぶことなく中等教育を卒業していくことになります。

一方、日本ではメディア・リテラシーを教えるのがメディアの専門家ではなく、国語や社会、美術、あるいは技術の授業などで、各担当の先生が少しずつ教えるという形なんです。全ての生徒がメディアについて学ぶ機会を担保するような仕組みになっていて、これにはいい面もありますが、内容面では専門性をより高めていく必要があるでしょう。

そして今、AI・SNS時代を迎えて、このメディア・リテラシーへの誤解の影響がより深刻になっていると感じています。AIが記事を選び、SNSで誰もが発信者になれる時代だからこそ、「疑う」だけでは足りない。むしろメディアの仕組みを理解し、主体的に関わっていく力が、これまで以上に求められています。

欧州でも広がる未成年のSNS規制

昨今、未成年者をSNSの有害な影響から守るため、法律による規制強化の動きが急速に広まっている。背景には、SNS利用による子どもの精神衛生への悪影響や、依存性の高いコンテンツ、暴力的な情報への暴露リスクの増加がある。

オーストラリアでは昨年12月、16歳未満の子どものSNS利用を禁じる法律が施行。国レベルでの措置は世界初となる。一方、EUはデジタル・サービス法などで未成年者保護を規定し、運営企業への責任追及を強化。デンマークでは15歳未満のSNS利用禁止を首相が表明しているほか、英国やドイツでも年齢確認やアカウント保有の制限が議論されている。

もっとも、表現の自由や憲法との適合性、子どもによる規制の迂回可能性など、SNSを法的に禁止する際の課題は多い。各国は、デジタル時代の権利と保護とのバランスを慎重に模索する必要がある。

参考:European News Room「To ban or not to ban: EU countries debate social media age limits」

未成年のSNS規制

Q3. それでは、具体的に身につけるべきメディア・リテラシーとは?

最も基本的な学びとしては、ニュースがどのような基準で選ばれているかを理解すること。また、経済基盤に対する視点も欠かせません。例えば、NHKは受信料、民放は広告収入が主というように、経済的な基盤が異なります。こうした違いが番組内容にどう影響するのかを学ぶことも大切です。

ロンドン大学のデービッド・バッキンガム教授は、メディア・リテラシー教育を「制作」「言語」「表象」「オーディエンス」の四つに整理して説明しています。多角的にメディアを理解するための包括的な枠組みを提示してくれているので、とても参考になると思います

バッキンガム教授による
メディア・リテラシー教育の枠組み(抜粋)

制作
  • どんなテクノロジーが使われているか
  • 誰がメディアを作り、所有し、どのように利益を生むのか
  • 誰がメディアの制作や供給を制御するのか
  • 誰の声が聞かれ、誰の声が排除されているか
言語
  • メディアは理念や意味を伝えるためにさまざまな様式の言語をどのように使うか
  • メディアの文法上の「ルール」はどのように確立されているか。そのルールが破られたらどうなるか
  • 映像、音声、言葉の組み合わせや配列を用いて意味はどのように伝えられるか
表象
  • このテクストは現実に忠実であろうとしているか
  • メディアの世界に何が含まれ、何が排除されているか
  • 特定の世界観や価値観を支持しているか
  • 特定の社会集団や問題についての私たちの見方に影響を与えているか
オーディエンス
  • メディアはどのようにして特定のオーディエンスに照準を定めるのか。彼らに対してどのようにして興味を引こうとするか
  • オーディエンスは日常生活でどのようにメディアを利用しているか
  • オーディエンスはどのような楽しみをメディアから得ているか。彼らは何が好きで何が嫌いか
  • オーディエンスの行動において、ジェンダー、社会的階層、年齢、民族的背景が果たしている役割は何か

Q4. メディア上ではAI生成コンテンツがどんどん増えていますが、そうしたなかで人間の制作者が担うべき役割も変わってきていますか?

AIが記事を自動で選択して配置するニュースサイトが登場するなか、逆にメッセージ性を持った編集というのが、すごく生きてくる時代になっているように思います。例えば、日本のニュースサイトでも、AIがトップ記事を選び、自動的に表示させるようなものも増えてきました。

一方で、メディアの役割は読者の興味やニーズに合った情報を提供することだけではありません。もしAIが読者の興味だけでニュースを選んでいたなら、絶対に上位に表示されないようなニュースがあります。例えば、これまで日の当たらなかった人々や弱者に関する報道には、こういったものも知ってほしいとか、世の中がこうなってほしいというようなメッセージが込められています。思いの込められた記事作りやニュース選びには、やはりキラリと光るものが見えますよね。ほかにも、編集者や記者個人がSNSを通して発信するということも当たり前になってきました。

編集という行為は、単に情報を伝わりやすいように羅列するだけではなく、そこには必ず、送り手の価値観や社会に対する姿勢が反映されていると思います。AIの時代だからこそ、「人間による選択」の意味が際立つのかもしれません。

ネット記事の半数以上がAI生成?

AIによる記事生成が急増しており、SEO企業Graphiteの調査では、2024年末〜2025年初めにかけてネット上の記事の過半数(最大55パーセント)がAIによるものだったという。ただし、今後もAI記事が爆発的に増加するとは考えにくいとの見解も示されている。というのも、AI記事は検索結果で上位表示されにくいことが別の調査で分かっており、制作側も限界を認識し始めていると分析している。

しかし、ますます多くのメディアが、コスト削減や生産性向上のためにAI技術を導入しており、AIで生成されたコンテンツの普及は今後も加速していくと考えられる。多くの読者にとっては、閲覧している記事がAIによって作成されたものかを判断することは難しい。AI生成コンテンツには明確な表示を行うなど、読者が情報源を理解した上で判断できる環境を整備することが急務だろう。

参考:Graphite「More Articles Are Now Created by AI Than Humans

AI生成?

Q5. AIやSNSによる情報が氾濫する現在、あらためて「あり方を考え、行動する能力」としてのメディア・リテラシーをどう実践すべきでしょうか?

メディアというのは、単にその現状を客観的に伝えるものではないということを、もっと読者に説明していいんじゃないかと思っています。例えば欧米のメディアではそれぞれが応援する政治家や政党が明確です。一方、日本のメディアは公平中立を掲げてきたところがあるので、それを受け取る側の人たちも、そこに何か送り手側の主張があるということに対して、ものすごく嫌悪感があるわけですよね。

しかしそれは、やはり現実とずれています。情報の送り手側は自分たちの判断で社会をより良くしようという意思を持って報道をしているわけで、そこには必ず送り手の視点が介在しています。それを「偏向」として忌避するのではなく、むしろその判断の背景を理解し、複数の視点を比較することこそが、成熟した情報との向き合い方ではないでしょうか。

また本来、SNSの強みは一次情報を発信する人々が増え、これまでのメディアでは得られなかった情報にアクセスできることや、これまで声を上げられなかった人が自分で発信できることがポジティブな側面のはずでした。しかし、そこにアルゴリズムによるフィルターバブルや、フェイク・ニュースの拡散などが複雑に絡み合い、さらにAIによって生成されたコンテンツが急速に増えている。正しい情報を判断するのはどんどん難しくなっています。

完璧な方法があるわけではありませんが、ある情報を受け取ったら、できるだけ複数のソースで確認することが重要だと思います。もう一つは、情報の発信源がどこにあるか、すなわちこの記事を書いたのは誰でどんな人なのかを調べてみるのは有効です。「誰が、なぜ、この情報を発信しているのか」を意識的に考える習慣が、私たちを情報の海で溺れさせないための、最初の一歩となります。

おすすめの書籍

『世界は切り取られてできている』

『世界は切り取られてできている』
中橋雄 編著
村井明日香、宇田川敦史 ほか著
NHK出版 2024年2月刊行

メディアは「現実」を伝えているのか?統計やグラフはどのように読めばいいのか? 動画やコンテンツを作る上でトラブルを避けるにはどうすればいいのか? 日常に浸透したAIとどのように付き合うべきか?あふれかえる情報に惑わされず、偏見や差別を回避し豊かな社会を目指すための、メディア社会に生きるすべての人に向けたメディア・リテラシー入門書。

欧州ゆかりの9人に聞いた日々の情報との向き合い方

ニュースのプロ、学者、文化人、アーティストなど、欧州で暮らす9人が日々選び取っている情報源とは。信頼しているメディアや、生活の中でどのように情報に触れているかを語ってもらった。ポッドキャスト、YouTube チャンネル、ニュースレター、雑誌、SNS、そして個人の発信まで。多様な選択の中に、今の時代を映すヒントがある。

小林恭子さん Ginko Kobayashi
小林恭子
在英ジャーナリスト。英国をはじめとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。英国ニュースダイジェストでは毎号「英国メディアを読み解く」を執筆。著書に『英国メディア史』(中公選書)、『なぜBBCだけが伝えられるのか』(光文社新書)など。

信頼できる情報とは何か

自分にとって信頼できる情報とは何か。その判断の方法ですが、正確な、あるいは正確な情報を提供しようとする組織、メディア、個人からの情報を「信頼できる情報・事実」として取り込んでいます。「信頼できる」というのは、この組織、メディア、人であれば正確なことを言っているだろうという判断です。どのように信頼できるとするのかというと、例えばBBCのように「偏りのない情報を出そうとする」方針があるのかどうか、党派的でない、特定の主義主張を基に事実をねじ曲げていない、長年にわたって主張が一貫している、ほかの人も信頼している、などが挙げられます。

ニュースの調べ方としては、BBC のほか、「タイムズ」紙、「テレグラフ」紙などのニュースサイトをチェックし、だいたいの情報と「保守系はどう考えているのか」を知り、チャンネル4の19時のニュース番組で「左派リベラル系の主張」を見ます。また、BBCやスカイ・ニューズのほか、海外のニュースサイトも確認。BBCラジオ4の定時ニュースは毎日自分のタイミングで聴き、ポッドキャストで専門家の見解をチェックしています。欧州での生活を通じて、国際的観点から物事を見るようになりました。欧州情勢の理解には歴史の把握が欠かせませんので、世界大戦で起きたことも学ぶようになりました。ニュースで疑問があったときや、歴史的な事柄を調べたいときにAIを用いることも多いです。

おすすめメディア

Political Currency

Political Currency

元財務相ジョージ・オズボーンと元・影の財務相エド・ボールズが、経済政治について漫才のような掛け合いで語るポッドキャスト。政権の中心にいた人たちの本音が分かるほか、オズボーン氏の見方は国内政治の分析に役立ちます。

BBC Newscast

毎日1回配信されるBBCのポッドキャスト。BBCのジャーナリストたちがその日のトピックについて気軽に語り合うスタイルなので分かりやすく、リラックスして聴けます。特定のニュースのことをよく知るのにも便利です。

木村クリストフ護郎さん Goro Christoph Kimura
木村クリストフ護郎
上智大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は社会言語学、ドイツ語圏地域研究。 とりわけ、社会を形成・運営する基盤としての言語とエネルギーについて研究・教育を行っている。ソルブ語をはじめ、手話やエスペラントなどの多様な言語を話す。

言語とメディアが形作る世界の見え方

絶対に信頼できる情報というものはありませんが、実際に現場に行って取材したジャーナリストによる情報、つまり誰がどこでどのように得たかが明確な情報は、玉石混交のインターネット検索やSNSの伝聞よりは信頼できると考えています。また、AIは情報をまとめてくれて便利ですが、多数派の常識(正しいとは限らない!)に沿う可能性が高く、一見客観的に見えても、どのようなデータに基づいているかで答えが変わるので、あくまで参考程度にしかならないと思います。

メディアや言語は、単なる情報の器ではなく、情報を加工して形作る重要な要素です。だからこそ、どんなメディアやどの言語で発信された情報なのかを意識しています。速報性ではSNSやネットが優れていますが、じっくり考えるのには向きません。ネットではゴシップも災害も同列に扱われ、情報の軽重の感覚がおかしくなる気がします。その点、重要度に応じてメリハリがある新聞は、依然として重宝しています。

言語の観点から言えば、日本語のニュースは日本人や日本に住む人を念頭に置いているのは当然ですが、英語だから国際的とは必ずしも言えません。例えばBBC NewsやCNN Internationalは「国際性」や「グローバル性」をうたっていますが、前者は英国、後者は米国の動きに焦点があり、それぞれの「自国化」が明確です。他地域を理解するためには、それらの地域の言語での報道がやはり一番だと思います。

おすすめメディア

MONATO

MONATO

エスペラント語の月刊誌で、世界各地の人が現地の視点から書いた記事を、編集者がファクト・チェックをした上で載せています。世界の多様な生の声を知ることができます。これを読むためだけにエスペラントを学ぶ価値があるといったら言いすぎでしょうか。
www.monato.be

住んでいる地域の新聞・メディア

ドイツに住んだことで、現地密着情報の醍醐味を知りました。ドイツは街ごとに輪郭がはっきりしていて、個性ある新聞などのメディアが充実しています。それを読んで一日を始めると、自分の住んでいる街の情報が分かって生活が豊かになりました。

谷口仁子さん Noriko Taniguchi
谷口仁子
Adobe Brand Studioのクリエイティブディレクターとして、ブランディング、表現全般を手がける。以前はアートコレクティブ「チームラボ」でカタリストとして活動。学生時代はロンドンでアートを学ぶ。

「つながりすぎる時代」と距離を置く

最終的には、自分の考えや判断軸を育てるために情報を得ているのだと思います。そのためには、さまざまな意見や視点に触れることが大切。ただ、SNSやAIによって情報収集が効率的になった一方で、次々と新しい情報が流れ込んできて、肝心の「考える時間」を持ちにくくなっていると感じることもあります。ロンドンにいたときは、地下鉄の中で電波が届かないなど、ちょうどいい遮断があったのですが、東京では常時接続なので、意識的に情報から離れる時間を取るようにしています。「スロー・インターネット」という言葉がありますが、情報の波に飲み込まれず、自分の意志で選び取ることを心掛けています。それでも、どうしても見てしまうときは、iPhoneの画面をカラーフィルタで白黒に設定して抑止しています(笑)。

一方、AIはさまざまな場面で活用しています。調べものや作業など、AIによってかなり効率化されたと感じています。ただ、あまりに大きなテーマを丸投げしてもうまくいかないので、基本的には、具体的に指示を出せる範囲で手伝ってもらう「相棒」のような存在として使うように。先日も、購入した英語の本が想像以上に専門的でした。そこでAIに難解な文章の翻訳を頼んでみたところ、文脈を踏まえて訳すだけでなく、用語や時代背景の解説まで添えてくれて。以前なら自分一人では到底読み解けなかった内容を理解することができ感動しました。

おすすめメディア

Louisiana Channel

デンマークのルイジアナ美術館が運営しているアートにまつわるYoutubeチャンネル。世界のアーティストたちの言葉や思想に触れることができ、知的な刺激に満ちています。内容だけでなく、映像としてもとても美しくて癒やされます。
www.youtube.com/c/thelouisianachannel

Are.na

Pinterestのようにビジュアルを集めたりリサーチしたりできるプラットフォーム。広告もアルゴリズムもなく、どこか「静けさ」を感じさせるシンプルなつくりが魅力。落ち着いて考えやアイデアを深められる場所です。
www.are.na

カセキユウコさん Yuko Kaseki
カセキユウコ
ベルリン在住。舞踏の師匠である故古川あんず氏を追いかけ、91年に渡独。ブラウンシュヴァイク芸術大学パフォーミングアーツ科に在籍した。舞踏をよりどころに、テキストや音楽、現代美術など、さまざまな分野と交わりながらパフォーマンスを行っている。 www.cokaseki.com

「知らない方がいい」で過ごしてはいけない

たくさんの人々が抱えている(であろう)問題と、顔を付き合わせる毎日です。溢れんばかりの情報に踊らされ、怒ったり泣いたり笑ったりしています。気が付けば一日中、次から次へと流される情報と生活してしまいます。特に今の戦争、紛争を知れば知るほど、複雑に絡み合った歴史が善悪を超えた様相を呈し、ただ何もできない自分へのいらだち、罪の意識にやるせない思いで身動きできないでいました。

SNSで私が得た情報をリポストすることで、反対の立場に立つ人々からの攻撃を受けることもあります。なるべく対話したいと思うのですが、話は平行線で噛み合うことは難しい。立ち位置が違うだけで対立を深め、敵にさせられていく。俯瞰の視点を持ちつつ、対話をしていく、そしてお互いに修正、認め合うことができるのかが問われていくのだと思います。

ドイツに移住してから政治について情報を集め、話す機会が増えました。日本から離れることで、かえって日本の政治状況にも興味が湧き、これまでいかに自分が社会に対して無関心であったのかと思い返されます。今の世界状況は「知らない方がいい」で過ごしてはいけない状況ではないかと思います。何が正しいのか、間違っているのかは、幅広い知識がなくては判断もできません。知ることで狭く硬くなるのではなく、柔らかく広がる判断ができるようになりたいです。

おすすめメディア

AL jazeera

アラビア語と英語でニュースを24時間放送している衛星テレビ局。本社はカタールのドーハ。メジャーなメディアでは伝えられないニュースを、さまざまなジャーナリストや識者の意見を交えて放送しています。
www.aljazeera.com

街録ch 〜あなたの人生、教えて下さい〜

著名人から一般の人まで、その人の生い立ちと現在の生き方を露わにするインタビュー番組。YouTubeでなければ知りようもない人々が登場し、人間の深さも愚かさも垣間見ることができます。
www.youtube.com/@gairokuch

久保山尚さん Hisashi Kuboyama
久保山尚
スコットランド在住。英国最大規模のビジネス利益団体で政策研究・ロビー活動に従事する傍ら、SNSなどで政治や社会情勢に関する正確な情報を発信する。エディンバラ大学人文社会科学部歴史学専攻博士課程修了(PhD, Scottish History)

情報の正確さを見極める

情報源としてはSNS全盛の時代ですが、SNSで見かける情報については信頼できる情報源、例えば新聞や報道機関のウェブなどで必ず裏を取るようにしています。報道機関は誤った情報を流すと信頼に関わるため、情報源や第三者から得られた情報と照合して、正確かどうかをチェックすることを義務付けているからです。

SNSで流れてくる情報にはそのような正確性が担保されているとは限らないので、見たものを鵜呑みにはしないようにしています。例えばSNSで最近よく「英国は移民を入れすぎて社会が崩壊している」というポストを目にすることが多いですが、統計やデータを調べると、英国では過去20年間ほどで犯罪率がほぼ全ての分野で減少しています。ニュースやSNSでは犯罪の情報が常に流れ、ひどい犯罪が日常的に報じられているため、犯罪率が下がり続けていると言われても信じ難いかもしれませんが、これは事実なのです。

一方で新聞やテレビといった報道機関は信頼度が高いですが、情報の取捨選択に関しては完全に客観的とはいえませんし、社会の関心などによって報道の重点は大きく左右されます。メディアもやはり商売なので、人々が飛びつく情報を流しがちになるわけです。その意味で、報道される情報やニュースはショッキングなものが多くなりがちなので、そこは常に頭の片隅に入れておくべきだと思います。

おすすめメディア

The Times

The Times

英メディアに関しては、精度という点では「タイムズ」紙と「フィナンシャル・タイムズ」紙が頭一つ抜けており、この二つを読めば大体のことは分かります。情報源という点に関しては、SNSはかなり注意が必要だと思います。
www.thetimes.com

城島未来さん

日本語で英国に関する精度の高い情報を得るのは容易ではありませんが、現地で記者が直接取材を行う媒体は貴重です。その中でも、TBSロンドン支局特派員の城島未来記者は丁寧で確かな取材を重ねており、信頼できる報道を発信しています。
https://x.com/mikojoburg

小畑和香子さん Wakako Obata
小畑和香子
フライブルク在住。日系企業に勤める傍ら、モビリティシフトを目指す市民活動に参加。3件の自転車市民決議(州民/住民請求)、カーゴバイクシェアシステム運営など経験。共著に『世界に学ぶ自転車都市のつくりかた 人と暮らしが中心のまちとみちのデザイン』(学芸出版社)。

情報との距離感と発信の倫理

私が「信頼できる」と考えるのは、客観的な伝え方をしていて、出典に紐づけることができる情報です。そのメディアや発信者の蓄積を見て、信頼性を見極めるようにしています。

自転車市民決議に参加していた時期や共著を執筆していた頃は、積極的に関連するニュースを追っていました。しかし最近は、モビリティシフトへの向かい風が強まっていることもあり、ネガティブな情報が心理的に影響するようになったため、受動的に情報に触れる形に変えました。意識的に距離を取ることも、情報との健全な付き合い方だと感じています。交通やまちづくりといったテーマでは、日本語圏のSNSにおいて男性発信者の割合が偏って多いことも気になっています。特定のテーマ発信への時間の使い方にジェンダー差があることは問題だと考えています。だからこそ、自分にとって心地よくない空間にならないよう、見る範囲を調整しながら向き合うようにしています。

情報を発信する立場としては、住民請求のアカウントを運営していたときには「絶対に賛成する層」と「絶対に反対する層」の間にいる大多数の人々に訴えかけることを強く意識していました。文法を正しく「ジェンダーする」こと、ボディ・シェイミングを支持しないこと、写真や動画で個人の匿名性を守ることなど、細部への配慮を大切にしながら発信してきました。

おすすめメディア

Cycle

MONATO

「自転車生活を楽しく」をテーマとした、15年以上続く日本のフリーペーパーとウェブマガジン。スポーツではなく、カルチャーとしての自転車にまつわるあれこれを知ることができます。自転車に普段乗らない方にとっても、「自転車」という切り口から多彩な世界が見えてくるはず。
https://cycleweb.jp

Ingwar Perowanowitschさん

モビリティシフトに関心があるドイツ語圏の人がよくフォローしているジャーナリスト。交通政策関連ニュースや、欧州の自転車インフラ先進事例を紹介しています。
www.instagram.com/ingwar.perowanowitsch

國枝孝弘さん Takahiro Kunieda
國枝孝弘
慶應義塾大学総合政策学部教授。専門分野はフランス文学およびフランス語教育で、異文化理解を促す授業構築や、文学と言語表現に関する研究を中心に展開。 公共メディアでの活動として、NHKの語学番組「テレビでフランス語」などで講師を務めた実績がある。

自分の立場を問うメディアとの対話

速報ニュースを追うことは少なくなりました。その代わりに、「ル・モンド」や「アルテ」など信頼性の高い媒体で、背景を掘り下げる論説系のポッドキャストを中心に聴いています。またフランスでは、ラジオ番組の多くがポッドキャストとして配信されており、時差の関係でリアルタイムで聞けない番組も好きなときに聴けるのが便利です。

もちろん、それらの報道を鵜呑みにしているわけではありません。判断に迷うときは信頼するジャーナリストのSNSを参考にしますが、その人が常に正しいとは限らない。情報を受け取る際に大切なのは、最終的に「自分がどういう立場を取るか」を意識することだと思います。

SNSはXとBlueskyを併用しています。フランスでは大手メディアがXから撤退し、Blueskyに移行しているため、後者が欠かせない情報源になっています。一方で、個人のジャーナリストの多くはいまだにXを活用しており、両方を見比べるようにしています。欧州で実感するのは、独立系メディアやフリーランス記者の重要性です。大手とは異なる視点が情報の多様性を支えていると感じます。

AIは避けるものではなく、授業の中でも実際に取り入れています。例えばフランス語の授業では、学生にAIを使って練習問題を作らせ、それを別の学生が解くというアクティビティーを行っています。AIを活用することで、学び方や考え方の幅が広がると感じています。

おすすめメディア

France Culture

フランスの公共放送「Radio France」の文化専門チャンネル。文学や映画、哲学など幅広いテーマを扱い、作家や映画監督本人が出演してパーソナリティーと対話する知的で深い番組が多いのが特徴です。
www.radiofrance.fr/franceculture

西村カリンさん (Karyn NISHIMURA)

日本在住のフリーランス・ジャーナリスト。日刊紙「リベラシオン」や公共放送「ラジオ・フランス」の特派員として活動している。当事者に近い立場から現場の声を丹念に伝える取材姿勢に定評があります。
https://x.com/karyn_nishi

新野見卓也さん Takuya Niinomi
新野見卓也
ブダペスト在住のピアニスト・音楽批評家。国際基督教大学卒業、一橋大学大学院言語社会研究科を修了後、リスト音楽院でピアノを学ぶ。現在はハンガリー国立ダンスアカデミーのバレエピアニストとして活動しつつ、演奏・執筆を通じて日欧の音楽文化を架橋している。

情報は「媒介」された世界である

「media」の原義、すなわち「媒介」ということを常に意識することが大切だと思います。私たちが受け取っているのは「生の情報」ではありません。取材の過程での取捨選択、編集方針、見出しや写真の構成、さらにはSNSのアルゴリズムや私たち自身の関心の偏りといった、いくつものフィルターを通過した結果が「情報」として届いているのです。大手メディアであれ、個人のSNS発信であれ、この媒介性から自由ではありません。

私は長くXを使ってきましたが、一般にSNSは立場を問わず極論が目立ちやすい場です。もちろん、即応が求められる場面を否定するものではありません。ただ、その都度反射的に反応するだけでなく、自分でその問題を引き受けて、または相手の立場に立って、立ち止まって考えることもときに必要でしょう。そして私は、SNSで気になったことをSNSの中だけで完結させないことを心がけています。本を読むこと、考えること、あるいは行動に移すことで初めて、その情報収集が生きるというべきでしょう。

AIについては、特段の関心はありません。人間が自分で表現し、考え、他者と触れ合うことに喜びを見いだす限り、AIがあろうとなかろうと、人間の幸福の核心は容易に変わらないのではないでしょうか。むしろ私たちは少し冷静になって、「AIとどう付き合うか」という技術論だけでなく、その裏側で何が犠牲になっているのかにも目を向ける必要があります。

おすすめメディア

ゲンロン友の会(シラス)

批評誌「ゲンロン」を中心に活動する会員制コミュニティーと、配信プラットフォーム。思想、社会、アートなど多彩なテーマの講義や対談をオンラインで発信。思考を深める場として支持を得ています。
https://webgenron.com

Dialogue for People

NPO法人。国内外の社会課題や人権問題を取材し、記事や動画、ポッドキャストなど多様な形で発信。現場の声に耳を傾け、対話を通じて共感と理解を広げる姿勢が高く評価されています。
https://d4p.world

丹羽良徳さん Yoshinori Niwa
丹羽良徳
ウィーン在住の現代美術家。公共・政治空間でスローガン的な行為を実施し、その記録映像を通じて、制度の外縁や行為が生む軋あつれき轢から社会通念・価値観の源流を探る。プロジェクトに「私的空間からアドルフ・ヒットラーを引き摺り出す, 2018」など。

メディアが映す無意識と、その先にあるもの

昨年、一時帰国した際に日本のテレビを見ました。ところが、画面に映る光景はどこか不気味で、感情的な言葉と、空虚な娯楽だけ。情報を伝えるより、現実を忘れさせるための装置に近づいているように感じました。「どうでもいいニュース」にも一応の社会的機能があります。日常の重圧や政治的対立の疲労感を和らげる現実逃避の空間として機能しているのです。

これは支配体制にとって都合が良く、テレビ、政府、視聴者が共犯関係にあると言えるでしょう。多くの番組は重要なことを伝えず、国民を無知のままに保つ姿勢が主流です。SNSは、アルゴリズムによって心地よい情報だけが選ばれ、さらにフェイク・ニュース拡散の温床となり、民主主義を脅かしています。人々は偽物かどうか識別能力を失い、右派の台頭も誤認や疎外感を助長しているのです。今は情報過多ではなく「検証可能な情報の不足」なのでしょう。

メディアは人間の情緒の集積で、人間が変わればメディアも変わるはずです。それには年に一度は知らない場所に行き、異なる現実に触れることや、長時間労働を見直し「立ち止まる時間」を持つ社会をつくること。それがメディアとの健全な距離を取り戻す第一歩になるのではないでしょうか。明日、電車の中で見知らぬ誰かにそっとウィンクしてみましょう。そこから、世界の見え方が少しだけ変わるかもしれません。

おすすめメディア

報道特集(TBSテレビ)

報道ドキュメンタリー番組。社会問題や国際情勢に加え、日常に潜む違和感や声なき当事者にも焦点を当てています。丁寧な取材と深い人間洞察に基づくルポルタージュを通して、日本社会の今を伝える貴重な番組。
www.tbs.co.jp/houtoku

よど号日本人村

1970年のよど号ハイジャック事件の当事者たちが、亡命先での生活を発信していたウェブサイト(2021年で更新停止)。当事者を肯定・擁護する意図はありませんが、社会を揺るがした出来事が次第に風化していく現実と、その無常を伝えています。
www.yodogo-nihonjinmura.com

編集部スタッフがピックアップ! 心が豊かになるメディア

Lobsterr Letter www.lobsterr.co

Lobsterr Letter

Selected by 編集部(真)

毎週月曜日に届くニュースレター「Lobsterr Letter」では、未来の兆しとなるようなビジネスやカルチャーのニュースを集め、編集部の感想や考察を添えて紹介しています。ニュースの速読というより、選び抜かれたニュースが長めに書かれているため、私は月曜の朝、コーヒーを飲みながらまず見出しをチェックし、気になったトピックを後からじっくり読むのが習慣です。なかでも特に好きなのが、ニュースレター冒頭の「Outlook」のコーナー。編集部が気になっているテーマに沿って、関連する記事を挙げながら展開される小論考のような内容で、「何かおもしろいことありますかね」「面倒を見るという仕事」「ビジョンがなくても」など、毎回のタイトルにも惹かれます。

INA「BAROMÈTRE」 www.data.ina.fr

INA「BAROMÈTRE」

Selected by 編集部(沖)

フランス国立視聴覚研究所(INA)が毎月発行している「BAROMÈTRE」は、ニュース番組やラジオ放送をAIで分析し、報道でどんな言葉が繰り返され、どの地域が目立ち、誰の声が多く聞こえたのかを数値化するニュースの鏡のようなレポートです。興味深いのは「声の偏り」。ニュース番組で話す女性の割合はわずか39%。つまり、テレビの音の6割は今も男性の声に占められているのです。一方で文化系ラジオ「France Culture」は男女比が50対50と最もバランスが取れていました。数字だけを追っているのに、メディアが映す社会の影がくっきり見える「ニュースのあと読み」がこのバロメーターの魅力。ニュースをただ受け身で見るのではなく、今の社会を観察する感覚が得られます。

Time Sensitive www.timesensitive.fm

Time Sensitive

Selected by 編集部(徒)

文化・アート・政治などのジャンルから、今立ち止まって考えたいものを紹介する「The Slowdown」というメディアがあるのですが、その編集長スペンサー・ベイリー氏が手掛けるポッドキャストが「Time Sensitive」です。毎月「時間」をテーマに作家やアーティスト、建築家、思想家などをゲストに迎え、その人が時間とどう向き合い、創作や人生に生かしているかを掘り下げます。これまでに写真家の杉本博司、ジャーナリストのマルコム・グラッドウェルをはじめ、第一線で活躍する人々が出演しています。最近、私はニュースを急いで日本語翻訳して読むクセがつき、さらにニュース以外でもそのせわしない読み方が定着しかかっているため、文字ではなくあえて耳から英語をじっくり味わうようにしています。

クーリエ・ジャポン https://courrier.jp

クーリエ・ジャポン

Selected by 編集部(穂)

海外の媒体から選りすぐりの記事を日本語で紹介する「クーリエ・ジャポン」は、独自の特集が組まれ、さまざまな視点から物事を考えることができる媒体で、学生時代からお世話になっていました。印象に残っているのは「9割の日本人が知らない『危機』」と題された2015年の緊急総力特集で、パリ同時多発テロ事件の発生直後に発行された号です。当時渡独を1年後に控えていた私は、今この時代に欧州に行くとはどういうことなのか、答えを求めて手に取りました。現在はウェブ版のみですが、記事だけでなく動画配信やイベント開催など、まだまだメディアの可能性を感じさせてくれます。オンラインイベントでは編集長や読者と直接話す機会もあるので、また参加したいなと考えています。

 

生誕250周年 時代と共に変わるジェーン・オースティンの魅力

生誕250周年
時代と共に変わる
オースティンの魅力

Jane Austen

18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍した小説家ジェーン・オースティン。上流階級の末端に生まれ、地方ジェントリとして比較的穏やかな生活を送りながらも、当時の階級秩序や女性の生き方を冷静な眼差しで見つめ続けた。この特集では、発表当時の風俗小説的な読まれ方から、19世紀末の文体的再評価、1990年代の映像化ブーム、そして現代のフェミニズム的再読へと、時代と共に変化しながら読み継がれてきたオースティン像をたどる。
(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: Jane Austen's House、www.janeausten.org、https://janeausten.co.ukほか

Jane Austen
ジェーン・オースティン
1775-1817

18世紀末から19世紀初頭にかけて活動した英国の小説家。8人兄妹の次女として、1775年12月16日、英南部のハンプシャー、スティーヴントンで生まれた。父は教区牧師で、知的で文化的な家庭環境のもと、少女時代から読書と創作に親しむ。代表作に「高慢と偏見」「分別と多感」「エマ」などがあり、地方ジェントリ社会を舞台に、階級、結婚、経済的自立といったテーマを繊細かつ皮肉な筆致で描いた。感傷主義やゴシック小説が人気を集めた時代にあって、現実の人間関係を緻密に描いたことで、後に近代小説の先駆と位置づけられる。

生涯独身を貫き、家族と共に田園生活を送りながら執筆を続けたが、1817年、41歳で病に倒れ、英南部ウィンチェスターに没した。生前は作者名を明かさず「By A Lady」とのみ記しており、「Jane Austen」と作者名が明記されて世に出るようになったのは、死後出版された遺作からだった。だが死後も作品は読み継がれ、日常生活の中に潜む人間の欲望と機微を見事に描き出した筆致は、200年以上を経た今日も色あせていない。

姉のカサンドラがジェーンを描いた水彩画姉のカサンドラがジェーンを描いた水彩画

1ジェーン・オースティンの生きた時代

ジェーン・オースティンが生きた時代は、一見すると穏やかな英国の田園社会だが、実際には大きな社会変動と価値観の転換期だった。

18世紀後半の英国は啓蒙思想の影響を受け、理性や道徳、社会秩序を重んじる「理性の時代」と呼ばれていた。一方で、産業革命が進み、都市化や中産階級の台頭が始まる。これにより、従来の階級構造が揺らぎ、経済力による新しい社会的上昇の道が生まれた。オースティンの作品にたびたび描かれる「財産」「結婚」「身分」は、まさにこの社会変化を背景にしている。

さらに、欧州ではフランス革命(1789年)やナポレオン戦争(1803~15年)が続き、英国社会も政治的不安や戦争景気で揺れていた。オースティンの兄たちも従軍しており、オースティン自身も戦争の影響を身近に感じていたはずだ。

文学の世界では、読者の共感や涙を誘うために登場人物がしばしば極端な感情表現をする感傷主義が流行。代表作としては、サミュエル・リチャードソンの「パメラ」(1740年)やシャーロット・スミスの「エメリン」(1788年)など、感情や道徳的な善悪のドラマが前面に出る作品が人気を博していた。また同じく18世紀末に人気を博したジャンルにゴシック小説がある。廃墟や古城、修道院などの神秘的で恐怖をあおる舞台を用い、劇的で非日常的な展開が読者に好まれた。アン・ラドクリフ「イタリアの修道院」(1797年)が象徴的で、オースティンと同時代のメアリー・シェリー「フランケンシュタイン」(1818年)にもその一端が見られる。

ただ、オースティンはそうした流れとは一線を画し、自分に身近な人間関係や社会の機微を精緻に描くことで、現実に根ざした小説表現を確立した。だがその作品は、当時は中流階級の女性たちが好んで読む風俗小説として人気を博したまでであり、現在のように英国を代表する作家の一人と数えられるには、数十年の月日を待たなければならなかった。

オースティン・フェスティバルオースティンの小説に書かれた19世紀初頭のジェントリ階級のイメージ。写真は2018年に英南西部バースで開催されたオースティン・フェスティバルの参加者たち

219世紀末のオースティン再評価

オースティンの死後数十年を経て、ヴィクトリア朝時代に文学界でオースティン再評価の動きが始まった。批評家や教育者は、オースティンの小説に見られる物語構成の巧みさや心理描写の精緻さに注目し、当初「上品な風俗小説」として軽視されていた作品の文学的価値を改めて認めるようになった。出版事情も追い風となった。1870年代以降、再刊版や注釈付き上製本が増え、広範な読者層が作品に触れられるようになったことが、再評価を後押ししたのである。

「分別と多感」の初版本「分別と多感」の初版本。作者名が「By A Lady」となっている。

当時の文学界は、チャールズ・ディケンズやウィリアム・サッカレーなどが描く、都市生活や社会問題に関心が集まるリアリズム文学の時代。オースティンの日常生活や社交界に根ざした精緻な人物描写は、18世紀末の感傷主義やゴシック小説の影響から独立した価値として評価されやすかったのだといえる。

この再評価の波は海外にも届き、日本では夏目漱石がオースティン作品に注目したことが知られる。漱石は19世紀末から20世紀初頭にかけて英文学を研究するなかで、オースティンの理知的で控えめな筆致や、登場人物の心理や社会関係の描写を高く評価。その著書「文学論」(1907年)の中で、「ジェーン・オースティンは写実の泰斗たいとなり。平凡にして活躍せる文学を草して技神ぎしんに入る点に於いて、優に鬚眉しゅびの大家をしのぐ」(ジェーン・オースティンは写実文学の達人であり、平凡な日常生活を題材にした小説を手がける技術において、当時の著名な作家たちをも優にしのぐ)と書いている。漱石自身も近代小説の技法を探求していた時期であり、オースティンの作風はその文学観形成に一定の影響を与えたと考えられる。

夏目漱石夏目漱石は1900~01年、文部省からの要請で英語教育法研究のため英国に留学した

3スクリーンの中のオースティン

19世紀末の再評価や20世紀を通じた学術的研究により、1990年代にはジェーン・オースティンの名はすでに英国文学の中で確固たる地位を築いていた。そんななか、1995年にBBCによるジェニファー・イーリー、コリン・ファース主演の6話構成のテレビ・ドラマ「高慢と偏見」が放送された。このシリーズは英国内で1000万人以上の視聴者を記録し、社会現象に。同年には、アン・リー監督が「分別と多感」を映画化した「いつか晴れた日に」も公開され、興行的にも世界で1億ドルを超える大成功を収めた。また、「エマ」を現代の米国に置き換えたパロディー映画「クルーレス」も話題を呼び、オースティン作品を直接読まない若年層にもその物語の世界が広がった。

映像化によって、オースティン作品の持つ魅力はより視覚的に伝えられるようになった。階級社会のルールや社交界での微妙な駆け引き、人物間の心理的なやりとりがスクリーン上で具体化され、原作の文章だけでは読み取りにくいニュアンスが観客に伝わるようになった。また、制作側は現代の価値観に合わせて、恋愛や女性の自立といったテーマを強調することが多く、原作の持つ日常描写や皮肉の効いたユーモアが新しい形で再解釈された。こうした映像化の波は、オースティン作品を古典文学としてのみ読むのではなく、「娯楽としても楽しめる作品」として再評価する契機ともなった。文学的価値の定着と映像エンターテインメントとしての人気が相互に作用し、オースティンの作品は時代を超えて幅広い層に受け入れられる存在となったのだ。

1995年のBBCのヒット・ドラマ「高慢と偏見」の一場面1995年のBBCのヒット・ドラマ「高慢と偏見」の一場面

4現代のフェミニズム的再解釈

21世紀に入ると、オースティン作品の映像化は娯楽的な恋愛ドラマの枠を超え、フェミニズムの視点から再構築されるようになった。そこでは、女性が社会の制約の中で自らの声を見いだし、感情と理性の均衡を模索する物語として読み直されている。例えば、2005年版「プライドと偏見」でキーラ・ナイトレイが演じたエリザベスの奔放さは、ヴィクトリア朝時代的な「慎み」ではなく、自分の感情に率直であることを肯定する新しい女性として描かれた。こうした再解釈は、オースティンが描いた女性たちを、従属的存在ではなく自らの判断で生きようとする個人としてとらえ直す試みでもある。

そしてその流れは、2010年代以降の作品でさらに深化する。近年の映像化では、女性が直面する抑圧はもはや法や制度によるものではなく、社会的期待や自己演出の圧力といった現代的な心理的束縛として描かれるようになった。SNS時代に生きる私たちが感じる「完璧であらねばならない」という理想的女性像への同調圧力と重ね合わせるように、登場人物たちは無意識のうちに内面化した規範から自由になろうとする。「高慢と偏見」の現代版「ブリジット・ジョーンズの日記」(映画版は2011年)が大ヒットしたのもこの時期だ。

さらに、2020年のオータム・デ・ワイルド監督による「EMMA エマ」では、主人公エマは特権的な立場から他人の恋愛を操作するが、その「善意」に潜む支配性に気付き、他者と対等な関係を築くことで初めて成熟に至る。そこには、善意による支配を自省し、他者との関係の中で真の自由を見いだそうとする現代的な女性像が投影されている。オースティンが生きた18世紀末から200年を経て、そのヒロインたちは今、「自分の物語を語る女性」としてスクリーンに立ち続けている。オースティンの小説の世界は、いまなお私たちに社会の中で女性がどう自分を見つめ、どう他者と生きるのかという普遍的な問題を提起してくれる。

2020年作品「EMMA エマ」で主演を演じたアニャ・テイラー=ジョイ(右)2020年作品「EMMA エマ」で主演を演じたアニャ・テイラー=ジョイ(右)

ジェーン・オースティン長編作品

ジェーン・オースティンの主要な長編小説6作を紹介。いずれも19世紀初頭の英国社会における結婚・階級・経済・女性の生き方を繊細に描いたものばかり。なお、未完小説に「サンディトン」(Sanditon 1817年)がある。

1. 分別と多感
Sense and Sensibility (1811年)

理性派の長女エリナーと感情派の次女マリアンという姉妹が、恋愛と失意を通して成熟していく物語。感情と理性のバランスを主題に、当時の結婚観と女性の自立を描く。

2. 高慢と偏見
Pride and Prejudice (1813年)

才気あるエリザベス・ベネットと誇り高いダーシー氏の恋愛を軸に、階級意識と人間の偏見を風刺する代表作。ウィットに富む会話劇と女性の主体性が光る。

3. マンスフィールド・パーク
Mansfield Park (1814年)

貧しい家から伯父の屋敷に引き取られたファニー・プライスが、道徳心と誠実さによって自らの立場を確立していく。道徳的価値観と社会的序列の問題を深く掘り下げる。

4. エマ
Emma (1815年)

裕福で聡明だが思い上がりの強いエマ・ウッドハウスが、他人の恋愛をお節介に操ろうとするうちに、自分自身の感情に気づく物語。心理描写とユーモアが際立つ。

5. ノーサンガー・アビー
Northanger Abbey (1817年 没後出版)

ゴシック小説に夢中なキャサリンが、ノーサンガー・アビーという古めかしい屋敷を訪れる。そこでホラー体験を空想したことで、現実と小説を混同し事態は思わぬ方向へと進む。ゴシック文学風刺とロマンティックな諷刺の融合が特徴。

6. 説得
Persuasion (1817年 没後出版)

かつて婚約を解消したアン・エリオットが、8年後に再び元恋人と出会い、再生の愛を見つける物語。成熟した筆致で後悔・誇り・第2のチャンスを描く晩年の傑作。

ジェーン・オースティンズ・ハウス・ミュージアム

Jane Austen's House Museum

英南部ハンプシャーのチョートンにあるジェーン・オースティンズ・ハウス・ミュージアムは、オースティンが生涯最後の8年間を過ごした17世紀建築のコテージ。ここで暮らす間、すでに完成していた初稿を改稿し出版に備えたほか、新作を執筆するなどしていた。博物館としては1949年に一般公開を始め、オースティン本人が使っていたライティング・テーブルが展示されているほか、オースティンが所有していた初版本、手紙、アクセサリーなどの所蔵品もあり、その生涯と創作活動が分かる。定期的にワークショップ、トーク、特別展などのイベントが実施されており、250年目の誕生月である12月には、オースティンのキャリアを称える特別イベントやクリスマスのイベントも開催。混雑が予想されるので、予約をお勧めする。

Jane Austen's House Museum
10:00-17:00
£15
Winchester Road, Chawton, Hampshire GU34 1SD
Tel: 01420 83262
Alton駅
https://janeaustens.house/

Jane Austen's House MuseumJane Austen's House Museum

 

ロンドンに息づく信仰と食のかたち

知っているようで知らない ロンドンに息づく
信仰と食のかたち

宗教と食のつながり

宗教と食のつながりは、世界の文化を映す確かな手がかり。多民族都市ロンドンには、信仰に沿った食文化が息づき、街の食卓にも独自の彩りを添えている。この特集では、東方正教会、ヒンドゥー教、イスラム教、ユダヤ教、の四つを取り上げ、食を通して見えてくる価値観や暮らしのリズムを探る。ロンドンの宗教人口比率も交えながら、この街の多様な食の風景を紹介しよう。
(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.bbc.co.uk https://pro.nandemosake.com www.ons.gov.uk www.bda.uk.comほか

宗教と食の関係には、戒律、食材の選択、調理法、儀式食など、いくつかの普遍的な共通点がある。いずれも身体を整え、共同体をつなぎ、より良い生を送るための知恵として古くから受け継がれてきたものだ。

英国、とくに大都市ロンドンでは、こうした信仰に沿った食習慣が「特別な文化」としてではなく、日々の暮らしのなかに自然に溶け込んでいる。宗教的背景とは関係なく、ベジタリアンやビーガンの人々、あるいは単にその味が好きで宗教的背景を持つ惣菜を買い求める人も多く、宗教食は生活圏のなかで多様なかたちで受け入れられている。

友人や同僚の食習慣を知ることは、互いの背景を理解する小さなきっかけになり、日常の景色をより豊かにしてくれる。料理をきっかけに会話を交わせば、遠くの地域や宗教が驚くほど近く感じられる瞬間がある。ロンドン、そして英国には、そうした多様性と出会いがあふれている。この環境を生かし、食を通じて世界とつながる視点を広げていきたい。

ロンドン住民の宗教

2023年公表の国勢調査では、無宗教や宗教の無記名が34.1パーセントに達している。この傾向は、信仰をより個人的なものとして扱う都市の空気を映しているのかもしれない。こうした背景が、多様な宗教の食文化が日常に溶け込みやすい土壌になっている、という見方もある。

ロンドン住民の宗教

東方正教会
断食期間中は豆類・野菜

東方正教会

東方正教会は、主にギリシャ、ロシア、ウクライナ、バルカン諸国、中東の一部に信徒が多いキリスト教の一派。古くから続く礼拝と伝統を重んじ、「節制」「祈り」「断食期間」が信仰生活に深く結びついている点が特徴だ。食の規律も、心身を整え、神との関係を深めるための重要な実践とされている。

食に対する意識

東方正教会では、普段の食事では厳格な禁忌は少なく、断食期間以外は自由に食べることが認められている。ただし、年間を通じて多くの断食期間が設けられている。断食といっても完全な絶食ではなく、特定の食品を控える「節制の食事」を指す。目的は、欲望を抑え、祈りと慈愛に心を向けることだという。断食の厳格さは、信者や地域によって異なる場合があるものの、代表的な断食には、毎週水曜日と金曜日、イースター前とクリスマス前の約40日間に及ぶ長期のもの、8月の生神女就寝祭前の2週間の断食などがあり、信徒はそれぞれの時期に食の規律を守るとされている

禁じられている食材(断食期間中)

  1. 肉類
  2. 乳製品(動物性ミルク、チーズ、バターなど
  3. 魚(ただし特定の日に許可される場合がある)
  4. オリーブ・オイル(一部の日に解禁される)
  5. アルコール

ギリシャ正教会の断食では、動物性食品は避けるのが基本だが、野菜や豆類、パン、オリーブ・オイルなどは広く食され、イカやエビといった一部の魚介類も「背骨がない」ことから許されている。小さな子どもや高齢者は断食の対象外とされる。一方でロシア正教会ではオリーブ・オイルも禁止されているなど、正教会の中でも違いがある。

断食中のメニュー

ここではロンドンで最も教徒の人口が多いといわれるギリシャ正教会のメニューを紹介する。

ファソラーダ(Fasolada)

白インゲン豆やトマト、唐辛子を使ったスープ

ファソラーダ(Fasolada)

ドルマデス(Dolmades)

挽き肉や米などの具材をブドウの葉で包んで蒸し煮にしたもの

ドルマデス(Dolmades)

カラマリ(Calamari)

イカのフライ

ラデラ(Ladera)

オリーブ・オイルで煮込んだ野菜料理

ラガナ(Lagana)

表面に白ゴマが付いた平たいパン

ヒンドゥー教(Hindu)
純粋なベジタリアン

ヒンドゥー教

ヒンドゥー教は、世界で最も古い宗教の一つと考えられており、起源はおよそ4000年以上前にさかのぼる。現在、信徒数は世界で約10億人とされ、その多くは南アジアに集中しているが、世界各地にコミュニティーがある。英国では人口の約1.5%がヒンドゥー教徒であると回答しており、国内で3番目に大きい宗教集団となっている。

食に対する意識

ヒンドゥー教では、あらゆる生命を傷つけない非暴力、アヒンサー(ahimsa)という考えが非常に重要視されている。そのため、多くのヒンドゥー教徒は肉食を避け、菜食中心の生活を送っているとされる。また、サットヴァ(純質)、ラジャス(激質)タマス(鈍質)と呼ばれる性質によって食物の性格を分類し、心身を清浄に導くとされるサットヴァの食を重視する傾向がある。

禁じられている食材

地域やコミュニティーによる差異はあるものの、一般的に以下の食品が避けられる。

  1. 牛肉(牛は神聖視されているため禁食)
  2. 魚を含む多くの肉類(一般的にヒンドゥー教徒は完全菜食)
  3. アルコール
  4. 玉ねぎ・にんにくなど刺激が強い食材(ラジャスやタマスを増すとされる)

特に牛は母性や大地の象徴として神聖視されているため、牛肉を口にすることは固く禁じられている。また、魚や肉・卵を避ける人も多く、牛を傷つけない乳製品はむしろ好まれる傾向がある。食品やスパイスはヒンドゥー教に関係なく普及し、英国のスーパーでも買いやすい。

ロンドン在住のD.Pさんに聞いた ヒンドゥー教徒の食習慣

ヒンドゥーの神話や教えでは、曜日ごと、さらには季節ごとに異なる穀物や豆類を食べる必要があるとされています。私たちは、何千年も前に作られた聖典から受け継いだこの習慣を、今でも熱心に守っています。買い物は、伝統的なインドの食材リストに基づくので、基本的に慣れた商品しか買いません。新しい商品を手に取る際には、ゼラチンやレンネット(動物由来酵素)が含まれていないか必ず確認します。職場の食事では、たいていベジタリアンのサンドイッチを選びます。宗教的には、ヒンドゥー教徒は「純粋な菜食主義者」です。卵も食べません。簡単に言うと、ヒンドゥーの信仰では「自ら生命を持つもの」を食べることを避ける傾向があります。

多くのヒンドゥー教徒が肉を食べないのは、純粋さや伝統のためだけではなく、心を穏やかに保ち、集中力や思いやりを育むとされるサットヴァな食べ物を重視しているためです。そのため、玉ねぎやニンニクのようにラジャスとされる食品は、特定の日には避けられることがあります。

イスラム教(ハラールHalal)
豚肉とアルコールを避ける

イスラム教は世界各地に信徒がいるが、とくにアジア、北アフリカ、中東に多いとされる。唯一神アッラーへの服従を説く一神教で、7世紀初頭に預言者ムハンマドが受けた啓示をまとめたコーランと、その言行録であるハーディス(Hadith)に基づいて信仰生活が営まれている。

食に対する意識

イスラム法シャリーア(Sharia)には、食事のマナーや食べてよい・悪い食品に関する規定が多く定められている。許されているものをハラール、禁じられているものをハラーム(Haram)と呼び、日々の食事はこの区分に沿って選ばれる。また、ラマダンの期間には日の出から日没まで飲食を断つ断食が行われる。水を含む一切の飲食を控えることで、節制と信仰心を深める時間とされている。

禁じられている食材

  1. 豚肉(ポーク・エキスやゼラチン、ラードなどのブタ由来の調味料や添加物も)
  2. イスラム法にのっとり屠殺されていない食肉
  3. アルコール

豚以外の肉は、アッラーの名を唱え、決められた方法で屠殺されたハラール・ミートであることが条件となる。また飲酒だけではなく、料理へのアルコール混入も禁止。さらに、地域や個人によって差はあるものの、うなぎ、イカ、タコ、貝類、発酵食品などに抵抗感を示す教徒もいる。なお、肉や加工肉はハラール認証が重要であるものの、中東食品は宗教に関係なく普及し、英国のスーパーでも買いやすい。

HALAL

ロンドン在住のM.Mさんに聞いた イスラム教徒の食習慣

多くの人は、ハラール=単なる禁止事項のリストだと考えがちです。でも実際には、感謝、思いやりを大切にする食のあり方です。制限というより、日々の「体と心を養う行為」を高めるための指針、食事そのものが礼拝や感謝の行いになり得るという考え方でもあります。ロンドンは本当に多様なので、ハラールの選択肢を見つけること自体は比較的容易です。難しいのは、食材や調理方法が倫理的かつ健全であるかを確かめることです。また、多くの人がシーフードには特別な認証が必要だと誤解していますが、必要ありません。そして、ベジタリアン食であれば自動的にハラールだと思われがちですが、アルコール系のフレーバーなどが含まれる場合もあります。

ラマダン期間中は、シンプルかつ静かな心で向き合っています。夜明け前に栄養のある食事をとり、日中は無理のないペースで過ごし、日没後は職場でもデーツと水で断食を開けます。ラマダンは日常の瞬間に精神性をもたらしてくれるので、自然と負担ではなく力になっていきます。

HALAL

ユダヤ教(コーシャKosher)
肉と乳製品は同時に取らない

ユダヤ教では、食に関わる規律が日常生活と密接に結びついている。これらの規律はカシュルート(Kashrut)と呼ばれ、モーゼ五書に書かれた律法やラビの解釈に基づいて受け継がれてきたものだ。規律を守った食品はコーシャといい、食の選択そのものが信仰と生活をつなぐ重要な実践になっている。

食に対する意識

コーシャを守るユダヤ教徒は、食材の種類だけでなく、屠殺方法、調理法、組み合わせにも気を配りながら日々の食事を選んでいる。とくに肉類と乳製品を一緒に食べないという規律は特徴的で、家庭やレストランによっては皿や調理器具を完全に分ける場合もある。ただし、どこまで厳格に遵守するかは個人やコミュニティーによって幅があり、現代のロンドンでも、厳格なコーシャ家庭から部分的に取り入れる人まで、実践の形はさまざまだ。

禁じられている食材

  1. 豚肉( ポーク・エキスやゼラチン、ラードなどのブタ由来の調味料や添加物も)
  2. 貝類・甲殻類などの魚介類(ヒレとウロコのないもの)
  3. ユダヤ教の戒律にのっとった屠殺方法で処理されていない肉
  4. 肉と乳製品を同時に摂ること(カトラリー、食器、調理器具も分ける)
  5. 血痕のある卵

肉類については、牛や羊をはじめとした、ひづめが割れている反すう動物だけが許され、鳥も特定の種類のみが認められている。いずれも、コーシャ専門の業者がユダヤ教の戒律に従い、動物に苦痛を与えずに屠畜し、血抜きなどの処理をしたものを利用。そうした商品にはコーシャ認証マークがついている。魚はヒレとウロコのある種類のみとされる。肉と乳製品は3~6時間あけて食せば問題はない。

コーシャ料理の食材

ユダヤ人には、大きく分けて東欧出身のアシュケナージと、南欧からスペイン、モロッコまでに広がる地域出身のセファルディムという二つのグループがあり、それぞれ食文化が違う。ここでは英国の一般スーパーマーケットのコーシャ売り場で入手可能な両グループの代表的食品を挙げる。

マッツァ(Matzah/Matzo)

クラッカー状の無発酵パン。過越の祭りに食べる

マッツァ

ゲフィルテ・フィッシュ(Gefilte Fish)

魚のすり身で、つみれのようなもの。瓶・缶で売られている

ゲフィルテ・フィッシュ

コーシャ・チキン(Kosher Chicken)

安息日のチキン・スープ用

フォルシュマーク(Forshmak)

刻みニシン。刻んだ固ゆで卵、タマネギ、リンゴを加え安息日の前菜に

コーシャ・ピクルス(Kosher Pickles)

キュウリを塩水、ニンニクやディルなどのハーブを合わせて発酵させたもので、酢は使われていない

 

2025年秋以降、欧州旅行はこう変わる!新システム「EES」導入で入国手続きが一新

2025年秋以降、欧州旅行はこう変わる!新システム「EES」導入で
入国手続きが一新

2025年10月12日から、新しい出入国システムEES(Entry/Exit System)がシェンゲン協定加盟国で導入された。これにより、これまで旅行など短期滞在時に入国審査で押されていたパスポートのスタンプは廃止され、出入国の記録は全てデジタルで管理される。長らく導入が注目されているETIASとはまた別の制度なので、混同に注意しよう。

参考)www.gov.uk/guidance/eu-entryexit-system

UK Border

EES導入により、欧州旅行者は到着時に顔写真と指紋を登録する。そのデータは最大3年間保持されるため、再入国時の手続きは簡略化される。また、これまでも「180日の間で通算90日まで」というシェンゲン協定加盟国内の滞在制限は存在していたが、従来のスタンプによる管理よりも厳密にシステムでカウントされる。日数超過は即座に把握されるため、観光・ビジネスいずれの場合も滞在計画には十分注意したい。

EESの制度そのものは全旅行者に共通するが、英国から出発する人と、日本から直接訪れる人とでは注意すべき点に少し違いがある。

英国在住者が欧州を旅する場合

シェンゲン協定の短期滞在ルール

英国はEUを離脱したため、英国人や英国在住者であっても、シェンゲン協定加盟国に入る際は日本から直接来る旅行者と同じルールが適用されている。滞在は従来通り「180日の間で通算90日まで」に限られるので、出張や旅行を繰り返す人は必ずカレンダーなどで日数を管理する必要がある。

EES登録は出発前に英国側で行う

特にロンドン在住でパリやブリュッセルなどへ週末旅行を繰り返す人は要注意だ。ユーロスター(ロンドン・セントパンクラス駅)、ユーロトンネル(フォークストン駅)、ドーバー港などから出発する場合は、EESの登録が英国出発地で行われるため、出発時間の2〜3時間前までに到着を求められる可能性が高い。日本人だけでなく英国人も登録が必要なので、初回は長時間の行列を覚悟しておきたい。ただし1度登録を済ませれば、データは3年間有効で、次回以降は照合がスムーズになる。

日本から直接欧州へ行く場合

到着時に生体情報を登録

最初の入国時に到着した空港や港の入国審査場で指紋・顔写真の登録が行われるため、手続きに時間がかかる可能性がある。特にパリやフランクフルト、ローマなど主要空港は長蛇の列が予想される。乗り継ぎ便の利用者は、余裕を持ったスケジュールが必要だ。日本から行く場合も3年間有効で、次回以降は照合がスムーズになる。

シェンゲン協定加盟国とは

シェンゲン圏(Schengen Area)は、国境検査を廃止し、人の自由な移動を可能にした欧州の国々を指す。EUと重なる部分は多いが、完全に一致するわけではない。

● シェンゲンに参加しているEU加盟国

  • オーストリア
  • ベルギー
  • ブルガリア
  • クロアチア
  • チェコ
  • デンマーク
  • エストニア
  • フランス
  • ドイツ
  • ギリシャ
  • ハンガリー
  • イタリア
  • ラトビア
  • リトアニア
  • ルクセンブルク
  • マルタ
  • オランダ
  • スウェーデン
  • スペイン
  • ポルトガル
  • スロバキア
  • スロベニア
  • フィンランド
  • ポーランド
  • ルーマニア

● EUに加盟していないがシェンゲンに参加している国

  • ノルウェー
  • スイス
  • リヒテンシュタイン
  • アイスランド

● EUだがシェンゲンに入っていない国

  • アイルランド
  • キプロス
 
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