英国の政党を挙げろと言われて、即座にいくつくらい思い出せるだろうか。労働党、保守党、自由民主党……。政治に興味がなければ、これら3大政党以外には、なかなか出てこないかもしれない。確かに全国区のニュースを騒がせるのは、この3党が中心だ。しかし独立、移民など、英国ならではの問題と直結し、国民の心情をストレートにくすぐるのは、実は小政党だったりする。今回は敢えて3大政党をスルーして、小政党にスポット・オン。小政党を知れば、英国政治の裏側が見えてくる!(本誌編集部: 村上祥子)

お堅く手堅いイメージのある英国政治の世界。ここではそんな固定概念が覆されること間違いなしの、十人十色の個性派政党6つをご紹介しよう。
British National Party (BNP)
設立年: 1980年 党派: 極右 (同党は極右であることを否定)
党首: ニック・グリフィン
EU拡大の波を受けて移民数が急増している近年の英国。英国人の潜在意識にある移民に対する複雑な思いを反映してか、じわりじわりと支持を集めているのが移民排斥を掲げる英国国民党(BNP)だ。「人種差別政党ではない」と世間に訴えているものの、2004年にBBCの記者がBNPへの潜入取材を敢行した番組「シークレット・エージェント」では「パキ(パキスタン人)を撃て」「国境を封鎖しろ」などと語る様子を録画され、06年には「ガーディアン」紙の記者が同党に潜入取材、BNPのイメージを向上させるためのテクニックを党員に伝授したり、人種差別的活動を行う際には偽名を使うよう奨励するなどといった党の実態が暴露された。06年の地方選挙では大躍進を遂げた同党だが、07年12月には党首の方針に反発し、約50名の議員らが離党、自らをReal BNPを名乗るという騒動に発展した。また意外と知られていないが、BNPの移民排斥主義は、日本の移民政策をお手本にしているというからオドロキ。
06年「ガーディアン」紙の潜入取材で世の人をあっと驚かせたのが、イングリッシュ・ナショナル・バレエ団のプリンシパル(最高位ダンサー)、シモーヌ・クラークさんがBNP党員であるという事実発覚だった。その後はクラークさんの舞台出演に反対する人々が劇場の外に集結するなどの騒動も。実はこのクラークさん、当時は同団の中国系キューバ移民の男性ダンサーとパートナー関係にあり、5歳になる子供もいた。この一見矛盾する関係性に「???」だったが、やはりというべきか、07年12月にはBNPのハンサムな若手地方議員、リチャード・バーンブルック氏との婚約を発表。なんでも抗議行動が起こった公演にバーンブルック氏が激励に訪れたのがきっかけだったとか。
Respect (正式名称: Respect - The Unity Coalition)
設立年: 2004年党派: 左派
党首: ジョン・リーズ
党名の「リスペクト」とは、Respect, Equality, Socialism, Peace, Environmentalism, Community, and Trade Unionismの頭文字を取ったもの。設立当時はイラク戦争反対の姿勢を全面に押し出したため、特定の課題を達成するため活動を行う「特定問題政党」とも言われたが、現在では鉄道そのほか公共サービスの再国有化や環境保護などを唱えている。同党の支持者には、映画監督のケン・ローチ、ノーベル文学賞受賞の劇作家、ハロルド・ピンターなどの知性派著名人も。ちなみに党名にはちょっとしたいわくが。ロンドンでは市長主催で毎年「Rise」と呼ばれるフェスティバルが開催されているが、実はこのフェスティバル、もともとは「Respect」という名前だった。しかしリスペクト党が同名を名乗ったため、名付け親のケン・リビングストン・ロンドン市長は泣く泣く「Rise」と変更したのだとか。
同党の設立メンバーの1人には、2006年1月に人気リアリティー番組「Celebrity Big Brother」に出演、レオタード姿で踊っている姿も記憶に新しいジョージ・ギャロウェイ氏がいる。そんな姿からは想像するのも難
しいが、真の姿は硬派な反戦主義者。03年、当時労働党の議員だったギャロウェイ氏は、国内で論争を呼んでいたイラク派兵に真っ向から反対し、同党を除名。翌年にリスペクト党を結成した。07年には同党の状態が「あまりに無秩序である」とするギャロウェイ派と、同党と協力体制にある極左の社会主義労働者党派に分かれ対立し、同年11月にはギャロウェイ派が「Respect Renewal」を結成、同党から脱退した。
オフィシャル・モンスター・レイビング・ルーニー党Official Monster Raving Loony Party
(OMRLP)
設立年: 1983年 党派: ?
党首: アラン「ホーリング・ロード」ホープ
くだらなさ、皮肉をこよなく愛する政党。設立者はジャック・ザ・リッパーのコスプレなどで注目を集めた長髪ロッカー、スクリーミング・ロード・サッチ。同氏は1999年に死去したが、その精神は今も同党に脈々と受け継がれている。同党のマニフェストには、「亡命者は面白いジョークを言える限りは英国滞在を許可される」「米語のスペルを使用した者は、罰として1週間、オックスフォード英語辞典(大型版)を携帯する」など、一見バカバカしい政策がズラリ。とはいえ「未成年の選挙権獲得」「パブの24時間営業」など、実現してしまったものもあるのが怖いところ。
ワン・ロンドン党One London
設立年: 2005年 主義: ロンドン自治体の権限拡大
党首: ダミアン・ホックニー
ロンドン自治体の権限を拡大することを目的とした政党。英国のEU脱退、反移民など過激な主義を掲げる一方で、ロンドンの混雑税廃止、公共交通機関の24時間運営など、ロンドナーとしては気になる政策もチラホラ。ところでこのOne Londonという党名、どこかで聞いたことはないだろうか。05年のロンドン同時多発テロ勃発の際、リビングストン・ロンドン市長は同名のキャンペーンを組み、多民族の団結を訴えた。それが全く違う主義主張を持つ団体に、名前を使われたということで市長はかなりのご立腹だったそう……。
イングランドとウェールズ 緑の党The Green Party of England and Wales
(GPEW)
設立年: 1973年 党派: 左派
党首: なし(2008年より選出予定)
プリンシパル・スピーカー: デレク・ウォール、キャロライン・ルーカス
ヨーロッパを中心に、米国、アジアなど世界各国に存 在する環境政党、緑の党。同党の中心政策はもちろん環境保護。そのほか動物実験反対やフェミニズム、同性愛者擁護などの主義を掲げる。なぜエコ政党が同性愛フレンドリーになるのか。一見不可解だが、そのココロは「自由」。社会的弱者や少数派の人権保護を標榜する同党にとって、同性愛者たちの権利を守るのは、当然のことなのだ。
世界的に有名なゲイ・パレード「Pride」にも毎年参加するという同党、メンバーにはオーストラリア生まれの過激人権主義活動家、ピーター・ギャリー・タッチェル氏の姿も。「デーリー・メール」紙から「同性愛のテロリスト」 と呼ばれたこともあるタッチェル氏は2007年5月、同性愛者に対する風当たりが強く、市より開催を禁止されたロシアのモスクワでの「Pride」に参加、そこでネオナチらから暴行を受けたが、後に「モスクワに戻って活動することにこれっぽっちのためらいもないね」と語っている。 「Green, but not peaceful」と言うこの自然を愛する過激派に、今後も目が離せない。
英国独立党United Kingdom Independence Party
(UKIP)
設立年: 1993年 党派: 右派
党首: ナイジェル・ファラージ
英国独立党の生命線とも言える最大の主義は英国のEU 脱退。そのほか、英国内における中央集権の強化をうたっており、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド議会を廃止し、すべての権限を英国議会へ委譲するよう訴えている。「トーリー(保守党)の圧力団体」とも呼ばれる UKIPは多数の元保守党党員を抱え、某政治ウェブサイトの調査によると、調査対象となった保守党党員の半数近くがUKIPを「最も見解が近い党」と認識しているという。党の規律では人種差別を禁止し、極右関係者の入党を禁じているというが、人種差別、移民排斥との関連性を指摘する声は少なくない。
UKIPの名物党員といえば、ロバート・キルロイ=シルク氏。元々は労働党の内政スポークスマンとして活躍していたが、左翼組織から嫌がらせを受け、一旦は政界を引退。その後はBBCで自身の名を冠した番組を持っていたが人種差別発言が元でホサれてしまう。しかしメゲないキルロイ氏、次はUKIPに入党し、2004年の欧州議会選挙で見事当選。欧州議会議員となったあかつきに議会で何をしたいかを問われ、「破壊してやる」と答えた恐るべきタフガイだ。その後の活躍が期待(!?)されたが、同氏は党内の勢力争いに敗れ05年に離党。その後、新政党「ヴェリタス」を結成したが、05年の総選挙で大敗したことを受け、同党党首を辞任、離党している。
英国政治は2大政党制と言われる。確かに英国の政治史を紐解けば、過去にはトーリー党(保守党)対ホイッグ党(自由民主党)、労働党対保守党という2大政党の対立図式が出来上がっていた。労働党と保守党という2大政党に、自由民主党が追随する形の現在。毎日のようにブラウン管を賑わせるこれら3党だが、その政策を見ると、一見、どれがどの政党のものだか区別がつかないほど似通っているものが多いことに気付かされる。その理由としては、一つに「小選挙区制」を採用している英国の政治システム、もう一つに現代英国における階級制度の変遷が上げられる。
小選挙区制
小選挙区制とは、定員と同じ数の選挙区を設置し、1つの区に1人の当選者を選ぶ選挙制度を指す。同制度では、最高得票者しか当選しないため、無駄になる票(死票)が多くなる。そのため、自分の票を無駄にしたくないと考える投票者は、本命が世論で人気があれば自票を投じる必要がないと考え、また人気がなければ投票しても無駄だと思い2番手の候補者に投票する傾向にある。そのため小選挙区制を取り入れている国では1番人気プラス2番人気の2政党が票を集めるという、2大政党制が形成されやすいとされているのだ。こうして野党第一党も政権を握る可能性がある2大政党制を持つ英国では、幅広い層からの支持を得るため、各党が打ち出す政策も現実的で実現可能なものとなる傾向がある。
階級制度の変遷
日本と比べると、いまだ国民の生活の中に「階級」という意識が残る英国。とはいえ、以前と比べれば上流階級と労働者階級の間の差異は狭まりつつある。20世紀後半には、労働・保守両党が、労組重視、福祉国家推進の労働党、規制緩和と民営化を推し進める保守党という、各支持層に訴える個性的な政策を打ち出していた。しかし現在では上流階級、労働者階級と簡単に括ることのできない中間層が増加、その新しい層にアピールするため、労働党ではニューレーバー(新しい労働党)を旗印に党内における労組の影響力を弱め、保守党も近年、環境や医療問題を重視するなど、ともに中道寄りな政策を提唱するようになった。
こうして政権掌握を狙う労働党、保守党と、3党政治を掲げる自民党の3党の政策が必然的に類似してくる一方で、政権を取る可能性の限りなく少ない小政党は、自由に自らの主義主張を打ち出してくる。特に英国では総選挙とは別に、北アイルランド、スコットランド、ウェールズ、ロンドン市議会議員選挙などでは、得票率に合わせて議席を配分するため小政党にも勝算がある比例代表制が採用されているため、小政党の活躍振りを見るならこれらの選挙に注目するとおもしろい。

大政党の影に隠れて、小政党がなかなか日の目を見ることのない中央政治。 しかし独自の議会を持ち、比例代表制が導入されている北アイルランド、スコットランド、ウェールズでは近年、地方政党が大躍進。ここでは各地方の政治システムとともに、有力地方政党を紹介する。
Wales
1536年、イングランドに併合された後は、イングランドとの統合王国となったウェールズ。スコットランドや北アイルランドとは異なるその背景ゆえか、ウェールズ独自の言語、文化を守り続ける一方で、英国からの独立に対してはそれほど高い関心を持っていなかった。1997年にはウェールズ議会(National Assembly of Wales)の設立が提案され、同年9月に住民投票が行われたが、その際にも賛成50.3%、反対49.7%とかろうじて設立が決定。99年より議員選挙が行われるようになった。
政治システム
英国議会下院では40の議席を割り当てられている。独自の議会を持つが、スコットランド議会(Parliament)と異なり、Assemblyであることからも分かるように、法律を制定する権限は持っていない。ただし、地方自治や農業、教育、環境、文化などの分野における二次的立法権あり。議員の任期は4年。小選挙区比例代表並立制(Additional Member System)。
| 第1回(1999年) | |||
| 党名 |
小選挙区
|
比例代表
|
計
|
| 労働党 |
27
|
1
|
28
|
| ウェールズ国民党 |
9
|
8
|
17
|
| 保守党 |
1
|
8
|
9
|
| 自由民主党 |
3
|
3
|
6
|
| 無所属 |
0
|
0
|
0
|
| 2007年 | |||
| 党名 |
小選挙区
|
比例代表
|
計
|
| 労働党 |
24
|
2
|
26
|
| ウェールズ国民党 |
7
|
8
|
15
|
| 保守党 |
5
|
7
|
12
|
| 自由民主党 |
3
|
3
|
6
|
| 無所属 |
1
|
0
|
1
|
(Source: BBC Online)
ウェールズ国民党 (ウェールズ民族党)Plaid Cymru
設立年: 1925年 党派: 中道左派
党首: ユアン・ウェイン・ ジョーンズ
なんと発音すれば良いのか見当もつかない「Plaid Cymru」という党名。もちろんウェールズ語で、Plaid=政党、Cymru=ウェールズを指す。ちなみに読み方はプライド・カムリ。設立当初はウェールズの言語と文化の保護が主目的だったが、後に自治政府の設立→ウェールズ独立を目指すようになった。しかしそんな流れと反比例するかのように、党のイメージはソフトなものに。2006年には1933年から使用していた、3つの山にウェールズの象徴であるレッド・ドラゴンを組み合わせたロゴから、温かみのある黄色いウェルシュ・ポピーの花のロゴへと変わり、党名も通称をただ「Plaid」とするようになった。07年5月の議会議員選挙では15席を獲得し、労働党との連立政権を樹立。ユアン・ウェイン・ジョーンズ党首がウェールズ副首相の座に付いた、勢いのある党である。
Scotland
トニー・ブレア、ゴードン・ブラウンと2代にわたり首相を輩出しているスコットランド。もともとは地方分権に積極的な労働党支持が強いお国柄だが、近年はスコットランド独立を目指すスコットランド国民党(SNP)の支持率が上昇している。スコットランド議会は1707年、イングランド、スコットランド両王国が合邦したことで一旦閉鎖されたが、98年の「スコットランド法」制定により、翌年より新議会が設立されている。
政治システム
英国議会下院では59の議席を割り当てられている。一方で独自の議会(Parliament)を持ち、所得税率を変更するなど、中央とは別に法令を定めることが出来る(ただし、財政や外交など、全国規模の問題を扱うことは不可)。選挙は4年ごと。小選挙区比例代表並立制 (Mixed Member Proportional Representation System)
| 第1回(1999年) | |||
| 党名 |
小選挙区
|
比例代表
|
計
|
| 労働党 |
53
|
3
|
56
|
| スコットランド国民党(SNP) |
7
|
28
|
35
|
| 保守党 |
0
|
18
|
18
|
| 自由民主党 |
12
|
5
|
17
|
| その他 |
1
|
2
|
3
|
| 2007年 | |||
| 党名 |
小選挙区
|
比例代表
|
計
|
| スコットランド国民党(SNP) |
21
|
26
|
47
|
| 労働党 |
37
|
9
|
46
|
| 保守党 |
4
|
13
|
17
|
| 自由民主党 |
11
|
5
|
16
|
| スコットランド緑の党 |
0
|
2
|
2
|
(Source: BBC Online)
Scottish National Party(SNP)
設立年: 1934年 党派: 中道左派
党首: アレックス・サモンド
スコットランドの分離独立を目指す中道左派政党。2007年スコットランド議会議員選挙でついに第1党となり、アレックス・サモンド党首がめでたくスコットランド首相の座についた。00年にはSNP議員2名が、英国、ドイツ、南アフリカを中心に争っていた06年サッカー・ワールド・カップ開催地決定に関する公式ウェブサイト上の投票でドイツを推したことで、トニー・ブレア首相(当時)に「反英国的」と批判されたが、「ウェブ上での投票で反英国的とするのはくだらない」と一蹴した。その一方で昨年8月には英国からの独立を問う住民投票に関する白書を発表するなど、独立を実現するための準備を着々と進めているのがウマイところ。世界的俳優、ショーン・コネリーが長年支持している党としても知られる。
Northern Ireland
1960年代、それまで差別を受けてきたカトリック教徒と、プロテスタントが中心となっていた北アイルランド政府が激しく対立する、いわゆる北アイルランド問題が深刻化 した同地域。1972年には英国政府による直接統治が始まり、旧アイルランド議会は消滅した。98年には、英国とアイルランド共和国が北アイルランドの和平に関する合意文書に署名(ベルファスト合意)、同時に議会設置も決定された。それが現議会(Northern Ireland Assembly)である。しかしこの議会も、党派間の対立の激化などにより一時機能停止に。2007年3月、プロテスタント系のユニオニスト *強硬派、民主統一党(DUP) とカトリック系のナショナリスト *強硬派、シン・フェイン党の間で自治復活の合意がなされ、同年5月、4年半振りに自治機能が復活した。
*ユニオニスト(英国との連合維持を支持)、ナショナリスト(北アイルランドの独立を支持)
政治システム
英国議会下院では18の議席を割り当てられている。ウェールズ同様、Assemblyである同議会には自治権が委譲されているとはいえ、英国議会が保持している権限(外交や国防、通貨など)や、後に委譲される可能性があるが、現在は英国議会が持つ権限(警察や郵便)も存在する。任期は4年。比例代表制(単記移譲式比例代表制: Single Transferable Vote System)。
※ U: ユニオニスト N: ナショナリスト
| 1998年 | ||
| 党名 |
党派
|
計
|
| アルスター統一党 |
U
|
28
|
| 社会民主労働党 |
N
|
24
|
| 民主統一党 |
U強硬
|
20
|
| シン・フェイン党 |
N強硬
|
18
|
| 同盟党 |
無
|
6
|
| 英国統一党 |
U
|
5
|
| 無所属 |
U
|
3
|
| 進歩統一党 |
U
|
2
|
| 北アイルランド女性連合 |
無
|
2
|
| 1998年 | ||
| 党名 |
党派
|
計
|
| 民主統一党 |
U強硬
|
36
|
| シン・フェイン党 |
N強硬
|
28
|
| アルスター統一党 |
U
|
18
|
| 社会民主労働党 |
N
|
16
|
| 同盟党 |
無
|
7
|
| 無所属 |
1
|
|
| 緑の党 |
1
|
|
| 進歩統一党 |
U
|
1
|
(Source: BBC Online)
Sinn Fein
設立年: 1905年 (1970年には党が分裂し、暫定派シン・フェイン(現在のシン・フェイン党)が設立された)
党派: 極左
党首: ジェリー・アダムズ
アイルランドのゲール語で「我々のみ」という名を持ち、世界中の多くの国からテロ組織として認定されている民兵組織IRA(アイルランド共和軍)暫定派の政治組織であるシン・フェイン。しかし2005年にはIRAに武装解除を勧告し武装闘争の終結を宣言させることに成功、昨年は犬猿の仲であるDUPに歩み寄り、自治復活を実現させるなど、近年ややソフト路線に転じている(ように見える)。一見インテリ学者のような風貌のジェリー・アダムス党首は、捕虜の虐待が明らかにされ問題となったイラクのアブ・グレイブ収容所の惨状を描き出した写真を見ても、「私も拷問写真に写ったことがある」と言ってのけるツワモノ。また北アイルランド議会副首相の座についたマーティン・マクギネス氏は、自治復活時の知的な好々爺といった雰囲気とは裏腹に、IRAのトップにまで上りつめ、「IRAのゴッドファーザーの中のゴッドファーザー」とまで呼ばれたバリバリの闘士である。彼ら過去の武闘派が、平和な北アイルランドの未来を築くことができるのか、今後に注目だ。
アラン・エヴァンズ氏にインタビュー
── 現労働党政権の強みと弱みはなんだと思いますか。
現政権の強みと言えば、以前まではメディアをコントロールする能力だったと言えるでしょう。とはいえ最近ではなんの強みも見せることができずにいますが。弱みと言えば、すべてを統制したがるという点でしょうか。常に中央政府の権限を強めようとしていますが、彼らにそんな能力などないのです。もっと地方議会に権限を委譲すべきです。
── プライド・カムリと現政権の政策における一番大きな違いはなんですか。
ウェールズ政府と中央政府の違いということで言うならば、ウェールズNHS(国民保険サービス)におけるPFI(公共サービスの提供を民間に委ねる手法)の不採用、農民に対する迅速な支援、公共交通機関の改善、そしてウェールズ語の保護などが挙げられます。我々(プライド・カムリ)の長期的な目標としてはウェールズ独立の実現があります。
── 英国の政治システムは2大政党制と言われます。この点についてどう思いますか。
地域によって変わると思います。ウェールズやスコットランドでは、4党制が確立していますし、北アイルランドでは、政党の様相はそのほかの地域とは全く異なります。ですが原則として英国政治のシステムは2、または2.5大政党制と言って差し支えないのではないでしょうか。その理由は小選挙区制です。もし比例代表制、または単記移譲式比例代表制になるようなことがあれば、議会はより民意を反映するものとなるでしょう。
── 英国は比較的小さな国です。にもかかわらず、ウェールズやスコットランド、北アイルランドの人々が独立を求めるのはなぜでしょう。文化や言語の保護以外に理由はありますか。
独立を求める原動力となっているのは、ウェールズの持つ独自の政治的風土なのです。ウェールズでは伝統的に中道左派政党を支持する傾向にありますが、イングランドにより決められた右派政権に苦渋を強いられることが多々あります。1980年代、90年代の保守党政権は、ウェールズにおいて全く支持を得ることが出来ず、また我々にとっても独自の生活様式が壊滅的状況に追いやられるという事態に陥りました。多くのナショナリストたちは、二度とこのようなことが繰り返されてはならないと決意し、右派寄りの政策から我が身を守るため、ウェールズの自治/独立を求めるようになったのです。



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大名行列を横切ろうとした乗馬中の英国人を薩摩藩士が切りつける生麦事件が発生
岩倉使節団が訪英
ロンドンで小泉首相とブレア首相が日英首脳会談














競技解説
英国と欧州大陸を結ぶ高速鉄道「ユーロスター」が11月14日、英国内に新設した専用軌道での運行を開始。時速約300キロでの走行が可能となり、ロンドン―パリ間はこれまでより20分早い2時間15分、ロンドン―ブリュッセル間は1時間53分で結ばれる。ロンドンのターミナルは、ウォータールー駅からセント・パンクラス駅に移った。新ターミナルからは同日午前11時すぎ、ブリュッセル行きの「一番列車」が出発した。
10年間にわたり長期労働党政権を率いてきたトニー・ブレア首相の任期途中での辞任に伴い、6月28日をもって労働党のゴードン・ブラウン新党首が戦後第13代の首相に就任、同日中に新内閣が発足した。ブレア政権下ではナンバー2として財務相を務めながら、国内の好調な経済を長期にわたって維持してきたブラウン氏。ブレア氏よりいずれ首相の座を譲り受けるとの取り決めがあるとの噂が度々流れていたが、政権奪取後10年目にしてようやく首相の座を射止めた。
エリザベス女王(81)と夫のフィリップ殿下(86)が11月20日に結婚60年のダイヤモンド婚を迎え、前日の19日には、ロンドンのウェストミンスター寺院で記念式典が行われた。バッキンガム宮殿によると、ダイヤモンド婚を迎えた英君主は史上初めて。夫妻にとって、同寺院は結婚式を挙げた思い出の教会。長男のチャールズ皇太子と故ダイアナ元妃をはじめ、離婚が続いた英王室で「互いを支え合うエリザベス女王夫妻の仲の良さは際立つ」とは外交筋のコメント。
8月11日、数字選択式宝くじで英国史上最高額となる3540万ポンド(約85億円)の当たりくじが出た。この確率は7600万分の1で、1995年6月に出たこれまでの最高額、2250万ポンドを一挙に抜き去った。当選者は、スコットランドに住む郵便会社勤務のアンジェラ・ケリーさん。夫と別居中で長男ジョンさん(14)と2人暮らし。宝くじは1.5ポンドで購入し、これまでの年収が2万1000ポンドだったことを明かし「当選を知った時は手が震えました。まだ動揺して実感がわきません」と話した。英紙によると、当選は秘密にするつもりだったが、職場内でうわさが広まり、会見することにしたという。
パレスチナ自治区ガザで武装集団に拉致、拘束されていたBBC放送のアラン・ジョンストン記者(45)が7月4日未明、事件発生から約3カ月半ぶりに無事解放された。同記者は解放後、ガザ市でイスラム原理主義組織ハマス幹部のハニヤ前自治政府首相らとともに記者会見し、「人生で最悪の16週間だった。携帯していたラジオでわたしの解放を求める世界各地の人々の支援を知っていた。感謝したい」と述べた。ジョンストン記者は主要欧米メディアでガザに常駐する唯一の外国人記者。3月12日、銃を持った集団に拉致された。
世界七不思議の候補ともされる英南西部の巨石遺跡群ストーンヘンジの近くで、同遺跡群を造った人々の集落の一部とみられる新石器時代(紀元前2600年ごろ)の住居跡を発見したと英大学の発掘チームが1月30日、発表した。研究者の1人は「ストーンヘンジは当時としては最大の埋葬地で(住居跡などを含む)巨大な複合施設の一部だったと考えられる」と述べ、諸説あるストーンヘンジの目的を解き明かす貴重な発見だと強調した。確認された住居跡は8棟で、それぞれ広さ約5メートル四方。最大で100棟あった可能性もある。
英国一のフットボール選手であり、その私生活 の一挙手一投足まで注目される、デービッド・ベッカムが8月、米プロ・リーグ、MLSのロサンゼルス・ギャラクシーに移籍した。その契約金は、なんと、5年で総額2億5000万ドル(約298億円)!スポーツ専門テレビ局のESPNは、ベッカムの「金のために米国に行くと世間は言うだろうが、そうではない。才能ある選手とともにギャラクシーを新しいチームにつくり変えることは、とても楽しみだ」というインタビューを繰り返し放送した。
スコットランド・サッカー記者協会は5月2日、今季の年間最優秀選手にセルティックのMF中村俊輔を選出。中村はプロ選手協会からも年間最優秀選手に選ばれており、ダブル受賞となった。欧州主要リーグで、日本人としての年間最優秀選手は初。同協会のブラック会長は「中村は見ていて楽しい選手。欧州チャンピオンズ・リーグのマンチェスター・ユナイテッド戦での2本のFKと、プレミア・リーグ優勝を決めたキルマーノック戦でのFKは彼を集約している。重圧の中で輝く瞬間を生み出せる」と評した。
今年一番の注目レーサーといえば、ルイス・ハミルトン。カリブの血を引き褐色の肌を持つことから、「F1界のタイガー・ウッズ」「褐色のベッカム」など、一躍時の人となった。実際、今年1年間の記録といえば、「デビュー6戦目で栄冠の初優勝」「米国グランプリで連勝」「ハンガリー・グランプリで優勝」「日本グランプリ優勝」とそうそうたるもの。年間ランキングでは惜しくも2位と敗れたが、今季の主役だったことに間違いはない。デビュー戦から9戦連続で表彰台に上がり、F1記録を大幅に更新。新人では歴代最多に並ぶシーズン4勝をマークした。
英国で最も権威ある映画賞、英国アカデミー(BAFTA)賞の授賞式が2月11日開催され、「クイーン」でエリザベス女王役を演じ、下馬評の高かったヘレン・ミレンが主演女優賞を受賞した。一方007シリーズのボンド俳優としては初のノミネートとなった俳優、ダニエル・クレイグは惜しくも受賞を逃したが、ボンド・ガールを演じた仏女優、エヴァ・グリーンが新人賞を獲得した。
1990年代に活躍した英国の人気女性歌手グルー プ「スパイス・ガールズ」が、今年6月に再結成を発表。本当に?4人は実は仲が悪いんじゃないの?など世間ではまだまだ疑いの感があったが、表明通り、12月2日カナダでツアー初日を迎えた。約2時間のコンサートでは計22曲を熱唱、ガールパワー健在ぶりを見せつけた。

ブリティッシュ・ファッション・アワードに出席したヴィヴィアン。66歳にして、このカッコ良さ
71年の「Let It Rock」で発売していた「ROCK」Tシャツ
グルグルと逆回りする時計は、26年前から変わっていない
85年の「Mini Clini」コレクション
初のコレクション「Pirate」から
ボタンやアクセサリーなど、様々なデザインに使われているロゴ、オーブ
ボタンやアクセサリーなど、様々なデザインに使われているロゴ、オーブ
ボタンやアクセサリーなど、様々なデザインに使われているロゴ、オーブ
87年に従来のコルセットの概念を打ち破って以来、毎年のように斬新な、デザインが発表されている
87年に従来のコルセットの概念を打ち破って以来、毎年のように斬新な、デザインが発表されている
同年の「Harris Tweed」コレクションより
89年の「Voyage to Cythera」コレクションでは、モダンと中世のスタイルを斬新にミックス
89年の「Voyage to Cythera」コレクションでは、モダンと中世のスタイルを斬新にミックス
右のメンズ・ウェアに使用されているのが、ヴィヴィアン・オリジナルのタータン・チェック「McAndreas」
94年の「Café Society」コレクションより
美しいカッティングが多く発表された02年の「Anglophilia」コレクション











可憐と優美 ─ 将来期待のバレリーナ




退役軍人組織「Ex-Service Action Group」の統計によると、英国全体に存在するホームレスのうち約22%が元軍人。彼らの多くが義務教育を終えた直後に入隊し、以後は軍隊の中でまるで自身の家族を築くかのような生活を送るために、一般社会に出てから自立した生活を営む際に問題を抱えてしまう場合があるという。また戦場という危機的状況には対応出来ても実社会における職業的技術を持ち合わせていないため就職が出来なかったり、場合によっては戦場でトラウマを抱えてしまった者などが除隊後に社会に適応できなかったりしてホームレスになってしまう場合が多い。今ではホームレスのためのチャリティ団体「Crisis」でボランティアとして働くスコットランド出身の64歳、エドウィン・リントンさんもかつてはそのうちの1人だった。
35歳、ニューカッスル出身
ただバスキングをしていた時の方が、日によっては自由に使えるお金が多かった。まだロンドンのウォータールー駅でバスキングを始めたばかりの頃、習いたてのギターではわずか1曲しか弾けなかったにも関わらず、1日で50ポンドも稼いだことがあるという。「でも路上生活していると、食べ物、飲み物も購入しなければならないので結局は高くつきますね。ホステルであれば食事は安く提供してもらえますから」。
1991年に英国で創刊され、2003年からは日本版も発売が開始されたホームレスが販売するストリート・ペーパー、「ビッグ・イシュー」。労働の場を提供することでホームレスの人々に自立を促すことを目的とした同誌では、一部を£1.50で販売、このうち£0.80が販売員の収入となり、残り£0.70がビッグ・イシューの製作費、人件費として徴収される。ホステルなどに住んでいる「見えないホームレス」たちにとっては、住居費などを政府の援助で賄うことが出来るので、売った部数がそのまま収入になる。ビッグ・イシューの販売経験のあるデービッドさんは1日に30部をさばき計£24の収入を得たことがあるようだ。
私たちのチャリティ団体では、ホステルやB&Bなどに住むいわゆる「隠れたホームレス」たちを悪循環から救い、自立した生活を送ることが出来るように働き掛けています。


Illegal Sleep 2007 © Zarina Bhimji. DACS, London 2007
Shadows and Disturbances 2007 Courtesy of the artist and Haunch of Venison, London ©Zarina Bhimji. DACS, London 2007
壁に空いた穴をのぞくと、上の砂漠のような風景が広がる
AMNESIAC SHRINE or Double Coop Displacement, Matt's Gallery, 2006 ©Mike Nelson Courtesy the artist and Matt's Gallery, London.
Mirror Infill, 2006 Commissioned and produced by Frieze Projects ©Mike Nelson Courtesy the artist and Matt's Gallery, London
Sleeper 2004-5
State Britain, 2007 Installation view at Tate Britain ©Mark Wallinger Photo: Sam Drake, Tate Photography
There Will Be No Miracles Here 2006 Courtesy of the artist, doggerfisher and Haunch of Venison, London ©Nathan Coley . Photo: Photography: David Lambert & Rod Tidnam, Tate
Camouflage Church, 2006 ©Nathan Coley Courtesy doggerfisher and Haunch of Venison
左)Hope and Glory 2007 Courtesy of the artist, doggerfisher and Haunch of Venison, London ©Nathan Coley . Photo: Photography: David Lambert & Rod Tidnam, Tate


















F&Mと言えば紅茶にスイーツ。もはや英国みやげの代名詞とも言えるこれらの商品が一同に介するのがGround Floor。以前よりも空間に余裕を持たせ、整然とした配置になっているのが嬉しい。品格漂うダークグリーンの紅茶の定番パッケージが、現在は銀色をメインに、アクセントでブランド・カラーの青みがかったグリーン「Eau de Nil」を使ったニュー・デザインに。年末年始の、いつもとは一味違うおみやげにいかが!?
扉を開けるとまず出迎えてくれるのが、クリスマス・デコレーション。ツリーに馬車、サンタクロース。奇抜なものはないけれど、欧州でこの時期を過ごす喜びが感じられる、伝統的なクリスマスの姿がここにはある。色とりどりのマカロンでつくられたタワーや砂糖菓子のデコレーション・ケーキには子供も大喜び。
そして紅茶と並び、F&Mの主力商品とも言えるハンパー。300周年を迎える今年は特に種類が豊富。全部で38種類のハンパーが、恭しく鎮座している。別欄でご紹介している300周年記念の「The Tercenturian」(2万ポンドなり!)はもちろんのこと、「The Imperial」「The Winsor」など、商品名からして気品漂うハンパーの数々は、購入することはできなくても、見ているだけでもワクワクしてくる。



今回の改装で一番の変化を遂げたのがここ、地階。上から覗き込めば、彩りも鮮やかな野菜や果物が顔を出す。正面奥には高級感漂うデリカテッセンと、肉や魚、チーズのコーナーが。左手にはワイン・コーナー。その隣には創立年を冠したバー、1707ワイン・バーがあり、コーナーにあるどんな商品でも一律10ポンドの持ち込み料プラス小売価格で楽しむことができる。
毎年クリスマスが近付くと人々の話題となるのがF&Mのハンパー。日本で言うならば、年末年始の福袋?今年のハンパーは全部で38種類。その中でも驚きなのが、一つ2万ポンド(約474万円)の「究極」のハンパー、「Tercenturian」だ。3種類の異なるフルーツ・ケーキから成る3段重ねのケーキ、ジェロボーム社のシャンペン、300年記念シャンペン・トリュフ、カシミアのマフラーなどなどが入ったこのハンパー、注文するともれなくF&Mの専用馬車でご配達。包みを開ける前からスペシャルなひと時は始まっているのだ。
F&Mではその昔、すべての届け物を馬と馬車を使って行っていた。その伝統を継承し、F&Mでは今でも希望により馬と馬車を使った配達を行っている。そのお値段は受け取り人一人につきなんと1000ポンド(約23万6500円)! 下手したら買った商品よりも配達料の方がずっと高くつく、さすがの高級サービスだ。
チャールズ・ディケンズと言えば、「オリバー・ツイスト」や「クリスマス・キャロル」など、貧困層の人々の生活を臨場感あるタッチで描くことで知られる大文豪。そんなイメージからすると意外や意外、彼は高級感漂うF&Mの大ファンとしてとみに知られる人物だった。彼は世界的競馬大会、エプソン・ダービーについて、次のように述べている。「ほら、見てごらん。フォートナム・アンド・メイソンが見える。どのハンパーも悠々と広げられていて、芝生の上にはロブスター・サラダが咲き誇っているかのようだ」。ディケンズのほか、米国生まれ英国育ちの人気作家、ヘンリー・ジェイムズなども同様にF&Mのファンだったというから、当時から知的階級に愛される、気品漂うデパートだったのだろう。



伝説のジャズ・シンガー、エラ・フィッツジェラルドの生誕90年を祝い、数々のトリビュート・アルバムも発売されている今年。フェスティバルのオープニングとなるこの日は、国際的に活躍するアーティストが共演、それぞれが持つ「伝説」へのトリビュートを捧げる。今年はロンドン・ジャズ・フェスティバルも記念すべき15周年を迎え、「ダブルおめでた」が重なったことから、実に豪華なプログラムが実現した。参加アーティストは、英国のR&B界を代表する若き実力派歌手のジャメリア、そして「英国ジャズ界のファースト・レディー」と称されるシンガー、クレア・マーティン、3.5オクターブの美声を持つアーモンド・マカモントなど。
米国人トランペット奏者・作曲家のジョン・ハッセルは、エレクトロニクスを積極的に使うことにより「第4世界」と呼ばれる音楽スタイルを創り上げた、ワールド・ミュージック・シーンの立役者だ。米国のミニマリズムの流れを汲んだ、彼独特のハスキーでむせび泣くようなトランペットの音色、そして民族音楽風のパーカッション、さらに「Windows 95」の起動音を作曲したミュージシャン、ブライアン・イーノのシンセサイザーを加えた実験的なアルバムでは、環境音楽をメイン・ストリームに変えるという偉業を成し遂げた。東洋と西洋が溶け合った、音楽というよりも「アート」に近いハッセルの演奏を体験してみよう。
ジョン・ダンクワース 1927~
革新的な音楽性、そして他の追随を許さない演奏技術により、数々の名曲を生み出してきたピアニスト・作曲家のチック・コリア。ジャズを基本に、ボサノヴァ、ロック、クラシックなどの要素を取り入れた演奏が彼の持ち味だ。一方、「ザ・職人技」でバンジョーを自在に操る天才プレイヤー、べラ・フレックは、意外性と想像力で、この楽器の限定されたジャンルを解き放った先駆者である。1994年以降、何度か一緒にステージを踏んで来たこの各界を代表する2人が、 今年初めてデュオ・アルバムを完成させた。ラテン、ゴスペル、ブルーグラス、ジプシー音楽がミックスされたというこのアルバム、2人の超絶技にもだえよう。
チェット・ベイカー 1929~1988
カリブ音楽の発展に大きく貢献したジャマイカ出身の伝説的なギタリスト、アーネスト・ラングリンは、50年代後半にジャマイカで大流行した「スカ」の誕生を導いたキー・パーソンでもある。当時、アメリカン・ジャズの影響を受けたジャマイカのR&Bバンドでシャッフル・ギターを演奏していたアーネストは、ギターのカッティングに一呼吸の間を取り入れ、これがスカの独特のリズムにつながったという。レゲエとジャズを融合させることに成功した稀有なアーティストのライブでは、太陽をたくさん浴びた音に出会えるはず。
米国のサックス奏者・作曲家であるジョシュア・レッドマンは、世界を舞台に活躍するサックス奏者のデューイ・レッドマンを父に持つ、ジャズ界のサラブレッド。91年のデビュー以降、すでにチャーリー・へイデンやチック・コリアなど、数多くの大御所たちとの共演も果たし、現在は2つのバンド・リーダーとしても活躍している。プリンスからビートルズ、はたまたロック、ファンクからエレクトロニカまで、どんなジャンルでも自分色に染めてしまえる若き天才だ。一方、今年デビュー・アルバムを発売し、早くも「ブリティッシュ・ジャズ史上、最も重要なバンドの1つ」と称される若手バンド、エンピリカル。手に汗握るような疾走感、そして独創的なコンテンポラリー・ジャズには、観客もインスパイアされるはず。
英国の若手ジャズ・プレイヤーを発掘し世界に発信するインディペンデント・ジャズ・レーベル「Dune Music」の設立10周年を記念して、2部にわたって行われるコンサート。第1部では、ニューオリンズで活躍するトランペット奏者、アブラム・ウィルソンとロンドン・コミュニティー合唱団が「Roll Jordan Roll」を演奏する。この曲は、テネシー州で開放された奴隷たち11人が集まって結成した「フィスク・ジュビリー・シンガーズ」(コラム「ゴスペル」を参照)の物語を唄ったもの。第2部の「Tighten Up」では、カリブ海出身の先鋭ジャズマンたちが作曲家、ゲイリー・クロスビーにトリビュートを捧げる。豪華なスペシャル・ゲストを迎え、スカ、ブルー・ビート、レゲエが入り混じるスコアを演奏。このジャマイカン・スターたちの豪華共演は、じっと座っていられないほどエキサイティングなものになるはずだ。
もしソニー・ローリンズが存在しなかったならば、現在のジャズは一体どういうものになっていたのだろう。現在の「ジャズ」という音楽、そして演奏スタイルを確立した人物の1人であるサックス奏者のローリンズは、ジョン・コルトレーンやコールマン・ホーキンズと並んで「テナー・サックスの巨匠」と称される生ける伝説だ。40年代後半から、マイルズ・デイビスやマックス・ローチといった偉大なミュージシャンたちとレコーディグをしてきたローリンズが、このライブではビーボップやソウルフルなバラード、カリプソなどを演奏する。77歳になってもエネルギッシュなライブで観客を魅了するローリンズを、生で聴くことが出来る貴重なチャンスだ。
エラ・フィッツジェラルドの生誕90周年を記念したプログラムから始まったこのフェスティバルを締めくくるのは、同じくジャズ界の重鎮で、奇しくも今年生誕90周年を数えるセロニアス・モンクへのトリビュートだ。10日間にわたる熱狂的なジャズの宴のクロージングに相応しく、英サックス奏者、トニー・コフィが率いる7ピース・バンドが3セッション、約6時間というスケールで、モンクの作曲した全70ナンバーを演奏する。モンクが残した即興創作精神を受け継ぐコフィが、その日、その場でしか聴くことのできない魂の音楽を奏でてくれる。






