らゆる場を盛り上げ、会話の潤滑油となるユーモア。ところが、「ブリティッシュ・ユーモア」と呼ばれる笑いの感覚は日本のそれとは違うらしく、私たち日本人は「?」と戸惑ってしまうこともしばしば。これではいけないということで、今回は英国で活躍するお笑い芸人のネタを参考にしながら、ブリティッシュ・ユーモアの要素を正しく楽しく分析しようと試んでみました。一流のスタンダップ・コメディアンたちを日本の有名タレントたちの芸風に例えて紹介しながら、英国における笑いの真髄に迫ります。(本誌編集部: 長野 雅俊)
ブリティッシュ・ユーモアが分かりにくい理由
仲間と話したりテレビを見ていたりする際、英国人は大爆笑しているのに、自分だけ全く意味が分からず1人取り残されたような思いを経験したことがある日本人は多いのではなかろうか。考えられる理由は主に2つ。英国の笑いはジョークやダジャレなど言葉を題材にしたネタが多く、コメディアンが大袈裟にすっ転んだり叩かれたりといったわかりやすいドタバタ喜劇が比較的少ないこと。さらにはこれら言葉で表現されるユーモアは暗にほのめかされる傾向があり、同じ言語や文化を共有しない外国人にはお手上げな場合が結構ある。「ブリティッシュ・ユーモア」が英文学や演劇文化での言葉遊びの中で培われてきたため、こんな難しいことになったのだという。
スタンダップ・コメディー
英国のいわゆる「お笑い」の王道で、通常は1人の話し手が観客の前に立ち、マイク片手にとっておきのジョークを次々と浴びせかけていくスタイル。話し手は何年もの歳月をかけて練り上げたネタを繰り返し演じることが多いが、その日によって異なるアドリブや観客との掛け合いが展開されることもある。スタンダップ・コメディーの舞台は主にコメディー・クラブと呼ばれる劇場や、パブ、その他のショーの前座など。また毎年8月にエディンバラで開かれるフリンジ・フェスティバルは、たくさんの著名なスタンダップ・コメディアンが出演することで知られている。
ユーモアの要素その① 権威の批判
ブリティッシュ・ユーモアと聞いてまず思い付くのが、風刺(Satire)、皮肉(Irony)、嫌味(Sarcasm)を含んだねっとりとしたジョーク。これらは扱うネタに権威があって憎ければ憎いほど、面白みが増す笑いだ。ただその対象が権威を持つが故にジョークは隠喩的に表現されることがあり、背景知識や茶化したものがそもそも何であるか知らないと、理解できないことになる。近年はスキャンダル続きの英国王室メンバーや、失言多きジョージ・ブッシュ米大統領などが「権威」としてよくネタにされている。
スタンダップは別の顔
リッキー・ジャベイス Ricky Gervais
45歳、レディング出身、ロンドン大学哲学科卒
「The Office」や「Extras」といったコメディー番組のヒットで今や時の人となったリッキー・ジャベイス。これらの番組では典型的な中年太りの体型と豊かな表情を生かしたコミカルな演技が評判だったが、スタンダップ・コメディアンとしての彼はかなり硬派。聖書や百科事典、政治思想といった知的権威を徹底的にこきおろすネタを得意としている。
日本のお笑い芸人に例えると……
知的に世相を斬る爆笑問題
The Bible says, "In the beginning God created the heavens and the earth". Well, it doesn't go into the detail.
聖書には「神は初めに天と地を創造した」と書いてあるけど、詳細が足りないね)
Morale of the tale "the boy who cried wolf" is, never tell the same lie twice.
(狼少年の物語から学ぶ教訓とは? 同じ嘘は2度つくなってことさ)
ユーモアの要素その② 外国人
様々な国籍の人々が集う英国、特にロンドンで活動する芸人たちは、ほぼ必ずといっていいほど1つや2つ外国人を嘲笑するネタを持っている。外国語訛りの英語や、奇異な風習などは格好の標的。スタンダップではないが、最近ではユダヤ系英国人コメディアンのサシャ・バロン・コーエンが演じた「ボラト」という奇異なカザフスタン人を主人公にした映画が人気を呼んだことは記憶に新しい。
イランを笑うイラン人
アミード・ジャリリ Omid Djalili
43歳、ロンドン出身、アルスター大学英語・演劇科卒
英国人が持つ外国人に対する偏見を元にしたネタを、ほぼ専門的に扱うコメディアン。イラン人の両親を持つことから自らを笑いの対象とすることが得意で、肥満体型、濃い顔、大きな声を合わせて出来た暑苦しい存在感を売りにしている。「アルカイダ」「テロ」「ホーム・オフィス」といった言葉から連想されるネガティブなイメージを利用しての笑いを十八番にしている。
日本のお笑い芸人に例えると……
外国人ネタを扱うという点ではパックンマックン
I'm from Iran. It usually gets laugh here.
(私はイラン人です。えっと、普通は英国人の皆さんはここで笑ってくれるんだけどな)
Thanks, keep the laughter coming, it's helping my application to go through.
(いやもっと笑ってくれよ。コメディアンとして働くための労働許可証が下りるかどうかがかかっているんだから)
ユーモアの要素その③ フェミニズム
強情な妻、わがままで自己主張の強い彼女など、「強い女」はブリティッシュ・ユーモアの頻出テーマ。話し手が女性である場合は愚かな男性の行為をねちねちとあげつらい、また男性コメディアンの中には強き女性にまつわる愚痴や鬱積を延々と語ることだけを生業とする者もいる。どちらにしても異なる性別への憎しみを基にした笑いのため、ブラック・ユーモアの体裁を取ることが多い。
秀才コメディアン
ジミー・カー Jimmy Carr
35歳、リムリック出身、ケンブリッジ大学社会政治学科卒
アイルランド生まれのコメディアン。かつては石油会社大手の「シェル」でマーケティング・エクゼキュティブとして働いていたが、リストラにあったためにお笑い芸人になった。とぼけた顔とうつむき加減の上目遣いでシュールな雰囲気を醸し出しながら、短く過激なジョークを1つずつ連ねていくパフォーマンスで人気を集めている。
日本のお笑い芸人に例えると……
挙動不審なふかわりょう
I'm a modern man. I've got no problem buying tampons.. But apparently, they're not a proper present.
(僕は女性に対して非常に理解のある現代的な男性なんだ。彼女のために生理用品を買うのだって厭わない。でも、どうやらプレゼントとしては相応しくなかったようなんだ)
My girlfriend asked me "would you love me if I were crippled?"
I said "yeah, I'd prefer it".
(「私がもし障害を背負って生まれてきたとしても、それでも愛してくれる?」と彼女に聞かれたんだ。だから僕は「うん、その方がいいかも」って答えといた)
ノロノロ話すコメディエンヌ
ジョー・ブランド Jo Brand
49歳、ヘイスティングス出身
前職は精神科の看護婦という特異なキャリアを持つ女性芸人。ステージ上では早口でまくしたてるコメディアンが多い中、彼女の膨れっ面、退屈気でのってりとした口調は際立っている。英国コメディー界随一のおばさんキャラであり、下積み時代には伝説的な海の生物を意味する「シー・モンスター」という芸名が付けられていたほどの個性が光る。
日本のお笑い芸人に例えると……
重鎮の存在感を持つ内海桂子
I put my husband in a small plastic bag, and put them out for charity, with a little note saying "not particularly useful, but you can have it if you want to".
(どなたかに寄付しようと思って、うちの旦那をゴミ袋に入れて道路に出しておいたんです。「大したものではないですが、良かったらどうぞ」と書いた手紙を添えてね)
I have a husband. I'm happily married. He's not, unfortunately.
(私には主人がいます。とても幸せに暮らしています。残念ながら、主人はそうは思っていないみたいですけど)
ユーモアの要素その④ 犯罪・暴力
含みある間接的な表現がより生かされるブラック・ユーモアは、英国のスタンダップ・コメディアンたちにとっての腕の見せ所。殺人や強盗といった残酷な犯罪、さらには家庭内暴力などといった暗く深刻な話題を扱ったジョークは観客の反応も真っ二つに別れることが多いので、挑戦しがいがあるようだ。どんな話題も見事に笑いのネタにしてしまうから、スタンダップ・コメディーっておもしろい。
鋭い眼光からジョークを放つ
ジャック・ディー Jack Dee
44歳、ロンドン出身
眉間に皺を寄せて鋭い目つきで観客を睨みつけながら低い声で話す様は、お笑い芸人というよりやくざそのもの。アドリブに滅法強く、ステージ終了後のアンコールで観客からの意見や感想に1つずつ答えていくパフォーマンスが好評を得ている。渋く険しい顔と温かなファン・サービスとのギャップがおかしい、英コメディー界の大ベテラン。
日本のお笑い芸人に例えると……
苦虫をかみつぶしたような顔が似ている松本人志
I hate people who think it's clever to take drugs……like custom officers.
(薬物を扱うことに生甲斐を求める人間が嫌いなんだ。特に税関職員とかな)
You cannot smack children. It's wrong, ineffective, cruel, it's just bloody satisfying.
(子供に対する体罰はよくない。間違っているし、効果もないし、残酷だから。そして何よりも叩いた時の爽快感が気持ちいいしな)
美しき太ったコメディアン
ピーター・ケイ Peter Kay
34歳、ランカシャー出身
音楽に合わせながら巨体を動かして笑いを取るのを得意としており、2005年には"Is This the Way to Amerillo"というシングル曲を販売して大ヒットを記録した。しかし彼が真価を発揮するのは、過激なブラック・ジョーク。どんな残酷な発言も、北部訛りと満面の笑みが醸し出す「良い人キャラ」がまろやかな笑いに仕立て上げる。
日本のお笑い芸人に例えると……
太った笑顔が美しいホンジャマカ石塚英彦
I saw six men kicking and punching my mother-in-law. My neighbor said "are you going to help?" I said "no, six should be enough".
(俺の義理の母をボコボコにしている6人の輩を見たんだ。近所の人が「助けなくていいのか」って聞いてきたから、「いやあ、6人で十分だろ」って答えてやった)
My mom was a ventriloquist. For ten years I thought the dog was telling me to kill my father.
(うちの母は腹話術師だったんだよ。それを知るまでの十数年は、うちの犬が父を殺せって言っているんだと思っていた)
ユーモアの要素その⑤ 下ネタ
大きな声であからさまに話すと英国の紳士淑女には顔をしかめられてしまうが、されど笑いのネタとしてはどうしても外せないのが下ネタ。そこで上流階級に対しては、慎ましやかに美しく上品な例えを使ってほのめかすのがセンスあるブリティッシュ・ユーモアの表現ということになった。またそんな建前に対する反動として、欲望を剥き出しにしたようなスタイルも現代では支持を受けている。
婉曲表現の達人
ジュリアン・クラリー Julian Clary
48歳、ミドルセックス出身、ゴールドスミス大学英語・演劇科卒
ゲイであることを売り物にするコメディアン。厚化粧とゴージャスな衣装に身を包んで話すお姉言葉が武器。ネタは様々なものを扱うが、結局は「性」のことをほのめかしてばかりの、下ネタを婉曲的に伝えるプロ。隠喩の度合いが強すぎて誰もジョークであることさえ気付かない場合もある、外国人が理解に苦しむブリティッシュ・コメディアンの代表。
日本のお笑い芸人に例えると……
図太いお姉キャラという点では美川憲一か
I live in a gay house, I drive a gay car. I eat gay food.
(私はゲイの家に住んで、ゲイの車を運転して、そしてゲイが食べるものを食べます)
I'm currently having an interesting correspondence with a nun about forgiveness.
(私は今、修道女と「許しとは何か」について手紙を交換している最中なのです)
ぜい肉と欲望の塊
ジョニー・ベガス Johnny Vegas
35歳、ランカシャー出身
いつでもどこでもギネス・ビールばかりを飲んでいる酔っ払いコメディアン。若き頃は牧師になるため神学校に通ったり、陶器の製作では超一流の腕を持つなどの横顔を持つが、ステージ上ではいつも千鳥足。タバコの吸い過ぎ、酒の飲み過ぎですっかりしゃがれた声を振り絞るように、俗物さを前面に出した粗野で下品な発言で観客を煙に巻く。
日本のお笑い芸人に例えると……
発言が意味不明瞭な立川談志
(俺はその昔牧師になりたかったんだ。ただ年に1回の誕生日さえセックスできないと知った時に、気が変わった)
It is easy for me to love myself, but for ladies to do it is another question altogether.
(俺は自分のことを愛しているが、女性陣が俺のこと愛するかどうか、ていうのはまた別の話だな)
ユーモアの要素その⑥
普段は気にも止めない些細な日常風景を独特の鋭い観察眼で切り取り、笑いのネタにしてしまうコメディアンたちがいる。彼らのスタイルは「Observational Comedy」と呼ばれ、誰もが一度は経験したことのある出来事に大胆な脚色を加えるのが特徴。英国に限らず、世界各国で見られる普遍的なテーマであるが故に、外国人に最も受け入れられやすいユーモアでもある。
英国コメディーの金字塔
リー・エバンス Lee Evans
43歳、ブリストル出身
自ら「モンキー・ボーイ」と呼ぶほどのサル顔と、奇怪で激しい動き、そして次々と繰り出す奇想天外な発言を生かした変態キャラで聴衆を魅惑する、英国では異色のスタイルを持つコメディアン。日常の些細な出来事を大袈裟なホラ話に変えるのが得意で、ステージ上ではいつも全力投球。汗でびしょびしょのスーツ姿がトレード・マークになっている。
日本のお笑い芸人に例えると……
大ボラ吹きの明石家さんま
'I actually spent four days in my hotel room because I closed the door and there was a sign on the door saying 'Do Not Disturb'.
(ホテルの部屋に入って振り返ると、「Do Not Disturb」と書いた表札があったんだ。だからずっと外に出られなくて、部屋の中に4日間もひそんでいたことがあったのさ)
I was very superstitious when I was a kid, I never walked on the crack of the pavement. It took two weeks to get to the school because it was crazy paving.
「小さい頃は路面の継ぎ目を踏むのが嫌で、避けて通っていたんだ。でも継ぎ目だらけの道だったから、学校に行くのに2週間もかかってしまった」
市井のスタンダップ・コメディアン
インキー・ジョーンズさんに聞く
プロフィール: 27歳、マンチェスター出身、ギルドフォード・スクール・オブ・アクティング卒。TVドラマ、劇場などでの仕事を経て、2002年よりスタンダップ・コメディアンに。現在ではロンドンのレスター・スクエア駅近くに位置するコメディー・クラブでのパフォーマンスを中心に活動を行っている。
─スタンダップ・コメディーの一番の魅力は何でしょうか。
自分で考えたジョークをその場で観客に披露できることでしょう。テレビとかラジオの番組は、台本作りやらプロデューサーのチェックやらで時間がかかって、かなり面倒くさいんです。さらには観客の反応がその場で返ってくることも魅力ですね。お客はお情けでは笑ってくれません。つまり成功か失敗かのどちらかしかあり得ないわけです。相当エキサイティングな経験ですよ。
この前「がーまるちょば」というコメディアンのショーを見ました。周りの英国人でも彼らのことをおもしろい、って言っている人はいっぱいいますよ。
─私たち日本人が英国人を笑わすのにはどうしたらいいでしょうか。
あなたが日本人であれば、ブリテッシュ・ユーモアを学ぼうとするより日本人ならではのジョークが喜ばれると思います。概して他人を笑い者にするより、自分の欠点や自国に向けられた偏見をネタにした方が受けはいいですからね。
─例えばどんなジョークでしょうか。
そうですね。"Did you know 'Karaoke' is the Japanese word for a drunk woman with a microphone who is tone deaf"?(「カラオケ」を日本語に訳すと、マイクを持った音痴で酔っ払いの女性、という意味だということを知っていましたか)とかどうですか。



在留届は提出しましたか?



アテネの古代劇場を舞台に、狂言師の野村萬斎を主役に据えた「オイディプス王」では地元ギリシャの観客から喝采を浴びた
今回のインタビュー中、蜷川は何度も「普遍性」「世界性」という言葉を口にした。蜷川は、シェークスピアが生まれた国でシェークスピアをやること、それもあえて日本人が日本語でやるということ、これこそが世界に共通する「普遍性」を世界の人々と「共有する」ことだと信じている。本場、英国で圧倒的な支持を得る蜷川の舞台、その秘訣はこの「普遍性」「世界性」にありそうだ。蜷川はこれまで何度か英国人を使ったシェークスピア劇を上演したことがある。
ローマの将軍、ガイアス・マーシャス(後のコリオレイナス)は、歴戦の勇者でありながら民衆に対して傲慢な態度を取り、反感を集めていた。オーフィディアス率いるヴォルサイ人との戦いに勝利し、一躍英雄となったコリオレイナス。やがて執政官に推薦されるが、当時ローマでは執政官になるには謙虚な態度を民衆に示さなければならないという慣習があった。自尊心の高いコリオレイナスは、それを受け入れられず民衆を侮辱、ローマの地を追放されることに。復讐の念に燃える彼はかつての敵、オーフィディアスと手を組み、ローマに攻め入る。
1800年、英国外交官のエルギン卿は、ギリシャの古代遺跡「アクロポリスの丘」にそびえるパルテノン神殿の彫刻に魅せられた。当時のギリシャを支配していたオスマン・トルコの指導者スルタンから了承を得て、神殿の彫刻の模写や型取りをしていたエルギン卿は、やがて模造品では満足できなくなり、トルコ政府に賄賂を払い、神殿から彫刻を剥ぎ取って英国へ持ち帰ってしまった。さすがに当時のスルタンも、こんなにしっかりお持ち帰りされるとは思っていなかったのでは……?
大英博物館で最も日本人に人気の高い部屋といえば、やはりミイラの部屋だろう。これらのミイラが初めて大英博物館にやってきたのは、1756年。一儲けしようとエジプトへ渡った商人、ウィリアム・レシュリヤーのコレクションが、彼の死後、大英博物館へ贈られた。
18 世紀末、ナポレオンによる遠征でフランスの手に落ちたエジプト。ところが1801年、アレキサンドリアの戦いで英国軍はそのナポレオンを打ち負かしてしまう。古代文字が刻まれたロゼッタ・ストーンは、その戦利品のひとつとしてフランスから奪った品だ。つまり、略奪品の横取り品ということ。大英博物館に1802年から展示されている。
エジプト最後の王、ラムセス2世の堂々たる姿は、エジプト・コレクションの目玉でもある。1815年にカイロに着任した在エジプト英国領事、ヘンリー・ソルトは、就任中に多くの芸術品を収集したが、この胸像もそのひとつ。王を祀る聖堂から持ち出し、1818年に大英博物館へ寄贈した。
アフリカでは、17世紀からヨーロッパの商人による奴隷貿易が行われ、ベニン王国(現在のナイジェリア)でも、その海岸部が「奴隷海岸」と呼ばれるほど、盛んな取引が行われていた。19世紀に入ると、英国は奴隷貿易を禁止、物品貿易に乗り出すが、1897年、英国人外交官殺害事件をきっかけに英国軍がベニン王国を攻撃し、滅亡に追いやってしまう。その際、戦利品として持ち帰ったのが、この見事な真鍮プラークだ。この他にも多くの象牙や青銅が戦利品として英国へ持ち込まれた。
太古の文明メソポタミアで栄えた遺産は、1845年から51年にかけ、発掘家のオースティン・ヘンリー・レヤード卿により発掘された。巨大な都市遺跡、ニムルードの宮殿を飾ったレリーフには、当時の支配者、アッシュールパニパル王の狩りの様子や、戦争風景、鷲頭の精霊の姿が描かれている。長さ、高さともに3メートル以上ある有翼人頭像は、宮殿の守護神として、2対が門を守っていた。
スリランカの北東部で発見されたブロンズのタラの仏像は、セイロンの総督だった英国人ロバート・ブラウンリッグによって、1812~13年頃に持ち出された。その後彼は、1830年に大英博物館にこの仏像を寄贈。頭部の被り物部分には、かつて宝石が埋め込まれていたそう。本家スリランカのコロンボ国立博物館には、この仏像のコピーが展示されているというから、皮肉な話である。
現在のチェンナイ近郊にある村、アマラバティーは、南インドの仏教芸術の中心地。ここから持ち帰ったのが、この大ストゥーパだ。ストゥーパ(仏舎利塔)とは、インド仏教の僧たちのお墓である。ムガル帝国を滅ぼし、完全にインドの覇権を手にした英国は、宝石や香辛料などのお宝以外にも、多くの文化遺産をいただいた。この大ストゥーパは、1845年にチェンナイ(当時のマドラス)総督であったウォルター・エリオットにより発掘され、その後大英博物館に寄贈された。
アヘン戦争(1840年)に勝利して清朝を支配する以前から、インドと中国を結ぶ三角貿易を行っていた英国。茶、陶磁器やシルクなどの物品が行き交う中、仏教画など、重要文化財も多く英国へ渡った。中国北部で8体見つかった仏教僧侶の像は、そのうち7体が西洋の博物館に保管されているとか。また、地獄の審判像、笑う僧侶像などは、善と悪、天国と地獄という仏教の教えを反映した石像遺産。ナショナル・アート・コレクション・ファンドなどによる寄贈で、大英博物館入りした。
アステカ帝国時代に作られたとされるクリスタルのドクロは、ニューヨークの宝石商を経て1898年から大英博物館に保管されている。ところがこの品、後にヨーロッパで製造されたレプリカであることが判明。大英博物館の威信が、ちょっと傷ついた出来事だった。現在は、クリスタルの特徴やヨーロッパのクリスタル製造技術を紹介する形で展示している。
米国の押しの強さに巻かれることもある英国だが、そもそも米国人のルーツは英国にある。現在のヴァージニア州に植民地を開いて以降、英国人たちは米国大陸を西へ、北へ、南へと開拓するとともに、多くの北米探検を行った。1775年には、英国人探検家のキャプテン・クックが北米航海へ出発。この時、先住民たちが制作した木彫りのマスクなどを持ち帰っている。以後も、木彫りのトーテムポールや民族衣装など、多くの遺産が大英博物館へ寄贈、売却された。
太古の文明メソポタミアで栄えた遺産は、1845年から51年にかけ、発掘家のオースティン・ヘンリー・レヤード卿により発掘された。巨大な都市遺跡、ニムルードの宮殿を飾ったレリーフには、当時の支配者、アッシュールパニパル王の狩りの様子や、戦争風景、鷲頭の精霊の姿が描かれている。長さ、高さともに3メートル以上ある有翼人頭像は、宮殿の守護神として、2対が門を守っていた。
当時のギリシャを支配していたオスマン・トルコから「正式な許可を得て持ち出したもの」というのが大英博物館側の主張。ギリシャでは1830年の建国以来、国民の間で返還を求める声が出ていたが、特に、1981年に女優で政治活動家のメリナ・メルクーリが文化大臣に就任すると、返還の重要性を強く認識し、要求を強め始める。2001年には、アテネ・オリンピックを機に返還するよう求めたが、大英博物館がそれに応じることはなかった。
1802年に大英博物館へ運ばれて以来、多くの学者たちを魅了してきたロゼッタ・ストーン。その中でも、この石に刻まれている文字に魅せられたのが、フランス人学者、ジャン・フランソワ・シャンポリオンだった。大英博物館でロゼッタ・ストーンと出会ったシャンポリオンは、研究を重ね、1822年にこの文字の解読に成功する。こうして、古代エジプトの文字「ヒエログリフ」の研究に大きく貢献することになる。
ローマの陶磁器技術の髄が込められたポートランドの壺。大英博物館には1810年から展示されているが、1845年、この壺が酔っ払った来館者によって壊されてしまった。すぐに修復作業が始まるが、この時、37片の小さなピースが失われた。1945年、大英博物館はこの壺を正式に購入。その際に欠けていた破片が発見され、再修復が試みられるも、3ピース分しか修復できなかったという。1987年、次世代の修復者たちによって再び修復が試みられ、微細な破片をのぞき全てのピースが元通りにされた。100年以上の時をかけた、まさに執念の修復作業といえる。
ピューリタン革命で活躍し、1649年に英国に共和制を敷いたオリバー・クロムウェル。彼が英国北部への侵攻を進めたことから、以降、アイルランドは英国の植民地的な色合いが濃くなった。彼が亡くなったのは1658年。死因は何と、インフルエンザだったという。ワックス製のこのデスマスクは、大英博物館の生みの親であるハンス・スローン卿のコレクションとして、1753年、博物館設立と同時に展示された。
英国東部、イースト・アングリアで発見された船のお墓跡。アングロ・サクソン時代の古墳が多く残されていると言われるこの地方で、第1号として出土したのがサットン・フーの船墓場だ。発掘は1939年。武器具や金銀の装飾品など、多くの副葬品が発見され、大英博物館に展示されている。中世英国の暮らしぶりを知る上でも、非常に貴重な遺跡だ。
現在開催中の特別展
「演劇学」ではなく、俳優育成としての「演劇」という科目が学校教育で確固たる地位を確立している英国。ジュディ・デンチやユアン・マクレガーなど演劇/映画界で活躍している人たちの多くが、大学やその他高等教育機関で演劇を学び、学位を取得している。「演じること」が教育として認められている国だからこそ、世界に羽ばたく実力派俳優たちが続々生まれているというわけ。
テレビや映画で活躍している若手俳優/タレントが舞台へ出たがるというのも英国演劇の一つのトレンド。現在では、「Treats」出演に対する過度の緊張でドタキャン→初日延期などあれこれメディアに叩かれた末に何とか初日を務め上げたテレビ・ドラマ「ドクター・フー」出身の人気女優、ビリー・パイパーや、「EastEnders」出演後に舞台進出、今回不条理劇「The Caretaker」の大成功で「若手実力派」の仲間入りを果たしたナイジェル・ハーマンなどを舞台で観ることができる。旬の俳優を観るならまずは舞台! なのだ。

ハリー・ポッターでお馴染みのダニエル・ラドクリフと、ハリーの叔父、バーノン役のリチャード・グリフィスばかりが注目されがちな本作品。確かにダニエル君は時には全裸、時にはタバコを吹かしながらの大熱演を日々見せてくれている。でも観劇の際にもう一つ注目してほしいのが舞台美術と衣装。ミニマルな舞台は俳優の演技一つでその場所を次々と変え、シンプルな衣装が幻想的な馬たちを創り出す。観ている者の想像力を掻き立てる、これぞ演劇という作品だ。
18年間という超ロング・ランを続けるゴシック・ホラーの決定版。小さな舞台とシンプルな装置の中、2人の役者が演技力で観客たちを恐怖の世界へ誘ってくれる。顔の表情、声音を使い分けて数人の役柄を見事に演じる役者に、演劇ならではの良さを実感できるはず。より恐怖感を味わいたいのなら、ちょっとした仕掛けが楽しめる1階席がお勧め。
オープニング・ナイトは1952年11月25日。以来50年以上にわたってロンドンの劇場で上演され続けている驚異的な作品だ。元は推理小説の女王、アガサ・クリスティのラジオ劇用の短編ミステリー。クリスティが生前、ウエスト・エンドで本作が上演されている限りは出版しないよう言っていたために、いまだに英国内で本は出版されていない(ただし台本は出版)。
BBCの人気レポーター、ジェームス・モスマンが謎のメモを残して自殺した。彼の自殺の裏には何が隠されているのだろうか。
エンターテイナー一家の3代にわたる人生を通じて英国の戦後を描き出す。
2007年度シーズンは5月4日~10月7日。今年のテーマは「Renaissance and Revolution」、上演される作品は「オセロ」、「ヴェニスの商人」など。
劇作家、ブレヒトの戯曲を2作同時に上演するシリーズ、第1回目となる今回は「A Respectable Wedding」と「The Jewish Wife」の2作品。
ハロルド・ピンターの不条理劇。アストンはある日、浮浪者のデービスを家に連れてくる。同居している兄弟のミックは始めのうち嫌がっていたが……。
普通の人々が異常な状況に置かれた時に巻き起こる出来事を描いた、ミュージカル仕立ての人間ドラマ。
プロフィール=1958年生まれ。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」を旗上げする。80年代の小劇場ブームの牽引役として熱狂的な人気を誇るが2001年、同劇団の活動休止を発表。以降、自身の演劇プロデュース・ユニット「KOKAMI@network」を中心に活躍中。
ー今回は前回と異なり、演出を自ら手掛けられるそうですが、新しい演出プランは考えていらっしゃいますか。
ロンドン、バービカン劇場が、毎年様々な海外の作品を招致して上演するプロデュース企画、BITE(Barbican International Theatre Events)。記念すべき10周年を迎える今年は、日本のシェークスピア演出家として、英国でも絶大な知名度を誇る蜷川幸雄が公式招待を受け、日本人によるシェークスピア作品を上演することになった。演じられるのは「コリオレイナス」。古代ローマの悲劇の将軍、コリオレイナスの生涯を描いたこの作品を演じるのは、唐沢寿明はじめ、白石加代子、勝村政信ら人気、実力を兼ね備えた俳優陣。40人以上ものキャストが出演予定というから、スケール感溢れる芝居を期待できそうだ。
プロフィール=島根県出身。演劇ネットワーク「Office 59」に参加後、渡英。現在は舞台やテレビ、映画などで活躍している。2005年には演劇の枠に留まらないアート・プロジェクト・ユニット「Crop」を妻と2人で結成、昨年はリトアニアの国際演劇祭にも参加した。作曲家、ピアニスト、アコーディオニストとしても活動中。

ハリー・ベリー
粉屋
騎士
バースの女房
尼僧付の僧
免罪符売り
ジェフリー・チョーサー
日本の「お伊勢参り」に相当する、イングランドにおけるキリスト教徒にとっての宗教的なイベント。主に英国国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂への巡礼を意味する。中世時代のカンタベリーはイスラエルのエルサレム、イタリアのローマ、スペインのサンティエゴ・デ・コンポステラと並ぶ4大巡礼地として認知され、また大量の巡礼者たちが殺到したため、近隣の宿屋や飲食店の収入にも大きく貢献し、街全体の発展にもつながった。ちなみにカンタベリー物語の主人公たちが歩んだロンドンからカンタベリーまでの道のりは、距離にしておよそ100キロ。片道を2、3日間の日程で歩ける距離だと想定されている。
カンタベリー物語の世界を再現した、テーマパークを彷彿とさせるアトラクション。かつて教会だった建物の内部を作り変えて建設された。ろう人形で作られた登場人物たちが物語を次々と披露し、入場者はまるで共に巡礼の旅に参加しているかのように楽しめる仕掛けとなっている。日本語の音声コントローラーあり。
巡礼地としてのカンタベリーの歴史は、トーマス・ベケットの殺害事件から始まった。ロンドンの商人の息子として生まれたベケットは1155年、イングランド国王の側近である大法官という地位に任命される。彼はローマ教皇からの独立を掲げ、イングランド王による教会の直接統治を説いたために、支配権の拡大を目論む当時の国王ヘンリー2世から寵愛された。
英国国教会の総本山。7世紀に修道院として建設され、以来改築を繰り返しながら1400年以上にわたって毎日この場所で礼拝が行われてきた。内部に設置されている殉教者トーマス・ベケットの墓を目にすれば、キリスト教の信者でなくても深い感慨を覚えてしまうだろう。遠景からでもはっきりと見えるほど高くそびえ立つ建物は、圧倒的な存在感を放っている。
ローマのグレゴリウス教皇から使命を与えられた聖アウグスティヌスが、イングランドへのキリスト教伝道のために海を渡ってたどり着いた場所の跡地。彼の尽力によって597年、ケント州のエルバート王が洗礼を受け、イングランドで初めてキリスト教信仰が正式に受け入れられるに至った。庭から覗く廃墟のような荒涼とした風景が、その偉大な歴史を醸し出している。
有史以前の様子からローマ人の入植時代、さらには中世に宗教都市として花開いて現代に至るまでのカンタベリーの歴史を網羅した博物館。またカンタベリーで生まれた英国が誇る劇作家、クリストファー・マーロウについての展示も充実している。英国の子供たちの間で人気がある、かわいいクマのキャラクター「ルパート・ベア」をテーマとした博物館も併設されている。
1世紀頃から侵攻し、イングランドを支配したローマ人たちの歴史を追った博物館。ローマ人たちは、カンタベリーを始めとするイングランドの各地域に巨大な都市を形成して勢力を大きく繁栄させていった。同博物館では、現存するモザイク模様のタイルほか、当時のローマ人たちがカンタベリーに建設した住宅施設や青空市場などを復元して展示している。
マーケットの周辺地域で育った旬の食材が、その生産者によって産地直送で販売される、それがファーマーズ・マーケット。しかし、どんな生産者でもそこに出店できるというわけではない。英国では、The National Farmers' Retail & Markets Association(FARMA)らによる商品の生産場所や加工方法などの厳しい諸条件(右参照)をクリアした選ばれし者のみが、ファーマーズ・マーケットへのストール(売店)出店を許されるのだ。つまり、安心して消費できる高品質の商品のみで構成されるのが、本物のファーマーズ・マーケット。そこここの路地で開かれる普通のマーケットとの違いはココだ。


まだ人気の少ない朝のカムデン・タウン駅を出て歩くこと約10分、バス通りを少し入ったところに建つ学校の駐車場に、15店ほどのストールが並ぶ。こぢんまりとしながらも粒揃いといった印象で、昼に近付くにつれ周辺に住む子供連れやお年寄りで賑わいを見せる。買い物帰りは、カムデン・マーケットに向かって人混みに消えて行くも良し、リージェンツ・パークに寄ってマーケットでの収穫を頬張るもまた良し。

FARM 2 KITCHEN

Sloane Square駅からPimlico Road に出てしばらく進んだところにあるOrange Square。この小さな広場が、土曜日だけは所狭しと並ぶストールと人で埋まる。ロンドンの大きなファーマーズ・マーケットの一つとして数えられるようになってきたこの会場は、心なしか他会場以上に落ち着いた雰囲気。ベルグレービアやチェルシー、バタシー地区の住民もよく利用するという。
臭いを……否、異彩を放つこのストールに並ぶのは、ニンニク、ニンニク、そしてニンニク。がっしりとした見事なニンニクの中でも、黄金色に輝くOAK-SMOKED GARLIC BULBSがお勧め。やはりニンニクをベースにしたペーストやチャツネのほか、ニンニクの苗まで売っているところが、なんとなくチャーミング。
牡蠣をその場で殻剥ぎして食べさせてくれるストールを発見! 見過ごしてしまいそうな小さな同店には、英国南東部エセックスのウェスト・マーシーの湾にほぼ毎日出て採ってくるという、新鮮な食べ頃の牡蠣が数種類並ぶ。ただし、出店は牡蠣のシーズンである9月から4月の間のみ。
サマーセットにある農場で飼われているバッファローの肉、ミルク、チーズ、ヨーグルトを扱う。バッファローの乳製品は、牛のものに比べて低脂肪・低コレステロールで、ヨーグルトは特にあっさりしている。牛の乳製品も置いているが、やっぱりバッファローのものを試したい。
日時: 日曜 10〜14時
この道30年のジェンナーさん夫妻が切り盛りする、ゴート・チーズ専門店。農場で飼育されている450頭のヤギのミルクからできたチーズに、お客が次々と惹き付けられる。毎週売り切れてしまうものもあると言い、最近の一番人気はガーリックとハーブが香る「Little Garlic」。
CHILTERN FARM FOOD
KUSHCUISINE

現在ロンドン最大規模を誇るのがココ。多くのストール主がこのファーマーズ・マーケットへの出店を希望し、また他会場との出店掛け持ちをするのに当会場を選ぶとのこと。市内中心部で主要駅やオックスフォード・ストリートに近いこともあり、出店数だけでなく人出の多さもダントツ。取材当日はあいにくの雨だったが、常連客に加えてセルフリッジの袋を提げた人や観光客らで賑わい、列のできるストールがいくつもあった。
小さな子供にも安心して食べさせられる、低糖・低脂肪の手作りケーキとスープを売る。一番人気は、パッション・フルーツのピューレを使った、冷凍保存可能なカップ・チーズケーキ。スープの種類は、旬の素材へのこだわりから週毎に替わるそう。スープもケーキも、素材の旨味がぎっしりと詰まった濃厚な味わいが特長。
ケントから野菜を運ぶ当ストールの自慢はリンゴ。常連客と思しき女性陣が、しっかりと品定めをした上で1袋、2袋と買っていく。野菜や果物を売るストールの中でも特に親切で、ここで素材の調理法を尋ねるお客が多い。そのうちお客同士で情報交換が始まるなど、親しみやすい雰囲気が魅力。

英国トイレ協会(BTA)が発起したLOO OF THE YEAR AWARDSという賞をご存知でしょうか? 毎年、英国中の美しいトイレを表彰、公衆トイレもホテルのように星の数で格付けされるわけです。そして昨年の英国内総合2位という栄誉に輝いたのが、ロンドン中心街の多くを管理下に置くウエストミンスター地区のカウンシル。30万ポンド(約7000万円)もの費用をかけて改装されたオックスフォード・サーカスの公衆トイレは最高ランクの5つ星が与えられました。また、ナショナル・レールのチャリング・クロス駅構内にあるトイレも「公共交通機関」部門での受賞をしています(ただしこちらは有料)
Barrett Street

やはりトイレ選びの基本は清潔さ? 洋式トイレでは必ず腰掛けなければいけない女性陣は特に敏感なよう。デパート、美術館・シアターを選んだ女性の大多数が、国籍問わずに「きれい、使いやすい」という意見で一致。逆に道端で見かける公衆トイレは最終手段のようです。また、「デパートやチェーンのカフェではトイレットペーパーが比較的やわらかいので」(Nさん、英国出身)というこだわりの男性意見もありました。
また、無料かどうかも大きなポイント。「金なんか払ってられるか!」(Tさん、日本出身)という意見が大多数を占めました。「多国籍企業が嫌いなので、チェーンのカフェやファーストフードのトイレをタダで使ってやります」(Dさん、ギリシャ出身)「国際展開しているお店は、たくさん儲けてるんだからいいじゃない」(Mさん、デンマーク出身)という個性的な理由も。また、男性の回答には「道端でしょう!」という意見もちらほら見受けられましたが、ウエストミンスター地区での行為は50ポンドの罰金なのでご注意あれ!
しかし、緊急事態には場所を選んでいられないものまた事実。パブ、チェーンのカフェ、ファストフードが3大駆け込みトイレとして男女を問わず人気です。理由はやはり「どこにでもあるから」というもの。ただし、トイレだと思ったドアがスタッフ・ルームだったりする可能性もあるので、注文してから使う派の人は注意が必要。また「利用客の層が広いから、どんな服でも入れる」(Kさん、男性、日本出身)という声もありました。確かに高級デパートのトイレに汚い格好で駆け込むのはやや気がひけてしまうのかも。

まずは肝心のトイレ設備。奥の自動ドアの向こうにあるホールに案内されると目に飛び込むのは、花が飾られピンクと白の色使いがとても可愛らしい個室の数々。もちろん塵1つなく、便器は「清掃済み」というカバーもついています。紙もふかふか!! 高級ホテルのような豪華な内装に、思わず必要以上に長く居座ってしまいたくなる……。使用後はすぐさまスタッフが個室を清掃するという徹底振り。
メイン・ホールに戻ってみれば「こちらへどうぞ」と美しい女性スタッフに案内され、ずらりと並ぶミラーの前へ。そしてハンド・マッサージが始まります。ブラジル出身だという彼女と世間話をしながらくつろいでいると、ここがロンドン随一のショッピング・ストリートだということを忘れてしまいそう。ちなみにハンド・マッサージの時間は10分と聞いていましたが、個人差があるようで私の場合は6分くらいだったかも? その後は、備え付けのコスメで好きにメイク直しをしてもいいし、スタッフによるメイク・アドバイスも受けられます。オリジナルのコスメやグッズは購入も出来ますが、押し売りのような雰囲気はまったくないので安心。ちなみに個人的なお薦めはリップ・バーム(1ポンド)。使いやすいサイズと柔らかいバラの香りが癖になる一品です。
買い物をしている時に、トイレが見つからなくて大変な思いをしたことがあって。それがこのコンセプトを思いついたきっかけです。でも、ここはただのトイレ以上の場所。地下のトリートメント・ルームを使って、今後はヘッド・マッサージや背中のマッサージも取り入れていこうと検討中なの。女の子って、たくさんのショッピング・バッグを抱えているから疲れるでしょう? パーティーの準備、待ち合わせ、休憩にメイク直しと様々な用途があるけれど、すべての女性に利用してもらえればって思うわ。

コンラン卿プロデュースによる現代プロダクト・デザインの宝庫、デザイン・ミュージアム。ここのトイレは他と一味違うんです。何と言ってもトイレの壁には、歴代の有名デザイナーの顔、顔、顔。女性トイレではミッドセンチュリー時代を代表するファニチャー・デザイナーのイームズ夫妻が、男性トイレでは「ボビーワゴン」のデザインで知られたイタリアの天才デザイナーであるジョエ・コロンボが出迎えてくれます。他にも英国出身の建築家アイリーン・グレイなど、知っていれば思わずニヤリとしそうな似顔絵が。トイレは1階のカフェ・スペースにあるので入場無料。人気のバトラーズ・ワーフを散歩する際にはぜひお立ち寄りを。

古代アイルランドの政治の中心地 



神々とつながる聖なる儀式の場
ユネスコの世界遺産にも登録


子宝に恵まれる石
強力なパワー・スポットの泉

七不思議の奇跡の村



手が全てを語っている
伝統的なサイキック
アイリッシュらしさ満点!
ダブリンの定宿に!
味もボリュームも満点 
アイリッシュ・ブレックファスト



Iain Duncan Smith - 1954年4月9日生まれ、エディンバラ出身。2001年9月12日から保守党党首。2003年10月29日に行われた信任投票に敗れ8日後に党首の座を明け渡す。2005年12月7日、デービッド・キャメロン保守党党首に任命され「Social Justice Policy Group」議長に。保守党党首時代は痛烈な批判にも全く動じないことから「Quiet Man」などのニックネームで親しまれた。

高級感溢れるレストラン。ここでは店員が賭けの注文を取ってくれる(?)ので、わざわざレースごとに犬券を買いに行く必要もない。6週間前には予約が必要というほど土曜日には大混雑だそう。
1階にポツンとある小さなカフェ。トラックには面していないので、観戦には適していないと思いきや、常連っぽいおじさんたちがモニターとパンフレットを見つつ、ひたすら賭けに興じている。ここには何やら真剣な雰囲気が……。
広々としたバー & レストランは、最も多くの人たちが集まる場所。チケット売り場も設置されている。お酒の種類は豊富だが、レストランにはホット・ドッグ、フィッシュ・アンド・チップスなど数種類しか置かれていないのがちょっと寂しい……。
ゲートは2カ所。レースの距離によって場所が変わる。
このウォルサムストウ・スタジアムは1933年にオープンした老舗のドッグ・レース場。規模も英国最大級、いえヨーロッパでも指折りのスケールの大きさです。とは言っても英国以外、ヨーロッパにドッグ・レース場はそれほどありませんけどね(笑)。レースに使われているのはすべてグレイハウンド。その他1年に1回、チャリティー・イベントを開催しています。過去にはグレイハウンドの小型版とも言えるウィペットや、アフガン・ハウンドを使ったレース、近年ではポニー(ジョッキー付)・レースもやりました。
19時45分。さあ、いよいよレース開始だ。ちなみにレース場は月、火、木、金、土曜日オープン。火、木、土は18時30分開場、19時45分レース開始(土のみ19時30分)で、月曜日は13時15分開場、14時18分開始。金曜日は10時30分開場、11時11分開始となっている。最終レースまでの約3時間で計13〜14レースが十数分置きに行われる。通常、このレース場で行われるのはグレイハウンドの6頭立てレースのみ。中にはハードル・レースもあるのが驚きだ。
賭け事と名の付くものは一切やったことのない私たち2人。まずはパンフレットを見て勉強をすることに。ポールさんに簡単な見方を教わる。レースごとに6頭の犬たちの名前、過去数レースの順位とタイム、そして各ページの左上にはレースのレベルも記されている。数字が少ないレースほどタイムの速い犬が揃っているのだとか。観客はこのパンフレットをにらみつつ、トラックを試し走りする犬を眺めて賭け方を検討する。
賭ける犬を決めたら今度は実際にチケットを購入。チケットの購入方法は2通りある。1つは「Tote Betting」というレース場正規の窓口で買う方法。そしてもう1つがトラック前に陣取っている予想屋から購入する方法だ。予想屋の場合は賭け金や配当が定まっていないし、最低賭け金が5ポンドからと高めだったので、初心者としては前者を利用することにする。ちなみにTote Bettingでの最低賭け金は20ペンス。重くなった小銭を減らす感覚でレースに参加できるのが嬉しい。
トラックに置かれている巨大掲示板や至るところに設置されているモニターを見て、刻一刻と変化するオッズをチェック。上図を例にとってみると、第4レースの1番人気は2の犬。この時点では「ウィン」で10ペンス賭けると配当金が21ペンスになるという具合だ。
50ペンスとはいえ勝利は勝利、とにかく換金だといそいそとTote Bettingへ。チケット購入だけではなく、現金を受け取るのもこの窓口だ。チケットを渡すとジャラジャラとコインを渡される。50ペンスが2ポンド75ペンスへ。もう少し賭けておくんだったとちょっと後悔しつつも、喜びを隠し切れない私たちなのであった。その後もう1レース、今度は「リバース・フォーキャスト」にチャレンジしたもののあえなく敗退。やはりビギナーズ・ラックは1回切りだった……。

さあいよいよ挑戦だ、と今度は窓口で質問攻めにする。窓口の男性はとてもフレンドリーで、賭け方や種類、賭け率などを詳しく説明してくれた。「どれかすぐ結果が分かるものをやってみたいんだけど」と伝えると、ホース・レースを勧められた。大きなレースだと事前に買う人もいるが、大体みんな当日になって馬の調子や様子を見て買うらしい。
常連のおじさんにインタビュー
カジノと聞いた時、どのような光景を思い浮かべるだろうか。米ラスベガスのゴージャス・カジノ? それとも犯罪の匂いがプンプン漂う怪しげな小部屋? 英国カジノの歴史はやはりというべきか、上流階級の人々の集う「紳士クラブ」から始まった。
あらゆる階層の人々に愛され続けているギャンブル。ギャンブルに関しては寛容であることで知られる英国だが、その背景には政府のせつないまでの試行錯誤があった。政府は一昨年の賭博法改正でギャンブルの規制緩和を打ち出したが、英国ギャンブルの歴史はこれまで規制、緩和、規制、緩和をひたすら繰り返しているのだ。






