
そんな認識しか持たずに彼の曲の数々を聴いたら、きっと驚くことだろう。
挫折しつつも前に進む大切さをまっすぐに語る曲があるかと思えば、
失恋した女性の女心をエロティックに歌い上げる曲もある。
そしてそれらの曲の底辺を支えるファンク・ビート……。
ポップ至上主義の日本の音楽シーンにあって、多くの人々に受け入れられつつ
「ファンク」の精神を貫き続けるミュージシャン、 スガ シカオは特異な存在だ。
独自性溢れる言語感覚とメロディラインで土臭さ(ファンク)と洗練を両立させる
「ジャパニーズ・ファンク」の 第一人者が今年12月、海外デビューとなる
ロンドン公演を行うことになった。
日本にファンクのビートを定着させた男は果たして、海外に日本のファンクを
広めることができるのか。
(本誌編集部: 村上 祥子)
スガ シカオ プロフィール
7月28日生まれ。東京出身。大学卒業後はイベント制作会社で勤務。退社後、1997年に「ヒットチャートをかけぬけろ」でメジャー・デビューを飾る。翌98年には、SMAPのシングル「夜空ノムコウ」の作詞を担当。同楽曲の大ヒットとともに、スガ シカオの名と楽曲の認知度が一気に高まった。2001年発売の5thアルバム「Sugarless」はオリコンのアルバム・チャート初登場1位を獲得。これまでにリリースしたアルバム12作品のすべてがアルバム・チャートのトップ10入りを果たしている、日本を代表する男性ソロ・アーティストである。
スガ シカオのロンドンでの日々
今年12月、ロンドン中心部の現代アート・ギャラリーICAでの海外デビュー公演が決定したスガ シカオ。スガにとって、今回の英国公演は2度目の渡英となる。前回、英国に来たのは2005年のこと。デビュー後初となる長期休暇を取り、米ハワイとロンドンにそれぞれ約1カ月間、滞在した。単身で海外に渡り、レコーディングを敢行する「海外音楽武者修行シリーズ」の第2弾と銘打たれたこのロンドン滞在は、スガにどのような印象を残したのだろうか。
─ なぜ滞在先にロンドンを選ばれたのですか。
ロンドンが一番面白そうだったからです。素敵なミュージシャンもたくさんいそうだし、音楽の歴史も深い。何かが起こりそうな気がしたんです。あと、ヨーロッパに行ったことがなかったので、単純にヨーロッパに行きたかった。
─ ロンドンではレコーディングを行い、後に「コノユビトマレ」のカップリング曲となる3曲などが生まれたそうですが、音楽活動が英国滞在の元々の主目的だったのでしょうか。音楽活動以外には、どのような日々を送られたのでしょう。
曲は「出来たらラッキー」くらいの気楽さでやるつもりでした。ギター1本以外、たいした機材も持っていかなかったですし。でも、実際やり始めたら夢中でやってしまいましたけど……。ですので、ロンドンではかなり遊びまくってました。ミュージカルもたくさん観たし、ライブにも行きました。特に歴史的なイベント「LIVE AID」をハイド・パークで見ることが出来たのは貴重な経験でしたね。あとはマーケットに出掛けたり、ベルギーやフランスに足を伸ばしたり……。
─ ロンドンでレコーディングされた曲は、作詞、作曲ともにロンドンで行われたのでしょうか。その場合、日本で作る時と比べてメロディーや歌詞に何らかの違いが出ましたか。
アルバム「FUNKAHOLiC」収録曲の「宇宙」という曲は、ロンドンで作詞、作曲、演奏まで全部やったのですが、自分が知らない国に来ていて孤独なエイリアンなんだなぁ……と思っていたからこその詞が書けたと思います。ロンドンにいると、気持ち的に作る作品のニュアンスは変わっていきますね。
─ ロンドンで生活する上で、最も驚いたこと、面白かったこと、憤りを感じたことを教えてください。
驚いたのは、まずい料理店はトコトンまずいというところ(笑)。美味しい店は探せばいくらでもあるし、そういう点は東京に似ているのですが、まずい店のまずさレベルは凄まじかったです。食べ物というカテゴリーを越えていた気が……。
あとロンドンの方(というか英国の方なのでしょうか)は、時々すごく日本人気質な行動をするのが面白かったです。ちょっとした気の遣い方やジョーク、気持ち的なところで、日本人と似ている部分が多い気がしましたね。
憤りを感じたのは、町中にスリが多いこと。市内のバスでスリを発見したので「スリだ~!スリ~!!」と思わず叫んだら、「なにがThreeなの?」と英国人のおばさんに話しかけられました (実話です)。
─ そしてスガさんにとって初となる海外公演もロンドンで行われることになりました。ロンドンで公演するということに対して、どのように感じていらっしゃいますか。
海外でライブをやるのは、ミュージシャンになってからの一番大きなユメでした。「やるなら絶対UKがいい」と、外国の友人たちにも言われていたので、初海外公演がUKで本当にうれしい!!この喜びは、言葉では表現できないです。
─ 今回はICAという、インディーズの香りが漂う小規模なスペースで公演されるとのことですが、全体としてのテーマはありますか。
ライブのテーマは、どんな場所でも、どんな環境でも一つです。自分を最大限に歌で表現して、あとは徹底的に楽しむ。ぼくらのスタイルはエレクトロ・ファンクなダンスビート。思い切り歌って、踊って、暴れて、スパークしたいです。
─ スガさんの魅力として、歌詞に取り込まれている独特な言葉遣いを挙げるファンの方が多いようですが、ここロンドンで、英国人の聴衆にもスガさんの音楽の魅力は伝わると思われますか。
(言葉という面では)無理です(笑)。さすがに日本語の意味は伝わりません。ですが、日本語でしか出せないグルーブには絶対の自信があるので、そこは伝わると思う。ダンスビートは、世界の共通言語だと思います。曲が始まってしまえば、場所も国も関係ないです。
─ 「Englishman in New York」や「桜坂」のように、特定の場所をテーマに書かれた曲がありますが、ロンドンという街をテーマにした曲をつくりたいというお気持ちはありますか。
面白いですね。つくりたいです。そのためには最低半年は滞在しないと……。お休み取れるかしら??
スガ シカオの描く詞世界
独特の詞世界で多くのファンを魅了するミュージシャン、スガ シカオ。至ってシンプルな言葉で、時に心がヒリヒリするような痛みを、時に情けないまでの男の本音を表現する詞の数々には、女性のみならず、同世代の男性からの共感が集まる。人間の醜さや美しさ、ありとあらゆる感情を矛盾することなく内包するその詞世界は、一体どのように生み出されるのか。
─ スガさんの書く詞は、等身大の男性のありのままの姿が投影されていることで定評がありますが、歌詞を書かれる際には、実体験を元にされることが多いのでしょうか。また、曲 をつくられる際には、詞が先なのでしょうか、それとも曲が先なのでしょうか。
90パーセント曲が先です。歌詞は一番最後。歌う直前に書きます。歌詞の書き方は、一生懸命考えて書くタイプと、スルスル天から降りてくるタイプの2つに分かれますね。どちらも書き始めは、実体験や原風景からのスタートです。
─ 「スガ シカオ」というお名前の表記もさることながら、スガさんの歌詞には、「夜空ノムコウ」「ユメ」「イタミ」など、通常ならば漢字やひらがなで表記する箇所をカタカナで表しているケースが多く見られます。日本語では、例えば「あお」という言葉一つとってみても、青、蒼、碧など、様々な表現方法がありますが、スガさんがあえてカタカナを使われるのにはどのような理由があるのでしょうか。
漢字やひらがなは元々が象形文字に由来する分、イメージや固定概念が文字そのものにつきやすいと思っています。例えば「イジメテミタイ」というセクシャルな曲の場合、「いじめてみたい」と表記すると密室の思い詰めた感じがなくなるし、「虐めてみたい」だと昭和の日活ロマンポルノのイメージになってしまいます。カタカナ表記は、いわば匂い消しみたいなものでしょうか。
─ スガさんの書かれる歌詞は、日常のリアルをさらりと表現されているように思います。メッセージ色を出しすぎず、平易な言葉でまとめつつも、そこにはぽろりと零(こぼ)れる心情の吐露が見える。こうした歌詞作りにおける、逆説的とも言えるバランス感覚は、意図的に出されているのでしょうか。
歌詞については、短時間でさっと書いているものが大半で、バランスとか逆説といったようなことは考えないうちに書き上がってしまいます。難しいことを考えるのは苦手なんで、シンプルにやっているつもりです。歌詞を書く上で、一つだけ気を付けていることがあるとすれば、それは時代感です。日常生活の中にある空気や人間を感じて、歌詞を書きたいと思っています。
スガ シカオが生まれるまで
スガ シカオのミュージシャン・デビューは30歳。大学を卒業後はイベント制作会社に就職、サラリーマンとして新規事業開発部で激務をこなす日々を送っていた。努力の甲斐あってか出世も早く、20代で主任になり、係長昇進も決定。そんな矢先の退社だった。音楽界を含めた芸能界におけるデビューの低年齢化が進む中、30歳という節目で収入の安定した生活を捨て、ミュージシャンの道を選んだその背景には何があったのだろうか。
─ 音楽はどんなジャンルを、いつ頃から聴き始めましたか。
高校生の終わり頃からブラック・ミュージックばかりを聴いてきました。ロックやジャズ、J-popなど、他の音楽は全く通らずにデビューしました。最近は幅広く雑食性で、何でも聴きます。
─ スガさんと言えば「ファンク」ですが、ファンクに傾倒されたのはいつ頃ですか。またファンクのどの部分に惹かれたのでしょうか。
高校生のときに先輩がファンクのバンドをやっていて、それが素晴らしくいかがわしくて、エッチで、カッコよかったのを覚えています。
─ 作詞、作曲を始めたのはいつ頃からですか。
初めて曲を作ったのは18歳くらいです。ちゃんと作曲が出来たのは22歳くらいからでしょうか……。その頃、作詞は全く出来なかったので、いつも友人に頼んでいました。作詞第1号は25歳のときにつくった「ココニイルコト」という曲です。
─ 大学では何を専攻されましたか。在学中に、音楽のプロとしてやっていきたいという思いはあったのでしょうか。
大学は経済学部です。公害と環境問題を専攻していました。プロになれる自信がなかったので、あっさりと就職しました。
─ 大学卒業後はイベント制作会社で企画制作を担当されていたとうかがいました。何故、この業界に進もうと思われたのですか。またサラリーマン時代はかなり多忙な日々を過ごされていたようですが、そうした日々をどのように感じていらっしゃいましたか。
ミュージシャンという職業は特にそうだと思うのですが、ぼくは誰かの心の中に「何か」を残せるような生き方がしたかったので、最初は建築家になりたかったんです。でもIQがついていかずに断念……。会社員時代はイベントや企画を通して、誰かに「何か」を残せる仕事が出来ていたので、満足でした。
─ 音楽のプロになろうと決意されたのはいつ頃ですか。「プロとしてやっていきたい」「プロとしてやっていける」と思った瞬間があったのでしょうか。
28歳の秋です。やっていけると思う足がかりは何もありませんでした。でも自信だけはあったんです。音楽がやりたかったし、何もしないであきらめちゃうのもどうかなと思って、とりあえず会社を辞めました。
─ デビューする前はご自身の音楽に非常な自信を持っていたと、これまで多くのメディアで語っていらっしゃいますが、実際にデビューに至るまでにはご家庭の都合で家業を手伝われたり、インディーズ・レーベルから発売したCDの売上が芳しくなかったりなど、様々な困難があったとうかがっています。デビューが決定するまで、その自信が揺らぐことはなかったのでしょうか。不安を感じたことはありましたか。
あまり自信が揺らいだり、不安になったりすることはなかったですね。デビューしてから急に正気に戻りましたが……(笑)
─ ミュージシャンとして活動する上で、サラリーマン時代の経験が役立ったと思うことはありますか。あるとすれば、具体的にはどのような点でしょう。
どこの世界も金と政治……ということを、会社員時代にあらかじめ経験していたのは大きかったです。もし、大卒でいきなりデビューしていたら、音楽という神聖なものと音楽ビジネスという2つが、自分の中で共存できなかったと思いますね。
─ デビューの翌年にはSMAPの「夜空ノムコウ」が大ヒット。その後は順調にミュージシャンとしての道を歩まれているように見えますが、現在までの間に、スランプに陥ったことはあったのでしょうか。
2000年に限界まで追い込まれた大きいスランプが1回、ありました。その時は1カ月間、一人で山の中にこもって外界と接触せずに、徹底的に自分と向きあって脱出しました。小さいスランプなら頻繁にあります。その度に、地獄の苦しみを味わいます。
─ 弊誌の読者である英国在住邦人の方々の中には、一度日本で社会に出た後に、新しい人生を掴むために20~30代という年齢で留学を決意され、渡英された方が大勢いらっしゃいます。30歳という遅咲きとも言えるデビューを果たされたスガさんにとって、夢を掴むために最も必要なものは何だと思いますか。
ひたすら愛すること。
耳に心地良い柔らかさを持ちつつ、ざらりとした余韻を残す高めの声に、シンプルながら、心に引っ掛かる歌詞の数々。どこか割り切れない、掴み切れない部分が独特の魅力となっているスガ シカオとの言葉のやり取りは、やはりどことなく不思議な、浮遊感漂うものとなった。何のてらいもない、まっすぐな答えが返ってきたかと思えば、こちらが肩透かしを食らうような飄々(ひょうひょう)とした発言でこちらを煙に巻く。こうした二面性こそが、ファンクとポップという2つの世界を自由に行き 来する、彼のしたたかとも言うべきミュージシャンとしての才能を支えているのかもしれない。このスガ流ファンクが、英国の聴衆には、どのように受け止められるのか。それは12月7日、明らかになる。



在留届は提出しましたか?

ロンドン・フィルム・フェスティバル 公式ウェブサイト 











仲良く2人揃ってマリファナ所持で逮捕されたり、公共の場で血みどろの愛憎劇を繰り広げたりと、これまで散々タブロイド紙を騒がせた歌手のエイミー・ワインハウス(26)とブレイク・フィールダー=シビル(29)夫妻。そんな「世紀のお騒がせカップル」が、今年7月、ついに2年間にわたる結婚生活に終止符を打った。しかも、その手続きにかかった時間はなんと75秒間。2人とも裁判所に現れなかったとはいえ、これまでの波乱万丈さとは程遠いあっけない最後に、「あのエイミーが大人しいじゃないか」という素直な驚きが見出しに反映されている。
米歌手のマドンナ(51)が離婚後、ブラジル人モデルのジーザス・ルース(22)と交際を始めたときには、その親子ほどの年齢差も話題になったが、それよりも「マドン ナ(聖母マリア)とジーザスの聖なるコンビ」と、聖書から飛び出してきたような名前の組み合わせにも注目が集まった。そして今年4月、マドンナが新たに養子のマーシー・ジェイムズちゃん(4)を家族に迎えたことで、さらに神聖さがアップ。「Mercy」は「幸運、恵み」という意味だが、「救済、憐れみ」といった、聖書によく登場する言葉でもあるのだ。そのため、ジーザスがマーシーちゃんを抱いただけで、「The Jesus Prayer(イエスの祈り)」と呼ばれ る祈祷文をもじった、大げさなヘッドラインがつけられた。
二流芸能人がジャングルの奥地で生活するというリアリ ティー番組「I’m a Celebrity... Get Me Out Of Here!」に出演したことがきっかけで、一気にその名とスタイルの良さを英国全土に知らしめた、元ポップ歌手のマイリーン・クラス(31)。同番組放送後には、司会者や水着モデルなどの仕事が殺到し、見事売れっ子タレントに復活した。そして1児のママとなっても引っ張りだこのマイリーンは、 TV番組の撮影のために米ロサンゼルスへ。滞在中に数キロ太り「贅肉が全部、お尻についた」という彼女は、大きな美尻で人気の米歌手、ジェニファー・ロペス(40)と間違えられたのだとか。
本業の女優としてよりも、共演者を片っ端から「元彼」に変えていく恐るべし「man-eater(男泣かせのモテ女)」としての才能の方が勝っていると思われるシエナ・ミラー(27)。そんな彼女を一気に「女の敵」に変えたのが、妻と4人の子持ちである米国人俳優バルサザール・ゲティ(34)との不倫だった。この記事では、元婚約者である俳優のリス・エヴァンス(41)と別れる数カ月前からゲティ と「getting cosy(親密になっていた)」という悪女っぷりをすっぱ抜かれている。
「Li-Lo」の愛称で知られる米女優のリンジー・ローハン(23)。①は、彼女が2007年に薬物依存を克服するために入ったリハビリ施設から出たときの記事で、「ドラッグ・フリーで、こんなに奇麗に」という、ポジティブな内容に名字が使われた珍しい例だ。②は、そんな彼女が700万ドル(約6億6000万円)と言われる資産をドラッグとアルコールに費やしてしまった、という内容。「blow one’s fortune(お金を使い果たす)」と名前が組み合わさっている。
今となっては遠い昔のことのように感じるが、歌手マドンナと映画監督のガイ・リッチー(41)が離婚したのは、つい去年の話。①は、離婚が噂され始めた2008年8月、マドンナの50歳の誕生日に盛大なパーティーを企画したガイが、彼女がどれほど素晴らしい女性、妻、母親、歌手であるか、そしてどれほど彼女を愛しているかを来客に語り「まだ君に夢中だ」とスピーチしたときの記事だ。それからわずか2カ月後の記事②は、経済的に「格下」のガイが、どんなに「女王さま気取り」の妻にも決して屈せず「bow(頭を下げる)」こともなかった、というもの。英国のタブロイド紙らしく、米国人のマドンナではなく、あくまで英国人であるガイの肩を持っているのがミソ。
架空のキャラをドキュメンタリー風に撮影したモキュメンタリー映画「ボラット」と「ブルーノ」で、タブーたっぷり、下ネタさらにたっぷりの衝撃内容で世界を驚愕させたコメディアン・俳優のサシャ・バロン・コーエン(37)。新作「ブルーノ」でゲイのオーストリア人ファッション・ジャー ナリストに成りすまし、様々な人の「限界」を試した彼だが、やはり撮影中はどこに行ってもセキュリティーや警察と激しく衝突したそうだ。この記事では、子どもには絶対真似させたくない数々の武勇伝を報じながら、逆説的に「such a nice boy(ほんっとにいい奴だね)」と皮肉ったヘッドラインとなっている。
「ハリウッドのおしどり夫婦」と呼ばれた米女優のジェニファー・アニストン(40)と米俳優のブラッド・ピット(45)が破局を迎えたのは2005年のこと。今ではそれを上回る「ゴールデン・カップル」としてハリウッドに君臨するブラピとアンジェリーナ・ジョリー(34)だが、2人が恋に落ちるきっかけが、離婚前に撮影された映画での共演だったことは有名だ。離婚後も恋敵に関してはノー・コメントを貫いたジェニファーだったが、昨年、アンジェリーナの行動について「全然クールじゃない」と発言。「3年前のこと、まだ引きずってるんだね」とタブロイド紙に同情されてしまった。
「posh(ツンとお高くとまったお金持ち)」というイメージが大変お似合いのビクトリア・ベッカム(35)。小鹿のような華奢な体型の彼女だが、腕に異常なほど血管が浮き出ている写真につけられたのが①の見出しだ。「もっと食べなよ……」という願いが、心地良い韻に込もっている。②は、 彼女がデザイナーを務めるブランドのプロモーション撮影の様子を伝える記事。ブランコに座ってポーズをキメたものの、「ポッシュすぎて自分でブランコも押さない」という裏話が掲載された。
たとえコカインを鼻から吸引する写真が新聞の一面を飾ろうと、売れっ子モデルであり続ける「奇跡の人」ケイト・モス(35)。世界を股にかけるファッション界のドンは、2007年10月、英国のカリスマ・ヘア・スタイリストのジェームズ・ブラウンとコラボした整髪料を発表した。が、「干草の塊のようだ」と酷評されたボサボサの髪型は、お世辞にも一般人が真似したいと思うものではなく、せっかくの新製品は「モス・ムース・メス」と軽やかに韻を踏んで片付けられてしまった。
英国の国民的タレント発掘番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」に出場し、一躍「ときの人」となったスーザン・ボイル(48)。その垢抜けない風貌と美声とのギャップで人気となった彼女だが、番組が用意したビューティー・スタッフのおかげで、回を重ねるごとに見違えるように美しく変身していった。ただ、そんな彼女もそこまで気が回らなかったのか、ワイルドな伸びっぱなしの足の爪を写真に撮られ「ツメの甘さ」を曝(さら)してしまった。
昨年7月、映画「バットマン ダークナイト」で主役を務めるクリスチャン・ベール(35)が母と姉に暴行し、2日後に逮捕されるという事件が起こった。その後、①の記事で、シングル・マザーである姉が、3人の子どもの養育費のために「10万ポンド(約1500万円)ちょうだい」と泣きながらせがんだことが原因であるとすっぱ抜かれた。②は、バットマンが着用するお馴染み「バットスーツ」が体に合わず、撮影中ずっと背中や股間が痛かった、という話。
バンド「ビートルズ」の名曲「ヘイ・ジュード」と英国人作家トーマス・ハーディの小説「日陰者ジュード」にちなんで名付けられたという俳優、ジュード・ロウ(36)。年々、M字型に髪が後退している彼だが、昨年の夏に撮影されたアフター・シェイブ用品の広告で、実際よりも明らかに髪がふっさりしていたため、各メディアが「異議あり!」と報道した。「ジュード、そんなにくよくよするなよ」という歌詞のこの曲で、エアブラシにお世話になったジュードを、タブロイド紙がハゲました。
2003年の「MTVアワード」で、全米が見守る前で熱いキスを交わしたマドンナと歌手ブリトニー・スピアーズ(27)。マドンナからの影響を公に認め、ファンを通り越して「僕(しもべ)」状態のブリトニーだが、この記事は、その愛を反映しすぎて「また衣装がそっくり」という内容だ。復活ツアーに彼女が選んだ衣装は、誰の目から見てもマドンナとほぼ同じ。「いくらなんでも、それはパクりすぎ」という、スターとして個性を疑う感想が滲み出ている。
今年、男性誌「FHM」が行ったアンケートで「世界で最もセクシーな女性」に選ばれた歌手のシェリル・コール(26)。とはいえ、昨年は年明け早々に夫でサッカー選手のアシュリー・コール(28)の浮気が発覚し、人生の荒波に揉まれた。その後、シェリルは「誰か彼女にハンバーガーを食べさせろ」と記事が出るほど激ヤセ。所属するアイドル・グループ「ガールズ・アラウド」のツアーに、セクシーなレオタード姿でステージに立ったものの、思わず「ooh(あちゃー)」とため息が漏れるほど肉が削げ落ちていた。
6月に急逝した「キング・オブ・ポップ」ことマイケル・ジャクソン(享年50)。その死後から数カ月経った今でも、「整形しすぎで鼻がもげた」、「隠し子が5人いる」など疑わしい情報が毎日のように錯綜している。ウォルト・ディズニーら著名人が眠る霊廟に決まるまで、遺体の埋葬場所さえも極秘にされていた。この記事では、墓地の従業員ですら確かなことが分からず、数人がショベルであちこちを掘る写真を掲載。「This Is It(これで最後)」と名付けられた幻のロンドン公演にちなみ、「Is this it?(本当? これでいいの?)」という疑問を反映した見出しとなった。
これまでドハデなケンカを繰り広げてきたバンド「オアシス」のギャラガー兄弟だが、先日、とうとう兄のノエル(42)が「我慢の限界」を訴え、脱退してしまった。原因は、弟リアム(36)の暴言。これまでノエルは散々な罵倒を我慢してきたようだが、ついに話の矛先が彼の子どもたちにまで向き、堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。ノエルが弟を「どうしようもないバカ」と呼び激怒したことから、1995年に発表されたアルバム名に引っ掛けている。
今年5月、米ロサンゼルスで開催されたMTVムービー・アワードの授賞式で、生ぬるい祝賀ムードから一転、世界が震撼する瞬間が訪れた。お尻丸出しの天使の衣裳を身につけた「ブルーノ」ことサシャ・バロン・コーエンが、ワイヤーに吊るされて登場し、ラッパーのエミネム(36)の上に逆さまの状態で落下したのだ。しかも生尻がエミネムの顔に接触寸前で、「オレ様を誰だと思ってんだ!」と怒り狂ったエミネムはサーシャを振りほどいて会場を後にした。その後、この事件は2人によるヤラセだと判明している。
ニューヨークで映画のプレミア上映会に出席したリンジー・ローハン。シックなドレスでめかし込んだ彼女だったが、「キマってるねー(swell)」とパパラッチの注目を集めたのはドレスではなく、いつも以上に「ぷっくりふくれた(swell)」唇だった。並べて掲載された数日前の写真よりも、かなり「分厚い唇(lippy)」であるため、「リップ・ジョブ(唇を厚くするためのボトックス注射)したでしょ」とズバリ指摘されている。
山の天気のように変わる女心を反映してか、しょっちゅう髪の毛の色を変えている米女優のミーシャ・バートン(23)。元祖「ハリウッドのおしゃれ番長」の地毛は薄いブラウンなのだそうだが、ブロンドからダーク・ブラウンまで、日替わり弁当のように色を変えては楽しんでいる。ただ、いくらおしゃれさんとはいえ、イメチェンはたまにやるからこそ効果があるもので、やりすぎるのはどうもNGのようだ。「ミーシャはきっと、自分のルーツ(本来の自分と、髪の根元=地毛の色)を忘れたんだろうね」と呆れられてしまっている。
ウィスキーに目がないというガイ・リッチーが、その情熱をビジネスにも生かそうとしている、という記事。映画監督以外にも才能があるのね、ということで「マルチ・タレント」と「ウィスキー(モルト)」がもじられている。まだ離婚報道が始まる前だったため、記事の中ではことあるごとにマドンナとウィスキーを引っ掛けているのも、今となっては少しほろ苦い。「ガイは『age well(奇麗に歳を取る、ウィスキーが熟成する)』するものがお好き」や「ガイは30年もののウィスキーと50年ものの女性が好み」など、年上女房あっぱれな内容になっている。
齢50歳を過ぎても「ポップの女王」でいるために、週6日間、1日2時間の激しい筋トレを欠かさないというマドンナ。彼女のマッチョな写真は何かにつけ紙面を飾っているが、やはり人間、この歳でやりすぎると不自然になる。この日、レストランから出てきたところをパパラッチされたマドンナの二の腕には、筋肉マンを彷彿とさせる筋肉に、尋常ではないほど血管の隆起がくっきり。「歩く解剖図、発見!」と各紙がこぞって伝えた。
サイズ32DD(日本でいうFカップ)という美・爆乳を誇る米ポップ歌手のケイティー・ペリー(24)。「ヤセ体型+爆乳」なおかげでよく豊胸疑惑が流れるが、その度に「娘たち(my girls=胸のこと)は純粋そのものよ」と反論し、ことあるごとに美乳自慢をしては失笑を買っている。そんな彼女の最新の美乳ネタは、売れっ子歌手になる前に、胸のレプリカをチャリティー・オークションに出品したところ、3500ドル(約32万円)で落札されたという話。「あまりに大きいから、他の人よりたくさん石膏が必要だった」 とのたまうケイティーだが、確かにスタイルの良さはアイドルの財産、ご立派な宝をお持ちでなによりだ。
トラブルをぽんぽこ産み続けるエイミー・ワインハウスだが、もっこり頭上に掲げられた、ハチの巣のようなヘア・スタイル「ビーハイブ」だけはいつもキマっている。そんなエイミーがある日、自宅の庭で日光浴を楽しんでいた際、なんと彼女の分身とも言えるビーハイブがタオルに包まれてしまっていた。それだけと言えばそれだけの話だが、やはりスターには「自分らしさ」を大切にして欲しいもの。そんな気持ちを込めて「しっかりしてよ!」とつけられたのが、このヘッドラインだ。








ビクトリア様式の墓地を眼下に望むガラス張りのモダン住宅。道路に面した壁は花崗岩と半透明のガラス、墓地に面した壁は透明なガラス張りにすることで、プライベートを守りつつ、解放感に満ちた空間をつくり出している。ガラス張りの壁やスライド式のガラス天井から自然光を採り入れ、壁枠にコンクリートを採用することで夏は熱吸収を、冬は放熱を抑える省エネ化を実現している。2009年RIBA(王立英国建築家協会)アワード受賞。
1960年代に建設された合同改革教会の内部を改築、現在では教会であるとともに、コミュニティ・センターとしても機能している。建物内で目を奪われるのが、高さ11メートルの天井に設置された天窓まで伸びる真っ白な柱。「Ray of Light(一筋の光)」の名に相応しい、清廉な存在感を放っている。ロンドン在住アーティスト、ロナ・スミスの手によるカフェの窓からは、リージェント・スクエアを眺めることができる。2009年RIBAアワード受賞。

ファッション・ブランド、モンスーンの本社ビル「The Yellow Building」は、創始者のピーター・サイモンが寂れたノッティング・ヒル の一エリアを買い取り、建築事務所AHMMとゼロからつくり上げた「ビスポーク」なオフィス・ビル。オフィスに居住スペース、アジアやラテン・アメリカ諸国などのアートを展示するアート・コレクションなど、オフィスという概念を超えた「ブランドの顔」となっている。
英国の戦争史をたどることのできる帝国戦争博物館の建物が、元々は世界初の精神病院であったことはご存知だろうか。オープン・ハウスでは博物館と建築物の歴史を知ることのできる家族向けツアーや、お絵描きイベントが開催される。
輸送用のコンテナを積み上げてつくられたアート・スタジオ「Trinity Buoy Wharf / Container City」では、自分だけの小型模型をつくるイベントに参加することが可能。カラフルでユニークなスタジオ内ならば、想像力も掻き立てられるはず。
ウェンブリー・スタジアムなどの大型建造物建設の際に発生した「ごみ」を有効利用しつくられた「リサイクル・パーク」。幹線道路に程近いにもかかわらず、静かな雰囲気に満ちたこの公園を、同園のデザイン・チームのメンバーとともに歩いてみよう。

Bank of England
Royal Courts of Justice
Foreign & Commonwealth Office
Lloyd’s of London
Tower42
City Hall



若者受けするこじゃれたセンスと、カジュアルな雰囲気を兼ね 備えた「Horror Girl」のコレクション


1908年に発表されたバーバリー社の広告(写真左)。日本では子ども用のバーバリー製品(同右)も人気を集めている。

洗練された大人を イメージさせるカッ ティングが特徴的な「Anglophilia」のコレクション(写真左)と、タータン・チェックのデザインを使用した「MacAndreas」(同右)

ポール・スミスでは香水のコレクションも多く発表している(写真左)。ポール・スミスの旗艦店の絵が描かれた女性用Tシャツ(同右)

春らしい青の下地に花柄が描かれたバッグ(写真左)と、同じくキャス・キッドソンならではの花のイメージを多用したブローチ(同右)






「西洋の漢方薬」と言われるほど薬効成分に富んだ植物、ハーブ。英国では人々の生活にハーブ製品が浸透し、専門店ではないスーパーや薬局でも驚くほどの品揃えが並んでいる。また、昨年にはハーブによる治療を専門とするNHSクリニックが開設されたことからも、確かな効果がうかがえる。天然植物に秘められたパワーを生活に取り入れ、健やかな心と体で夏を楽しもう!(本誌編集部)

精油は肌に直接塗るには強すぎるため、アロマ・マッサージなどに使用する際は「キャリア・オイル」と呼ばれる植物油で薄めよう(ただし、ラベンダーとティートリーに限り、微量なら直接塗ってもよい)。
アロマテラピーの中でも最も手軽にできるのが「芳香浴」。 上の表を参考に、気分や部屋に合わせて精油を変え、上質な時間を演出しよう。




ハーブ・ティーの美味しい入れ方


読者のとっておきハーブ術 ①
ここ数年、マッサージ用のアロマ・ソルト作りにはまっています。正確に分量を測っているわけでもなく、精油同士の相性をそこまで気にするわけでもなく、体調や気分に合わせて自己流に楽しんでいるのですが、だからこそ長続きしているのでしょうか。例えば、「ちょっと体を引き締めたいな」という日には、セルライト(皮下脂肪)を取り除く効果があって、引き締め効果もあるオレンジ・スイートを少し多めに加えたり。ラベンダーは精油同士の調和を取ることができるそうなので、いつも入れるようにしています。
読者のとっておきハーブ術 ②
読者のとっておきハーブ術 ③
みなさん、「エコ・ボール」ってご存知ですか?これはソーダ・クリスタルが入ったプラスチックのボールで、洗濯機に入れると洗剤も柔軟剤もいらないという、環境とお財布に優しいグッズです。マーケットでエコ・ボールを購入した際、お店のおじさんがティートリーの精油をプレゼントしてくれたのでボールに数滴入れて洗濯してみたところ、効果バツグン!ティートリーは殺菌効果に優れているそうで、洗剤をまったく使わなくても、いやな生乾きの臭いがしないんです。体にも地球にも安全で、しかも手軽にできるので、これはぜひお勧めします。
専門家に訊きました









フィンランド国内のコテージを紹介・斡旋する「ロマレンガス」
「フィンランド人がなぜコテージでの生活を好むか。それは森の沈黙を聞くためだよ」と語る、コテージの経営歴40年のセータリさん。フィンランドにあるコテージのほとんどは、彼のような農家が兼業で営むことが多いという。
● サウナに入る
● 湖で泳ぐ
● 昼寝
● ボートを漕ぐ
● ソーセージと焚き火
● 語り合う






今年の夏は既に日本への里帰りを決めてしまったという人でも、フィンランドでの夏休みを楽しむ方法がある。それが、複数の航空路線を乗り継ぐ際に、その乗り継ぎ地点での宿泊を楽しむ「ストップ・オーバー」。英国に住む日本人だからこそ便利に活用できる、ヘルシンキ空港のストップ・オーバー術をご覧あれ。














