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Fri, 20 March 2026

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新海誠 氏インタビュー 映画「Weathering With You (天気の子)」イギリス公開記念

映画「天気の子」Weathering With You
イギリス公開記念
原作・脚本・監督
新海 誠 氏 インタビュー

Weathering With You

映画は大勢の観客との
コミュニケーション

今月17日、日本で社会現象となったアニメーション映画「君の名は。」に続き大ヒットとなった「天気の子」の英国公開が始まった。これに先立ち、プレミア上映会のため新海誠監督がロンドンを訪れたのは小雨が降る昨年12月。忙しいスケジュールの合間を縫って、本作品に対する思いや諸外国での反応などを語っていただいた。新海監督の作品はその美しい風景描写と切ない台詞回しからしばし「新海ワールド」と形容されるが、丁寧な語り口で言葉をつむぎ出す監督の姿から、作品の世界観に通ずる緻密さ、そして優しさが透けて見えた。(取材・文: ニュースダイジェスト編集部)

新海 誠 
Makoto Shinkai 新海 誠
Makoto Shinkai
1973年生まれ、長野県出身。大学卒業後ゲーム会社で働くかたわら、アニメーション制作を始める。2002年に短編作品「ほしのこえ」でデビュー以来、発表する作品はどれも国内外の映画賞を受賞。「君の名は。」(16年)はメガヒットとなり、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」(01年)に次ぐ歴代2位の興行収入を記録した。

映画「天気の子」について

前作「君の名は。」から約3年。世界中のファンが新作を待ち望んでいたと思います。製作にあたりプレッシャーは感じませんでしたか。

「君の名は。」がヒットしたから次もヒットさせなければいけない、というようなプレッシャーは特になかったと思います。面白い映画を作りたいというシンプルな気持ちはありましたし、つまらない映画を作って観客をがっかりさせたら良くないな、という意味でのプレッシャーはありましたが、ただ「売れなければ」ということはあまり考えませんでした。それは配給会社やプロデューサーの仕事であって、監督としての自分の仕事は「まずは面白いと思える映画を作ることだ」と考えていました。

「君の名は。」と比べ、子供たちが置かれている生活環境や家庭事情が随分異なっていました。主人公など題材のリサーチはご自身で行っているのでしょうか。

「君の名は。」の時はキラキラした生活を描いていました。ただ、「天気の子」を作り始めた時に、前作と同じような生活を描いても若い観客はそこには憧れてくれないんじゃないか、という感覚はありました。前作を作り始めたのが2014年ぐらいだったのですが、あの頃は三葉の家のようなキラキラした家を描けば、あそこに行ってみたい、あの家に住んでみたいという共感を得られるのでないか、と考えていました。ところが「天気の子」を作り始めた2017年ぐらいにはそういう気持ちは自分の中から消え失せていて、むしろそういう生活を描いたら反感を持たれるのではないか、感情移入してもらえないのでは、と思い、本作は少し貧しい主人公に設定しました。リサーチというよりは、僕も同時代に生きているので、僕自身が感じる感覚というのは他の多くの人も共有していると思いますし、調べるというよりは自然に、身の回りから感じることですよね。もちろんスタッフの意見も聞きますが、時代的なものを読もうと思っても読み切れるものではないので、最終的には自分の感覚を頼りにするしかないですね。

劇中の英語字幕で「先輩」が翻訳されず「Senpai」とそのまま表記されていたのが新鮮でした。字幕の監修には携わったのでしょうか。

英語字幕版を観て字幕のタイミングなどについて話し合うような機会をいただきましたけれども、内容に関しては基本的にお任せしていました。例えば「晴れ女」を「Sunshine girl」と訳すのは結構苦肉の策なんだろうなと思いますし、それによって意味合いも変わってくるような気もしますが、一方で他にどうしようもないと言いますか。その点、「Senpai」という言葉はある種アニメ・リテラシーの高い、外国のアニメ・マニアにとってはすごく楽しい単語だと思いますね。マニアたちは学園モノに親しんでいるから、「先輩好きです」みたいなシチュエーションをたくさん見ているわけです(笑)。自分より年下の少年に対し主人公の帆高がこの単語を使うそのギャップの面白さに笑ってくれるのだと思いますが、それはアニメ・ファンへ舵を切った思い切った訳し方であり、また一つの正解なんだろうな、と思いながら見ていました。

海外のレビューサイトでは「ロマンティックなティーンの物語だ」というコメントが多かったのですが、日本と外国のファンの映画の捉え方、感じ方の違いを感じることはありますか。

国によって受け止め方の違いというものはありますけど、それよりも個人における違いの方がはるかに大きいと思うんですね。日本でも、この映画が好きだという人もいれば気に入らなかったという人もいる。それと同じように、一人ひとりの嗜好の違いの方が映画の印象に違いがあると思います。ただ、今回プレミア上映のために多くの国を訪れて印象に残ったのは、気候変動に関しての各国の受け止め方です。例えばこの映画を見て気候変動のことを連想する国としない国というのがはっきり分かれるような気がしています。日本は気候変動による災害があれほど頻発しているのにもかかわらず、メディアからもその話題はほとんど出なかった。ある種特殊な国だと思います。同じように気候変動を気にしていないという印象を受けた国はロシア、中国ですね。韓国も近かったかもしれませんが、その中間ぐらいかもしれません。ただ、英国が最大に気候変動のことしか聞かない国(笑)。インドや米カリフォルニアでも質問はされましたが、環境への意識の高さに関して、やっぱり英国は桁違いだなと感じました。

天気の子

新海監督と英国の思い出

2008年にロンドンに滞在されていたそうですが、その時のことについて教えてください。

中心部ホルボーンにある語学学校に行っていました。その前に国際交流基金から中東3カ国でアニメーションのワークショップをするという仕事をいただいておりまして。そこから一番近い英語圏というのが英国だったので、そのまま足を延ばしてしばらく英語の勉強をさせてもらおうかなと思い、滞在していました。当時35歳ぐらいだったのですが、大学生の留学生に混じって勉強して、今思えばバケーションのようなものでしたね。BFI(ブリティッシュ・フィルム・インスティチュート)でイベントもさせてもらったりして、2回目の学生時代が戻ってきたようでとても楽しい思い出です。印象深かったことはロンドンの街並みの美しさですかね。僕は海外に住むのがその時が初めてで、ここは日本に比べて彩度も明度もはるかに低い街だなと思いました。存在する街の色も限られているし、全体的に夜は暗い。生活空間における光の在り方が全く違うのだ、というのが当時の自分にとって興味深かったところです。それから建物の古さや街並みそのものですね。シティのようなビジネス街もありますけれども、基本的には大まかな街並みの構造はキープされ続けていて。建物の価値は基本的に下がらず、古ければ古いほど高い、という日本とは全く逆の考え方で、そこがすごく面白かったです。違う街に住んでいると人の行動様式、また価値観も変わるんだな、ということを実感できたのが、僕にとって貴重な経験でした。

食事はいかがでしたか。

ちょっとびっくりするくらいまずいお店がいくつかありましたね(笑)。今とは随分違うんでしょうけれども、何気なく入ったイタリアンが驚くほどまずい、という経験を何回かして、だんだん自炊するようになりました。

映画製作とこれから

2002年の自主制作「ほしのこえ」から始まり、現在は大きなチームで製作を進めておられますが、体制が変わったことでの面白い点、反対に難しい点などがあればお聞かせください。

人数が少ないときと多いときで、やりやすさ、やりにくさはどちらにもありますね。ただ製作スタイルが変わってきているのは自分自身の興味の対象も変わってきているから、というのがとても大きいです。「ほしのこえ」の頃はとにかく自分だけで何ができるのかを知りたかったので、全てを一人で作ってみました。そのうち自分より他の人の方が得意な部分というのも見えてくるわけですが、今僕が一番興味があるのは物語の構築そのものです。どのような物語を作ればどれぐらいの規模の観客とコミュニケーションできるのか、どれほどの規模の観客にリーチできるのかというところなんですね。今、日本で東宝と一緒に作品作りを行っていますが、ここがターゲットとしているような数十万人から数百万人、「天気の子」でいうと1000万人以上、それほどの大きなスケールの観客にどのような物語を届ければいいのだろう、と。ヴィジュアルのデベロップメント *1 などは数百人いるスタッフの力を借りるところがすごく大きいですが、僕が一番力を注ぎ、自分一人で考えている部分は「膨大な観客とのコミュニケーション」であり、そこで何ができるのか、自分の役割は一体何なのかを探求することが今一番楽しく感じられる部分です。興味の対象が変化してきているので、製作体制も必然的に変わってきているという気がします。

*1 ヴィジュアルの視覚デザインを確定する作業

Weathering With You

東宝の夏休み映画として公開されましたが、もし時期が違っていたら題材は変わっていたかもしれない、と?

7月に公開するつもりで今回の題材を選んだので、まずは日本で夏に見てもらう映画として作りました。映画、特に全国各地で公開される映画というのは時事的なお祭りに近いと思うのです。そのタイミングで観客に何が言えるのか、その時の観客が何を感じるのか、というのが大規模な映画を作る醍醐味だと今は思っています。映画に十分な力があれば、結果的にその映画が5年、もしくは10年先まで残るということもあるかもしれません。この作品がどれほどの風雪に耐えうる映画なのか、それは時が経ってみないと分からないことですね。今回、僕は最初から5年10年、あるいは50年残る映画というものは全く目指していませんでした。シンプルに同時代の表現としての夏休み映画を作りたいと。それがその先冬まで、春まで生き延びるのであればそれは幸せなことですが、そこは最初の目標の外側ではあります。

Weathering With You

欧州を舞台にする予定は……?

各都市、各地域でそう言ってもらえること自体が、もしかしたら僕たちチームのストロング・ポイントなのかな、と受け止めています。英国を描くかは分かりませんが、自分たちのいる場所を僕たちに描いて欲しいと願ってもらえる、そういう欲望を抱いてもらえる映画作りをこの先も行っていければ僕たちにとって名誉なことだと思いますし、そういうことを今後もやっていきたいです。

これから映画を見る読者にメッセージをお願いします。

英国で日本のアニメーション映画を観るという経験がどういうことなのか想像になりますが、日本で観ていては気付かない何かをきっと発見できると思います。僕は宮崎駿さんプロデュースの映画「耳をすませば」を映画館で最初に見た時はあまり何も感じなかったんですが、英国で一人暮らしをしている時にDVDで見たら泣いてしまったんですね。そういう日本で気付かなかった当たり前の部分を英国にいるからこそ感じ取れる、というのは多分僕の映画にもたくさんあるはずだと思います。ぜひ英国にいる間に観ていただいて、日本にいた時には気付かなかった日本の良さないしは良くない部分なりを映画の中から探していただけると、僕としてはものすごくうれしいです。

あらすじ

離島から抜け出した高校1年生の家出少年、森嶋帆高は、偶然の出会いから東京にあるオカルト雑誌のライターとして働くことになる。奇妙なほど連日雨が降り続いたその年の夏、帆高は一人の少女、天野陽菜と出会う。その子は、祈るだけで空を晴れにできる不思議な力を持っていた。

天気の子 Weathering With You
イギリス各地にて公開中

監督:新海誠
声の出演:醍醐虎汰朗、森七菜、本田翼、小栗旬 他
※英語吹き替え版もあり
https://weatheringwithyoufilm.co.uk

 

篠崎史紀氏インタビュー NHK交響楽団 第1コンサートマスター

NHK交響楽団 第1コンサートマスター 篠崎 史紀 氏 インタビュー

NHK交響楽団

N響とパーヴォ・ヤルヴィの化学反応を楽しんでほしい

2017年に英国を含む欧州6カ国を回るツアーを成功させたNHK交響楽団がロンドンに戻ってくる。世界的指揮者パーヴォ・ヤルヴィ氏を首席指揮者に迎えて早5シーズン目。ヤルヴィ氏の母国エストニアを含む7カ国9都市で行われるツアーでは、数年かけて培われた指揮者とオーケストラの絆が生み出す円熟した演奏が期待できそうだ。今回は同楽団の第1コンサートマスターとして活躍する篠崎史紀氏に、前回のロンドン公演やヤルヴィ氏と同楽団の関係、前回を超える規模となる今回のツアーについて語っていただいた。(取材・文: 村上 祥子)

Fuminori Maro Shinozaki Fuminori Maro Shinozaki 1963年生まれ。愛称はマロ。多くの演奏家を輩出した篠崎永育(父)と幼児教育の第一人者である美樹(母)から3歳よりヴァイオリンを学ぶ。毎日学生音楽コンクール全国第1位獲得。81年よりウィーン市立音楽院に留学。欧州の主要コンクールで受賞実績を重ねつつ世界各地の国際音楽祭に招聘されるなど幅広い活動を行う。88年、同音楽院を修了後、帰国。群馬交響楽団コンサートマスター、読売日本交響楽団コンサートマスターを歴任し、97年4月にNHK交響楽団コンサートマスターに就任。現在は第1コンサートマスターとして活躍中。桐朋学園非常勤講師、東京藝術大学非常勤講師、昭和音楽大学客員教授。

主催者側がコンマスの部屋まで飛んできた

海外公演を行うには労力を使いますし、資金面でも大変なことが多いかと思います。今回は約3年ぶりの大規模なツアーとなるわけですが、NHK交響楽団(以下、N響)が海外公演を行うことについてはどのように捉えていらっしゃいますか。

欧州には、「東洋にすごいオーケストラがある」という噂が昔からありました。うち(N響)に招聘(しょうへい)している西洋の指揮者たちやソリストたちが自国で話しますからね。けれどもその実態は知られていなかった。N響は何度か欧州旅行に行っていますが、前回は一番手応えがあった演奏会で、終わった後にすぐ招聘の話が来たのです。欧州に呼びたい、3年以内に呼びたいと。これはN響が世界で認められるところにようやく足を踏み入れたということ。ですから、この海外公演の動きを担っていくのが、日本のクラシック音楽界の未来に対して必要なのではないかと思っています。

2017年のロンドン公演では、武満徹の曲を組み込むなど他の地域とは異なる独自のプログラムを演奏されました。その時の聴衆の反応はいかがでしたか。

東洋から来ているオーケストラで、前回の訪英は10数年前。知っている人は知っているけれども知らない人も多いという状況でしたから、聴衆はすごく沸きますよね。特に日本のオーケストラが日本のアイデンティティーを持った作曲家の曲を演奏するというのは、日本にロシアのオケが来たらロシアの曲を聴きたいと僕たちが思うのと同じで、非常に大事なこと。聴衆が沸いてくれたのもありがたかったし、公演の直後に主催者側が走って飛んできたというのも大きかった。僕たち演奏家や聴衆は、良い演奏に対しては心が動くし、感動もする。そういうものを観たり聴いたりしたら心からの拍手とブラボーをかけますが、主催者側は少し別で、もっとクールに見ているんですよ。そうしなければ主催はできないですから。でも主催者側が飛んできて、近いうちに欧州の地で演奏会ができないかと聞いてきた。N響の真の価値を認めてもらったと言っても過言ではないかもしれません。しかも主催者側はコンマスの部屋まで来ましたからね。僕が言葉ができたというのも少しはあると思いますが、次はいつ来られる、このオーケストラのスケジュールはどうなっていると。

そして迎える今回のヨーロッパ公演は7カ国9都市を回るという、前回以上の規模となっています。

ツアーに関して言えば、マーケティング上、世界の中で重要な場所があって。それがニューヨーク、ロンドン、東京。あとメディアに批評が出るところとしてベルリン、パリがあります。ウィーンはオペラなどに関しては批評が出るけれど、それ以外の分野は地中に埋もれてしまう。そういう意味ではロンドン、パリ、ベルリン、そしてオファーが強かったオランダといった場所を回る今回の演奏会は、N響にとっては重要なポジションに位置すると思います。

海外ツアー時には、演奏家としてはもちろん、コンサートマスターならではのご苦労も多いのではないですか。

何もありません。コンサートマスターはそれが苦労だと思ったら、たぶんなれない。だから楽観主義の人がいいんですよ。そういう意味では合っているのかもしれません(笑)。場所が変わればメンバーの体調が悪くなることもあり、それが一番心配ですね。常にホテル住まいですし、移動続きでホールも毎回違う。ただありがたいことにクラシック音楽には作曲家という絶対神があって、そこに集結することができます。コンサートマスターの仕事というのは、その日、良い演奏会をやりたいよねという気持ちを皆に作ってあげること。あとは場所が変わったり練習時間が少なかったりして指揮者が精神的にいら立つのをなだめる。それくらいかな。だからこそパーヴォ(首席指揮者のヤルヴィ氏)とも一緒にご飯を食べたりしているんです。

指揮者とコンサートマスターの親密なコミュニケーションが、良い演奏を生み出すうえでのベースになっていると。

海外からN響に来るソリストや指揮者とも、何度か個人的に食事をしています。日本には英語の表記が少ないから、彼らにとっては特に難しくて、ストレスがたまりやすいんです。また、日本人は会話を通じて理解し合うということをしない、皆まで言うなという「察する文化」を重んじていますから。向こうはしゃべらないと分からないので、リハーサルをやっていても皆が黙っていると、「分かっているのかな、いないのかな」と不安になってしまう。そういうときに返事をしてコミュニケーションを促すというのも僕の仕事ですね。

リハーサル中NHKホールでの定期公演、本番前リハーサル中の篠崎氏(写真中央左)とヤルヴィ氏(同右)

N響のアイデンティティー

ロンドンでは前回に引き続き、武満徹の楽曲を演奏されます。武満徹と言えば日本を代表する作曲家だと思いますが、殊にロンドンで演奏する意義は?

日本の作品を取り上げることに意義があります。武満はアイデアマンで、邦楽の楽器を取り入れ、少ないモチーフでかつ時間的に著作権使用料が上がる手前で曲を終わらせる(笑)。そして日本の響きを少しだけ曲に盛り込んでいるんですよね。それも今まで聴いたことのないような形で。後に出てくる(アルヴォ・)ペルトなどもそうです。ペルトはソ連の一部だったエストニア出身ですが、その曲にロシアの響きはない。グレゴリオ聖歌の古い音楽を新しい響きと融合させているのです。それに近い手法を取っているのが武満。少し数学的ですよね。日本よりも先に西洋で評価が上がり、武満の名前が知られ、演奏される回数が多くなった。だから欧州で演奏するときには武満が良いのではないかということになるわけです。

武満の「ハウ・スロー・ザ・ウインド」の他には、シューマンの「チェロ協奏曲」を演奏されますね。

まず武満は僕たちオーケストラのアイデンティティーを提示するのに必要な曲です。そして次にシューマン。シューマンは昨年、クララ(シューマンの妻)が生誕200年だったということもありますが、極論を言うと、ロマン派で始まりロマン派で終わる純潔のロマン派がシューマンだと思うのです。しかもドイツ音楽の神髄。そしてN響の得意なものと言えばドイツ音楽です。

かつてN響はドイツの指揮者をずっと呼んでいました。サヴァリッシュ、シュタイン……。最近、ドイツにはドイツ音楽がなくなったと言われています。これはEU(欧州連合)がきっかけ。EU圏内の人はEU内のどこでも仕事ができるようになり、オーケストラの大移動が始まった。昔だったら、あるエリアで決まった人たちが同じメソッドを学校で学び、その街のオーケストラに入っていました。でも今はベルリン・フィルのように世界中からいろいろな人をオーディションして入れていく。そうするとなくなっていくのが「方言」なんですよね。「方言」がなくなると洗練され、インターナショナルで素晴らしい演奏になる一方で味がなくなる。「味って欠陥でしょう」と言われればそれまでなのですが、僕は「方言」をしゃべっていた頃のオーケストラが大好きなのです。  

一方でN響は、(団員が)いろいろな場所で勉強はしていても共通言語は日本語。しかも伝承がうまくいっている。このパッセージはこの弾き方でやるという、ここのオケでしか通じない共通認識があります。N響に来た指揮者が、「ここにドイツのオケがあった」と言うんですよ。だからこそドイツ音楽は外せないのです。

2017年、ロイヤル・フェスティバル・ホールで行われたロンドン公演

「お互いの我が出せる」 関係になった

ヤルヴィ氏が首席指揮者に就任されてから5シーズン目を迎えました。お互いの理解が深まっていく中で、オーケストラ全体が変わってくる部分もあるのではないですか。

お互いのパターンが見えてきた、これはすごく大事です。パターンが見えると何ができるかと言うと、即興が広がる。例えば友達と食事に行くとします。最初の頃は食べ物の好みが分からないから、「何が食べたいですか」とお互い遠慮しながらいろいろなことを探るわけです。でも付き合いも5年くらいになると、「あそこの焼き鳥屋に行こうよ」と言えるようになる。もっと進んで「今日はすっぽん食いに行くぞ」と珍味までいける。そういう段階まできているのが、今のパーヴォとN響の状況。一般的な食べ物の好みもお互い分かっているし、珍味でもちょっと試してみようと言える仲になっている。音楽の七変化が感じられる状態でしょうか。

ヤルヴィ氏の就任当初と比べると、柔軟性が発揮できるようになったということでしょうか。

最初の頃はお互いに譲っていることが多かったと思います。お互いの我が出せるというのは、もっと面白い化学反応が見られるということですから、そこを楽しんでもらうとN響とパーヴォをより深く感じていただけるのではないでしょうか。

ロンドンには世界各国のオーケストラの演奏を日常的に耳にしている音楽ファンはもちろん、ちょっと聴いてみようかなという気軽な気持ちでコンサートに行くような人たちもいます。ファンだけでなく、普段はあまりクラシック音楽に触れていない人たちに向けて、クラシック音楽、そしてN響の魅力を教えていただけますか。

クラシック音楽は流行ではないんです。英国は保守的と言えば保守的で、マナーにしろ、儀式にしろ、格式があってきっちりしている半面、新しいものが好きで時代の最先端をいっている国ですよね。そうした中でクラシックがどのような位置を占めているのか。さまざまな刺激のあるところでは、クラシックに接する必要はありません。ただ、クラシックはヒット・ソングと違って生まれて消えるものじゃない。伝承され、継承されていくものです。しかも、その時代に合った形に変化(へんげ)しながら。僕たちはベートーベンと同じ時代の演奏法もしなければ、同じ楽器も使わないですよね。時代に合わせてどんどん変化しているのです。でも元は同じ。ここに面白さがあると思います。人種も言語も宗教も飛び越えて世界の人類が一つになれる。一瞬にして喜怒哀楽が味わえる。スポーツもそうだ、となるかもしれませんが、スポーツには勝ち負けがありますから。クラシック音楽は人間の元々持っている感情に共鳴してくれと訴えてくる。だからこそ世界中で何百年も愛されているのです。そして最も新しいバージョンを今回、ロンドンで皆さんが耳にすることになる……。

在英邦人の皆さんにとっても貴重な機会になりそうですね。

世界最先端をゆく指揮者と、これから世界に出ていこうとしているオーケストラ。指揮者のアイデンティティーとオーケストラの機能を合わせたものを、21世紀の最新の演奏法で皆さんにお届けしましょうというのが今回の欧州での演奏会です。だから聴き逃さない方がいいよと言いたいところですが、そう言うと押し売りになっちゃうから(笑)、体験してみたい? どう? と聞きたい。演奏会には、分かっていなければならないものはないんです。その空間で、何を感じられるか。ただ、感じに来てほしい。

オーケストラ・プロフィール

NHK交響楽団 1926年10月5日にプロ・オーケストラとして結成された新交響楽団に端を発する。日本交響楽団の名称を経て、1951年に日本放送協会(NHK)の支援を受けることとなり、NHK交響楽団と改称。今日に至るまで、ヘルベルト・フォン・カラヤン、エルネスト・アンセルメ、ヨーゼフ・カイルベルト、ロヴロ・フォン・マタチッチなど世界一流の指揮者を招聘、また話題のソリストたちと共演し、数多くの名演を残している。

首席指揮者 パーヴォ・ヤルヴィ 1962年、エストニアの首都タリン生まれ。2015年9月にNHK交響楽団の首席指揮者に就任。これまでにhr交響楽団(フランクフルト放送交響楽団)首席指揮者やパリ管弦楽団音楽監督などを歴任。現在はドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団芸術監督、エストニア祝祭管弦楽団芸術監督、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団音楽監督・首席指揮者も兼ねる。

コンサート情報

Paavo Järvi & the NHK Symphony Orchestra, Tokyo
2月24日(月)19:30開演

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ (NHK交響楽団首席指揮者)

チェロ:ソル・ガベッタ

プログラム:
武満徹「ハウ・スロー・ザ・ウインド」
シューマン「チェロ協奏曲イ短調 作品129」
ラフマニノフ「交響曲第2番ホ短調 作品27」

チケット:£15~65
会場:Royal Festival Hall
Southbank Centre Belvedere Road, London SE1 8XX
最寄駅:Waterloo駅
Tel:020 3879 9555
https://www.southbankcentre.co.uk

 

作家 西加奈子さん インタビュー

作家 西 加奈子さん

何かに対して「なぜ」と問う勇気を

昨年、英西部チェルトナムで毎年10月に開催される文学の祭典「チェルトナム文学祭」に招待され、英国を訪れた西加奈子さん。その際にはロンドンでも国際交流基金の主催でトークが行われ、日本人だけでなく、初めて西さんの作品に触れる文学ファンの英国人たちが多く集まった。今回は、著書の英訳が待たれ、今後欧米での活躍も期待される西さんへのインタビューに加え、訪英時に王立芸術協会(RSA)で行われた翻訳家ポリー・バートンさんとの作品にまつわるトークの概要をお届けする。

西 加奈子

Kanako Nishi 1977年、イラン・テヘランに生まれ、エジプトのカイロと大阪で育つ。「あおい」で2004年に文壇デビュー。2007年「通天閣」で織田作之助賞、2013年「ふくわらい」で第一回河合隼雄物語賞、2015年には「サラバ!」で直木三十五賞を受賞した。

RSAでのトークでは、多くのベストセラー作品があり、中国、韓国、タイなどでも翻訳出版されている西さんの著書が、欧米ではまだ1冊も英訳されていないことに関して聞かれ、「ぜひ英訳出版をしてほしくて待っています。ずっと1番前で手を挙げているのに、なかなか指してもらえない生徒のような気持ちです」と笑った西さん。インタビューでは英米文学についてもお話を伺った。

米国やニューヨークがお好きであるとお話しされている記事を拝見したのですが、英国の小説もお読みになりますか。

日本語に翻訳されたものを読むので、英米の区別がそんなにはっきり付いているわけではないのですよ。英国の作家ではゼイディー・スミス*1、イアン・マキューアン*2、ジャネット・ウィンターソン*3などが好きです。作家として影響を受けたというよりも、シンプルに読者として英米文学の大ファンなのです。

*1ロンドン生まれ。代表作に「ホワイト・ティース」がある
*2「アムステルダム」や「贖罪」などで知られるベストセラー作家
*3「オレンジだけが果物じゃない」でデビュー。ジェンダーを主題にすることが多い

アフリカ系米作家で、差別などをテーマにすることが多いトニ・モリソンのファンでいらっしゃいますね。それは西さんが子供の頃に海外で暮らしたことと何か関係はあるのでしょうか。

確かにモリソンの作品の多くは、人種的なことがテーマになっていますが、私が一番最初に読んでショックを受けた本は、「青い眼がほしい」でした。これは美醜がテーマで、社会の弱者が自分よりさらに弱者を虐げる仕組みについて書かれたものです。当時私は17歳で、ちょうど周囲や男性の目を気にし始めた頃だったので、とても大きな影響を受けました。自分の価値観や、何かに対して「なぜ」と問う勇気を持っていなかったのですが、モリソンにその勇気をもらったと思います。

では女性に関して、現在は西さんが17歳だった頃に比べて変わったと思いますか。

#metoo運動など、女性が声を上げやすくなったのはとても良いことだとは思うのですが、一方で、少女に対して性的価値を置くという状況は、もしかしたら日本では昔よりひどくなっているかもしれません。特にアイドルの扱いに納得がいきませんね。私が17歳のときにしたように、アイドルたちは男性の視線を内面化し、ランク付けされることに慣れてしまっている。しかも大人の男性たちにプロデュースされるので、その基準で容姿をジャッジされているように思います。もっと個性があってもいいんじゃないかと思いますね。

これから書きたいテーマは何でしょうか。

今書いていることでもあるのですが、学生ローンなど、若者の貧困についてです。正確な統計かどうかは分からないのですが、日本では子供の6分の1、独身女性の3分の1が貧困状態にあるとされています。だけどそれは絶対的貧困ではないから外からは見えない。ご飯も食べられて、なんだったら携帯も持っているので、一見貧しいように見えないのですよね。しかも本人がそれを隠す傾向にあります。なぜかというと、貧困であることが「自己責任」だと言われてしまうから。でも私はそうではないと思います。皆一生懸命頑張っているのにシステムが悪くてうまくいかないのです。それが今、私の書きたいことです。


インタビュー後に行われたトークで、バートンさんや観客からの質問に次々に答えた西さんだが、自分の作風を一言で言うなら? という問いに、世界の悲劇を目にしたとき、いつも「なぜ自分ではなく、その人に起きたのか」という視点から話を組み立てる、と語ってくれた。そして、「自分が自分であることの逃れられなさ」を、あくまでも肯定的に、1冊ずつ違う方法で描いているのだと思うと述べた後、自分も含め、誰もが経験や偏見によって感性のフィルターに根詰まりを起こしてしまうけれど、それを取り除くために「書く」のだろう、視線のクリアな人が増えれば、世界は変わるのではないだろうか、とも語った。

また、プロレス・ファンで知られる西さんは、小説を書くことをプロレス競技に例えてみせた。全日本プロレスの棚橋弘至選手の受け身プレーや、リングで愛を叫ぶパフォーマンスなど、「恥ずかしいことを全力でやる勇気」の大切さはプロレスから学んだと皆を笑わせた。

世界を変えるだけではなく、全てを受け入れることもときには必要だと思う、と言う西さん。かつて17歳のときに自分がトニ・モリソンからもらった勇気を、英国のティーンエイジャーたちに与える日も近いかもしれない。

 

東京2020 オリンピック・パラリンピック - プロ・クライマー、アレキサンダー・メゴス選手インタビュー

※ この記事は2020年1月公開当時の情報を元に作成しています

未来に何を残せるか? レガシーから見る 東京2020 オリンピック・パラリンピック特集

2020年、いよいよ東京でオリンピックとパラリンピックが開催される。この東京大会はスポーツ競技だけではなく、社会にポジティブな改革をもたらすきっかけとなる役割も担っているという。本号では、東京大会の基本コンセプト3本を解説するとともに、それを実現するための具体的な取り組みを紹介する。また、スケートボードやスポーツ・クライミングなどの東京大会から新たに加わる競技にも注目。オリンピックに向けて練習に励む、選手へのインタビューもお届けする。(Text: 英・独ニュースダイジェスト編集部)

開催期間

オリンピック 2021年7月23日(金)~ 2021年8月8日(日)
パラリンピック 2021年8月24日(火)~ 2021年9月5日(日)

参考: 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP、サイボーグ社公式HP、プライドハウス東京公式HP、経済産業省HP ほか

東京大会:注目選手インタビュー

自然と自由を愛するクライマーが「競技」に挑む理由プロ・クライマーアレクサンダー・メゴス選手ALEXANDER MEGOS

ドイツの豊かな自然や恵まれた岩場の環境は、これまで数々の伝説的なクライマーを生み出してきた。そんなドイツのクライミング史を受け継ぐ存在として今最も注目を集めているのが、アレクサンダー・メゴス選手だ。大自然に囲まれ、自由なスタイルでクライミングを楽しむ彼が、スポーツ・クライミングという「競技」に挑む理由とは? クライミングへの思いを語ってもらった。

アレクサンダー・メゴス選手

Alexander Megos 1993年生まれ、ドイツのバイエルン州エアランゲン出身。6歳でクライミングを始め、2009年にはヨーロッパ・ユース・カップで優勝。フリー・クライミング界でも最高難易度のルートを次々と制覇し、注目を集める。2015年にはクライミング・ルートで最も難しいといわれるスペインのファースト・ラウンド・ファースト・ミニットの登攀(とうはん)にも、史上3人目のクライマーとして成功している。

─ クライミングとの出会い、そしてプロ・クライマーとして活動することになったきっかけを教えてください。

初めてのクライミングは6歳くらいのとき、父が家族みんなをクライミングに連れて行ってくれたのがきっかけです。12歳ごろからは地方選の少年チームにも参加し、両親と地元にあるフランケンユーラ *1(Frankenjura)の岩場へ出掛ける機会も増えていきました。あの頃の自分は、学校が終わると毎日岩場に行って、とにかくクライミングがしたかった。両親やコーチなど周囲の大人たちは、僕のペースを抑え、身体を休ませるのに苦労したでしょうね(笑)。そして20歳のときに初めて、プロのクライマーとして「お金を稼ぐ」という経験をして。これは自分にとって重要な出来事で、それからはっきりと自覚を持ってクライミングに打ち込むようになりました。

*1 ニュルンベルク近郊の深い森の中にある、ドイツを代表する岩場。80平方キロメートルほどの広大な土地に石灰岩が点在し、ルートの数は1万本以上に及ぶ

─ 出身地のエアランゲンは、街のおよそ20%を森林が占める、自然豊かな環境都市としても有名ですね。

故郷にフランケンユーラの森や岩場があったことは、自分のクライマー人生に大きく影響しています。子どもの頃からフランケンユーラの森の中を歩いては、難しいクライミングのルートを探していました。天然の岩場がつくり出すルートを読み、実際に登ってみることで、非常にたくさんのムーブ*2 を学んだと思います。フランケンユーラはいつだって、僕に新しい挑戦をさせてくれるのです。

*2 クライミング中の身体の動かし方の総称。バランスの取り方や距離の出し方、身体の支え方など、クライマーは状況に応じて さまざまなムーブを用いて登る

プロ・クライマー難関ルートに挑戦し続ける原動力を問うと、「ただただ好きなことをしている」という
シンプルな答えが返ってきた

─ 雄大な自然の中でフリー・クライミングを楽しんでいる姿が印象的ですが、スポーツ・クライミングという人工壁での「競技」にも挑戦する意義は?

アウトドアでのフリー・クライミングと、競技場で行うスポーツ・クライミングには、もちろん大きな違いがあります。でも、どちらの方が好きだとか、そういう感情はありません。2つのスポーツは、全く異なる経験を僕にさせ、新しい方向性を示してくれます。共通するのは、どちらも自分にとってかけがえのないスポーツで、ワクワクさせてくれるということです。

─ 東京大会への出場権を獲得されていますが、今大会での目標を教えてください。

まず「東京オリンピックへの出場」が決まったこと自体が、すでに自分にとって大きな目標の達成です!実はここ2年ほど不調が続いていて、どん底を味わっていました。オリンピック出場はもう無理だ、と自信をなくしていた時期もあって。でも最終的には、昨年東京で開催された世界選手権*3で、オリンピックへの扉が開けました。あの時は本当にうれしかった。東京大会での目標は、ベストを尽くすこと。そして最大限に、競技を楽しみたいです。

*3 2019年8月に東京都八王子市で開催された、IFSC クライミング世界選手権。メゴス選手はリード種目で第2位になり、オリンピック出場権を獲得した

─ このスポーツの魅力、そしてオリンピックでの見どころはずばり何でしょうか。

観客だけでなく、選手自身も最後の一瞬まで何が起こるか予想できないことです。オリンピックでは3種目(スピード・ボルダリング・リード)の総合点によって順位が決まりますが、どのアスリートもそれぞれに得意・不得意種目があるので展開も読めないですし。

また、リードとボルダリングでは、選手たちは競技開始直前までどのようなルートを登るのか知ることはできません。アスリートたちが目の前に立ちはだかる課題に対して、どう解決策を編み出していくか。その一瞬一瞬に注目してもらい、観客の方々にも観戦を楽しんでもらいたいです。

メゴス選手世界選手権にて、リード種目に挑むメゴス選手(種目については、競技解説を参照)

─ ライバルはいますか。楢﨑智亜(ならさきともあ)・明智(めいち)兄弟や原田海選手など、日本人選手たちの印象を教えてください。

誰のこともライバルとは考えていません。自分にとって、クライミングは「Gemeinschaftlicher Sport(直訳で「共同体的なスポーツ」)」。すべてのアスリートは尊敬すべき友人です。誰かに勝つためにクライミングをするのではなく、彼らと「一緒」にクライミングする、という感覚を大切にしています。

楢﨑兄弟も原田選手も、アスリートとしてだけでなく、人としてとても素晴らしい才能と人格の持ち主です。彼らのクライミングに対する姿勢やメンタルの強さは、僕にとっても大きなインスピレーション。たくさんのことを学ばせてもらっています。

─ 今後、クライミングはどんなスポーツになると思いますか。 また、その上でのあなたの役割は?

この先、多くの若いアスリートたちに未来を与えるスポーツになってほしいと考えています。というのも、プロ・クライマーを職業として生きていく道は、今のところ険しいものです。でも、今回スポーツ・クライミングがオリンピックの追加種目として導入されたこ とで、この状況は少なからず変わっていくでしょう。

僕自身は、これからの若いアスリートを支えられる存在になりたいです。どのような形で支援していけるか、まだはっきりとしたビジョンはありませんが……。アスリートとして経験を積みながら考えを深めていきたいです。少なくとも自分がオリンピックのために打ち込んでいるこの時間は、将来クライミングの世界を支えるための大きな糧になると思っています。

─ 1人のアスリートとして、人として、これからの人生をどのように歩んでいきたいですか。

今は、自分の全力をスポーツ・クライミングに注ぎたい。でもオリンピックが終わった後は、またフリー・クライミングをしに世界中の岩場へ出掛けたいです。そしてその先は……まだ分かりません。いつだって世界最高のクライマーになりたいと思っているし、将来的にはトレーナーとして、若いクライマーたちを支えたい気持ちもあります。はっきりしていることは、クライミングは自分の人生の大きな部分を占め続けるだろうということ。僕はまだ、自分自身の限界に達していない。だからこれからも、挑戦し続けたいんです。

スポーツ・クライミング 競技解説

スポーツ・クライミングとは、「ホールド」と呼ばれるカラフルな突起物を使い、人工的に造られた壁を身体1つで登るスポーツ。自然の岩場で行うフリー・クライミングよりも競技性が強く、スポーツ的要素に重点を置いている。東京大会で実施されるのは、「スピード」「ボルダリング」「リード」の3種目で、これらの総合得点から順位が決められる。

スピード

2人の選手が、同じ条件で設置された高さ15メートルの壁を同時に登り、そのタイムを競う。

スポーツ・クライミング

ボルダリング

高さ4メートルの壁に極限まで難しく設定されたルートが並び、選手たちは制限時間内にいくつ登れるかを競う。

スポーツ・クライミング

リード

制限時間内に高さ15メートル以上の壁のどの地点まで登れるかを競う。

スポーツ・クライミング

ボルダリングとリードでは、ほかの選手のクライミングを見ることが大きなメリットとなるため、競技前の選手たちは隔離され、競技開始直前に全員に数分に限りルートを見る時間が与えられる。身体能力やテクニックに加え、課題を攻略するためにルートを見出す空間把握能力と知力、限られた時間の中でルートを覚える記憶力、そして瞬時の判断力が要求される。

 

東京2020 オリンピック・パラリンピック - 新競技・追加種目

※ この記事は2020年1月公開当時の情報を元に作成しています

未来に何を残せるか? レガシーから見る 東京2020 オリンピック・パラリンピック特集

2020年、いよいよ東京でオリンピックとパラリンピックが開催される。この東京大会はスポーツ競技だけではなく、社会にポジティブな改革をもたらすきっかけとなる役割も担っているという。本号では、東京大会の基本コンセプト3本を解説するとともに、それを実現するための具体的な取り組みを紹介する。また、スケートボードやスポーツ・クライミングなどの東京大会から新たに加わる競技にも注目。オリンピックに向けて練習に励む、選手へのインタビューもお届けする。(Text: 英・独ニュースダイジェスト編集部)

開催期間

オリンピック 2021年7月23日(金)~ 2021年8月8日(日)
パラリンピック 2021年8月24日(火)~ 2021年9月5日(日)

参考: 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP、サイボーグ社公式HP、プライドハウス東京公式HP、経済産業省HP ほか

次世代へつなぐスポーツの方向性東京大会で登場する新競技・追加種目

オリンピック33競技339種目、パラリンピック22競技540種目の史上最多の種目数となる東京大会。正式に採用された新競技・新種目のほかに、本オリンピック大会から開催都市が追加種目を提案できるようになり、スケートボードをはじめとした追加種目5競技18種目の開催が決定した。アーバン・スポーツやパラ競技をさらに充実させ、スポーツ界の未来を変える競技の一部をここで紹介しよう。

オリンピック追加種目遊び倒した選手が優勝? トリックを決めて高得点を狙う スケートボード

4つのウィール(車輪)が付いたデッキ(板)に乗り、滑走しながらトリック(技)やスピードを見せる。1940年代に米国で木の板に鉄道の車輪を付ける遊びとして始まり、その後スケート・パークの建設や新しいトリックの誕生によって、時代ごとにプレイ・スタイルが大きく変化してきた。また、競技スタイルにも幅があり、ランプと呼ばれるハーフパイプを滑って空中技を競う「バーチカル」、平地で技を競い合う「フリースタイル」などがあるが、今回オリンピック種目に選ばれたのは「ストリート」と「パーク」の2種目。前者は階段や手すりなど、街中にある障害物を再現したコースを、後者は椀状の窪地を複雑に組み合わせたコースを滑る。

どちらの種目も、いかにコースを自分のものにして滑り、障害物の上や空中へ勢いよく飛び出す瞬間に、より難易度の高いトリックを決められるかが評価の判断基準となるが、現時点で具体的な採点ルールは未発表だ。しかし音楽やアートと結びついた「遊び」として始まった経緯から、スケーターたちは大会のことを「コンテスト」と呼び、にぎやかな声援が飛び交うリラックスしたムードの中で行うのが常。オリンピックに競技として登場した際には、どのような雰囲気になるのかにも注目したい。

強豪国として米国やブラジルなどが挙げられるが、近年の「パーク女子」は日本人選手が上位を独占し、大躍進中だ。

欧州の注目選手

スカイ・ブラウン Sky Brown

スカイ・ブラウン Sky Brown (英国)

2008年生まれ、宮崎県出身。7歳でプロ・スケートボーダーになる。空中で2回転する720°など、高度なトリックも難なくこなす。英国人の父親と日本人の母親の間に生まれ、どちらの国の代表として出場するかが注目された。

オリンピック追加種目波がなければフェスになる、独特の競技日程が話題 サーフィン

1つとして同じではない波の動きを瞬時に読み取り、サーフボードと自分の身一つでスプレー(水しぶき)を飛ばしながら技を決めるサーフィン。風や海底の地形によって簡単に形状を変化させる波と真っ向から対峙し、自然と密に関わっていくスポーツだ。競技日が厳密に設定されるオリンピックにおいて、7月26日から8月2日の間で波のコンディションの良い4日間だけ行い、競技のない日は音楽イベントなどを含む「オリンピックサーフィンフェスティバル(仮称)」を開催する、というイレギュラーな形態が採用される。

サーフィンで使うボードは、長さ9フィート(約274センチ)以上のロングボードと1970年前後に登場した長さ6フィート前後(約183センチ)のショートボードがあるが、東京大会で採用されたのはショートボード。波の上を飛んだり跳ねたり自由自在に動き回れるのが特徴で、一般的に思い描くサーフィン像がこれに当たる。2〜5人ずつで競い合うトーナメント方式で、判定はライディング(波に乗る)をいかにスムーズに行うか、ダイナミックな技が展開できるかなど、技の数より総合的な質で評価される。ただし、あらかじめ技を披露する順番が決まっているわけではなく、崩れる波の頂上である「ピーク」に最も近い選手が優先的に波に乗ることができるので、ベストな位置を正確に把握する勘も重要になってくる。

欧州の注目選手

ジェレミー・フローレス Jérémy Florès

ジェレミー・フローレス Jérémy Florès (フランス)

1988年生まれ。インド洋に浮かぶフランス領のレユニオン島出身で、3歳からサーフィンを始めたベテラン選手。2019年10月に行われたワールド・サーフ・リーグ(WSL)主催のレース、チャンピオンシップ・ツアーで優勝した。

パラリンピック新競技スピーディーな試合展開に釘付け バドミントン

1998年、オランダで第1回世界選手権が行われてからアジア・欧州を中心に競技人口を着実に増やしてきたパラバドミントン。大きく「車いす」と「立位」の2つのカテゴリーがあり、上肢、下肢、低身長など障がいの種類や程度によって車いす2クラス、立位4クラスの全6クラスに分けられる。

使用するコートや道具は一般的なバドミントンと同じだが、障がいのクラスによってコートの面積や攻守のスタイル、戦法が大きく変わる。定められたコートをフルに使い、相手を前後に揺さぶる車いすクラスでは、フェイントを駆使してコートの隙間にシャトルを打ち、敵をあざむく心理戦が繰り広げられる。また、強いスマッシュが見られる立位上肢障がいクラスは、オリンピックと変わらないスピーディーな試合展開に目が離せない。競技の歴史も長いので、どのクラスも選手層が厚いのが特徴だ。

バドミントン

パラリンピック新競技選手同士がフィジカルにぶつかり合う テコンドー

テコンドーは「足のボクシング」と称されるほど激しい蹴り技が繰り出される、韓国発祥のスポーツだ。パラテコンドーは上肢に切断や機能障がいのある選手を対象にしたキョルギ(組手)と知的障がいのある選手を対象にしたプムセ(型)の2種目があるが、東京大会ではキョルギのみの実施となる。男女別の体重階級制で、障がいの程度によって4つのクラス(東京大会は1クラスのみ実施)に分けられる。

基本ルールはオリンピックとほとんど同じだが、頭部への蹴りは禁止で、胴部への足技だけが有効な攻撃となる。通常の前蹴りは1回2点で、180度の回転が加わった後ろ蹴りは3点、後ろ蹴りから軸足を入れ替えて計360度の回転蹴りは4点。同じクラスでも選手の腕の長さは微妙に異なるため、どちらの腕で蹴り技を防御するかなど、身体の使い方にも個性や工夫が見られる。戦略に富む試合展開に注目したい。

テコンドー

先に述べたスケートボード、サーフィンのほか、開催都市提案の追加種目にスポーツ・クライミング、野球・ソフトボール、空手が決定した。野球・ソフトボールは1つの競技として復活し、男子が野球、女子がソフトボールに分かれてプレイする。流派が多く開催は困難とされてきた空手もオリンピックの舞台に登場。また、スポーツ・クライミングに加え、今大会から新種目となるジャンプ台を使ってテクニックを披露する自転車のBMXフリースタイル、ストリート発祥の3人制バスケットボールの3×3(スリー・エックス・スリー)など、ファッション性のある現代らしいアクティビティーが採用された。これらの種目を通じて、選手、観客共に若者を積極的に巻き込むような東京大会を目指している。

 

東京2020 オリンピック・パラリンピック - 3つの基本コンセプト

※ この記事は2020年1月公開当時の情報を元に作成しています

未来に何を残せるか? レガシーから見る 東京2020 オリンピック・パラリンピック特集

2020年、いよいよ東京でオリンピックとパラリンピックが開催される。この東京大会はスポーツ競技だけではなく、社会にポジティブな改革をもたらすきっかけとなる役割も担っているという。本号では、東京大会の基本コンセプト3本を解説するとともに、それを実現するための具体的な取り組みを紹介する。また、スケートボードやスポーツ・クライミングなどの東京大会から新たに加わる競技にも注目。オリンピックに向けて練習に励む、選手へのインタビューもお届けする。(Text: 英・独ニュースダイジェスト編集部)

開催期間

オリンピック 2021年7月23日(金)~ 2021年8月8日(日)
パラリンピック 2021年8月24日(火)~ 2021年9月5日(日)

参考: 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP、サイボーグ社公式HP、プライドハウス東京公式HP、経済産業省HP ほか

3つの基本コンセプトからひも解くオリンピック・パラリンピックの未来への挑戦

今大会のビジョン「スポーツには世界と未来を変える力がある。」の下、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、3つの基本コンセプトを掲げている。この3つのコンセプト「全員が自己ベスト/多様性と調和/未来への継承」に関連して、実際に今大会でどのような取り組みがなされているのか、さらに大会後にそれらの取り組みがどのように生かされていくのか、ニュースダイジェスト編集部が気になったトピックを取り上げる。オリンピック・パラリンピックの新しい側面をのぞいてみよう。

3つの基本コンセプト

全員が自己ベスト
世界最高水準のテクノロジーを会場整備や大会運営に活用し、すべてのアスリートが最高のパフォーマンスを発揮し、自己ベストを記録できる大会を目指す

多様性と調和
人種、性別、性的指向、宗教、障がいの有無など、世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会を育むきっかけとなるような大会を目指す

未来への継承
日本を大きく変えた東京1964大会。東京2020大会では、今度は日本が世界にポジティブな変革を促し、それらをレガシー*として未来へ継承する
*大会後に開催都市に残される社会的遺産

コンセプト1 全員が自己ベスト 最新テクノロジーがパラ選手の記録を塗り替える

滑やかな流線型のフォルムが美しい競技用の義足を手にするのは、義足エンジニアで競技や途上国用の義足を手掛ける「Xiborg(サイボーグ)」社の遠藤謙代表。同氏の夢は、義足のアスリートが100メートル走で健常者のメダリストよりも速く走ることだという。それは遠い未来の夢物語ではない。競技用義足の世界は現在、地面を蹴ったときの反発が大きく、前へ進む力が引き出せるバイオメカニクス(生体力学)を基にした設計で、カーボンファイバー製のものが主流。近年目覚ましい勢いで進化を続ける競技用義足によって、アスリートの自己ベスト更新が可能になっている。走り幅跳びの世界では、すでに健常者のチャンピオンによる世界記録を上回る記録も出ているという。

アイスランドとドイツのメーカーが圧倒的なシェアを誇るといわれる競技用義足の世界に2014年に参入したサイボーグ社だが、16年開催のリオ大会では早くも同社の義足を付けた佐藤圭太選手が400メートル・リレーのメンバーとして銅メダルを獲得。翌年の世界パラ陸上競技選手権では、米ジャリッド・ウォレス選手が見事金メダルに輝いた。佐藤、ウォレス両選手は義足の使用感を同社にフィードバックするなど技術の改良にも参加しており、現在もチームとしての飽くなき探求が続けられている。オリンピックとパラリンピックのアスリートの記録がこれまでになく接近しているなか、アスリートと技術者による二人三脚の努力がいよいよ大きく花開き、東京大会では自身の可能性に挑戦する選手たちが成果を発揮するだろう。

コンセプト2 多様性と調和 LGBTアスリートの人権を守る「プライドハウス」

プライドハウス東京2019ラグビーW杯開催中に期間限定でオープンした「プライドハウス東京2019」
(写真提供:プライドハウス東京事務局)

競技種目を男女で分けるスポーツの世界では、もともとLGBT*などの性的マイノリティーへの偏見や差別意識が強いといわれている。そんななか、オリンピック・パラリンピックで選手たちがあえて自らの性的指向を語るようになったのは、2012年のロンドン大会から。一方、14年のソチ大会では開催国ロシアが前年に制定した同性愛宣伝禁止法が問題視され、これを受けた国際オリンピック委員会は「オリンピズムの根本原則」を改訂。それにより性的指向による差別が禁止され、16年のリオ大会では、過去最多の56人の選手がLGBTであることを公表した。

日本ではLGBT支援の一環として、認定NPO法人グッド・エイジング・エールズを中心に、2018年に「プライドハウス東京」共同事業体を結成。プライドハウスとは、性的マイノリティーに関する正しい理解を広め、LGBT当事者や支援者である選手や家族、観戦者が安心して過ごす空間を提供するホスピタリティー施設のことで、10年のバンクーバー大会がその始まりだ。東京大会期間中は、都内にプライドハウスを設置して連動イベントを開催。大会後には、LGBTの若者の居場所として日本初の常設LGBTセンター「プライドハウス東京・レガシー(仮称)」の創設を目指す。プライドハウス東京は昨年のラグビーW杯期間中にも、東京・原宿に期間限定で開設。期間中はトークやワークショップのほか、民間企業が世界中のLGBTにまつわる絵本を翻訳し、プライドハウス東京に寄贈するといった取り組みも行われた。

*レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を取った性的マイノリティーの総称の1つ

コンセプト3 未来への継承 新エネルギー技術を大会で活用
復興にも貢献

昨今のオリンピックでは、開催都市の負担軽減や持続可能性などが重視され、レガシーを生み出すことは大会の大きな目標にもなっている。近年のレガシーの成功事例は2012年のロンドン大会。メイン会場だった東ロンドンはもともと再開発が計画されていた地域で、大会期間中は選手村として機能し、その後ニュータウンとして生まれ変わった。

東京大会後も、選手村を活用した大規模住宅地「HARUMI FLAG」が完成する予定だ。都心の晴海地区に誕生する住宅地HARUMI FLAGの最大の特徴は、そのエネルギー源に水素を活用すること。水素は使用段階で二酸化炭素(CO2)を排出せず、さまざまな資源から生産できるという点でも注目されている。現在それに先駆け、大会期間中に福島県生まれの再生可能エネルギー由来の水素を都内で利用するプロジェクトが進められている。福島第一原子力発電所の事故後、福島では太陽光発電など再エネ由来電力の余剰分を利用して水素を製造・貯蔵することで、水素の生産段階でもCO2フリーの実現を目指してきた。

2020年7月からは福島県浪江町に建設された水素製造プラントを本格運用し、東京大会期間中にはそこでつくられた水素が燃料電池自動車などに利用される予定だ。また、同県はドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州とも再生可能エネルギー分野の企業育成などで連携する協定を結んでいる。福島生まれの再エネ由来水素は復興五輪のシンボルとしてだけでなく、水素社会のモデルとして、東京大会のレガシーの1つとなるだろう。

 

フォトコンテスト2019 受賞者発表!

ニュースダイジェスト主催 フォトコンテスト2019 受賞者発表!

かけがえのない旅の思い出から何気ない日常のふとした発見まで、毎回多くの力作が届くニュースダイジェスト主催のフォトコンテスト。9回目を迎えた今年からは、スマートフォンで撮影した作品も審査対象となり、より多くの応募作が寄せられました。そんな中から選び抜かれた、今年の受賞作を見ていきましょう!

テーマ「2018〜2019年の思い出」

大賞マチュア部門大賞

「はじめての海は地中海!」 斎藤 裕美さん Saito Hiromi(英国)

「はじめての海は地中海!」斎藤 裕美さん

今年の夏にスペインのマヨルカ島で撮ったお気に入りの一枚です。2歳の息子にとって初の外国の海!息子の目にはどんな風に見えているのかをのぞき見したくて、サングラスに映った景色を撮りました。この受賞を励みに、わが子が世界の美しさに出会う瞬間をこれからもカメラに収めていきたいと思っています。

審査員コメント

表現方法が優れています。男の子の背景は、どこなのか分からないくらいぼかしているにもかかわらず、サングラスにはっきりビーチの景色が映り込んでいますね。大人のサングラスとゴム付きの帽子のギャップにもクスリとさせられます。映画「ボヘミアン・ラプソディ」にも、こんなサングラスの映り込みが印象的なシーンがありました。

大賞 キッズ部門大賞

「ストーンヘンジの作り方」 矢崎 悠真さん(10歳)Yazaki Yuma(英国)

「ストーンヘンジの作り方」矢崎 悠真さん(10歳)

5月にストーンヘンジに行った時、どうやって作られたのだろうと話しながら撮りました。自分で作っている感じにしたら面白いかなと思って、石が奥のストーンヘンジのギリギリの所にくるように注意しました。石の形と大きさがストーンヘンジに似ているところと、周りの風景がきれいなところが気に入っています。

審査員コメント

遠近法を使ったアイデアが面白い写真ですね。応募時のコメントにあった、「巨人が石を運んだ」という発想が少年ならではで素晴らしいです。子供の手で石を載せているので、より「レゴのように簡単に作れそう」な感じが出ていますし、古代の遺物と小さくて柔らかな手のコントラストも良いと思います。

マチュア部門入賞

「イブの海辺で願い事」 川東 紀弥さん Kawahigashi Kimi(英国)

「イブの海辺で願い事」川東 紀弥さん

クリスマス・イブにお散歩に行った海で、サンタさんにお願い事でもしているかのようにじっと波を見つめる子供たち。そんな海辺での何気ない風景も、きれいな空と合わせれば少し特別な瞬間になるなと思い撮りました。こんなすてきな賞をいただけるとは思っておりませんでした。ありがとうございました。

審査員コメント

クリスマス・イブ、何かお願い事を家族の皆さんでしているのでしょうか。冬の海辺ですが、家族の温かさを感じられ、また、想像をかき立てられる作品です。「どんな事があっても、いつまでも家族一緒にいようね。パパ & LOVE」というお願いなのではないでしょうか。 by Panasonic UK

マチュア部門入賞

「初めての海」 大野 椎音さん Ohno Shiine(英国)

「初めての海」大野 椎音さん

毎年、夏に家族で行く南ウェールズのロシュリベイで撮りました。生後半年、ごきげんな娘が帽子をすぐに取ってしまうので、ワームズヘッド島を背景にして、日陰ができるように抱っこしているところを主人がスマホでパシャリ。赤ちゃんとの初めての夏の思い出をこういった形で残せてとてもうれしいです。

審査員コメント

撮影時の目線の高さと構図がとても良く、真っすぐな水平線が印象的です。空の青、海の青、シートの青、そこに置かれた傘の緑が、美しい砂浜のベージュの中で鮮明に映り、心地よく感じられる美しい写真です。それが家族の大事な思い出の一枚になっていることが素晴らしいですね。 by JSTV

マチュア部門入賞

「Sunset pitch」 入江 亮太さん Irie Ryota(英国)

「Sunset pitch」入江 亮太さん

毎週仕事の後にサッカーをしているピッチの夕暮れです。日も短くなったなあと見上げたら、ピッチから空までの色合いが美しかったので撮りました。夕暮れ時の寂しい感じと、遠くのシャードとシティのビルがロンドンらしいと思います。勧められて人生初の応募だったのでうれしいと同時にびっくりしました。

審査員コメント

夕焼けがほのかに残る群青色の空をバックに、特徴あるロンドンの建物が浮かび、その手前にフットボール・ピッチでゲームを楽しむ人々が左右と真ん中にバランス良く配置された芸術性の高い作品です。大きな宇宙の中にある一つの街、その一角で趣味に興じる幸せが強く感じられます。by Takara Shuzo

キッズ部門入賞

「小さなサーファー」 川東 ジョーンズ 美翔さん(6歳)Kawahigashi Jones Mika(英国)

「小さなサーファー」 川東 ジョーンズ 美翔さん(6歳)

賞を取ったと聞いてとてもうれしかったです。夏に行ったデヴォンで、大きなボードを持って一所懸命歩いていた妹が面白く、思わず携帯を借りて撮りました。お気に入りのビーチも一緒に写せて、思い出に残る写真になって良かったです。写真が好きなので、これからもっとカメラを使わせてもらえるといいな。

審査員コメント

海岸をはだしで歩いても、まだ足跡も残らない3歳になったばかりの女の子、好奇心旺盛で多感な時期なのでしょう。お姉ちゃんの見よう見真似で、自分の背丈よりも大きなボードを運ぶ姿は、見ているだけで思わず笑みがこぼれてしまいそうですね。 by サカイ引越しセンター

キッズ部門入賞

「私の想い出〜一万年のEARTH殻」白露木 乃花さん(9歳)Shiratsuyu Konoka(英国)

「私の想い出〜一万年のEARTH殻」白露木 乃花さん(9歳)

賞をもらえると思っていなかったので、ヤッターと言いながら両手を上げて何度も飛び跳ねました。8月にカッパドキアで、5メートルくらいの岩窟に一生懸命よじ登って入りました。岩窟が卵の中にあるように見えたので、写真に撮りたい!と思いました。レンズを通すと違うように映って、なかなかシャッターを押せなかったけれど、撮りたいと思ったものが撮れました。

審査員コメント

岩窟を穴の反対側から撮るというのが斬新です。風景のどこを収めるかの全体的なバランスの取り方が上手だと思いました。タイトルも作品の一部になっていて良いですし、トルコのカッパドキアの摩訶不思議さがよく表れている作品です。 by JTB Europe Ltd.

キッズ部門入賞

「Summer Day」ルーク・ボヘインさん(6歳)Luke Bohane(英国)

「Summer Day」ルーク・ボヘインさん(6歳)

よく晴れた夏の日に、家の裏の牧場でお母さんとお兄ちゃんとたこ揚げをした時、青い空と白い雲とカラフルなたこがとてもきれいだと思って、草むらに座ってお母さんのカメラで撮りました。うまく撮れているのでお母さんがコンテストに出してみようと言いました。そしたら、こんな良い賞をもらえてとてもうれしいです!

審査員コメント

アングルと構図が青空をより引き立てて、たこの鮮やかさも写真全体を引き締める要素になっていると思います。夏のまぶしい太陽、たこを揚げるお母さんの黄色いシャツ、青い空と白い雲。今年の夏が全てカラフルな色に凝縮されていますね。 by WA café

審査員総評

今年も素晴らしい作品が勢ぞろいし、大変審査の難しいコンテストでした。マチュア、キッズ共にユニークな構図の創造性豊かな作品が多く見られました。また、光や色彩を効果的に取り入れた、家族のスナップ写真にとどまらない印象的な作品が集まったのも今回の特徴ではないでしょうか。

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キヤノンヨーロッパ / JSTV / 宝酒造株式会社 / Panasonic
SAKAI KUWAHARA MOVING SERVICE UK LTD / WA Café / JTB Europe Ltd.


英国 マチュア部門 次点作品

「お気に入りの散歩コース」 蔭浦 明日香さん「お気に入りの散歩コース」蔭浦 明日香さん Kageura Asuka

「Spectrum of memories」マユ・ティーべンさん「Spectrum of memories」マユ・ティーべンさん Mayu Teeven

「海底に沈む船」
垣江 眞依さん「海底に沈む船」 垣江 眞依さん Kakie Mai

「ひととき」
Sayaka Walkerさん 「ひととき」 Sayaka Walkerさん

「初めての海」
田中 伸昌さん 「初めての海」 田中 伸昌さん Tanaka Nobuaki

 

アフリカ人の侍「弥助」YASUKE に魅せられた英国人 - ロックリー・トーマス氏にインタビュー

信長に仕えた
アフリカ人の侍
「弥助」YASUKE に
魅せられた英国人 「弥助」に関する書籍を複数出版したロックリー・トーマス氏にインタビュー

米ハリウッドで映画の製作が決定するなど、海外から注目されるヒーローへと進化を遂げている実在のアフリカ人侍「弥助」。16世紀に宣教師の傭兵として日本を訪れ、織田信長に謁見した弥助は、その黒い肌を信長に大層驚かれ、後に武士として家臣に召し抱えられた。本能寺の変にも居合わせるなど、波乱に満ちた生涯とは裏腹に、その史料の少なさから、弥助はこれまで身分にとらわれず実力で評価する信長の気質を表すエピソードの一つとして紹介されてきただけだった。そんな中、限られた文献からさまざまな考察を試み、謎多き弥助の人物像をリアルに浮かび上がらせ、日本、米国、そして英国で書籍を出版したロックリー・トーマス氏。ここでは、ロックリー氏に書籍を出版するに至った経緯や苦労話などを伺ってみた。

Thomas Lockley
ロックリー・トーマス
日本大学法学部准教授。研究分野は言語学習。担当教科は歴史で、国際的視野に立った日本史を主に扱う。初の著作「信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍」に続き、米国、英国でも弥助についての書籍を出版。英国出身、日本在住。
YASUKE: The True Story of the Legendary African Samurai YASUKE: The True Story of the Legendary African Samurai
著者: Thomas Lockley and Geoffrey Girard 
発行元: Sphere 定価: 20ポンド

なぜ弥助に興味を持ったのでしょう。そのきっかけと、書籍を出版するに至った経緯を教えてください。

2009年か2010年ごろ、オンラインで「弥助」について書かれたリンクに偶然たどり着きました。クリックしてすぐ、私はこの実在の人物に魅了されました。フィクションかと思うほどに、ロマンス、冒険、戦争、情熱、苦悩が盛り込まれとても神秘的だったのです。私はこの人物のことを忘れることができず、その約1年後、自分の楽しみのために弥助を題材にした小説を書き始めました。仕事や家族など、日々の生活を優先したため一度は中断しましたが、2015年に再び筆を執った時は、真実を追求するため学術的な方向へシフトすることにしました。取り組む前は非常に短いものになると思っていましたが、知れば知るほど長くなり、論文として発表はしたものの、同時に本を書くに値する深いテーマであると気付きました。やがて、日本語版の書籍「信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍」(2017年 太田出版)が出版の運びとなりました。また、日本以外の国の人々にも弥助の存在を知ってほしいと思ったので、米ノンフィクション作家ジェフリー・ジラード氏とチームを組み、英語版も執筆しました。

弥助が生きた時代が数百年前であり、また傭兵として雇われた奴隷だと伝わっている弥助ですが、執筆にあたり、苦労した点を教えてください。

弥助が仕えた2人の男性、織田信長とイタリア人司祭アレッサンドロ・ヴァリニャーノに関する文献はたくさん残っています。しかし、弥助本人に関する史料はほとんどないため、弥助について書くということは、歴史をなぞる探偵のような作業でしたね。当時の都市や城がどのように見えたのか、食事や服はどのようなものだったか、どんな戦法だったのかなど、遠い昔、けれど確実に存在した時間を再現することで弥助を浮かび上がらせようと試みました。

難しかった点は、400年前に生きている自分自身を想像することでした。その当時生きていた人々は、私が知らないことを見聞きしていますよね。逆も然りで、例えば、当時の「奴隷」の立ち位置は、契約労働者に近いもので、今のネガティブな意味合いとは少々異なりました。弥助が奴隷だったとしても、高い戦闘能力を保持していたため、かなりの地位を与えられたと言われています。

17世紀初頭の狩野派の屏風絵欧州の使節と思われる集団に従じ、やりを持つアフリカ人の護衛。
17世紀初頭の狩野派の屏風絵

国境を越えて活躍した弥助は、今後ますます注目される存在になっていくと思います。この本を読めば弥助や、弥助が生きた時代を想像することができますか。

コンピューター・ゲーム、マンガ、アニメなどに登場していた弥助を、その世界観も含め学術的に突き詰めたことで、より立体的で身近に感じられるキャラクターになったと思っています。

この本は歴史ノンフィクションですが、読み進めていくうちに、弥助と共に生き、弥助自身の視点で世界を共有できると思います。歴史が嫌いな人でも楽しみながら読み進められるように書かれていますが、同時に文献を参考にした事実の背景も伝えているので、出来事が起こった理由など重要なことも理解することができます。日本の歴史や文化をよく知らない人がこの本を通じて、日本への扉を開き、さらに興味を持ってくれる、また、日本の歴史に精通している人には、これまでと異なる視点から歴史を見られるように願っています。

 

グリニッジの魅力、再発見!

〜シティを歩けば世界がみえる 特別編〜

時を超え、海を越え、空を越えグリニッジの魅力、
再発見!

ロンドン南東部にある世界遺産の海港都市、グリニッジ。15世紀後半、ヘンリー7世が旧来の宮殿ベラ・コートを増改築し、壮麗なグリニッジ宮殿に建て替えたことから、新たな歴史が始まります。王立海軍が生まれ、やがて王立天文台や海軍病院や大学も建ち、グリニッジは航海術や経度の研究で人類の発展に大きく貢献しました。さらに、この地には5125年後の世界についてもストーリーが存在します。グリニッジは、中世発・未来行きタイムマシンの発着所。では早速、乗ってみましょう。

シティ公認ガイド 寅七

シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫

プロローグ海洋帝国の発展はグリニッジ宮殿から始まった

ヘンリー8世とメアリー1世、そしてエリザベス1世もグリニッジ宮殿で生まれました。欧州の辺境に位置する小国が世界のひのき舞台に駆け上がる基盤を築いたのはこの3人です。ヘンリー8世は銃弾が貫通しない甲冑の製作所を宮殿内に作り、馬上やり試合ではいつも30キロを超える甲冑を着用して破格の強さを見せました。また、近隣のデットフォードとウーリッジに造船所を建設、大砲を搭載した戦艦を製造して王立海軍を作りました。そして海上の戦闘法を移乗攻撃から砲撃戦にいち早く変え、積極的に海外進出に打って出ます。スペイン無敵艦隊を破った艦隊も、クック船長が乗ったエンデバー号も、チャールズ・ダーウィンの乗ったビーグル号も、皆ここで造船されました。海洋帝国の発展は常にグリニッジと共にあったのです。

ヘンリー8世の後方にグリニッジ宮殿グヘンリー8世の後方にグリニッジ宮殿
旧グリニッジ宮殿の模型旧グリニッジ宮殿の模型
グリニッジで作られた甲冑グリニッジで作られた甲冑
3メートル近い馬上やりのレプリカ3メートル近い馬上やりのレプリカ
記念プレートヘンリー8世、メアリー1世、エリザベス1世が誕生した場所の記念プレート

Episode 1クイーンズ・ハウスはルネサンス建築様式の幕開け

ロンドンの街並みでは円柱、柱廊、破風(ペディメント)を有した古代ローマ・ギリシャの神殿風の建物をよく見かけます。これは「建築は丈夫で実用性があり、美しくあるべき」というイタリア建築家アンドレア・パラーディオの建築スタイルを、17世紀初頭に建築家イニゴ・ジョーンズが英国に輸入したことに由来します。シンプルで上品、控えめな美しさ、それでいて堅牢。ジョーンズの代表的な作品であるこのクイーンズ・ハウスは、もともと17世紀前半にジェームズ1世のお妃のために建てられたものです。ここには英国随一の美しいチューリップ階段や大理石のホール、フランシス・ドレイク卿の子孫から14億円相当で買い取った、スペイン無敵艦隊を破った直後のエリザベス1世を描いた「アルマダの肖像画」があります。また、ルネサンス建築様式の優美なデザインもほれぼれする美しさです。

優美なクイーンズ・ハウス優美なクイーンズ・ハウス
美しいチューリップ階段美しいチューリップ階段
大理石を敷き詰めたホール大理石を敷き詰めたホール
有名な 「アルマダの肖像画 」有名な 「アルマダの肖像画 」
女王の寝室の天井画女王の寝室の天井画

Episode 2清教徒革命後に登場した建築家クリストファー・レン

グリニッジ宮殿は清教徒革命(1642~1649年)で破壊され、その後の再建は進みませんでした。でも1688年の名誉革命で即位したウィリアム3世とメアリー2世が、海軍療養所(その後、海軍大学)を建てるように建築家のクリストファー・レンに命じます。レンは当時、ロンドン大火で焼失した聖ポール大聖堂の再建に努めていましたが、弟子のニコラス・ホークスムアと共に建築に着手。当初は敷地の真ん中に巨大なドームの建築を試みますが、それではクイーンズ・ハウスからのテムズ川の眺めが遮られるとメアリー2世からたしなめられ、現在の線対称の建物に変わりました。外観はまるで聖ポール大聖堂のドームの双子が出来たようで、ウィリアム棟にはジェームズ・ソーンヒル卿が描いたペインテッド・ホール、メアリー棟にはパステル・カラーの装飾が美しい礼拝堂があります。

海軍療養所の最初の設計図海軍療養所の最初の設計図
中央のクイーンズ・ハウスの視界を遮らない現在の建物中央のクイーンズ・ハウスの視界を遮らない現在の建物
ウィリアム棟のドームには風向計ウィリアム棟のドームには風向計
ウィリアム棟のペインテッド・ホールウィリアム棟のペインテッド・ホール
ドームの内側の天井画ドームの内側の天井画

Episode 3海が宇宙とつながる海事博物館と王立天文台

人は航海に出ると陸上物標を用いて海図を確認(地文航法)したり、天体観測により自分の船の位置を確認(天文航法)していました。夜空に輝く満天の星は水先案内人であり、海は宇宙とつながっていたのです。海事博物館は航海に必要な測量器具をはじめとした、海事に関する展示物であふれています。例えばジェームズ・クック船長が太平洋の測量調査で使ったクロノメーターは、その正確さが実証されたことから正確な時刻の測定が可能になり、グリニッジ標準時や国際子午線会議での本初子午線の設定につながりました。また、チューダー朝期の戦艦の模型や、世界初の近代的な地図帳であるオルテリウスの「世界の舞台」、トラファルガー海戦で銃撃された際の左肩口に弾痕が残るネルソン提督の軍服、英画家J・M・W・ターナーの傑作画「トラファルガー海戦」など、海洋史を彩る数々の秘蔵品は感動的です。

海事博物館正面口海事博物館正面口
航海に使われた測量器具航海に使われた測量器具
クック船長が使ったクロノメータークック船長が使ったクロノメーター
世界初の近代地図帳「世界の舞台」世界初の近代地図帳「世界の舞台」(オルテリウス編、1570年)
ネルソン提督の軍服左肩に弾痕が残る ネルソン提督の軍服

Episode 4本初子午線を基に全国地図と世界標準時が作られた

17世紀後半、チャールズ2世は建築家クリストファー・レンに王立天文台の建設を命じます。天文学者でもあったレンはグリニッジ宮殿跡近くに古城を見つけました。でも建設予算はわずか500ポンド(現在の金額で約7万4000ポンド。およそ1000万円)。その古城を中古の資材で覆って化粧替えします。もともと南北の方角を向いていない古城は天体観測には適さず、八角形の塔は応接室となり、観測は主に裏手の小部屋で行われました。初代天文台長のフラムスティード、2代目のハーレー、3代目のブラッドリーは観測部屋を次々に増築し、各人の観測器が置かれた場所に子午線が引かれました。ブラッドリーの子午線を基に全国地図が作られ、7代目のエアリー天文台長の引いた子午線が国際子午線会議で本初子午線に定められました。午後1時に落下する報時球は1833年から、玄関門の時計は1852年からグリニッジ標準時刻を告げています。

17世紀前半の古城17世紀前半の古城(ヴェンツェスラウス・ホラー作、1637年)
王立天文台は1675年に設立王立天文台は1675年に設立
過去の子午線の位置過去の子午線の位置(かつて黒いドア部分に観測器が置かれた)
報時球は午後1時に落下する報時球は午後1時に落下する
グリニッジ標準時を示すゲート時計グリニッジ標準時を示すゲート時計

Episode 5本初子午線と5125年後の世界

王立天文台の南側に天文学センターやプラネタリウムがあり、宇宙に関する展示物を見学できます。ナンビアで見つかった45億年前の隕石もその一つ。思えば現在のグリニッジ子午線は1884年の国際子午線会議で定められたものですが、20世紀後半に米国が打ち上げた人工衛星の測定(GPS=全方位測量システム)によれば東側に約102.5メートルほどのところにあるべきだそうです。ただし、大陸プレートの移動により英国は年間約2センチずつ東に動いており、約5125年後にGPSの測定とグリニッジ子午線の両者が一致するとか。その時、世界はどうなっているのでしょうね。グリニッジでは本初子午線上の道路や家の塀、テニス・コートにマークが付され、本初子午線の通る街であることがアピールされています。本初子午線の引かれたテニス・コートで東西対決したいですが、斜めに引かれているので難しいでしょうか。

天文学センター天文学センターで宇宙を学ぼう
45億年前の隕石天文学センターでは45億年前の隕石に触れられる
本初子午線上にある日時計本初子午線上にある日時計
家の塀の本初子午線マーク家の塀の本初子午線マーク
テニス・コートの本初子午線マークテニス・コートの本初子午線マーク
 

ポテチ天国、英国が誇るスナック菓子の世界

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ポテチ天国 英国が誇る スナック菓子の世界

英国で「クリスプス」と呼ばれるポテトチップスは、どんな小さな店でも専用の陳列棚があるほど身近な存在。日本よりはるかに親しまれているこのスナック菓子は諸説あるものの、あるシェフの対抗心から偶然生まれた、という説が有名だ。1853年、米国のサラトガ・スプリングスにあるホテルのレストランで、フライドポテトが厚すぎると何度もクレームを受けたシェフは、極端に薄くポテトをスライスし、カリカリになるまで揚げて提供した。半ば冗談のつもりで作ったものが思いのほか好評で、やがて世界中に親しまれていくことになる。「クリスプス」という形で英国に上陸したのは20世紀初頭だが、もっと荒削りな原型は19世紀初頭にはすでにあったそう。

近年英国のポテチ業界には、湖池屋から日本のフレーバーも参入し、新たなムーブメントも起こりそうな予感。ますます活気を帯びているポテトチップスの世界をのぞいてみよう。

定番からユニークな味まで スーパーで買えるスナック菓子

日々新作が発売され、しのぎを削る英国のポテチ業界はまさに激戦区。言い換えれば英国は優れたポテチの宝庫であり、日本ではなかなか目にしないフレーバーも数多くそろう。ここではスーパーで購入できるマストで食べたいポテトチップスと、日英のポテチ文化の違いを紹介する。

安定感のある王道クリスプス Ready Salted / Walkers

ポテト

Ready Salted / Walkers

英国を代表するクリスプス・ブランドのほんのり塩味。少々オイリーだが、これぞまさしくポテト!と言えるほど素材の味を存分に感じられる。

アジアらしいフレーバー TERIYAKI / Koikeya

ポテト

TERIYAKI / Koikeya

日本人になじみのある味と言えばコレ。サクサクとした軽やかな口当たりで、ほのかな醤油味の中に優しい甘みが感じられる満足度の高い一品。

日本ブランドならではの繊細な味付け WASABI NORI / Koikeya

ポテト

WASABI NORI / Koikeya

海外ブランドにありがちな辛味を強調した味付けとは一線を画するわさび海苔味。鼻を抜けるピリッとしたわさびと、さっぱりとした風味が美味。

自分で塩味を調整できる Salt & Shake - Original / Walkers

ポテト

Salt & Shake - Original / Walkers

小パックの中に、薄くスライスされたクリスプスと塩の小袋がイン。塩加減を調整して、自分好みの味を作れるクリスプス大国らしい一品。

2018年のグッド・テイストに選ばれたトリュフ味 Black Truffle & Sea Salt / Tyrrells

ポテト

Black Truffle & Sea Salt /
Tyrrells

開封した瞬間トリュフの香りがふわりと広がるが、味はややキノコに近く、薄味。好みは分かれるものの、厚めのスライスは食べ応え抜群だ。

ポッシュなクリスプスの代表格 Posh Prawn Cocktail / Tyrrells

ポテト

Posh Prawn Cocktail / Tyrrells

エビをマヨネーズとケチャップで和えた英国の前菜、プローン・カクテルをイメージした味。ケチャップの味とまろやかな酸味がクセになりそう。

あっさりチーズでずっと食べられる Mature Cheddar and Red Onion / Kettle

ポテト

Mature Cheddar and Red Onion / Kettle

タマネギとチーズの絶妙なコンビネーションが楽しめるケトルの人気商品。薄めの味付けとザクザクとした食感が後を引く、厚めのクリスプスだ。

油で揚げないヘルシーさが売り Sour Cream & Onion / Popchips

ポテト

Sour Cream & Onion / Popchips

ジャガイモを油で揚げずに、熱を加えて作る歯触りの良いスナック。濃い味付けではあるが、味自体はマイルドなサワー・クリームという感じ。

ソースにディップしても◎ Queso Blanco & Lemon Drop Chilli / Manomasa

コーン

Queso Blanco & Lemon Drop Chilli / Manomasa

スペインのホワイト・チーズ「ケソ・ブランコ」とチリ、というインパクトのある名前とは対照的に、コーンの素朴な味をしっかり感じられるスナック。

隠れファンも多い古参の味 Twiglets / Jacobs

小麦

Twiglets / Jacobs

醤油を焦がしたようなスモーキーな味がする小枝状のスナック。1930年代から発売されており、デービッド・キャメロン元首相のお気に入りだそう。

食物繊維たっぷりのベジ・チップス Sweet Potato Sticks Sea Salt / Emily Veg Crisps

スイート・ポテト

Sweet Potato Sticks Sea Salt / Emily Veg Crisps

素材そのもので勝負したベジ・チップス。スイート・ポテトの優しい甘さとシー・ソルトが程よく混じり合う。ナチュラル志向の人に勧めたい。

つい手が伸びてしまう軽〜いスナック take it cheesy / Hippeas

ヒヨコ豆

Sweet Potato Sticks Sea Salt / Emily Veg Crisps

オーガニックのヒヨコ豆を使用したサクサクのパフ。日本のスナックに近い軽い口当たりで、チーズの味は薄め。子供にも安心して食べさせられる。

湖池屋ではどのように作る? ポテトチップスが生まれるまで

ポテトチップスの製法には種類があるが、湖池屋では新鮮なジャガイモをスライスして揚げる、というシンプルかつ最も素材を生かした方法で1967年より量産化を開始した。
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ポテトチップスが生まれるまで

日本とイギリスにおける ポテトチップスの違い

英国での一人当たりのポテトチップスの消費量は、日本の約2.4倍! その理由に、日本ではお菓子として親しまれているポテトチップスが、英国では食事として食べられる時があること、またイモ料理が多い食文化のため普段から食べ慣れていることが考えられる。

一人当たりのポテトチップス消費量(kg)

英国での食べ方
パブではビールのつまみとして、また食事メニューとして子供のランチ ボックスにも入っている。また、スーパーマーケットでは、指定商品をまとめて購入すると割引になるミールディールの対象になるなど、年齢問わず日常的に食べられている。

日本での食べ方
ポテトチップスと炭酸飲料というジャンキーな組み合わせが人気。また、電子レンジで温めてホクホク感を出す、鰹節やのりをトッピング、料理の材料に使うなど、さらにおいしい食べ方を追求するチャレンジャーや、箸で食べる人も結構多い。

 
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