大小含め10以上のスーパーマーケットがチェーン店展開を広げるスーパー激戦地の英国。安売り専門店から高級志向ショップまで、各スーパーは様々なスタイルで顧客の獲得に努めている。その中でも比較的街中でよく見かける4つのスーパーマーケットを選び、比較調査を実施。身近なものだからこそ、徹底的に研究してワンランク上の快適な生活を送りたい。(宮田さち)
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ダントツでテスコが1位。基本的に安い価格設定の商品が多い上、半額などのプロモーションもよく行っている。テスコ独自の「Price Check(毎週テスコ、セインズベリー、アスダ、モリソンの4大スーパーの商品について販売価格を調査、ウェブサイトで公開している)」によると、アスダと比べてテスコの方が安い商品が1547点、高い商品が1177点となっている(2007年1月8〜10日調べ)。しかしながら、「ザ・グローサー」誌が実施した33商品の値段調査によるとアスダが最安スーパーということになっているので、ちょっとナゾではあるが……。2位はセインズベリーとウェイトローズ。セインズベリーは安いラインのオリジナル・ブランドを出しており、安いものは安いのだが、逆に高いものは極端に高い。ウェイトローズは、全般的に見ると意外に高くはない。ということで4位はなんでも高めのM&S。 ![]()
一概には決められないが、イタリアン、フレンチといったお洒落な香りがする食品類に関しては素晴らしい品揃えを誇るウェイトローズが1位か。パスタ、チーズ、加えてワインの種類の多さは拍手モノ。ちなみに「ザ・グローサー」誌によるとウェイトローズは品切れ度が一番低いスーパーでもある。ほぼ同じ路線のセインズベリーは僅差で2位。同じく2位のテスコは、アジアン・カリビアンというように店舗のある地域の住民の文化を反映した品揃えに強い。両店とも、オリジナル・ブランドに安いラインと高級ラインを展開し、これも選択の幅の広さにはつながる。4位はまたまたM&S。元々オリジナル・ブランドしか販売しないので、バリエーションにはちょっと欠ける。サンドイッチやレディ・ミールは種類が豊富だが、例えばウェイトローズでは30種類もあるドライ・パスタがわずか8種類とはちょっと寂しい。 ![]()
どんなに素敵なお店でも遠ければ行きにくい、開いてなければしょうがない。さて、行きやすいスーパー第1位の座を射止めたのは、テスコ。英国内で合計1897店舗と圧倒的な店舗数を誇り、カバー・エリアは広い。また、郊外型の店舗は週日24時間営業を行う一方、コンビニ型のエクスプレスは、午前7時から午後11時まで営業している。同様の経営スタイルを持つが、752店舗展開と店舗数で負けたのがセインズベリー。3位はM&S。637店舗のうち、187店舗あるコンビニ型の「Simply Food」は英国内の主要駅構内に設置されていることも多く、旅行中のスナックやお勤め帰りの夕食の購入などに、お役立ち度が高い。4位はウェイトローズ。184店舗と店舗数も少なく、基本的にお上品なエリアにしか見られないので、それ以外の地域に住んでいる人にはあまり行く機会がないかも。がんばれ、ウェイトローズ! ![]()
環境への関心が高まる今のご時勢、スーパーもグリーン度を積極的にアピールしている。この分野の1位はM&S。ちょっとお洒落なオリジナル・ショッピング・バッグでも知られるM&Sは最近思い切ったエコロジー方針を発表した。それは、2億ポンド(約480億円)を投資し、今後5年の間に、二酸化炭素排出量0を目指すと言うもの。その直後テスコも対抗し、5億ポンド(約1200億円)を注ぎこんだ同様のプランを発表。ウェイトローズ(ジョン・ルイス・パートナーシップ)は2010年までに10%、セインズベリーは2008年4月までに5%、それぞれ二酸化炭素排出量を減らすことを目指している。計画倒れに終わらないよう、皆さんがんばってください、ということでM&S以外皆2位に付けておこう。いずれのスーパーマーケットも買物袋やクリスマス・カードのリサイクルを奨励するなど、環境保護に励んでいる。 ![]()
英国人の大好きな慈善事業。スーパーもただ商品を客に売るだけではダメなのだ。チャリティー度1位はウェイトローズ。ウェイトローズ基金を2005年に設立、対象商品の売り上げを寄付し、南アフリカの果物農家の人々がより良い労働環境を得ることが出来るよう貢献している。また、同社が展開するインターネット・プロバイダー事業では、経費を除く全ての収益がチャリティー団体(4つから選べる)に寄付されることになっている。2位はM&S。昨年はクリスマス時期にホームレス救済のためのプロモーションを行い、その売り上げから寄付を行っている。セインズベリーはより健康な子供を育成するため、学校に運動器具などを寄付しており、またテスコは、障害のある子供のためのチャリティーや地域を意識したチャリティー活動を行っているということで同点3位。いずれのスーパーでも多くのフェアトレード商品を扱っている。
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LISTING イベント情報
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| 2月10日(土) | 13:30 | イングランド対イタリア ロンドン、トウィッケナム・スタジアム |
| 15:30 | スコットランド対ウェールズ エディンバラ、ムレイフィールド・スタジアム |
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| 2月24日(土) | 15:00 | スコットランド対イタリア エディンバラ、ムレイフィールド・スタジアム |
| 17:30 | アイルランド対イングランド ダブリン、クロークパーク・スタジアム |
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| 20:00 | フランス対ウェールズ サン・ドニ、スダテ・ドゥ・フランス |
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| 3月10日(土) | 13:30 | スコットランド対アイルランド エディンバラ、ムレイフィールド・スタジアム |
| 15:30 | イタリア対ウェールズ ローマ、スタディオ・フラミ二オ |
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| 3月11日(日) | 15:00 | イングランド対フランス ロンドン、トゥウィッケナム |
| 3月17日(土) | 13:30 | イタリア対アイルランド ローマ、スタディオ・フラミ二オ |
| 15:30 | フランス対スコットランド サン・ドニ、スダテ・ドゥ・フランス |
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| 17:30 | ウェールズ対イングランド カーディフ、ミレニアム・スタジアム |
*掲載当時の情報です
極楽スパでリラックス
年末年始のバタバタがようやく落ち着き始めるこの時期には、今まで溜まった疲れが一気に出てくることもありがち。今回はストレス社会に生きる現代人のためのオアシス、スパ特集をお届けします。スパというと女性向けという印象がありますが、疲れの溜まり具合に性別は関係ありません。癒しを求める紳士のために今回は男性用スパも取り上げたので、男性読者も必読です。極楽度100%保証付。(本誌編集部: 筒井和美)
![]() 英国生まれの自然派化粧品エレミスが手掛けたエキゾチックなスパは、ドアを開けたその瞬間から、時の流れが止まったような静寂さに包まれる空間。静けさの中にほのかに漂うエッセンシャル・オイルの香りに嗅覚が刺激され、五感が研ぎ澄まされるような体験を味うだろう。中は、バリ、チベット、ポリネシア、日本、モロッコ、タイをテーマとした空間に分かれており、それぞれの部屋で雰囲気はガラリと変わる。カップルで入れるサウナがあるモロッカン・スィートは特に人気があり、数カ月先まで予約が詰まっているとのこと。赤いシルクでデコレートされたセンシュアルなバリニーズ・スィートもおすすめ。 ここで受けられるトリートメントはかなりの数に上り選択の幅が広いが、一度くらいは、各種トリートメントがセットになったエレミス・ディ・スパ自慢の「リチュアル」を試して、ゴージャスな気分に浸りたい。
![]() 英国初のジェントルマン専用スパ。散髪、髭剃りと言った床屋的な作業から、男性のためのマニキュア(爪の手入れ)、日焼け用のサンベッドそして全身マッサージといったトリートメントまで、ここ一軒でグルーミングのすべてが済んでしまう画期的な場所だ。男性専用と言っても、ジムの様な男くささはなく、ダンディズムが溢れる高級感漂うスペースとなっている。また、スパのトリートメントを受けている間に、アイロンがけやシュー・ポリッシュなどのサービス(無料)を利用できるのも男性向けならではの嬉しいサービスではないだろうか。 忙しい男性のために、15分でトリートメントを受けられる「The Pit Shop」というサービスも提供。店内ショップの男性用スキンケア用品、ヘアケア用品の品揃えは圧巻。
NEWS! ザ・リファイナリー日本支店オープン 来月、旧防衛庁跡地に開業予定の東京ミッドタウン、ガーデンサイド(港区赤坂九丁目)に待望の日本支店がオープンします。日本支店は、シュウ・ウエムラ氏の総合プロデュースによる美と健康と文化の聖域「shu sanctuary- シュウ・サンクチュアリ」内に設置され、バーバリング、スキンケア、スパ・トリートメントなどのグルーミング・サービスをワンストップで提供する場所となる予定。日本への出張時に利用してみてはいかが? ![]() ![]() 名門ホテル、マンダリン・オリエンタルご自慢のラグジュアリーなスパ。一歩足を踏み入れると、そこは街中の喧噪が嘘のように静寂が漂う空間だ。究極のリラックスを提供するに相応しい禅をテーマとしたスッキリとしたインテリアは、日本人建築家デュオAZUMIによるデザイン。室内はキャンドル・ライトで薄暗く照らされ、そこにいるだけでスーッと気持ちが静まるのが実感できる。この空間にいるだけでも癒し効果がありそうだが、オープン当初から数々の賞を総なめにしているというこのスパのトリートメントの実力は侮れない。東洋と西洋のエッセンスを効果的に融合させた各種トリートメント・プログラムは極楽そのもので、トリートメント後はほど良い脱力感を体験できるはず。時にはこんなラグジュリアスなスパで思いっきり自分を甘やかしてみては?
![]() 水の力を徹底的に利用したハイドロセラピー(水治療法)が充実しているスパ。英国で最も素晴らしいスパに贈られる「デイ・スパ・オブ・ザ・イヤー」を何度も受賞していることからも、その実力がうかがえよう。6つの温泉プールの中でも、幻想的なインテリアが施されたフローテーション・プールは是非試して欲しい場所。21種類のミネラル成分を含む死海の塩を利用したこのプールにフワフワと体を漂わせると、日頃のストレスがスーと消えていくから不思議だ。アンチ・エイジングなど各種ビューティー・トリートメントのほか、関節炎、筋肉痛、リハビリなど体調に合わせたトリートメントを提案してくれるので、男性にもお勧めしたい。メディテーションなど心に働きかける講座も提供しており、心身共にリフレッシュできること請け合い。
![]() ウェストミンスター区の運営する公共スパ。自治体運営とはいえ、ターキッシュ・ホット・ルームズ(ターキッシュ・バス)が3つ、ロシアン・スティーム・ルームが2つにフィンランド式サウナと冷水プールがある本格派。インテリアもアール・デコ・スタイルを取り入れたエレガントなものなので、優雅な気分を味わえるはず。曜日によって、男性専用、女性専用、カップル専用と分けられているので、予約時の確認を忘れずに。ボディ・スクラブ、全身パック、マッサージなどの各種トリートメントは別料金(要予約)で受けられる。
![]() お気に入りのバス・グッズを揃えただけで、自宅がスパに早変わり。ゆっくりできる週末などに、自分を思い切り甘やかしてみては? おすすめバス・グッズを紹介します。
![]() ![]() フラワー・ショップ、ギフト・ショップも備えたサロン。全面ガラス張りの明るい店内には、マッサージ用のチェアが並べられ、気持ち良さそうにマッサージを受ける人の姿が見受けられることも。これらのエナジャイジング・チェア・マッサージは10分10ポンドからあり、ちょっと疲れた時に気軽に寄れるのが魅力。奥では、ストーン・セラピーなどの本格的トリートメントを行っている。
![]() スパなどのサロンより敷居が低いので、疲れた時に気軽に立ち寄れるのが嬉しいリフレクソロジーの店。お値段も25ポンドからと良心的。経験豊富なリフレクソロジストが揃っているので、店を出る頃には疲れが溜まっていた足が軽くなること請け合い。65ポンドから出張サービスの依頼も可能(詳細はTel: 07958 088 044)。
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ベアトリクス・ポターの生涯を描いた映画「Miss Potter」のロケ地を訪ねる
ベアトリクス・ポターの生涯を描いた映画 「Miss Potter」のロケ地を訪ねる
「ピーター・ラビットのおはなし」などで日本でも有名な絵本作家ベアトリクス・ポターの生涯を描いた映画「Miss Potter」が1月初旬に英国で公開された。日本人の間で特に根強い人気があるピーター・ラビットの作者だけに、今年9月に予定されている日本での同映画公開後には、彼女が生活の拠点とした湖水地方への旅行が日本でブームになるとも言われている。そこで今回は一足お先に、映画のロケ地と合わせてポター縁の地をご紹介。多彩な経歴を持つ彼女の魅力もたっぷりとお伝えします。(本誌編集部: 長野雅俊)
映画「Miss Potter」(邦題:ミス・ポター)
「ピーター・ラビット」で有名な絵本作家ベアトリクス・ポターの半生を追った物語。ポターを米女優レニー・ゼルウェガーが、その婚約者を英俳優ユアン・マクレガーが演じる。ポターが実際に過ごした湖水地方の各名所をロケ地として使用し、またピーター・ラビットを始めとするキャラクターがCG映像で描かれるなど、家族全員で映像美を楽しめるファミリー映画。
1スクリーン全体に映し出される絶景
ターン・ハウズ
Coniston and Tarn Hows
「Miss Potter」では、湖水地方ならではの美しい風景のカットがストーリーの合い間で効果的に使われている。その1つが、1929年にポターが購入したターン・ハウズと呼ばれる小さな湖と、その周りを囲う広大な敷地。遠景には山々が連なっており、その他の観光スポットとは一線を画した険しいぐらいの野性味溢れる景色が広がっている。この辺りまで来ると観光客の数もぐんと減るので、湖水地方のまた違った顔を発見することができるかもしれない。特にターン・ハウズを取り巻く周囲約2.5キロの散歩道はのどかで美しい。
Coniston and Tarn Hows
Tel: 015394 41533(ツーリスト・オフィス)
www.conistontic.org
2未来の夫の事務所
ザ・ラム・ストーリー
The Rum Story
後にポターの夫となる事務弁護士ウィリアム・ヒーリス氏の事務所として撮影に使用されたのは、ちょっと意外な場所。ここはかつてラム酒貿易で栄えたホワイトヘブン地区の歴史をテーマとしたエンターテイメント施設なのだ。施設内にはこのラム酒貿易で莫大な資産を築いたジェファーソン一家のオフィスがあるのだが、「Miss Potter」撮影のためにわざわざ改築が施されたという。かつては貿易に関わる作業について細かい指示を出し、また労働者たちの監視を行ったといういわば司令塔が持つ独特の気高い雰囲気が、当時の事務弁護士が働いた事務所の再現に一役買っている。
The Rum Story
Lowther Street, Whitehaven, Cumbria CA28 7DN
Tel: 01946 592933
www.rumstory.co.uk
3ポターが庭を耕す場面を撮影
ユー・トゥリー・ファーム
Yew Tree Farm
ロンドンの実家を離れて湖水地方に住まいを移したポターが、ヒル・トップと呼ばれる自宅の庭で楽しそうに農作業を行うシーンがある。その撮影が行われたのがこのユー・トゥリー・ファーム。実際ここは、地元の再開発計画から守るためにポターが購入した農場の1つであった。さらにはこの敷地を使って当時はまだ珍しかったB&Bの経営に乗り出し、アフタヌーン・ティーがたしなめる喫茶室まで作ったという。当時の面影はそのまま残っており、敷地の狭さから撮影が見送られた本物のヒル・トップに代わってロケ地としての役割を見事果たした。
Yew Tree Farm
Coniston, Cumbria LA21 8DP
Tel: 015394 41433
www.yewtree-farm.com
4ポターが1人佇む湖
ダーウェント湖
Keswick & Derwentwater
「Miss Potter」のストーリー後半で、レニー・ゼルウィガー演じるポターが湖畔で佇む姿を捉えたシーンが度々出てくる。このロケ地に多く使われたのが、湖水地方の巨大な国立公園の一部となっているダーウェント湖。実際この界隈には、ポター自身が41歳になるまで家族と一緒に休暇を過ごした別荘があった。ポターはこの地において目にした木々や庭、その他の風景を描いた多数のデッサンを残しており、特に「ベンジャミン・バニーのおはなし」や「ティギーおばさんのおはなし」などの物語の舞台として知られている。
Keswick & Derwentwater
Tel: 01768 772645(ツーリスト・オフィス)
www.keswick.org
5ロンドンと湖水地方をつなぐ高架橋
セトル・カーライル・レイルウェイ
Settle-Carlisle Railway
ロンドンに住んでいた幼き頃のポターが湖水地方へと家族旅行に出掛ける時、また大人になったポターが両地間を移動する際と、2回にわたって大きく映し出されるのが高架橋。英国北部の田園地帯という見晴らしの良い風景の中を、蒸気機関車が走っていく姿は圧巻だ。ロケ地として使われたのは、今でも運行を続けるセトル・カーライル・レイルウェイの線路上。イングランド中央部のリーズからスコットランド近郊カーライルまで北上しながら、英国の田舎に残る美しい風景を車窓に次々と映し出す、希少な路線である。
Settle-Carlisle Railway
Tel: 0845 748 4950
www.settle-carlisle.co.uk
6ポターの代名詞
ヒル・トップ
Hill Top
こちらはポターが湖水地方での生活の拠点とした本物のヒル・トップ。家の庭には、彼女が描いた物語の場面そのままの光景が残っている。
Hill Top
Near Sawrey, Hawkshead, Ambleside,
Cumbria LA22 0LF
Tel: 015394 36269
www.nationaltrust.org.uk
7物語の世界を再現
ベアトリクス・ポターの世界
World of Beatrix Potter
絵本に登場するキャラクターの展示するなど、絵本の中の世界をできるだけ忠実に再現した博物館。小さなお子さんなどは、ここに来ればまず間違いなく喜ぶはず。
World of Beatrix Potter
Bowness on Windermere,
Cumbria LA23 3BX
Tel: 015394 88444
8貴重な資料を保存
ベアトリクス・ポター・ギャラリー
The Beatrix Potter Gallery
小さい頃に受けた英才教育のお陰で、風景画の教養と技術も持ち合わせていたポター。ここでは絵本の世界とはまた一味趣の違った水彩画などが展示されている。
The Beatrix Potter Gallery
Main Street, Hawkshead, Cumbria LA22 0NS
Tel: 015394 36355
www.nationaltrust.org.uk
9ポターがこよなく愛した別荘
リンデス・ハウ・カントリー・ハウス
Lindeth Howe Country House
当時ヒル・トップに住んでいたポターが購入した別荘。ここで「カルアシ・チミーのおはなし」や「こぶたのピグリン・ブランドのおはなし」を描いたとされる。
Lindeth Howe Country House Hotel
& Restaurant
Lindeth Hill, Longtail Hill, Windermere LA23 3JF Windermere
Tel: 015394 45759
www.lindeth-howe.co.uk
ロンドンのロケ地
40歳を過ぎてから湖水地方に引っ越すまでは、ロンドンの実家を生活の拠点としていたポター。このため「Miss Potter」のストーリー前半では、ロンドンで撮影されたシーンも多い。
ポターが通った印刷所
ザ・タイプ・ミュージアム
The Type Museum
まだコンピューターが存在しない時代。当時そのままの状況を保存したこの博物館において、印刷所を訪れたポターが厳しく注文を付けるシーンが撮影された。
The Type Museum
100 Hackford Road SW9 0QU
Tel: 020 7735 0055
www.typemuseum.org
親友との出会い
オスターレイ・ハウス
Osterley House
ロンドン郊外にあるチューダー朝建築の別荘。後に婚約するウォーンの姉ミリーと絵を観賞しながら、「女性は結婚するべきではない」と誓い合う場面のロケ地として使用された。
Osterley House
Jersey Road, Isleworth, Middlesex TW7 4RB
Tel: 020 8232 5050
初版本が並んだ本屋
ナイジェル・ウィリアムズ
Nigel Williams
ポターが自作の絵本が陳列されているのを発見し、興奮するシーンが撮影された古本屋。この通りには、古本屋が多く軒を連ねている。
Nigel Williams
25 Cecil Court, Charing Cross Road
WC2N 4EZ
Tel: 020 7836 7757
www.nigelwilliams.com
馬車が駆け抜ける道
ハイド・パーク
Hyde Park
19世紀の英国を舞台とした「Miss Potter」では、上流階級出身のポターが馬車を使って移動する場面が多く見られる。これらの撮影の大半が行われたのが、ご存知ハイド・パーク。
Hyde Park
Ranger Lodge, Hyde Park W2 2UH
Tel: 020 7298 2100
www.royalparks.gov.uk/parks/hyde_park

湖水地方への行き方
ロンドンのユーストン駅からオクスンホルム・レイク・ディストリクト駅まで約3時間30分。現地には公共の交通機関が少ないので、車がなければツアーを申し込むのが無難。
湖水地方で高まる「日本熱」
撮影のため、2006年に湖水地方を訪れた際のレニー・ゼルウィガー
2006年12月4日付の「ガーディアン」紙は、日本市場をめぐってコッツウォルズ地方と激しい競争を繰り広げている湖水地方が、まさに千載一遇の機会として日本人旅行者の受け入れ準備を進めていると報じた。同紙によると、現地を訪れる旅行者の約6%が日本人であり、その数は年々増大しているだけに期待は大きいようだ。
また同年8月6日付の「デーリー・テレグラフ」紙は「日本人の侵略に備えるピーターラビットの里」との見出しを掲げて、各旅行関係者たちが、日本語での挨拶とお辞儀の仕方についての勉強が奨励されていると報道。さらに日本独特の過剰包装、「芸術的」とまで呼べるほど整然とした列を成して順番待ちする慣習について学ぶセミナーも開かれているという。
「ベアトリクス・ポターの世界」館長であるリチャード・フォスター氏は「今年は、改めてベアトリクス・ポターの偉大さと湖水地方の固有性とを再認識してもらうには絶好の機会。日本で映画が公開される2007年後半から2008年にかけては、さらに大忙しとなりそう」と喜びを隠せない。彼を始めとする多くの旅行関係者が、映画効果に期待をかけているようだ。
取材協力: 英国湖水地方ジャパン・フォーラム www.kosuichihou.com
カンブリア観光局、Momentum Pictures
西邨まゆみさんインタビュー
「She keeps me happy, and healthy」。 世界のスーパースター、マドンナが絶賛し、絶大な信頼を寄せている日本人女性がいる。マドンナ家に住み込み、一家の台所を仕切るプライベート・シェフ、西邨まゆみさんだ。最近は日本のメディアからも声がかかるようになり、また新しい家族も増えて(昨年10月、マドンナがアフリカから養子を迎えたのはご存じの通り)多忙な日々を送る西邨さんが、スケジュールの合間を縫って本誌のインタビューに応じてくれた。(取材・文: 武智 陽子、インタビュー写真: 佐藤 友子)
「私のシェフは日本人よ」。2005年末、マドンナが8年ぶりの来日時に出演した日本のテレビ番組でこんな発言をし、注目を浴びた。
48歳の「ポップの女王」の、年齢を超えた完璧な肢体、驚異的な行動力や強靭な精神に、普段どんな生活をしているのかと興味が沸くところだが、彼女が実践するのは「マクロビオティック」という生活法である。このマクロビオティック(通称マクロ。最近の日本ではマクロビと呼ばれることも)の基本とされるのが「正しい食事」であり、その食事を毎日彼女と彼女の家族のために作っているのが西邨さんだ。
ピンチヒッターからお迎えシェフへ
「そもそもマドンナの家で働くようになったきっかけは、まだ赤ん坊だった彼女の長男の離乳食作りだったんです。普段の住み込みシェフが10日間、休暇を取る際の代理を探していて。私は当時クシ・インスティテュート(米国にあるマクロの教育機関)で料理講師をしていたので、ほんの短期出張のつもりで」。
アレルギーのあった息子の体質改善のため、マクロに興味を持ったマドンナが、数多くの代理シェフ候補の中から西邨さんを選んだのは、「実際に自分の子をマクロで育てた経験があったのが私だけだったからかも」と西邨さん。そう、彼女は22歳の娘と18歳の息子(現在2人とも米国で生活中)の母でもあり、自身のマクロ歴でもマクロでの子育て歴でも、マドンナの大先輩なのだ。
そしてその後、西邨さんがマドンナ一家のレギュラー・シェフとして再採用されたのは、西邨さんがマクロビオティックに関して、ベテランでありながら、非常にフレキシブルで現代的な考え方を持っていたからではないかと思われる。
マクロビオティックとは?
ここで「マクロビオティックとは何か」について、簡単に説明しておこう。
マクロビオティックとは、古代ギリシャ語の「macro」(大きな)、「bio」(生命の)、「tic」(方法)を合わせた造語で、言葉通り「長く有意義に生きる方法」を指す。その方法とは「宇宙の法則に従って生きること」であり、これを実践するには「正しい食事」が最も重要であるというのが基本概念だ。この言葉を最初に使ったのは、桜沢如一(1893〜1966)という日本人だが、その理念は古代からある中国の陰陽説や、仏教の「身土不二」(人間の体は生まれ育った土地と切り離せないもの)の考えに基づいている。反戦活動家であった桜沢は「世界平和は食生活を改善すれば実現する」と信じ、自論を広めるにはまず西洋からスタートすべきと考えて活動の拠点をパリに置き、弟子を各国に派遣した。その弟子の1人、米国に渡った久司道夫氏が現地でマクロをさらに体系的に整理し、大学や国連に研究機関が置かれるほど重要な地位に押し上げる。久司氏はノーベル平和賞候補に上がり、マクロの食事法は米政府の「国民に推奨する食事法」に認定された。
具体的にどんな食事法か。基本は前述の陰陽の法則と身土不二。万物には陰と陽の性質があり、食べ物も然りであるから、陰陽のバランスを考えた食事が大切と考える。日常の食事は、玄米や雑穀、野菜、豆、海草が中心。砂糖、化学調味料、乳製品、肉は避け、なるべく自分の生活する土地の近くで穫れた有機栽培の食材を使う。つまり伝統的な日本の食事スタイルに近い。さらに具体的に「何をどのくらい食べたらよいか」については、14ページをご参考に。
運命の出逢い
話を西邨さんに戻そう。
彼女がマクロと出逢ったのは約25年前。愛知の三河湾に浮かぶ小さな島で育ち、将来は実家の旅館の経営を手伝うつもりで名古屋にある短大の商業科へ進むが、実は勉強が好きでなく、学校をサボりヒッピー仲間とたむろする毎日。60年代に米国西海岸で始まったヒッピー文化 —— 体制を嫌い自由を愛し、精神世界に傾倒し、自然志向に走る、といった若者文化の影響を日本の若者も受けていた時代だ。その仲間の1人と恋に落ち、米国の大学に進んだ彼が一時帰国した際に結婚、卒業後の本帰国を待ちながら遠距離新婚生活をスタートさせた(2002年に離婚)。この夫が米国でマクロにハマる。そして彼の絶賛する桜沢如一の著書を日本で読んだ西邨さんも同様に「ハマった」。
「実際にマクロの食事を試して体調が変わったことも事実ですが、それ以上にこのマクロというのは、私が幼い頃から抱いてきた、自分は一体どこから来たのか、とか、人はなぜ戦争をするのか、といった疑問に答えてくれる気がしたんです」と西邨さん。夫の留学していたボストンに、久司道夫夫妻の経営するマクロの学校(クシ・インスティテュート)があると聞き、これは天の定めとばかり、即荷物をまとめてボストンへと旅立った。
チョコレートに衝撃
マクロの学校に入るにはまず英語が必要とボストン大学の語学コースをとったはいいが、貯金が底を尽き始め、途方に暮れていた頃、久司道夫氏の書生と親しくなった夫に付いて久司家に遊びに行ったのを機に、一家の住み込み料理人の座を得る。
「ちょうど前の料理人が辞めて、新しい人を探していて。ハイ、私料理できます! って。料理なんて自己流でやっていただけなのに、無謀ですよね(笑)。ついでに、一生懸命働く代わりに久司先生の学校で勉強させてもらう、というさらに無謀な約束までとりつけました」。
かくして、西邨さんの本格マクロ生活がスタートする。
「アメリカのマクロ見て何がびっくりしたって、チョコレートを使っていたこと。私、日本では桜沢先生の本に従って、和食を基本にした厳格なマクロをやってましたから。それに何というか、食べ物を制限してストイックに生きることに変な憧れがあったので、アメリカのマクロ実践者が、楽しそうにチョコレート・ケーキを食べているのを見て、衝撃を受けました」。だが考えてみれば、そのケーキにはマクロで不要な食べ物とされる砂糖や乳製品は入っておらず(甘味にはメープル・シロップや米飴を使用)、マクロの原則に背いてはいない。伝統的な食事スタイルがなかった米国だからこそ、和食に近いマクロの食事を抵抗なく受け入れたが、同時に伝統に縛られない柔軟性も持っていた。また実際、桜沢如一が理想とした食材が「すべて簡単に手に入るわけではない」という事情もあった。だから原則は守りながら、自分たちに合った形でマクロを実践していたのだ。
このことが後の西邨さんのマクロのスタイルに大きな影響を与えることになる。その後香港生活も体験し、現在はマドンナ一家と共にロンドンをベースにしているわけだが、それぞれの地で、それぞれの人や、時代に合ったやり方があると考えるようになった。
「最初にマクロが提唱された頃と世代は完全に変わっています。生活が慌しくなり、女性が社会に出るようになった今、昔と同じように料理をするには無理があります。それに食事情も豊かになって、昔の教科書にある料理だけでは飽き足らない。特にマクロの食事は和食が基本なので、外国人にはそのままだと続けにくいの」。
マクロでは1日1杯の味噌汁を奨励しているが、日本人なら毎日飲んでも飽きない味噌汁も、外国人だとそうはいかない。だから西邨さんは味噌汁にコリアンダーなどのハーブを入れ、新しいスープにしてしまう。誰かがどこかで食べたイタリアンがおいしかったといえば、マクロ式でソックリ料理を作る。食事の後に必ずデザートが必要な西洋人のために、砂糖を使わなくてもおいしいお菓子を考案。そのお菓子に、マクロでは推奨されていない卵を「ま、たまにはいいじゃない」と入れてしまうことも。つまり前述の通り、彼女のこの「フレキシブルで現代的なマクロ」に、西洋人のマドンナは惹かれたのではないだろうか。
ちなみに西邨さんは、ガン患者の食事指導にも長く携わった。大病という絶望を抱えている人に、少しでも楽しい食事を、と考えてきた経験がまた、このまゆみ流マクロにつながっているのかもしれない。
女性は実践的、男性は論理的
西邨さんの、マクロに対する柔軟な考え方は、彼女が最近頻繁に受ける質問への答えにもなっている。それは「マクロは一般人には続けにくいのではないか」という質問だ。
マクロが一般に興味を持たれるようになった理由の1つに、マドンナを始め、トム・クルーズ、シャロン・ストーンといったセレブがこぞってマクロを賞賛したということがある。美や健康に人一倍気を遣う彼らがやっているのだからいいに違いない。だが同時に、こういったセレブは大抵専門のシェフを雇える、つまり経済的余裕のある人たちでもあるから、実はマクロは手間もお金もかかるものなのではないかと。
けれども西邨さんのように、いろいろなマクロのやり方があるのだと考えれば、この疑問は解消する。
「セレブのようにできる人はやればいいし、できない人はできる範囲でやればいい。揃えられる材料を揃えればいいし、時間がなければ手抜きもアリ。頑張り過ぎて続かないより、頑張り過ぎないで続ける方がずっといい。『宇宙の法則に従って生きる』というのは、シンプルに生きる、ということ。気楽にやりましょうよ。それにセレブは生活の都合上シェフを雇っているけれど、本当は他人に料理を任せるのでなく、自分や家族など、近い人のために料理を作ることが大切なの。日々の体調の変化を読み取って調整できるから」。
女性の方が男性より実践的、ということも西邨さんは強調する。逆に男性は女性に比べ論理的。「陰陽の法則で、女性は陰性、男性は陽性が強い、ということにも関係してくるんですけど。桜沢先生や久司先生はマクロを論理的に整理することでその素晴らしさを広めたから、女性である私の役目はそれを実践しながら、時代に合わせて変えていくことかな、と。これはマクロに限らずすべてに言えること。学問でも組織でも体制でも、男性が確立してきたものが多いけれど、それを体験しながら改良していくのは、女性の方が得意なはず。女性の皆さん、どんどん前に出ましょう!」。
ただ1つのゴールを目指して
マクロと出逢い、その道を進むと決めて以来、西邨さんが目指してきたものはただ1つ、「マクロを世界に広げて、人類の平和を実現させる!」。マクロの父、桜沢如一の夢をそのまま継いでいる。途方もなく大きな夢に思えるが、西邨さんは、着実に一歩ずつ前進している。マクロを勉強し、今度はそれを教える立場になり、我が子の通う学校でマクロ・ランチを販売する、ということもやってのけた。マドンナのシェフになったのは「有名人に実践してもらうことで、マクロが一層広まることを期待して」。2005年末には初の著書を出版。次のステップは、と聞くと「そうね、マドンナのおかげで私も少しメディアに注目してもらえるようになったので、便乗して(笑)あと数冊本を出したいです。それから、今まで食が専門だったけれど、マクロのもっと根本的な『宇宙の法則』について、英語で講義してみたい。そうそう、自然農法も普及させたいので、指導できる人たちと1年ごとに、必要とされる国を移動していくのもいいわね」……とプランは尽きない。
これからも世の中は変わっていくから、西邨さんのたどるルートも、それに合わせて変わるのだろう。けれどもどんなルートをたどろうとも、「人類の平和」という最終ゴールはもちろん、変わらないはずだ。
撮影協力: The Montcalm Hotel Nikko London
1956年生まれ。82年に渡米し、マクロビオティックの世界的権威である久司道夫氏の元で学ぶ。83年よりクシ・インスティテュート・ベケット校の設立に参加、開校後同校の料理講師及び料理主任に就任し、同時にガン患者への食事指導も行う。2001年マドンナの世界ツアー、ガイ・リッチー(マドンナの夫で映画監督)のヨーロッパ撮影ロケに参加以来、マドンナ一家のプライベート・シェフとして、ロンドン、ロサンゼルス、ニューヨークを中心に、彼らに付き世界中を駆け巡る。05年12月に初の著書「小さなキッチンの大きな宇宙」を上梓、日本での講演やメディア出演なども増えてきた。
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「この世にあるすべての物や事象は、陰と陽の性質を持つ。完全な陰、完全な陽、完全な中庸(陰と陽の中間)は存在しない。1つの物の中にも陰の部分と陽の部分が存在し、その構成は時間の流れとともに絶えず変化している」。これは古代中国の陰陽論を基にしたマクロの原則。では陰陽それぞれの性質はというと、以下の表の通り。


食べ物の陰陽はと言うと、例えば陰性が強いものとして砂糖、バター、化学調味料、ソフトドリンク、陽性が強いものとして肉類、卵、チーズなどが挙げられる。体が陰や陽に偏りすぎると病気になるので、なるべく中庸に近い玄米や野菜類、豆類を中心とした食事をしましょうというのがマクロの食事法。この陰陽のバランスと栄養を考慮して、何をどれぐらい食べたらよいか、ということを示したのが、「マクロビオティック標準食」の図。円をお皿に見立て、1食分の食べ物の割合を考えると分かりやすい。


米国や最近の日本ほど、まだマクロがポピュラーではない英国。食材を揃えるのも難しいのでは? と思いがちだが、「私は近所で、何の苦もなく買い物しています」と西邨さん。本来は自分の住まいの近所で獲れた、オーガニック食材を使うのが理想だが、「それにこだわって食材の種類が少なくなってしまうよりは、こだわりすぎないで種類をたくさん揃えるほうがいいですね」。ちなみに西邨さんがよく買い物するのは以下の場所。



「野菜、魚などその度に買うナマモノは、あまりローカル栽培やオーガニックにこだわりすぎなくていいけれど、料理の基本となる調味料、主食の穀物、乾物などは、必ず『いいもの』を使ってほしいですね」。毎日使うものだけれども1度買えば長期保存できるから、買える時に買っておけばOK。
- 塩: 精製していない海塩。グレーっぽいものより白い色のもの。サラサラタイプよりしっとりタイプ。
- 酢: 玄米酢。梅酢でもよい。
- 梅干し: 無添加、オーガニックのもの。ペーストでもよい。
- みそ、しょうゆ: 昔ながらの製法で作った無添加のもの。
- 玄米、雑穀、そば、うどん、パスタなどの主食: オーガニック素材、麺類は全粒粉で作ったもの。
- しいたけ、海草、豆類などの乾物: オーガニックのもの。
- メープル・シロップ、ブラウン・ライス・シロップ: どうしても甘いものがやめられない、という人は砂糖代わりに。

もっとマクロビオティックを知りたい人に、西邨さんがお勧めする本。
<マクロの理念を知る本>
- 「新食養療法」桜沢如一 日本CI協会
- 「マクロビオティック健康法」久司道夫 日貿出版社
- 「マクロビオティック入門」久司道夫、増田忠士(構成)かんき出版
<レシピを含む本>
- 「Modern-Day Macrobiotics」Simon G. Brown, Carroll & Brown Publishers
- 「The Hip Chick's Guide to Macrobiotics」Jessica Porter, Avery Publishing Group
<西邨さんの半生とマクロの基礎が分かる本>
- 「小さなキッチンの大きな宇宙」西邨まゆみ、武智陽子(構成)カナリア書房

病気でなければ健康? 病気なら不健康?— マクロでは、健康の条件として以下の7つを挙げている。マクロを実践していない人にとっても、これは大いにうなずけるところがありそうだ。あなたも自分に照らし合わせて考えてみては?
- 疲れないこと(疲れを感じてもすぐに回復できること)
- 適度な欲求を持つこと
- よく眠ること(長時間ではなく、深く短く眠れること)
- 良い記憶力を持つこと
- 腹を立てないこと
- 朗らかで、機敏であること
- 感謝の気持ちを忘れないこと
英国クルマ今昔物語
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英国で生活する上で、移動に欠かせないのがクルマ。街で見かけるクルマは、質実剛健を地で行くドイツ車や日本車、ラテン系デザインで薄暗いこの国に明るさを添えるフランス車が多数を占めているが、誰が見てもすぐにそれと判る「ミニ」や映画007にも登場した「アストン・マーチン」などの英国車もしっかりとニッチでカッコいい世界を押さえている。また、テレビで放映される自動車レースでは、フェラーリやアウディなど欧州大陸の自動車メーカーの活躍に交じり、要所々々で英国のモータースポーツの人材が登場する。こうした構図からは、英国人が綿々と作り上げてきた「英国車ブランド」の意味合いを汲み取ることが出来るかもしれない。量産大衆車メーカーは消滅してしまった英国であるが、今尚記憶に残る英国の名車とともに、英国車の歴史を振り返ってみよう。(執筆: イーストン)
英国の自動車ブランドといえば、高級車ジャンルではロールス・ロイス、ベントレー、ジャガーなど、SUV(多目的自動車)ではランドローバー、オープン型スポーツカーではTVRなど有数の有名ブランドがあり、現在でもロンドンの高級オフィス街メイフェアにディーラーが軒を連ねている。いずれも、日本人に人気のある高級車、メルセデス・ベンツやBMW(共にドイツ車)などとは一線を画す存在感を示しているが、その歴史はどのようなものだったのだろうか。
我々の自動車に搭載されているガソリンを使用した内燃機型エンジンは、その原型が19世紀中頃に発明され、20世紀初頭の量産型自動車メーカーの誕生に備え、度重なる改良が重ねられたと言われている。しかし、この発明の歴史に英国人の名前は登場しない。ここ英国でようやく自動車メーカーが登場したのは、1900年代に入ってからのことだ。米国では、ビッグ・スリーの一角であるフォードが世界初の量産ラインによる乗用車生産を開始した頃である。フォードの小型車「T型」(写真1)が世間を席巻していたが、英国自動車産業の華、ロールス・ロイス社(1904年設立)は、それとは一線を画す高価な量産車「シルバーゴースト(1906-1925)」(写真2)を生み出した。大柄ながら軽量化された車台の採用により並外れた信頼性と静粛性を実現したことからその名前が付けられたということからも分かるように、ここに英国の高性能・高級車志向の原点を見出すことが出来るだろう。
第一次大戦(1914-18)後まもなく、「ル・マン24時間耐久レース(1926-現在)」が始まった。このレースは、今日では世界3大レースのひとつと言われ、フランスはル・マンで開催される伝統あるレースとなっている。当時、自動車の量産開始から20年余りを経た各メーカーにとって、このレースが自動車技術を磨くための絶好の機会となっていたことは、想像に難しくない。そして、それは現代のモータースポーツの位置づけと何ら変わりないものだったに違いない。英国からはベントレー社(1919年設立)の「スピード6」などがこのレースで活躍し、第二次大戦(1939-45)までに開催された16回のレースのうち5勝している。英国車合計では6回優勝していることから、英国人が高性能車の開発に引き続き力を注いでいたことがうかがわれる。しかし、その頃の英国車の影響力は高級車だけではなく、1970年代以降は消滅の一途を辿ることになる大衆車にも及んでいた。ロールス・ロイス社と同時期に登場したオースティン社(1905年設立)が製造した小型乗用車「オースティン7(1922-39)」は、後発だったわが国の日産自動車やドイツのBMWなどが技術移転を受ける際のベース車両となったという。こうして成長期を迎えた英国自動車産業は、第二次大戦前夜には20社近くのメーカーがしのぎを削るに至っていた。
第二次大戦で中断していた英国の量産車製造は、大戦後間も無く再開され、1960年初頭まで特色あるクルマを生み出していくことになる。発売後、世界中の農場や戦場、アフリカなどのオフロードで重宝されてきたランドローバー社(1948年設立)の「ディフェンダー(1948-現在)」(写真3)もこの時期に誕生している。このクルマは、ローバー社(1901年設立)のチーフ・デザイナーが、米軍が使用していたジープをヒントに設計したものだ。今では、殆どすべての自動車メーカーがSUV(多目的乗用車)を販売し、日常生活の中にも浸透しているが、似たり寄ったりで選択に困る場合もあるだろう。そんな時は、他社とは一線を画すユニークな「ランドローバー・ブランド」のSUVを検討する価値があるかもしれない。 1950年代も終わりに近づくと、オースティンやモーリス(1910年設立)など数社の統合会社BMC社(1952-66)から小型国民車「ミニ(1959-2000)」(写真4)が発売される。1950年代といえば最初の石油危機が勃発した時期で、ガソリンの燃費効率が悪い大型車の販売が滞っていた。「ミニ」はそのような問題を打破するために設計されたといわれているが、そのモダンなデザインと高性能さが受け、2000年10月に販売が終了するまで、多くのファンを生み、多様なバリエーション・モデル体系を構築している。いろいろな理由でクルマ好きを封印してきたお父様方の心をくすぐるアイテムと言えるだろう。
「ミニ」の登場と時を同じくして、ロールス・ロイス社は大型高級車シリーズをモデルチェンジした「ファントムV(1959-68)」(写真5)を発表。このクルマは、V型8気筒・排気量6リッターの超大型エンジンを搭載し、約10年の間に500台余りのみが生産された希少モデルだ。「ファントム・シリーズ」は、先に紹介した「シルバーゴースト」の後継車として位置づけられドイツのBMWグループ傘下に入った(2003年)後もロールス・ロイスの代名詞となっている。 やや後発だったジャガー社(1922年設立、45年に社名をジャガーに変更)からは、スポーツカー「Eタイプ(1961-74)」(写真6)が発売されている。ジャガー・ブランドは、XJシリーズのような高級車クラスもラインナップしているが、この「Eタイプ」はデザインと価格の両面で当時の業界を驚愕させた革命的なクルマといわれている点で特筆すべき存在といえよう。実際、今日のヨーロピアン・スポーツカーのデザイン面で与えた影響は大きく、米フォード・グループ傘下に入った(1990年)後もジャガーのフラッグシップであるXKシリーズへと受け継がれている。
日本の自動車メーカーが1950年代から70年代にかけて高度成長を謳歌する一方で、英国車は停滞期を迎え、かつては20社近かったメーカーも、徐々に統合されていった。すでに7つのブランドを統合していたBMC(British Motor Corporation)社は、急激な販売不振からジャガーと統合しBMH(British Motor Holdings、1966-68)を形成、それでも不十分であったために、2年後には、ローバー社とレイランド社を巻き込んだ大統合劇
もっとも1980年代の後半になると、元気のない英国の自動車産業に外資系から救いの手が差し伸べられるようになった。米フォードは、多くの英国ブランドを手中に収め、フォード・プレミアム・カー部門を形成するに至る。こうして、ブランド・バリューのある英国車たちは、外資系メーカーの商品構成を補う形で新たな家主を見つけ、ブランド名をそのままにクルマ作りを続けることが出来たのである。 一方、大衆車を製造するローバー部門は、外資系メーカーとのシナジー効果が少ないという理由から、買い手が見つからず、2005年にはついに生産ラインの停止に追い込まれてしまった(その後、中国のメーカーに買収されることが決まったが、ローバーの商標はフォードが引き継いだため、事実上、歴史から消滅したと言っていいだろう) 今も数多くの英国車ブランドが認知されているが、それらはすべて大衆車以外のジャンルである。また、それらは世界有数の欧米メーカーには無い特徴を備えているが故に生き残っていると言えるだろう。
こういった生き残り組の英国車は、ユーザーの立場からみれば、高価であったり、日常生活において実用性に劣っていたりと、購入するには大いに頭を悩ませなければなければならないクルマたちばかりである。だからこそ、英国に生活するわずかな期間だけでも、思い切り英国車ブランドに悩まされてみてはどうだろうか。日本に居ては、そういったクルマに悩むことすら忘れてしまうかもしれないのだから。
モーガン社(1910年設立)は、クラシック・タイプの手作りスポーツカー「プラス8(1956-2004)」(写真7)で有名だ。見た目のクラシックさとは裏腹に、その性能は軽量ボディにV型8気筒・4リッターの大型エンジンを搭載し、スーパーカー並みの速さをも兼ね備えている。その後は、4シーターのクラシック・タイプ「ロードスター(2004〜現在)」に引き継がれ、斬新なデザインのスポーツカー「エアロ8(2000〜現在)」(写真8)と共にユニークなブランドとしての存在感もキープしている。
小型の2シーター・スポーツカーに惹かれる方は、「ロータス(1952年設立)」の動向が気になるかもしれない。1970年代の日本でスーパーカー・ブームを経験している男性にとっては、車高の低いフォルムの「ヨーロッパ(1966-75)」(写真11)が記憶に残っているのではないだろうか。かつて、モータレースの最高峰であるフォーミュラー・ワンでも活躍したロータスは、今日でも2シーター・スポーツカー「エリーゼ」や「イクシージ」を製造し、一般道路用とモーター・スポーツ用のクルマを提供している。また、往年の名車「ヨーロッパ」の名を冠せられた「新・ヨーロッパ」(写真12)が発売され、更に今年2007年には「新型エスプリ」が発表されるというから、男女を問わずロータス・ファンの気持ちに火が点いてしまうこと間違いなしである。もうひとつ忘れてはならないメーカーに、ロータスからすべての権利を買い取って、かつての「ロータス7」の製造を続けているケータラム社(1973年設立)がある。週末に郊外へドライブに行くと、必ず1度はすれ違う気になるクルマ、と記憶されている読者もいるかもしれない。今では、各種ラインナップを揃え、年間約500台を生産している数少ない純英国メーカーでもある。部品を購入して自分で組み立てることもできるので、プラモデルに夢中になった少年時代を持つ男性にとっては夢のようなクルマに違いない。
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欧州のあったか料理で温まろう
日本に負けないくらい寒い欧州の冬。ならば「食べて体を内側から温めよう」ということで、新年1号目は食べることが大好きなダイジェストの各国編集部が、現地ならではのあったか料理をご紹介します。あったか料理を極めた偉人の物語から、新年のパーティーにぴったりの欧州各地あったかレシピの紹介、そして懐かしき日本各地の鍋一覧まで総ざらい。ホカホカになるまでたっぷりとご堪能ください。(本誌各国編集部)

肉食文化の欧州では、焼いたり、あぶったり、ぐつぐつと煮込んだりして作る料理に関するエピソードに事欠かない。歴史に名を残してきた偉人たちにまつわるものはその中でも最たるものであり、ある者は独自レシピを編纂し、ある者は料理そのものに自身の名を残し、またある者は調理を終えた後、その命を絶った。ここでは、あったか料理を愛したそんな偉人たちの物語を追う。
| 「大食漢」と呼ばれたイングランド王 |
| リチャード2世 (1367~1400) |
英国の「あったか料理を愛する人」代表は、14世紀のイングランドを支配したリチャード2世。彼は下層階級から莫大な税金を徴収する一方、自身は華麗な服装に身を包み道化師と戯れながら、毎晩のように1万人に及ぶゲストを招待して宴を催す、中世における典型的なお祭り好きの王として知られていた。当時英国で一番のグルメでもあった彼は、宮殿内に2000人もの料理人を雇用。後の歴史家からは「キリスト教圏にある王の中では、歴史上一番の大食漢」と呼ばれるほどだった。
そんな彼が最も愛したメニューの1つが、「ハーブとニンニクを使ったハトのシチュー」と題されたあったか料理。205種類に及ぶ王家レシピを彼自身が編纂した英国史上初の料理本には、この料理について以下のような記述がある。「まずはパセリ、タイム、ニンニクをハト肉にまぶす。そして脂分を落としてハト肉をこんがりと焼く。ハト肉をお鍋に移してショウガ、酢と砂糖を混ぜてゆで上げる。ハト肉を取り出し残りの湯にサフランを入れてぐつぐつと煮込み、パン粉をまぶしたら特製スープの出来上がり。ふた切れのトーストされたパンを添えれば、おかず要らずの完璧なスープである」。
ちなみにリチャード2世は1399年、敵対する各地諸侯たちによって構成された反乱軍に捕らえられ、身柄を各地に移され拷問を受けた後に最後は餓死してしま う。「歴史上一番の大食漢」であった王としては、何とも皮肉な運命と言っていいだろう。
| あったか料理を残し命を絶った宮廷料理人 |
| フランソワ・ヴァテール (1631~1671) |
1671年4月、太陽王ルイ14 世が隆盛を極めるフランス。重職から外された年老いた英雄コンデ大公は、国王に再び取り入ろうとシャンテ ィイ城において後世に伝わる 3日3晩の饗宴を開いた。この時ヴァテールは、料理人としてコンデ公に仕えていた。
フランス代表ヴァテールを一躍有名にしたエピソードが、2日目の料理でヴァテールを天才と絶賛した国王がコンデ公とヴァテールを賭けたトランプ・ゲームだった。ゲームに勝った国王は、彼をヴェルサイユの宮廷料理人として召し抱えることに成功する。しかし、ヴァテールは忠誠を誓ったコンデ大公に我が身を売られたことを深く悲しみ、さらには晩餐のメイン料理であった鶏のローストがテーブル2つ分足りないという予想外の出来事に打ちひしがれることになる。極めつけは宴3日目の朝、晩餐の材料となる魚が届かない。理想としていた完璧な料理を出せないことに絶望し自らの運命を決意、シャンティイ城の自室にて自害して果ててしまう。程なくして魚が届いたことを知らずして……。
彼の最後を飾った宴で出されたあったか料理が、鶏のローストだった。フランスでは一般的に、1Lの水にタイム、セージ、ローズマリー、ベイリーフを入れ水から煮出す。最後に多目の塩を加え、火を止めて十分に冷まし、そのマリネ液に鶏丸ごと1羽とスライスしたニンニクを漬け込むこと1時間。それを180度のオーブンで約1時間焼く。300年前の宴に思いを馳せて味わって見るのも一興か。
写真)映画「ヴァテール」で宮廷料理人ヴァテールを演じたフランスの 俳優ジェラール・ドパルデュー。
| あったか料理に名を刻む鉄血宰相 |
| オットー・フォン・ビスマルク (1815~1898) |
ドイツ代表は19世紀に統一ドイツ初代の首相であり、鉄血宰相として世界史の教科書などでもすっかりお馴染みのオットー・フォン・ビスマルク。いかめしい顔付きからはなかなか想像がつきにくいが、かなりの美食家だったようだ。朝夕食はそれぞれ5品のフルコース・メニューで、朝食には卵16個、夕食には生牡蠣を一度に175個も食べ、「軽い」昼食でもキャビアや燻製うなぎをメインに食べていたというから、64歳で体重124キロを超え、医者から厳しいダイエット を申し渡されたというのも無理はなかろう。
その美食ぶりを象徴するかのようにビスマルク・ニシン(Bismarck-Heringe)など500以上の料理にビスマルクの名前が冠されているが、その内の1つにビスマルク・ラグー*(Bismarck-Ragout)がある。角切りにした牛、豚、羊肉をセロリやジャガイモ、タマネギ、キャベツといった野菜や牛の骨髄をタイムなどのハーブや塩コショウで味付けし、約2時間近く煮てアツアツを楽しむシチューは、元来バイエルン州に伝わる典型的な農夫の料理。だがビスマルクが長い闘病生活後にこのシチューを嬉々として平らげたことから、この名前で呼ばれるようになった。
戦争に明け暮れ、ストレスの多い政界に身を置き、美食を重ねつつも83歳まで生きたビスマルク。栄養バランスの取れたこのシチューなくしては、平均寿命50 歳の当時にこのような長命ぶりを発揮することは難しかったかもしれない。
*ラグーとは、数種類の野菜や肉を強い香辛料入りのソースで煮込んだフランス風のシチューのこと

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じっくり時間をかけるほどおいしい
オックステイル・シチュー Oxtail Stew

オックステイルとは、その名のとおり牛の尾のこと。以前は雄牛のみを指していましたが、現在は性別を問わず、子牛を含む牛全般の尾肉を意味します。オックステイルは牛肉よりも安く手に入るため、昔は生活に苦しむ人々の胃袋を満たすものでした。しかし最近、コラーゲン(ゼラチン質)や筋肉の繊維質などを多く含むその栄養価の高さや、豊富な脂肪分から抽出される香り高いストックなどが注目され、再び人気のメニューとなっています。調理法としては、肉自体が非常に硬いため、スープやシチューなどのロング&スロークックが最適。英国の長く寒い夜、身体を芯から温めてくれるウインター・ミールの一品です。
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旬の味覚を楽しもう
ポットロースト・パートリッジの
サヴォイ・キャベツ添え
Roast Partridge with Cabbage

英国で人気の狩猟鳥のひとつ、パートリッジ(ヤマウズラ)。パートリッジには英国原産のグレイ・レッグと17世紀にフランスから持ち込まれたレッド・レッグの2種類があり、小さいながらも独特の味と香りを持つグレイ・レッグの方が好まれています。脂肪分が少ないので、ロースト(特に若い鳥)、シチューまたは蒸し煮などに最適。一旦炒めてその味と肉質を引き締めてから鍋でローストするので、このレシピはマッシュド・ポテトやゆでポテトが付け合わせとしてよく合います。ただパートリッジ自体はそれほど大きな鳥ではないので、ひとり頭で1羽を用意しましょう。
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ワイン風味豊かな鶏肉料理
コック・オ・ヴァン coq au vin

コック・オ・ヴァンとは直訳すると「雄鶏のワイン」、つまりワイン仕立ての鶏肉料理のこと。赤ワイン(黄ワインの場合もある)とキノコを使っていることが特徴です。料理名の通り肉のコクと獣肉に近い触感がある雄鶏を使うのが理想ですが、入手困難な為、今回雄鶏は肉屋でも手に入るブレス産の鶏を使います。ブレス産の鶏は唯一産地統制(AOC)に従った飼育法を実地しており、十分に屋外で運動させるので筋肉が発達して肉の色ツヤ、風味が絶品です。圧力鍋で調理すると効率が良いのですが、出来上がった後にふたを外して弱火でさらに30分ほど煮込むとソースの味わいが深くなります。付け合わせにはローストしたポテトかパスタが合います。
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「酸っぱいキャベツ」の煮込み料理
シュークルート Choucroute

シュクルートの語源はドイツ語の「Sürkrüt」から来ており、意味は「酸っぱいキャベツ」。一般に知られるレシピでは白ワインで煮込みますが、酸味が弱くしっかりした味わいに仕上がるビールで煮込む方法を今回は御紹介します。ポイントは豚肉の塩抜きをしっかり行うことと、シンプルな料理だけに素材の持ち味を生かした控えめの味付けにすること。キャベツは本来じっくりと発酵させるのですが、家庭料理では時間がかかりすぎるので、市販の缶詰か、お総菜屋さんで量り売りの物を購入するとお手軽。あとは材料をすべて合わせてコトコト煮るだけ、東フランスの家庭風にジャガイモを一緒に煮付けることで全体に味が染み渡りさらに食が進むこと請け合いです。
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体の芯から温まるポテト・グラタン
カルトッフェルアウフラウフ Kartoffelauflauf

ドイツ料理と言えば、やっぱりジャガイモとソーセージ。でも実はドイツの1人当たりのじゃがいも消費量は、東欧諸国の半分、英国と比べても6割程度なのです。しかし、季節や庶民の生活に根付いた料理の多様性ということでは、さすがドイツ。夏は酸味の効いたサラダ、冬は風物詩でもある、芋をすって焼くライベクーヘンがあります。付け合わせにしても、ゆでる、炒める、揚げるはもちろん、パンケーキ風、テニスボール大の団子など枚挙にいとまがありません。そして、寒い冬のおすすめメニューが、今回ご紹介するカルトッフェルアウフラウフ。体の芯から温まるホクホクのグラタンです。
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隠して食べた水餃子
マウルタッシェン Maultaschen

南西部シュワーベン地方の料理でこんな言い伝えがあります。「昔々、戦争が続き、食べるものも着るものもない厳しい冬。修道院の猟師が幸運にも森で1匹の野獣を仕留めました。これは神様からの贈り物に違いない。猟師は喜びました。しかし、折しも断食の季節。カーニバルの後から復活祭までの40日間、ドイツでは粗食に努め、ご馳走を食べてはいけないことになっています。どうしたものかと悩んだ猟師は、小麦粉の生地の中に肉を隠して食べることを思いつきました……」ドイツのスーパーではレトルトでも売っているけれど、手作りの味は格別。寒くて外で遊べない子供たちとわいわい言いながら作ると楽しい料理です。ひき肉の代わりに、細かく刻んだほうれん草を入れたり、余りものを活用したりしてもおいしく出来上がります。
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「お鍋を食べる 日本人が好き」
クレイグ・ウィットニーさん (ロンドン在住)
まだ日本で英語教師として働き出したばかりで、すべての出来事を新鮮で刺激的に感じていた頃に、英語学校のスタッフ一同揃っての鍋パーティーが開催されたんです。その時に日本の鍋料理を初体験したのですが、とても寒い季節に子供のように皆一緒になって、しかもあんなに楽しそうに料理を食べる日本人ってなんて素敵なんだろうって思ったんですよね。
「鍋の親善大使を しています」
ゼビア・セルナンデスさん (ロンドン在住)
日本の鍋料理については、日本に行く前に旅行ガイドブックで勉強しました。日本に着いて間もなくして、知り合いの家で念願のちゃんこ鍋を初めて食べたのです。あんなに社交的な料理ってなかなかないですよね。英国に戻ってからは、鍋の親善大使となって、日本には「NABE」という身も心も温まる、冬のシチューがあるんだって宣伝しているんです。
「猫舌の私には不利」
ヴォルフガンク・ズルゲスさん
(デュッセルドルフ在住)
ガスコンロを使って室内で火を使うことについて安全性の面で気になったこともありましたが、暖房設備が整っていない日本の冬に体を温めるには鍋料理が一番ですね。色々な具材が入っている栄養満点のこの料理は、日本文化が誇るものの1つではないでしょうか。ただ私は猫舌なので、冷ましている間に他の人に大好きな具(すき焼きの肉)をどんどん取られてしまうのが悔しいです。
「準備が簡単だかららくちん」
イングリット・シューレンベルクさん
(ヘンネフ在住)
主婦にとって鍋料理の良いところは、具材を切って並べておくだけという簡単な準備だけで済むという点ですね。きっと皆で料理を作りながら食べるところに鍋料理の楽しさがあるからでしょう。あとはそれぞれの家庭に「鍋奉行」がいて、味付けから、どのタイミングで食べるのかまで仕切ってくれるという点も面白い。西洋では滅多に見られない食文化だと思います。
「家族で鍋をつついた思い出」
オリビエ・ドランさん (パリ在住)
僕は母親が日本人なので、日本食はフレンチ以上になじみ深い食物です。中でもやはり、冬になるといつも思い出すのが日本の鍋料理。一番印象に残っているのは、すき焼きとしゃぶしゃぶですね。すき焼きは豪華な鍋料理だし、家族一緒に鍋を囲んでつっついた思い出があります。しゃぶしゃぶはフランスにはないポン酢やごまだれを使って食べたのが印象に残っています。
「おでんだけは特別」
マリ・エスピタリエさん (パリ在住)
私は日本食が大好きで、梅干し、梅酒、そして鍋料理に目がありません。何度か夫と一緒に日本に行っていますし、フランスでもたまに日本食を食べに行きます。数ある日本の鍋料理の中でも一番思い出に残っているのはおでんですね。他にも様々な鍋料理を食べましたが、日本にしかない食材で作られているおでんは特別。非常に新鮮な食体験として記憶しています。
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おでん ご存じ冬定番の煮物料理。室町時代に出現した田楽と呼ばれる食物が原型で、この「田楽」の「でん」に「お」が付けられて「おでん」との呼称が定着した。関西では「関東炊き」ともいう。 |
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しゃぶしゃぶ 中国大陸で元々は羊肉を使った料理だったが、日本人向けに牛肉をつかうようになり現在の形になった。ちなみに、「しゃぶしゃぶ」という名称は1952年に大阪の「スエヒロ」が命名した物。 |
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常夜鍋 昆布と日本酒が入った出汁がおいしい鍋料理。毎晩続けて食べても飽きない、という意味を込めてこの名がつけられた。 写真提供: www.mizkan.co.jp |
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すきやき すき焼きの語源は、鍋の代わりに農具の鋤(すき)の金属部分の上を火にかけ、肴や豆腐を焼いて食べたことに端を発しているという。後に現代のような鍋物に姿を変えた。 |
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ちゃんこ鍋 明治時代に考案された、大相撲の力士が食べる鍋料理。特定の味付けはないが、味噌仕立てや塩などが定番。最近はカレーやキムチ味なども人気らしい。 写真提供: www.nagatanien.co.jp |
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水炊き 昆布や鶏などの出し汁を入れた鍋で野菜や魚介類、豆腐などを煮こんだ鍋物。ぽん酢やたれにつけて食べるのが常。締めはごはんやうどんを入れて、最後の一滴まで味わい尽くす。写真提供: kitchenhime.blog21.fc2.com |
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寄せ鍋 出し汁に野菜や魚介類など様々な具材を入 れて煮込む。地方ごと、家庭ごとに味付け や材料が異なり、自由な発想で味のハーモ ニーを楽しむことができる。写真提供: www.amitatsu.jp |
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2006年 英国を騒がせた人々
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いよいよ2006年も残すところあとわずか。そこで今回は政界、サッカー界、芸能界、カップルと、各界ごとに2006年、英国中を騒がせてくれた人々を一挙ご紹介。各界のご意見番とも言えるお馴染みの方々から、コメントもいただきました。英国編集部の独断と偏見で選んだ各界ベスト5、とくとご覧あれ。(英国編集部、スミス京子、猫山はるこ、長田拓也)
猫山はるこ: 三度の飯より政治が好きという、英国政治を語らせたら右に出るものはいない政治ライター。1070号「次期首相レースを占う」特集はご記憶にも新しいはず。厳しいながらも温かみのあるコメントに、各政治家への愛が感じられる!?
長田拓也: スポーツ全般に熱い情熱を傾ける若きスポーツ・ライター。イングランドのプレミア・リーグの動向は日々欠かさずチェックし、日本のスポーツ紙に細かなリポートを提出する毎日を送っている。ラグビーにも強い。
スミス京子: ご存知「セレブの部屋」執筆者、スミス京子。芸能界はもとより、英国内で起こるありとあらゆる出来事に、常にアンテナを張り巡らせている芸能ライター。「整形するならケイト・モス」と公言している彼女が今回、当人を斬ることに!
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欧州アウトレット・ショップ大特集
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在留届は提出しましたか?















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各スーパーのオリジナル商品についてもいくつかピックアップして(やはり勝手に)比較検討。今回は、ドリンクからデザートまで£10で収まる



サバの燻製のにぎり、カニカマとアボガド、ツナのカリフォルニア・ロール2種、にんじんと大根など細巻き2種。ガリ、わさび、しょう油、お手拭つき。日本では考えられないスシ。でもご飯はこの中で一番美味しいかも。ご飯率58%と具の割合が多く、寿司と見なさなければそれなりに美味しい。ただやはり、野菜のスシは日本人にはムリがある。
ミニ・サイズのスシ。サーモン、サーモン・トラウト、白身魚のすり身、卵焼きのにぎりが計6つときゅうり巻きが3つ。ガリ、しょう油付き。一番日本の寿司に近い。ご飯がちょっと硬めで、あまり味がついていないが、具とのバランスがよく食べやすい。一番美味しい。
サーモンにぎりが2貫、エビにぎり、サーモンとツナのカリフォルニア・ロール2種に、きゅうりやパプリカの野菜細巻きが3種入っている。ガリ、わさび、しょう油付き。にぎりのサーモンはひたすら薄っぺらい。カリフォルニア・ロールはハーブの利いたアジア風味というか、なんだか不思議な味がする。
スモーク・サーモンにぎり、エビにぎり、ツナのカリフォルニア・ロール、スモーク・サーモン細巻き2コ、きゅうり細巻き。ガリ、わさび、しょう油、箸付き。ご飯をやわらかく炊きすぎたのか、成型の圧力で半分モチ状態。でも、寿司飯っぽい味付けになっているのはすごい。値段から考えるとお買い得商品。
一番値段が高い。しかし、バターの層が細かく均一で、一番美しく見える。サクッと焼けていて、皮の部分は一番美味しい。中身もバターたっぷりなのか、しっとりしていて美味しい。ちなみにM&Sで作られる食品で卵を使用するものは全てフリーレンジの卵使用らしい。
一番安い! ツヤ出しの卵がたっぷりかかっていて(かけ過ぎ?)、テカテカして見える。中身も卵とバターたっぷりなのか、他社製品と比べて黄色い。外の皮が硬く、中身もスカスカしているというか、なんだかいまひとつバターが感じられず、正直一番美味しくない……。ちょっとがっかりの一品。
形はM&Sに似ているが、巻き方が左右均一ではない。見た目にシナシナ感がありサクサク度ではM&Sに及ばず。でも、中身はきめ細かくしっとりしており、バターが感じられて美味しい。
紙箱入り。水煮で比較したかったのだが、M&Sにはトマトソース煮しかないという。(やはりバリエーションが少ない!)そして高い。肝心の中身は、身が崩れやすい。個人的な好みの問題だろうが、あまり美味しくない。
紙箱入り。なかなかかわいらしいパッケージである。そしてなんと言っても安い! 他社製品はイワシの皮が部分的に剥げていて見た目がちょっと悪いものが多かったが、ウェイトローズのものはキレイだった。ちょっとあっさり目で美味しい。
これもレトロ調のお洒落な缶。他社製品の材料には塩が加わっているのに対し、こちらはイワシと水だけとなっている。そして、その分味がない。調理用に買うと良いのか?
実際ウェイトローズと並んで一番安いのだが、見た目に一番安っぽい。イワシが小さいためか(他社の製品が3匹入りのところ4匹入っていた)、身に締りがあって新鮮さを感じる。ウェイトローズより味が濃い気もするが美味しい。
パッケージは一番高級感がある。もちろんフリーレンジ卵使用。表面に近い部分(2ミリくらい)は、「す」が入っていて、舌触りが悪いが、全体的には滑らか、優しい卵味が美味しい。
イタリア製。とにかく濃厚。クリーミーで舌触りはいいが、かなり甘い。ちょっとクドイかも。セインズベリーの商品と比べて、糖分、脂肪、塩分、(当然カロリーも)全て上回っている。甘党の方にどうぞ。
イタリア製。カラメル・ソースの割合が一番多い。塩分は一番低い。クリーミーで、ウェイトローズの商品と比べるとさほど甘くなく美味しい。パッケージには「リサイクル紙を99%以上利用」との記載あり。
パッケージ表側に分かりやすく栄養表示アリ。原料の記載が一番大ざっぱ。M&Sより軽い感じだが、あまり大差はない。より滑らかな食感で美味しい。
一時帰国にも本帰国にも、おみやげを欠かせないのが日本人の悲しい性。ハロッズやフォートナム&メイソンの高級紅茶もいいけれど、スーパーで、あげて楽しい、もらってうれしい、そしてちょっと差がつく(比較的安価な)おみやげを探してみよう。
M&S








6カ国対抗戦、といった本来の大会趣旨とは別に、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドの英国を構成する4カ国には、大会中にどうしても勝ち取らなければならないタイトルがある。その主たるものが、イングランド対スコットランド戦の別称「カルカッタ杯」、イングランド対アイルランド戦の「ミレニアム杯」だ。さらにはウェールズも含めて自国以外の英国その他3カ国から勝利を収めると、「トリプル・クラウン」を達成したとして国中が大騒ぎとなる。つまり、たとえフランスとイタリアとの対戦に敗れ3位以下が決定的になったとしても、残りの3カ国に勝てればファンは万々歳、といった仕組みになっている。ちなみに欧州参加国含めたどのチームであれ、5カ国全てに対して勝利を収める完全優勝は「グランド・スラム」と呼ばれている。










やがて主流となっていったケンブリッジ大学派とラグビー校派の2つのルールをさらに統一しようと、ロンドン全体の「フットボール」を管轄するアマチュア・クラブ協会が乗り出した。しかしここで問題となったのが、「ハッキング」と呼ばれる選手が手に持ったボールに対する膝蹴りに対する見解。危険なので一切禁止すべきとするケンブリッジ大学派と、膝蹴りこそがこのスポーツの最大の魅力とするラグビー校派の主張はお互い相容れないままに決裂した。

かつてラグビー選手には、2つの階層が存在しました。1つは、イングランド北部の労働者階級に属する兼業選手。彼らには生活がかかっているので、試合出場の際に給料の支払いを要求しました。それに反発しアマチュアリズムを標榜したのが、オックスフォード大学やケンブリッジ大学に代表されるエリート階級であり、こちらが後の英国におけるラグビーを先導することになります。



1997年11月13日、ナショナル・ロッタリーが778万ポンド(約17億円)を再開発資金として提供することを発表し、バースの街は歓喜に沸いた。それから、約9年の歳月を費やして2006年8月にようやく完成したのが、このテルメ・バース・スパ。新しく完成したニュー・ローマン・スパは、プールが3つ(内1つはトリートメント用のプライベート)に、アロマセラピーを施したスティーム・ルームが備え付けられていたモダンなスパ・リゾートだ。目玉はなんといっても40種以上のミネラルを含んだ「天然の温泉」。ここでは毎日約100万リットルもの湯が湧き出しているのだ(源泉は45℃だが、スパでは36℃程度に薄められている)。屋上には、バースの絶景を眺められるプールがある。 ここで、プカプカ身体を浮かばせながら空を眺めているとまさに極楽。ストレス解消にもってこいの場所だ。
この日受けたのは、ワツという聞きなれないトリートメント。ワツはカリフォルニアに住む指圧師によって編み出されたと言う水中の指圧(Water Shiatsuが語源らしい)のことだそう。トリートメントは、昔から医療施設として使用されてきたという地階のプール、ホット・バスで行われる。天窓から降り注ぐ日差しが爽やかな直径10メートル程のこの円形プールはワツ専用。1度に施術を受けられるのは1人で、施術中はこのプールに他の人が立ち入ることはないという。なんて贅沢。
担当のセラピスト、ジョアンナさんは、いかにもセラピストといった感じの柔らかい雰囲気の女性。ジョアンナさんからワツの説明を受けた後ホット・バスに入り、彼女の腕に頭を乗せ身体を水中に浮かせる。それから後はすべてセラピストまかせ。水中で、まるで揺りかごで揺られているような浮遊感を全身に感じながら受ける軽い指圧マッサージが最高に心地良かった。身体よりも心に効きそうなトリートメントで本格的なマッサージとはまた違うが、この水中を漂う海藻感覚がなんとも深いリラクゼーションに導いてくれるのだ。施術後は、ただただ脱力。出されたハーブ・ティーを抱えたままの放心状態が続き、しばらく現実に戻れませんでした。

英国生まれの自然派化粧品エレミスが手掛けたエキゾチックなスパは、ドアを開けたその瞬間から、時の流れが止まったような静寂さに包まれる空間。静けさの中にほのかに漂うエッセンシャル・オイルの香りに嗅覚が刺
このエンザイムが働いている間、腕、首、肩を念入りにマッサージしてくれたのですが、これがもう最高。力加減が絶妙で、身体がとろけるような極楽気分を味わいました。寒くないようにと、マッサージが終わった部位から大きなタオルに包んでくれる心遣いもさすが(終了時には蚕のようになっていました)。この後、あまりの気持ち良さに少しウトウトしてしまったのか、気付いた時には、3段階最後のエンザイム(レモン)を浸透させ終わった後。
トリ・エンザイム・リサーフェーシング・フェイシャルの発売を記念して、フェイシャル・ウォッシュ、リサーフェシング・セラム、リフレッシング・ナイト・クリームの3点が含まれたフェイシャル・セット(£200相当)を1名様にプレゼントします。プレゼント応募方法は
英国初のジェントルマン専用スパ。散髪、髭剃りと言った床屋的な作業から、男性のためのマニキュア(爪の手入れ)、日焼け用のサンベッドそして全身マッサージといったトリートメントまで、ここ一軒でグルーミングのすべてが済んでしまう画期的な場所だ。
男性専用スパと聞いて、どんな人が通うのだろうと想像が膨らんだが、待合室にいたのは、アルマーニのスーツを着た恰幅の良い初老の男性を始め、ビシッとスーツで決めたビジネスマン風の男性がほとんどだった。ここは、むしろ紳士クラブ的な役割を持った場所なのかも知れないと思った。

名門ホテル、マンダリン・オリエンタルご自慢のラグジュアリーなスパ。一歩足を踏み入れると、そこは街中の喧噪が嘘のように静寂が漂う空間だ。究極のリラックスを提供するに相応しい禅をテーマとしたスッキリとしたインテリアは、日本人建築家デュオAZUMIによるデザイン。室内はキャンドル・ライトで薄暗く照らされ、そこにいるだけでスーッと気持ちが静まるのが実感できる。
水の力を徹底的に利用したハイドロセラピー(水治療法)が充実しているスパ。英国で最も素晴らしいスパに贈られる「デイ・スパ・オブ・ザ・イヤー」を何度も受賞していることからも、その実力がうかがえよう。6つの温泉プールの中でも、幻想的なインテリアが施されたフローテーション・プールは是非試して欲しい場所。21種類のミネラル成分を含む死海の塩を利用したこのプールにフワフワと体を漂わせると、日頃のストレスがスーと消えていくから不思議だ。アンチ・エイジングなど各種ビューティー・トリートメントのほか、関節炎、筋肉痛、リハビリなど体調に合わせたトリートメントを提案してくれるので、男性にもお勧めしたい。メディテーションなど心に働きかける講座も提供しており、心身共にリフレッシュできること請け合い。
ウェストミンスター区の運営する公共スパ。自治体運営とはいえ、ターキッシュ・ホット・ルームズ(ターキッシュ・バス)が3つ、ロシアン・スティーム・ルームが2つにフィンランド式サウナと冷水プールがある本格派。インテリアもアール・デコ・スタイルを取り入れたエレガントなものなので、優雅な気分を味わえるはず。曜日によって、男性専用、女性専用、カップル専用と分けられているので、予約時の確認を忘れずに。ボディ・スクラブ、全身パック、マッサージなどの各種トリートメントは別料金(要予約)で受けられる。














フラワー・ショップ、ギフト・ショップも備えたサロン。全面ガラス張りの明るい店内には、マッサージ用のチェアが並べられ、気持ち良さそうにマッサージを受ける人の姿が見受けられることも。これらのエナジャイジング・チェア・マッサージは10分10ポンドからあり、ちょっと疲れた時に気軽に寄れるのが魅力。奥では、ストーン・セラピーなどの本格的トリートメントを行っている。 
スパなどのサロンより敷居が低いので、疲れた時に気軽に立ち寄れるのが嬉しいリフレクソロジーの店。お値段も25ポンドからと良心的。経験豊富なリフレクソロジストが揃っているので、店を出る頃には疲れが溜まっていた足が軽くなること請け合い。65ポンドから出張サービスの依頼も可能(詳細はTel: 07958 088 044)。




英国人男性の憧れと言えば、ジェームズ・ボンド。そして、そのボンドの愛車として有名なのがアストン・マーチンだ。映画007シリーズ「ゴールドフィンガー(1964年)」ではアストン・マーチン社(1913年設立)の「DB5(1963-65)」が、主人公ジェームズ・ボンドの駆る「ボンド・カー」として初登場している。同ブランドは、当時から高出力スポーツカーとして名高く、「DB5」には直列6気筒・排気量4リッターのエンジンを搭載、282馬力を発生した。その後も「リビング・デイ・ライツ(1987年)」に、英国発のスーパーカーといわれる「V8-Vantage(1977-89)」(V型8気筒、5.3リッター、315馬力)が、「ダイ・アナザー・デイ(2002年)」では「V12-Vanquish(2001-)」(V型12気筒、5.9リッター、430馬力)が登場している。このような速くてかっこいいアストン・マーチンは、サッカー選手のデービッド・ベッカムを始めとする多くのセレブリティが所有していることでも有名だ。
オースティン社の「A30(1951-56)」を見てみよう(写真右上)。日産自動車が1963年に発売を開始した「初代ブルーバード310型」(写真右中央)との関係がわかるだろうか。日産自動車は戦後、技術的な遅れを取り戻すため、オースティン社と技術提携を結び、1953年から「A40」、1955年からは「A50」を生産した。そして10年後の1963年に満を持して登場したのが「初代ブルーバード310型」だった。このほか、いすゞ自動車は英国のヒルマン社(1907-76)から「ミンクス(1932-66)」の提供を受け、その名も「いすゞヒルマンミンクス」(写真右下)として販売していたが、これはすでに忘却の彼方の出来事となってしまった。その後、日本車メーカー各社は、高度成長期(1950〜70年代初頭)を通じて独自の道を歩んでいくため、古き良き時代の英国車の面影は無くなってしまうが、「A30」のようなルーツがあったことは記憶にとどめておきたい。
世界3大レースのひとつ「ル・マン24時間耐久レース(1926-現在)」は、戦後間も無く再開された。英国車では、ジャガー「Dタイプ(1954-57)」などが活躍し、戦後10年間で6勝を挙げている。しかし、1959年の勝利を最後に英国車メーカーは勝利から遠ざかり、1988年に再びジャガーが勝利するまでに30年もかかった。こうした記録からも、英国自動車業界の戦後の浮き沈みを窺い知ることが出来るだろう。

ロンドン北方にあるシルバーストーン・サーキットでは、ロータス・イクシージでトレーニングを受けることが出来る(半日コースで155ポンド〜)。しかも、半日集中トレーニング・コース(275ポンド)なら日本人インストラクターがいるので、言葉の心配いらず。爽快で質の高いアドバイスを受けながらのドライビング体験ができること確実(事前に、インストラクターの中納さんに直接予約要)。その他、ケントにあるブランズハッチ・サーキットでもフォーミュラ車などのドライブ体験ができる。
ソールズベリーの西に位置する英国最大の自動車博物館。外見的にはビューリーにやや劣り寂れた感じもするが、一度館内へ立ち入れば、その品揃えには圧倒されること間違いなしだ。ヨーロッパの赤いクルマばかりを一堂に集めたコーナーでは、英国とイタリアの名車を堪能できる。敷地内にはショート・サーキットを併設しており、イベントの無い日には、自分のクルマを走らせることも可能だ。
マナーハウスと併設されるビューリー自動車博物館は、サウスコースト「サザンプトン」近郊にあるテーマ性の高い施設だ。1890年代の車から最近のレース・カーまで幅広く取り揃え、映画007に登場した様々な自動車を展示するコーナーもある。施設内には、モノレールやラジコン・コーナーなどもあり、奥様やお子様連れにも優しい。また、春から夏にかけては「オート・ジャンブル」や「ボート・ジャンブル」と呼ばれる催し物が定例となっており、大陸からの出展者もいる賑やかな雰囲気を楽しむことも可能だ。今すぐ、ホームページをチェックしてみよう。










































「辞めろ」コールが頂点に達し、ついに「辞めます」と言わされたブレア首相。今年は全然いいことなかったね。まずは5月の地方選でボロ負け。「責任取れ」の声が響く中、速攻で内閣大改造を実施、世間の目をくらましてたっけ。でも、謀反が起きても造反議員の要求に逆らって辞任時期を明確にしなかったのには首相歴9年半の意地を見た気がしたな(ブラウン財相の項も参照)。シェリー夫人は、ブラウン財相が党大会の演説で「過去最も成功した労働党党首・首相と仕事できて光栄」と言ったのを耳にして「嘘つき」とポロリ、期せずしてトップ・ニュースに。「言ってないわよ!」って反論してたけど、まあ夫は立場上、「ゴードンの馬鹿」とか言えないしね。
党首1年生の今年は、受け狙いのギミックばかり目立った印象。「地球温暖化の実態を見る」とやらでノルウェーの氷河に行ったかと思えば、トーク・ショー出演や米国人ラッパーとの会談(?)、「ビデオ・ブログ」の発信と、「クールでヒップで地球に優しい」新生保守党を売り込もうとあの手この手。肝心の政策はアレ?ってな感じで、ブレア路線を真似し過ぎの「ブラメロン(Blameron)」なんて言われる始末だからしょうがない。党内右派からは非難轟々だってさ。
公私で幸不幸入り混じった1年。9月に若手議員数人がブレア首相の辞任を要求して政務次官職などを辞任、首相が「1年以内に辞める」と言う羽目になったのは記憶に新しいけど、これ噂によるとブラウン財相の企みによるクーデター。長年の夢、首相の座がいよいよ近付いてしてやったり……と思いきや、実は7月に生まれた二男が遺伝性の病気「嚢胞性繊維症のうほうせいせんしょう」を発症してた。これで首相への野望がついえるってことはないだろうけど。来年こそは要注目か!?
2006年はベッカムにとって大きな転機の年だった。W杯で負傷退場しベンチで顔を紅潮させ、勝敗が決する前から涙する姿は雄弁だった。ベッカムはサッカー人生の集大成が終わったことを知っていた。もともとスタミナがある選手とはいえ高齢化による体力の衰えは隠せない。デッド・ボールでは依然、右に出る者はいないが、セット・プレーという極めて限定された分野に人員を割くほど、サッカーは優雅ではない。90分戦い抜く力のない者は容赦なく切り捨てられる。今後は米国のサッカー・リーグに移籍しハリウッド・デビューする話もある。そもそも、甘いマスクとセレブ妻というピッチ外の要素で大ブレークした選手だけに、これからが貴公子の本領発揮といったところか。
大会直前に骨折するも奇跡的にW杯に間に合ったルーニーだが、準々決勝で一発退場、1998年W杯でのベッカム同様の非国民に。その後も素行は悪化するばかりで、パブで婚約者を中傷したブラックバーンの選手を殴打。激しい闘争本能を持つが、一瞬にして頭が沸騰する危険もはらむ。能力には非の打ち所がなく、どのポジションでも超一流。その怪童の唯一の弱点に相手がつけこむのは当然。もう大人なのだから、自己分析をして自制心を身に付けて欲しい。
ルーニーより酷かった。W杯中、厳粛な生活を送る選手たちと反対に、日中は衝動買いツアー、夜はドンちゃん騒ぎ。誰が主役なのかまったくわきまえておらず、それを追っかけるメディアも節操がない。ベッカム夫人ビクトリアは士気高揚のためと称し、毎晩酒宴を開催。泥酔した歌手シェリル・トゥイーディは深夜就寝中のアシュリー・コールに電話する規律違反を犯す始末。マクラーレン新監督が今後のWAG出入り禁止の方針を打ち出したのも当然だ。
10月にマドンナ夫婦がマラウイの孤児院を訪れて以来、メディアはハチの巣をつついた状態だったけど、デービッド君の養子縁組に関して賛3否7くらいの割合かしら。印象に残ったのは、BBC「ニューズナイト」のインタビュー。あちこちにろうそくが灯されたNYのスタジオに、黒いドレスの厚化粧マドンナが鎮座。ピリピリした空気が伝わってきて、やっぱり映像のインパクトは大きかった。「飢えや病気で死んでいる子供たちを無視できる?」、「何をしても物議を醸すのは承知の上。今後養子に関する議論がされるのは大いに結構」って、高飛車よね。すでにカバラの赤い糸を腕にしたデービッド君だけど、この先独裁ママに何から何まで縛られそうで、とっても不憫。
前のブロスナンが男前だっただけに、この38歳の丸顔丸鼻に44年続く「007」6代目ボンド役が決まった時、世間の評判はイマイチで、「craignotbond.com」なるサイトもできたほど。でも、蓋を開ければ「007/カジノ・ロワイヤル」は超ヒット。これでジュード・ロウを完抜きしたわね。長すぎる鼻の下が妙に気になるけど、鍛え抜かれた超マッチョな身体は歴代ボンドの中で一番セクシー。かつてはシエナ・ミラーやケイト・モスと噂になったけど、今の彼女は日本人ハーフの模様。
11月の「ワールド・ミュージック・アワード」に、アルバム売上げ1億枚以上の功績を讃えられて出演し、英国では約10年ぶりのパフォーマンスを見せたけど、結果は散々。「ウィ・アー・ザ・ワールド」で歌が聞こえたのはわずか2小節、しかも高音部が出ず。当のマイケルはNOBUで食事後、Topshopで深夜のお買い物。翌日「メリー・ポピンズ」の観劇に出掛け、押し寄せるファンにマスカラ流して感涙。その顔はまるで「スリラー」だったわ。
高値堅調を更新しているカップルね。ケイトはますます売れっ子だし、ピートはライブはいつも完売、BBC2ドキュメンタリー「アリーナ」の常連(2年で3回)で、「ガーディアン」紙など高級紙からの評価も高い。チャブからインディー、インテリ層まで幅広くアピールできるのが彼らの強みでしょう。偽巨根芸人、R・ブランドとの浮気や劇場版「リトル・ブリテン」のゲスト出演、ピートの数度にわたる薬物所持逮捕・出頭、リハビリ、カメラマン暴行、浮気と相変わらずネタにも尽きなかったし。次の山は結婚・妊娠・出産の三寿。ただ、ビクトリア& デービッド、ジュード& シエナのように、誰でも必ず凪が来る。ヤク中ロッカーの厄年27歳を無事終え、薬絶ちで太ったピートにもうその兆候が出ているわ。
5月の破局公表後、それぞれチャールズ皇太子と故ダイアナ元妃の離婚弁護士を雇って戦いの火蓋が切られたけど、序盤でここまで激闘になるとは。ポール側の銀行口座凍結、家の鍵換え、洗剤3本を持ち出した抗議文、ヘザーのポルノ・モデルの過去、高級娼婦疑惑、ポールの暴力行為を綴った陳述書の草稿スクープ、前妻故リンダの心中告白テープの存在発覚って、まだ訴訟始まってませんけど。結婚4年で慰謝料の最高額が450億円とは、オノ・ヨーコ以来の悪女伝説誕生だわ。
7回続く「ビッグ・ブラザー」でもインパクト一番だったピート。トゥレット症候群のパンクスってそういないでしょ。病気の認知度も全国区になって、誰ももう「トイレット? ああトゥレット」とは言わない。相方ニッキーは10代の大半を拒食症で入院、強迫神経症でかんしゃく持ちの精神年齢5歳。キャラ的に日本のバラドルと大差なく、衝撃度は中。数週間でピートが振ったというが、ヤラセか打算ね。既に過去の人々で、本当、テレビのスピードって怖い。

ミレニアム・ドームを設計した建築家、リチャード・ロジャースが手掛けた巨大なテントが目印のアウトレット。広大な敷地に約80店以上が軒を連ねる。ギャップ、リーバイス、トミー・ヒルフィガーなどの親しみやすいファッション・ブランドの他に電化製品、日常雑貨、CD、玩具なども販売しているので家族みんなで楽しめるのがポイント。年間を通じて割引率は定価の50%、年に2回のクリアランス・セール時期には70%オフの商品もあるので、セール情報はくまなくチェックしたい。
スコットランド観光の際には是非立ち寄りたいアウトレット・ビレッジ。LKベネット、エピソード、ポロ・ラルフ・ローレンなど50以上のブランドが常時最大50%引きとお得感タップリ。昨年は、ツーリスト向けのショッピング・モールとして5ツ星の評価を受けている。湖水地方や世界遺産に指定されているローマ帝国時代の遺跡ハドリアヌスの壁などは、ビレッジから約1時間以内で行ける。
パリから東へ160キロ。16世紀の街並みを残した古都トロワは、アウトレットのお店がたくさん集まったショッピング・パラダイスとして有名。北には高級ブランドが揃う「マカルチュール・グレン」、南には少しカジュアルなラインナップの「マルク・アベニュー」がどっしりと構え、他にも個別アウトレット店などが総計264店舗、軒を並べている。買い物ついでに、フランスの田舎町の雰囲気も味わえるお得な場所だ。北と南の2大センターは公共バスで結ばれているので、移動も便利。

中世の美しい街並を残すヴェルトハイム。その郊外に2004年オープンした「ヴェルトハイム・ヴィレッジ」は中世の趣を残したアウトレット・ショッピング・センターだ。敷地内には、アルマーニ、バリー、ヴェルサーチ、トミー・ヒルフィガー、ナイキなどのブランドのみならず、シュタイフのテディ・ベアなどの多彩な店舗が約80店並び、観光客のみならず、地元民も足繁く通うスポットとなっている。幻想的な雰囲気を醸し出すニュルンベルクのクリスマス・マーケットも近くなので、足を伸ばしてみては?
今スペインでは、マドリッド郊外のベッドタウンなどに続々とショッピング・モールがオープンしている。中でも人気の「ラス・ロサス・ビレッジ」は、世界各国の主要都市の目抜き通りをイメージして建築された街並みが素敵。バーバリーやヴェルサーチなどの高級ブランドのほかにも、アクセサリー、スポーツ用品、インテリア・グッズなど50以上のブランドの前シーズン品が、30~60%引きの価格で販売されていて、お土産探しにも最適。

あらすじ:
あらすじ:
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ロイヤル・バレエ団のプリマ
Royal Opera House
「バレエを観てみたいけど、楽しめるのか不安。それにまず何から観たらいいの?」という皆様。この特集では、ビギナーから玄人ファンまで大満足間違いなしの2つの「白鳥の湖」を取り上げ、ご紹介いたします。左頁は年齢を問わず楽しめる英国バレエ界最高峰のロイヤル・バレエ版。右はトレンドに敏感な若者から舞台芸術にうるさい熟年層をうならせる鬼才振付・演出家マシュー・ボーン版。それぞれのあらすじと見所をまとめたこのマニュアルを手に、是非一度劇場に足をお運びください。(茉莉・あんじぇりか)
あらすじ:
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あらすじ:
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マシュー・ボーン版主役
Sadler's Wells Theatre

バレリーナの1日は、通常10時30分頃から1時間半行われる朝の団員クラスから始まる。ダンサーたちは思い思いのレッスン着で、男女に分かれてスタジオに集合。指導者の指示の下、バーを手にしながら膝や股関節、足、爪先のウォームアップをする「バー・レッスン」から始まり、続いてバーから離れ、旋回技や跳躍、踊りのステップを練習する「センター」と呼ばれるお稽古が行われる。11時30分、フレンド・オヴ・コベント・ガーデン(バレエやオペラ愛好家による友の会組織)のメンバーを観客に、公開リハーサルが始まった。タマラは入団2年目にして注目を浴びる大型新人のマクラエを相手役に27分の抽象作品を踊り抜き、観客から温かい拍手をもらった。
主役バレリーナが舞台を務め終えるのは夜22時30分頃。メイクを落とし、シャワーを浴び楽屋口を後にするのは23時を回る。さらに楽屋口で待っていてくれている熱心なファンにサインをするなどしていると、家に帰り着くのは深夜。心身ともに舞台の興奮から冷めやらぬため、就寝時間は1〜2時になることが多い。だが、どんなに遅く眠りにつこうとも、日曜日以外は翌朝10時半からレッスンに出なければならない。本誌編集部が取材した日は、「現代バレエの夕べ」世界初演の前日。朝11時30分から同作品の最終調整である公開リハーサルが行われるとあって、団員クラスも通常より早く行われた。ちなみにロイヤル・バレエに所属するバレリーナたちは、コベント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスの最上階にある3つのダンス・スタジオで練習を行っている。ここでバレエ団の団員たちが男女に分かれてウォーム・アップを行う団員クラスや、作品の振付を習うスタジオ・リハーサルに励むのだ。
13時になると、茶色のレオタード、お稽古用チュチュ、レッグ・ウォーマーに着替え再び最上階へ。この階に設置された大きなスタジオには、タマラと彼女が師事するアレクサンダー・アガチャノフ先生、相手役のカルロス・アコスタとピアニストの4人が集まっていた。ロイヤル・バレエに所属するバレリーナの中で最も大きなスター性を持つタマラは、バレエ団きっての男性スター、カルロスとの共演が多い。女性的魅力あふれるタマラを、その大きな包容力で受け止めるカルロス。ウルトラC級美技の掛け合いも、2人を観に行く大きな楽しみの一つだ。そんなスター同士でありながら、おごったところのない2人によるリハーサルは、始終和やかに進む。動物的な勘と身体能力を備えるカルロスは、リフトや女性のサポートにも優れ、先生はダメ出しする必要がないほど。
朝早くからの団員クラス、直後に身体能力を極限までふるって挑戦した新作の公開リハーサル、その後に続いたマンツーマンの練習。汗をぬぐい、息を切らせ、時に水分を補給しながらも1分たりとも休むことなく、限られた時間に完全燃焼しようとするタマラ。小さな頃から日々レッスンをして手に入れたスターの座は、汗と努力、食事制限などの節制なしには守れないという厳しい現実。心底踊りが好きで、様々なことを犠牲にできる覚悟ある者だけが極められるプリマ・バレリーナという職業。ステージの上で可憐に微笑むバレリーナの毎日が、こんなにも激しいものだったとは。
14時30分にリハーサルを終えると、楽屋でインタビュー。1日のうちのほとんどを劇場で過ごすバレリーナにとって、楽屋はとてもプライベートな空間だ。タマラは楽屋を先輩プリマのリアン・ベンジャミンとシェア。と言っても、2人が同じ日に舞台に立つことはまずないから、夜はほとんど1人で過ごせる。取材当日の午後も楽屋に先輩の姿はなく、タマラは窓際の自分のコーナーでリラックス。壁には大好きな有名闘牛士エル・フリから貰ったサイン入り写真や、北斎の浮世絵絵葉書などカラフルな写真がたくさん貼られている。
◇控え室で語ったタマラの言葉






