8月も後半に差し掛かり、そろそろ学生たちにとっては
新学期を迎えるための準備を始める季節。
そこで今回は、英国独特の教育機関である
パブリック・スクールを取り上げる。
日本では現在「ゆとり教育」の弊害が叫ばれる中、
これまでに幾人もの優秀な人材を育て上げ、
英国各界に成功者を送り出してきたパブリック・スクールが
示唆するものは大きい。
(本誌編集部: 長野雅俊)
1. 私立の中等教育機関である
英語で「公立」を意味する「パブリック」という名が付けられているにも関わらず、パブリック・スクールは私立の中等教育機関であるというのがまず基礎中の基礎知識。英国ではかつて教育が王侯貴族のみにしか与えられなかった時代があったが、1868年に授業料さえ払えば一般人 (パブリック)でも教育を受けられる国家制度が整えられ、この教育機関がパブリック・スクールと呼ばれるようになった。ちなみに、英国における公立学校は通常「ステイト・スクール」と呼ばれる。
2. エリートである
私立の中等教育機関であれば、すべて 「パブリック・スクール」の称号を得られるわけではない。その中でも良家のご子息やお嬢様、つまりエリート学生が通う学校でなければならないのだ。彼らエリートは優秀な教師たちから指導を受けて、やがてはオックスフォードやケンブリッジといった名門大学に進学していく。また大学を卒業した後も、各業界で同じパブリック・スクール出身者が幅を利かせている場合があり、就職活動の際にコネとして利用されることも多いという。
3. 多くが寄宿生制である
寄宿制である、というのも典型的なパブリック・スクールの特徴の1つ。下級生はユース・ホステルのような6人部屋を共有し、学年が進むと2人部屋、上級生になると個室が与えられる、といったパターンが多い。このため朝昼夜の食事の時間、放課後の観劇やコンサート鑑賞まで、ともかくグループ活動三昧となる。寮内での喧嘩も日常茶飯事だそうで、生徒たちはこういった修羅場を経て自分の意見を主張することと共にチームワークの大切さを学んでいくという。
4. 歴史がある
例えこのページで取り上げたその他の要素をすべて満たしていても、一朝一夕にはパブリック・スクールにはなれない。 過去に歴史の教科書に載るような偉人を卒業生として輩出し、何百年と刻んだ歴史を持っていることも重要である。
5. スポーツが大好きである
パブリック・スクールの名門校ラグビー・スクール校長が残した「健全な精神は健全な身体に宿る」との名言が示すように、パブリック・スクールにとってスポーツは教育の根幹。ラグビー、クリケット、サッカ ー、テニスといったスポーツを、プロのコーチの指導の下かなり本格的に行う。特に土曜日には普段の寮内での生活で培ったチームワークと互いのプライドを賭けて、寄宿舎ごとの対戦試合が頻繁に行われることが多い。また他のパブリック・スクールとの対抗戦のため遠征に行くことも。

6. 多くの場合郊外に建っている
いくつかの例外を除いて、多くのパブリック・スクールはロンドンから離れた郊外に位置している。広大な敷地の中にいくつもの寄宿舎、だだっ広い校庭、プールやその他各施設を内包しているのだ。
7. 上下関係が厳しい
「上級生以外は芝生の上を歩いてはいけない」など、校内には上下関係に関する厳しく、そして細かい規則がある。こういった縦横に交わる関係性の中で、個人の自立とチームワークを育むのが狙いだという。
8. 教養科目が多い
パブリック・スクールでは他の教育形態に比べて、ラテン語などに代表される教養科目に力を入れているのも特徴。かつては上流階級に特有の上品な言葉遣いを覚える授業や発音練習などもあった。
チャプレン
学校内に建つチャペルの聖職者。多くのパブリック・スクールが敷地内に教会を持っており、生徒たちは日曜日に教会の礼拝に参加するのが習慣になっている。ちなみに宗教上の理由から日曜日の礼拝に参加しない生徒には、別途学習の時間が設けられるという。
プリフェクト
学校や寮内でのリーダー的存在となる役職を持った生徒のこと。通常は校長から直々に任命される。他にも部屋、寄宿舎、学校ごととそれぞれの単位で細かくリーダーが決められており、これらの肩書きは後に履歴書にも記載されるという。
ハウス・マスター
パブリック・スクールにおいては、教師までもがキャンパス内で暮らしている。中でも、生徒たちが暮らす寄宿舎内で暮らし、いわゆる裸の付き合いをする教師がハウス・マスター。自分の家族と共に寮内で暮らしながら、昼夜を問わず生徒たちの面倒を見ている。
Aレベル
上級コース「Advanced Level」のこと。中等教育6年目からの2年間を過ごす「シックスス・フォーム」と呼ばれる学年が履修するコースとなる。近年ではこのAレベル試験があまりに簡単であるため、本来の大学入学選抜試験としての意味をなさないとして批判を浴びている。
校長会議
一般的にパブリック・スクールと呼ばれる私立の中等教育機関が参加する協会「Headmasters' and Mistresses' Conference」のこと。現在イートン校、ハロー校などを含む名門パブリック・スクール242校がこの協会リストに名を連ねている。
ビーク(Beak)
原意は「鳥のくちばし」。多くのパブリック・スクールでは「学校の教師」を意味するスラングとなっている。他にも懲罰を指す「スキュー(Skew)」反復学習の意「レプス(Reps)」など、学校ごとに少し異なるバリエーションを持ったスラングが存在する。
郊外で全寮制という体制を取ることの多いパブリック・スクールは、ある意味一般社会とは隔離された空間であり、その生活を窺い知ることができる機会は少ない。そこでパブリック・スクールを舞台とした映画の中でも新旧の名作を例に取って、その内実に迫ってみよう。

教師と生徒の絆
チップス先生さようなら
公開年: 1939年
監督: サム・ウッド
出演: ロバート・ドーナット、グリア・ガーソン
あらすじ
新任教師アーサー・チッピングは、イングランド南部に位置する町ブルックフィールドのパブリック・スクールに赴任することになった。最初は悪賢い生徒たちを前にして戸惑う彼だが、やがて生徒たちの信頼を獲得し、「チップス」先生との愛称で呼ばれるようになる。月日が流れるにつれて生徒の子供、さらに孫までが入学してくる中、彼の功績が認められハウス・マスター、そしてやがては亡き妻の予言通り念願の校長に就任する。ドイツ軍の空爆に襲われる中、愉快にジョークを飛ばしながら授業を続行するシーンは必見。
ここに注目!
・寄宿舎での生徒との交流
チップス先生は、寄宿舎の中で妻のキャサリンと一緒に夫婦で住んでいる。時折、生徒を部屋に招待して、チップス先生の奥さんがケーキとお茶を振る舞いながら歓談する様子など、のどかな風景が描かれている。
・学校独自のスラング
始業式に遅れて慌てる生徒が、講堂に向かう途中でチップス先生にばったり。ここでチップス先生はまだこの初々しい学生を、新入生を意味するスラング「スティンカー(Stinker)」と呼んで可愛がるが、当の生徒は何のことかさっぱりわからず、戸惑うことになる。
・古典を通して学ぶもの
近代的な教育を謳う校長に対して「古典を学ぶことで生徒たちに尊厳を与え、ユーモアと物事のバランスを教えれば、将来においてどんな事態に対応できるのだ!」とチップス先生が喝破するシーンがある。古典を大切にするパブリック・スクールの哲学が垣間見られるシーンだ。

競争を通して育む友情
ハリー・ポッターと賢者の石
公開年: 2001年
監督: クリス・コロンバス
出演: ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリントほか
あらすじ
世界的大ベストセラーとなった児童文学の人気シリーズ第1作。意地悪なおじの家で暮らす少年、ハ リー・ポッター。しかし11歳の誕生日を前にして、彼の元に魔法魔術学校への入学許可証が届く。話を聞けば今は亡き彼の両親が魔法使いであったことがわかり、入学 を決意したハリーはその後様々な仲間達との出会いを経て成長を遂げていく。やがて学園内のとある秘密に気付き、仲間とともに迫り来る危機と戦うことになるが……。個性豊かな教師たちとの交流がいっぱいの、パブリック・スクール生活が凝縮された映画といえよう。
ここに注目!
・学校入学を前に両親との別れ
魔法魔術学校への入学を控えた生徒たちが、ロンドンのキングス・クロス駅の9と3/4プラット・フォームから旅立つ場面がある。寄宿舎での生活を前にして両親との別れを惜しみながらも、電車内で生徒同士がすぐに仲良くなってしまうのが彼らのかわいいところ。
・寄宿舎ごとに競争
長い電車の旅を終えて学校に着いた生徒たちはすぐに大講堂に呼ばれ、自分達がこれからどの寄宿舎に住むことになるかを告げられる。そして優秀な成績を収めたら得点、校則違反には減点といったポイント制度で各寄宿舎ごとに競い合う様子が窺える。
・スポーツ対抗戦
クィディッチと呼ばれる魔法のほうきを使ったスポーツの対抗戦において、レギュラーに選ばれたハリーが大活躍。学校の教師と生徒が総出で応援し、勝利に貢献したハリーは学校のヒーローになる。試合の日に学校が一体となって盛り上がる風景はそのままだ。

厳しい上下関係
If もしも....
公開年: 1968年
監督: リンゼイ・アンダーソン
出演: マルコム・マクダウェル、デービッド・ウッド
あらすじ
英国の伝統的な名門パブリック・スクール。ここには、上級生が絶対的な権力を盾に生徒をこき使う伝統が制度化されていた。しかしとある3人組が、記念行事での反乱を企てて……。1960年代、世界各地で学生運動が吹き荒れる中で支持を集めた映画。
ここに注目!
学校の規律を破ってしまった3人組が、プリフェクトと呼ばれる監督生に鞭で叩かれるシーン。かつては教師らによる体罰がパブリック・スクールの日常的風景のひとつだった。

権力闘争
アナザー・カントリー
公開年: 1984年
監督: マレク・カニエフスカ
出演: ルパート・エヴェレット、コリン・ファース
あらすじ
ロシアに亡命した英国人スパイが主人公の映画。1930年代のイートン校が舞台となっている。学校の自治会を舞台にした権力闘争に同性愛とイデオロギー闘争が絡み、事態は複雑化していく。かつて実在した英国の伝説的な二重スパイ、ガイ・バージェスをモデルにした作品。
ここに注目!
物語は「God」と呼ばれる自治会組織での権力争いをテーマとしている。同会代表のみ派手なベストを着ることが許されるなど、学年や役職によって身分を隔てるしきたりが見られる。
階級制度が崩れ、日本と同じように少子化問題を抱える現代の英国におけるパブリック・スクールは、教育機関として求められる役割も変わってきている。実際に21世紀のパブリック・スクールで学んだ生徒と、現在も教鞭を取る先生の生の声に耳を傾けながら、その変化の兆しを見つめてみよう。
「各業界にネットワークが存在」
ジャスティン・ウォングさん
Epsom College 2001年卒
ロンドン郊外のサリー州にあるパブリック・スクール、エプソム・カレッジにブルネイから留学生として入学しました。というか両親が私を送り込んだ、という方がより適切かもしれませんね。最近はどの学校も、留学生を積極的に受け入れているようです。
当時の生活を振り返ると、とにかく暇を持て余す時間なんかありませんでした。朝7時から夜11時まで予定がいっぱい詰まっているのです。勉強、スポーツ、芸術鑑賞、校内イベ ント、また勉強という具合で常に何かしているし、させられている。でも僕はその忙しい生活が、とても楽しかった。また学校にはいわゆる英国の上流家庭からの子供が圧倒的に多く、皆きれいで上品な英語を話しているので、自分の言語もかなり影響されたと思います。
今はロンドン大学インペリアル・カレッジで薬学を勉強中です。これから就職活動となるのですが、「エピソミアン」と呼ばれる僕が通ったパブリック・スクール出身の人々が薬学業界にもネットワークを広げているので、これから就職の相談に乗ってもらおうと思っています。
「信頼を集め続けるパブリック・スクール」
ハリソン・ ジェームズさん
Monmouth School 歴史教師
英国にあるいわゆる「プライベート・スクール」や「インディペンデント・スクール」と呼ばれる学校の中でも、特にエリート色が強いもののみがこれまで「パブリック・スクール」として認知されてきました。
これらの学校の多くが古い歴史を持っているのですが、その間にかつては英国に確固として存在していた階級制度が形を変え、また政府が優秀な生徒に対して私立学校へ通学するための助成金を出す制度や、「シティ・アカデミー」と呼ばれ る民間会社からの出資に支えられた公立学校が誕生し、優秀 な成績を収める公立学校も多く出てきました(下表参照)。この時代の趨勢を受けて、パブリック・スクールの中でも全寮制を維持する学校数が若干減りましたが、業界そのものは現在も成長を遂げており、実は生徒数も増加しているのです。公立学校では地域によっては悪質ないじめがはびこっている など深刻な問題を抱えている場合があり、規律が整ったパブリック・スクールであれば信頼できると考える親が多いので しょう。
| Aレベル成績ランキング・トップ10 (Sources: BBC) | ||
| 1. | 公立 | Colyton Grammar School, Devon |
| 2. | 公立 | Colchester Royal Grammar School, Essex |
| 3. | 私立 | King Edward VI High School for Girls, Birmingham |
| 4. | 私立 | St Swithun's School, Hampshire |
| 5. | 私立 | Withington Girls' School, Manchester |
| 6. | 私立 | Downe House School, West Berkshire |
| 7. | 公立 | Chelmsford County High School for Girls, Essex |
| 8. | 私立 | King Edward's School, Birmingham |
| 9. | 公立 | Colchester County High School for Girls, Essex |
| 10. | 私立 | Wycombe Abbey School, Buckinghamshire |
日本に誕生したパブリック・スクール
1980年代の詰め込み教育、さらには90年代のゆとり教育がもた らした弊害への反省から、教育制度についての議論が絶えない日本。その日本で2006年4月から、英国の名門パブリック・スクールであ るイートン校をモデルとした全寮制男子校「海洋中等教育学校」が愛知県で開校した。トヨタ自動車やJR東海が同学校の経営に参画しており、今後どういった成果を出すかに注目が集まっている。
これまで紹介してきた通り、英国のパブリック・スクールはその独特のエリート教育によって各業界に優秀な人材を輩出してきた。ここでは最も長い歴史を持つ名門校9校を紹介しながら、彼らパブリック・スクール出身者がどのように英国社会に貢献してきたかを見てみよう。
イートン Eton College 1441年設立
15世紀にヘンリー6世によって設立された超有名校。これまでに19名の英国首相を輩出している。貴族の子弟が多く通い、エリートの象徴として君臨している。
イアン・フレミング(「ジェームズ・ボンド」シリーズの作家)
ピーター・ベネンソン(アムネスティ・インターナショナル設立者)
ウィリアム王子(=写真)
ハロー Harrow School 1572年設立
イートンのライバル校と目されるロンドン北西部の男子校。「ハロ ー・ハット」と呼ばれる水夫がかぶるような制服帽子が有名。北京やバンコクにも分校を持つ。
ウィンストン・チャーチル(元首相= 写真)
リチャード・カーティス(コメディー脚本家)
ジェームズ・ブラント(歌手)
ウィンチェスター Winchester College 1382年設立
イングランド南部ハンプシャー州に位置する男子校。同地区の主教を務めていた「ワイカムのウィリアム」初代校長のモットー「礼儀作法が人間を造る」が校訓。
ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディ(数学者)
アーノルド・J・トインビー(歴史家=写真)
ジョージ・マロリー (登山家)
ウエストミンスター Westminster School 1179年設立
ウエストミンスター寺院の真横に位置する名門共学校。カソリック教会付属の教育機関として生まれ、宗教戦争を生き延びたという長い歴史を持つ。
マーサ・レーン・フォックス(「ラス ト・ミニッツ・ドットコム」設立者)
アンドリュー・ロイド・ウェバー(ミュージカル作曲家=写真)
ヘレナ・ボナム・ カーター(女優)
ラグビー Rugby School 1567年設立
スポーツの「ラグビー」発祥の地として知られる共学校。サッカーの試合中に思わずボールを手で持ちゴールに駆け込んだエリス少年の伝説は余りに有名。
ルイス・キャロル(「不思議の国のアリス」作者=写真)
ネヴィル・チェンバレン(元首相)
アンドリュー・ローンズリー(ジャーナリスト)
シュルーズベリー Shrewsbury School 1552年設立
チューダー朝のイングランド王、エドワード6世とエリザベス女王1世が設立に関わった歴史を持つイングランド中西部の男子校。数年後に共学化を予定している。
チャールズ・ダーウィン(「進化論」を発表した自然科学者)
サミュエル・バトラー(18世紀作家)
ジョン・ピール (ディスク・ジョッキー =写真)
セント・ポールズ St Paul's School 1509年設立
ロンドン南西部郊外バーンズにて、テムズ河を見晴らす校舎を持つ男子校。ロンドンの観光名所でもあるセント・ポール大聖堂付属の公立学校として生まれた。
トーマス・グレシャム(ロンドン証券取引所設立者)
ロバート・ウィンストン(生物学者=写真)
ジョージ・オズボーン(保守党議員)
チャーターハウス Charterhouse School 1611年設立
ロンドン郊外サリー州に位置する。授業料と寮費合わせて年間2万3955ポンド(約479万円)という、英国で最も高価な学校。近代サッカー発祥の地との説もある。
アンソニー・カロ(現代彫刻家)
ピーター・メイ(クリケット選手)
デービッド・ディンブルビー(テレビ司会者=写真)
マーチャント・テイラー Merchant Taylors' School 1561年設立
ロンドン郊外ノースウッド地区の男子校。かつてはロンドンの金融街シティに位置していため、同地区で大流行したペストからの被害を乗り越えてきた歴史を持つ。
エドマンド・スペンサー(桂冠詩人)
ジョン・ウォルター(「タイムズ」紙創設者)
パット・シャープ (ラジオDJ=写真)
写真提供: Britain on View, BBC Picture Publicityほか



在留届は提出しましたか?







ウェールズの歴史は長い。ウェールズ人の祖先であるケルト人は、遥か紀元前5世紀頃に鉄器文化を伴ってブリテン島に渡ってきたという。自然を信仰の対象としたケルト人は、ブリテン島全域で暮らし、音楽・詩など芸術をこよなく愛したと言われている。



カーディフが名実共にウェールズの首都となったのは、ウェールズに独立した議会が設置された1998年のこと。「市」となってからもまだおよそ100年ほどという、ヨーロッパで最も若い首都だ。もともとは産業革命時に、石炭や鉄を集積する港として栄えた町だが、現在ではカーディフ湾に面したお洒落なウォーター・フロントが建設されたりと様々な変化の波に乗っている。EU諸国から毎年選ばれる「ヨーロッパ文化首都2008」候補地ともなり、これからの益々の発展が期待できる都市。
カーディフの真ん中にそびえる古城。ローマ人やノルマン人が要塞として使用したという歴史ある城だが、17世紀以降は廃墟と化していた。1766年に石炭の輸出で財を成したビュート公爵家が購入し、現在の形に復元された。建物内部は悪趣味なまでに豪華絢爛だが、庭にはクジャクやアヒルが戯れ、のどかな雰囲気を醸し出している。
海岸沿いに建ち並んだパステル・カラーのカラフルな家、「ピアッツァ」と呼ばれる村の広場、ウェールズに突如として現れたイタリアの町のようなポートメーリオンはユニークな趣向の村だ。
エドワード1世が1295年に着工したが、途中で資金が底をついて工事が中止されたという未完の城。しかしながら、完全な左右対称のバランスや城壁の中に城壁があるという珍しい構造上、建築の観点から言って「最も完全な城」と称されることもある。世界遺産指定。




スノードン山頂上までの約8キロを1時間かけて登る観光用の鉄道。登山はしたくないが、ウェールズの広大なパノラマを見てみたいという人にピッタリ。辛い登りは列車を使い、下りはウォ ーキングという楽しみ方も可能。
ウェールズでの移動に便利
英国に住んでいると、世界中の国の人々と共に生きていることを日々実感するのでは。その中でもインドでは1947年の独立まで約200年間、英国の支配が続いた関係で、多くのインド人たちが英国に移住して暮らしている。彼らの歴史は21世紀の今日に至るまで、社会のあらゆる面において見ることができる。この特集では現在の英国社会においてインド出身の人々がいかに活躍しているのか、探ってみたい。
英国で生活をする上で必需品が欲しくなった時便利なのが、ニュースエージェント。コーナーショップとも呼ばれるこの種の店では、なぜかインド系の人達が店番をしていることが多い。これは偶然なのだろうか? 昨年、全国小売ニュースエージェント協会の会長を初のインド出身者として務めたメハンドラ・ジャデージャ氏に話を伺った。



8月11日(金)から公開される「カビ・アルビダ・ナー・ケーナ(英語タイトル:ネバー・セイグッバイ)」。それぞれ倦怠期を迎えている2組の夫婦。互いに全く面識のなかった彼らが、ある時、運命の十字路に迷うことに……
左)ヘンナで施した繊細なデザインが花嫁の手を彩る
いい香り!料理で使用されるスパイス。 


英国人にとってウォーキングとは、なくてはならない生活の一部。都市部でのお手軽な散歩から、本格的なトレッキングまで、 さまざまなウォーキングを楽しむ英国人の支えとなっているのがフットパス(歩道)だ。英国中を縦横無尽に走るこのフットパス、実は法律によってその定義が明確に定められている。
無数の海鳥の生息地として名高いウエールズ、スコマー島。ウエールズ南西部野生トラストが管理しているこの島は、4月1日から10月31日までの期間(月曜日休)のみ一般開放されている。主な島のルートは十字型に広がっていて、短い距離の散策から島の沿岸部のほとんどを踏破する周回コースまで選択の幅は様々。ヨーロッパ北西部でも屈指の海鳥観察スポットなので、是非とも珍しい野生動物を見てみよう。
海鳥たちの宝庫として知られるスコマー島だが、見どころは鳥だけではない。アザラシを見たいのならば、9月は特にお勧めの季節。北端のGarland Stone(ガーランド・ストーン)では、白い毛皮に覆われたかわいらしい子アザラシの授乳シーンを観察できる。そして、島の中心にある農場は1800年代初頭に建てられたという歴史的なもの。情報集めのほか、宿泊施設としても利用できる。
ここの松林はすばしっこいマツテン(イタチ科の動物)の住処。マリー湖西部には他にもヤマネコやカワウソが生息している。また、湿地では多くのトンボが観察できる。その中には希少価値の高い種も。
大人気の映画、ハリー・ポッター・シリーズでホグワーツ魔法魔術学校として登場し、その悠々たる姿には覚えがある人もいるだろうアニック城。本コースでは、この中世の城から出発し、13世紀の姿を今に残す小さな修道院跡や公園の静寂の中をゆっくりとたどっていく。また、カントリー・ライフを特集する雑誌の調査で「英国で一番住みやすい場所」に選ばれたこともある美しい街も見どころの1つだ。
南ウエールズに広がるブレコン・ビーコンズ国立公園。1800メートルの山脈が悠々と連なり、数多くの滝や渓流、鍾乳洞が点在している夏場にもってこいのウォーキング・ポイントだ。心洗われるような水音を聞きながら歩けば、日頃のストレスもいつのまにか解消されているはず。
















英国ゴースト研究家
離婚して新しい妻を娶るために英国の宗教まで変えてしまったヘンリー8世の2番目の妻。取り立てて美人ではないが、きらきら輝く漆黒の魅力的な瞳にヘンリー8世が夢中になったと言われている。1533年ヘンリー8世と結婚し王妃の座に就くも、わずか3年後の1536年には不倫の濡れ衣を着せられロンドン塔に幽閉され、同年5月19日に斬首刑に処された。アンの幽霊は、処刑の翌日から目撃されるようになった。首のない4頭の馬に引かれた馬車の中には首から上のないアンが座っていたり、誰もいないはずの礼拝堂の明かりをつけ部屋を徘徊している姿が報告されている。約450年も前から、ロンドン塔の勤務簿にはアンの幽霊の出没記録が細かく記録されているのだが、特に斬首が行われたロンドン塔内のタワー・グリーンで目撃されることが多い。
アン・ブーリンの従姉妹で同じくヘンリー8世の妻(5番目)。1540年ヘンリー8世に見初められ結婚した後も、前の恋人との付き合いが終わることはなく、1542年、ついに王の怒りを買いロンドン塔に幽閉される。処刑の際、キャサリンは恐ろしいほどの力で処刑人たちの手を振りほどき、髪を振り乱し叫びながら処刑場の中を逃げ回ったそうだ。処刑人は大斧を振りかざして王妃の後をどこまでも追いかけ回したが、3 度大斧を振り下ろすも失敗に終わり、ようやく4度目にして王妃の首をたたき切ったと言われている。キャサリンの亡霊が頻繁に目撃されるのは、ヘンリー8世と暮らしていたハンプトン・コート・パレス。許しを請いながら、廊下を引きずられて行く姿や宮殿内ロイヤル・チャペルのドアをバンバンと叩く姿が目撃されている。






ライムハウス地区に出来た1955年当時のチャイナタウン(写真左)、

在英中国人にとっての心のよりどころに
早い、うまい、安いがウリ!
チャイニーズ・エルビスとはこれいかに

1955年生まれ。長崎県出身。東京大学在学時に劇団「夢の遊眠社」を結成。92年、劇団解散後に文化庁芸術家在外研修員として1年間のロンドン留学を果たす。翌年93年に帰国後は、企画・製作会社「NODA・MAP」を設立。以降、プロデュース公演形式で数々の作品を発表し続けている。


THE BEE
舞台は70年代の日本。平凡なサラリーマン、イドは自分の留守中、こともあろうか脱獄犯に妻子を人質に取られてしまう。途端に騒ぎ立てるマスコミや警察。彼らの高圧的な態度、欺瞞に満ちたその本質に触れたイドは、次第に常軌を逸していく……。




スタッグ・ナイトとは、結婚を間近に控えた男性が、友人たちと開く独身最後のパーティーのこと。一方のヘン・ナイトは女性のみのパーティーを指す。四六時中コッコとやかましいニワトリの名を取っていることからもわかる通り、時には警察沙汰になるほどの大騒ぎとなる。このパーティーの費用を出すのは友人たち。結婚後も変わらぬ友情と、男性の場合は今後奥さんに財布の紐を握られてしまう新郎への労わりを示しているんだそう。


婚約と婚約指輪の起源は中世英国にまでさかのぼる。先程も説明した通り、中世英国の一般家庭において、独身女性は大切な働き手だった。その貴重な人材を失ってしまう家族に対して、新郎は対価を支払わなければならなかった。その対価を支払う期間が「engagement」だったのである。当時、金の指輪は通貨として使われていたため、金の指輪が対価として新婦側の両親に送られたという。これが婚約指輪の始まりと言われている。
日本では常に悩みの種となるご祝儀。そんな風習のない英国では、その代わりに新郎新婦が欲しいものを自分たちでリスト・アップし、招待客にはその中から選んでプレゼントしてもらうという習慣がある。それが「ウェディング・リスト」。英国には専門店も数多くあり、お祝いを贈る人は指定されているお店へ出向き、リスト・アップされているものの中から自分の予算に合ったものを選ぶことができる。このウェディング・リスト、予算によってピンキリで、上流階級の人たちはハロッズやセルフリッジ、お金に余裕のない場合にはなんとテスコのトイレット・ペーパー1年分、なんていうのまであるらしい。
日本では天井まで届きそうな巨大なウェディング・ケーキを見かけることもあるけれど、ここ英国のケーキは極めてシンプル。基本は3段重ね。一番下は結婚式に出席した人が食べる用、真ん中は出席できなかった人に贈る用、そして一番上は最初の子供の洗礼式まで取っておく。子供が生まれるまでという長期計画だから、日持ちするようにスパイスたっぷりのフルーツ・ケーキを使うのが英国流。日本人にはちょっと甘すぎるくらいだけど、英国人はみんなこのケーキが大好きなんだそう。
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1. 教会での結婚式
戸籍制度のない英国では、重婚を避けるために、まずは自分が独身であるという証明を役所に提出する必要がある。その上で誰も異論がなければ婚姻許可証を受け取ることができるのだ。その後挙式するのが結婚に至るまでの基本パターン。もともとローマ・カトリックを信仰していた英国が、英国国教会という独自の宗派を立ち上げたのは、時の国王ヘンリー8世が王妃と離婚するため。こんな背景を持つお国柄だけあって、他のキリスト教国と比べると、日常生活におけるキリスト教の浸透度はそれほど高くはない。また多民族国家である英国では、インド風の結婚式や、新郎と新婦の手を固く縛り付ける、ハンドファスティングというケルト起源の結婚式もある。最近は海外挙式を行う人も増えるなど、結婚式の多様化が進んでいるが、その一方で、やはり結婚式は教会でと考える人も多い。挙式と入籍が別々の日本とは異なり、挙式の瞬間が入籍となる英国では、結婚式はやはり神聖なもの。神の前で愛する人と誓いを交わしたいと思うのももっともかもしれない。

クリブデン - Cliveden
◆Hiromi Cherryさんウェディング・プロデュース会社
ハートウェル・ハウス - Hartwell House
ハイクレア・カッスル - Highclere Castle











コンサベーション・エリア



パーム・ハウスを手掛けた建築家バートンによる設計のテンペラート・ハウス。1859年に着工、途中政府による資金援助が滞るなどトラブルに見舞われ、完成までに実に30年もの月日を費やした。パーム・ハウスの2倍の面積(4800平方メートル!)を誇り、温帯植物を中心に展示している。







毎年7月の1週間だけ、ハンプトン・コート宮殿の敷地内を舞台に開催される「ハンプトン・コート・パレス・フラワー・ショー」。世界各国から参加申し込みが殺到し、700以上の出品者が自慢の花や植物を展示する。新人ガーデン・デザイナーによる展示を見たり、新種の苗を実際に買ったりするのも楽しみのひとつ。
毎年人気の部門
英国ならではの花といえば
花や植物を見るだけでなく、その背景にある英国のガーデニングの歴史に興味がある方には、「ガーデン・ミュージアム」がおすすめ。博物館自体はランベス・ブリッジ橋を南に渡ってすぐのところに建つ、セント・メアリー・アット・ランベス教会内にあり、そのいきさつがユニークだ。
英国人の庭は不思議がいっぱい
ガーデン・ノーム人形は元はドイツで発祥し、19世紀後半に英国に輸入されたもので、原型は粘土などで作られ彩色を施し、とんがり帽に白いあごひげをたくわえたおじいさんの形をしていた。しかし1960年代になると、プラスチック製で絵の具の塗りも粗雑な、質の悪いものが出回るように。それが原因でガーデン・ノーム人形は下品で趣味が悪いというイメージが付いてしまった。つい10年程前までは英国中の庭に500万体ものノーム達が見られたが、今となっては380万体に減少。売上げもブームの頃と比べて3分の1の年間300万ポンドに落ち込んでいる。現在ではデザインがハイテクであったりセクシーであったりとバラエティーに富んでいるが、よほどリバイバル・ブームでも起きない限り、売上げの減少傾向はさらに続くとのこと。






