ニュースダイジェストの制作業務
Tue, 05 May 2026

LISTING イベント情報

ロンドンのトラディショナル・ショップ

今だからこそ問いたい「伝統」の意味 ロンドンのトラディショナル・ショップ
伝統と格式の街、ロンドンにも、確実に時代の波は押し寄せる。今、ロンドンにある店のどれだけが、10年後にも残っているだろうか。ありのままの姿を守り続ける店、親から子へと受け継がれる店、そして時の流れとともにその形を変えつつも、残すべきものを残していく店 − 今回はロンドンに息長く存在し続ける店を取り上げた。世界的な不況が国中を暗く覆い尽くす今だから問いたい。「伝統」を守る、その意味とは。
(村上 祥子、中井亮太)

shoe「贅沢」の本質を知る店
John Lobb

「贅沢」という言葉の本質を知ることのできる場所。それがジョン・ロブ、オーダーメイドの靴屋として、その名を知られた店である。吹き抜けになった高い天井、重厚感溢れる店内。まるで小さな美術館に足を踏み入れたと錯覚を起こすかのような空間の中央に置かれたガラス・ケースには、靴のサンプルが恭しく展示されている。地下には、壁一面を覆い尽くす靴の木型の山と、10人ほどの職人が作業を行う工房。上階とは全く異なる、妥協を許さぬ厳しい空気がピンと張りつめる。オーダーから完成までにかかる期間は、約6~7カ月。費用は2000ポンド前後。不況が世を襲うなか、こうした買い物を高いと見るか、妥当とみるか。その答えは、かつては自身も職人として働いていた経営者、ジョナサン氏の「制作期間を長いとも、この値段が高いとも思いません。我々はそれに見合うクオリティの高い靴を、一人ひとりのお客様のためにつくっているのですから」と言い切る言葉と、半年もの期間を経てつくられる靴の中にあるのかもしれない。

John Lobb
9 St. James’s Street London SW1A 1EF
Tel: 020 7930 3664
月~金 9:00-17:30、土 9:00-16:30
www.johnlobbltd.co.uk

John Lobb
John Lobb

上写真: 落ち着いた空気が 流れる店内のガラス・ケースに飾られたご自慢の靴の数々。店内に置かれた靴はすべてサンプルだ。左: 前 後左右、どこを見渡しても木型の山。右: 揺るぎない自信が微笑みから滲み出る ジョナサン氏。

hat英国紳士の「粋」を知る
Bates

帽子を被るということは、日本人、特に男性にとっては非日常的な行為であろう。しかし、英国人紳士にとって帽子は必需品。英国人の心意気を肌で感じるには、自分にしっくりと馴染む帽子を一つ、選ぶことが早道かもしれない。ジャーミン・ストリートに100年以上 もの長きにわたって店舗を構えるベイツ。薄暗く、こじんまりとした 店内の壁には、一分の隙もないほどに帽子が積まれているが、温かみのある生地の質感と色合いが、圧迫感を覚えさせない。シルクハットやソフト帽、シャーロック・ホームズの代名詞ともなっている鹿打帽にカジュアルなツイード・キャップなど、帽子の種類は千差万別。「どれだけの帽子があるか、自分でももう分からないよ」と苦笑するのは4代目オーナー、ティムさん。いかにも英国紳士らしい渋みに溢れているが、一方で自分の愛用の帽子を取り出してきてはさっと被りポーズを取ってくれる、無邪気な人でもある。まるで体の一部であるかのように颯爽と帽子を被りこなす姿に、伝統を守る頑なさだけでなく、ユーモアと余裕を併せ持つ英国紳士の「粋」を見た。

Bates
21a Jermyn Street, St James’s London SW1Y 6HP
Tel: 020 7734 2722
月~金 9:30 ~ 17:15、土 9:30 ~ 16:00
www.bates-hats.co.uk

Bates
Bates

上写真: 1921~26年に同店のマスコット猫として活躍していたブリンクス君の剥製。左: 外観は思ったより小さめ。右: お茶目でダンディーなオーナー、ティムさん。これぞ英国紳士。

umbrella質実剛健に終わらぬこだわりの数々
James Smith & Sons

雨の街、ロンドンに何よりもしっくりとくる店とも言えるのがこの「ジェームズ・スミス・アンド・サンズ」。創業1830年、老舗の傘・ステッキ屋である。客層は、海外からの旅行客から、磨きこまれた愛用の杖の修復に訪れた常連客までさまざま。どっしりとした木の柄を持った、黒や茶を基調とした無地のシックな傘が並ぶなか、目に付いたのは、「seat stick」と書かれた一角。散歩や狩猟で一休みしたいとき、椅子に早変わりするステッキなのだというが、見た目には何ら他の製品と変わりない。発想そのものが英国的ならば、決して派手ではないがこだわりの心は忘れない、その心意気もいかにも英国らしい。俗ながら最も高価な傘は、と尋ねたところ、店員のアーノルドさんが持ってきてくれたのは、一見何の変哲もない黒い傘。「この傘は2000ポンドする。柄に使っているのがスネークウッドなん だ。ヘビ柄にも見える木目が実に美しいだろう?」時代を問わず愛され続けるこの店には、質実剛健の精神の中に息づく、目には見え ないこだわりの数々が溢れている。

James Smith & Sons Ltd
Hazelwood House, 53 New Oxford Street London WC1A 1BL
Tel: 020 7836 4731
月~金 9:30-17:15、土 10:00-17:15
www.james-smith.co.uk

James Smith & Sons Ltd
James Smith & Sons Ltd

上写真: 見るからに老舗の雰囲気を醸し出す店内。左: 女性向きの色鮮やかな傘もある。右: これが 「seat stick」。ステッキの取っ手部分を開くと、椅子の座席部分になる。

yacht飛び地のような静謐な空間
Arthur Beale

「何故、ロンドンの中心地にこんなお店が?」と驚きながら入店する人が後を立たないという船舶小物の専門店。ヨットが描かれた看板に水色の壁、店内に吊るされた浮き輪など、海辺の街のマリン・ショップを思わせる爽やかな外観が目を引くが、中に入れば一転、船舶用金具やロープといった実用的な専門用具が整然と並べられている。店の創業は今から約110年前。「こんな場所に何故、と驚く人がいるが、考えてもみてほしい。100年以上も前、この辺りはテムズ河の交易で栄えていたんだよ」と微笑みながら言う高齢の店員の言葉には思わずこちらも納得。現在の顧客は主に、海辺に船舶を所有するロンドナー。意外なところでは、ウェストエンドの劇場も上得意なのだとか。何でも舞台装置には、船舶用の頑丈なロープがぴったりなのだという。まるで飛び地のように、ここだけ海辺から切り取られてきたかのような空気感を持った店は、その存在意義を少しづつ変えながら、今もロンドンの繁華街にひっそりと佇んでいる。

Arthur Beale
194 Shaftesbury Avenue London WC2H 8JP
Tel: 020 7836 9034
月~金 9:00-18:00、土 9:30-13:00

Arthur Beale
Arthur Beale

上写真: マリン・ショップのような外観とは全く異なり、実用的な商品が並ぶ店内。 左: 海と言えばやはりこれ。ボトル・シップも飾られている。右: 丈夫な紐やロープはロンドン内の劇場でも人気。

cafe一族の温もりに包まれるひととき
E Pellicci

昨年12月、ロンドン東部にある小さなカフェに、著名人を含む多くの人々から、ある人物の死を悼む声が寄せられた。亡くなったのはネヴィオ・ペリッチさん、83歳。1900年創業、ロンドンで最も古いカフェの一つと言われるE・ペリッチの名物オーナーだった。第二次大戦後、ロンドンには2000軒ものイタリアン・カフェがあった。しかし有名チェーン店進出の影響で、現在も営業を続けるのはわずかに500軒前後。そんななか、E・ペリッチは今でも家族経営の形態を守り続ける、数少ない店である。店内で印象的なのは、ネヴィオさんの母、エリデさんが腕利きのイタリア人職人につくらせたというアール・デコ調のモザイク木壁。レジの奥には一族の写真がずらりと並び、正面には、エリデさんを称え「EP」と記されたプレートが飾られている。料理は先代オーナーの奥さん、マリアさんの担当。40年間、その味は変わっていない。名物オーナー亡き後も、ペリッチ一族の家庭の温もりは、この小さなカフェを優しく包みこんでいる。

E Pellicci
332 Bethnal Green Road,
Bethnal Green London E2 0AG
Tel: 020 7739 4873
月~土 7:00-16:30

E Pellicci
E Pellicci

上写真: アール・デコ調のインテリアが独特の雰囲気を醸し出す店内。なんと歴史的建築物保存を目的とする政府機関、イングリッシュ・ヘリテージ のグレードⅡに認定されている。左: ランチ・メニューは5~6 ポンドで ボリューム満点。右: 料理担当のマリアさん。

meat時代とともに変わるもの、変わらないもの
Allens of Mayfair

アレンズ・オブ・メイフェア。その名が示す通り、ロンドン屈指の一等地メイフェアにある肉の専門店である。一流ブランド・ショップと見紛う豪奢な外観、クリーム色と深緑色のテラコッタ・タイルの壁と、すっきり片付いた広々とした店内。この店は、一般に言うところの肉屋のイメージからはかけ離れた雰囲気を漂わせている。店内中央には、15年間使い続けているという八角形の巨大な肉切り台。1日2回、表面を削っているというこの台は、生肉を扱っているというのにあくまで清潔で滑らかだ。客は360度、どの角度からでも、自分の手にすることになる肉が切り取られていく様を見ることができる。商品はほとんどが国内産。スコットランド産の牛肉に放牧豚、独占契約を結んだ養鶏場から運ばれる七面鳥と、店の名物ともなっている狩猟鳥 ──。創業、1830年。以来、同じ地で肉屋を営み続けるこの店は、時代の変遷を経て、幾度かその持ち主を変えてきた。しかし、アレンズの名とともに、商品に対する絶対的な自信が変わることはないのだ。

Allens of Mayfair
117 Mount Street, Mayfair London W1K 3LA
Tel: 020 7499 5831
月~金 6:00-18:00、土 6:00-14:00
www.allensofmayfair.co.uk

Allens of Mayfair
Allens of Mayfair

上写真: エレガントな外観にぶら下げられた巨大な生肉の組み合わせがなんともミス・マッチ。左: ゆるやかに湾曲している八角形の肉切り台。右: 商品には生産地・国を明記。

coffeeロンドンに薫り高いコーヒーを
Algerian Coffee Stores

世界各国にコーヒーや紅茶を輸出する専門店、その言葉だけを頼りにこの店を訪れたら、きっと驚くことになるだろう。赤い壁に赤い庇の小さな店舗。10畳ほどの店内は、ともすれば古びた食料雑貨店かのような印象を与える。しかし、棚にところ狭しと置かれた商品の数々をよく見てみれば、すぐにその当初の印象が誤りであったと分かるはずだ。瓶詰めされた数々のコーヒー豆や茶葉には手書きのラベルがきっちりと貼られ、大きな木のボードには、取り扱い商品名がぎっしりと記されている。店の一角にあるのは、淹れたてのコーヒーを楽しめるコーナー。立ち飲みもしくは持ち帰りのみだが、その価格はエスプレッソ70ペンス、カプチーノが95ペンスと、驚くべき安値を守り続けている。100種以上のコーヒーと160種以上の紅茶を揃えているというこの店が誕生したのは1887年のことだという。街の至るところで気軽にコーヒーを楽しめるようになった昨今。しかしそれよりはるか以前からこの店は、ロンドンの片隅で、コーヒーという新しい文化の薫りを漂わせていたのである。

Algerian Coffee Stores
52 Old Compton Street London W1D 4PB
Tel: 020 7437 2480
月~金 9:00-19:00、木、金 9:00-21:00、土 9:00-20:00
www.algcoffee.co.uk

Algerian Coffee Stores
Algerian Coffee Stores

上写真: ガラス瓶にきっちりと仕分けされたコーヒー豆と大きな商品ボー ド。左: エスプレッソ70ペンス、カプチーノ95ペンス。昔ながらの驚きの安値が嬉しい。右: コーヒー・マシンからはコ ーヒーの香味が立ち昇る。

coffee労働階級の人々のソウル・フード
A. J. Goddards

英国を代表する料理、と言えばフィッシュ・アンド・チップスを思い浮かべる人が多いだろう。しかし昔、ロンドン東部に住む労働者階級の人々にとってのソウル・フードはパイ・アンド・マッシュだった。テムズ河の交易により、新鮮な食材が市場に届けられたこの地では、その食材の余り物を使った牛肉やウナギのパイが手軽に食べられたのである。1890年にオープンしたゴッダーズでは、現在でも2.40ポンドという手軽な値段で、パイ・アンド・マッシュを味わうことができる。中身は牛肉のみ。「それほど高価な肉を使っているわけじゃないけれど、パイを美味しくする秘訣があるんだ」と笑うのは、3代目オーナーのクリスさん。その秘密は何か、尋ねてみると、「秘密は秘密さ。日本人だって、自分たちの優れた技術を、他人には教えないだろ」とにやり。パイに舌鼓を打っていた常連客が一斉に大笑いした。変わることなく受け継がれる下町の味。伝統とは、高級品だけでなく、どんなものにでも宿る、後世にまで伝えたいと願う人々の意志なのだ。

A. J. Goddards
203 Deptford High Street London SE8 3NT
Tel: 020 8692 3601
火~土 9:30-14:45

A. J. Goddards
A. J. Goddards

上写真: 焼きたてのパイを手に、にっこり笑顔のオーナー、クリスさん。左: ソースの種類はグレイビーとリカーの2種類。このボリュームで2.40ポンド。右: 店内には、同店の歴史が記された新聞記事が飾られている。

 

ユリ・ゲラー氏インタビュー

Uri Geller 英国に理想の邸宅を築いた「超能力者」
ユリ・ゲラー氏インタビュー

「スプーン曲げ」でかつて超能力ブームを巻き起こした男、ユリ・ゲラー。1970年代に米国、英国、そして日本でのテレビ出演などを通じて一世を風靡した「超能力者」である。あれから数十年の月日が過ぎた現在、彼は閑静なロンドン郊外に、英国人の理想を体現したかのような豪奢な邸宅を構えて日々の暮らしを送っていた。一部では既に「超能力者」の肩書きを捨てたとも伝えられているユリ・ゲラー氏本人に会うため、彼の家を訪ねた。

(執筆: 本誌編集部 長野雅俊、写真: 前川紀子)

ユリ・ゲラー氏プロフィール
1946年12月20日生まれ。イスラエルのハンガリー系ユダヤ人の家庭に生まれる。11歳のときにキプロスのニコシアに転居。イスラエル陸軍での従軍経験を終えた後に、米国や英国を始めとする欧州各地、日本などでスプーン曲げを披露するようになり、超能力ブームの火付け役となった。現在、ロンドン郊外のレディングに在住。1月13日からは、次世代の超能力者を発掘するテレビ番組「The Next Uri Geller」の第2シリーズがドイツで放映開始された。
http://site.uri-geller.com/

「スプーン曲げなんて忘れろ」

「今日は取材のための時間をあまり割けなくなった。すぐに インタビューを始めよう。はい、今から開始!」

ユリ・ゲラー氏の自宅に、予定していた時刻よりも15分ほど早く到着してしまった。居間で待機するようにと促した同氏の義弟が、「今からお茶を用意するから」と言い残してその場を立ち去ったと思ったら、Tシャツ姿のユリ・ゲラー氏本人が、入れ代わるように勢いよく登場してきて「すぐにインタビューを始めよう」である。暗い照明の中、ドライアイスの煙に包まれながら怪しげに登場してくるような感のある「超能力者」の第一声としては、かなり意表を突いている。むしろそうした特異な能力を持つ人々を演出する側である、テレビ局の制作スタッフの言動に相応しい。

そもそも、インタビュー取材の約束を取り付けるまでの手続きが驚くほど簡素だった。公式ウェブサイトに掲載されているアドレスにメールを送ると、ほどなくしてユリ・ゲラー氏本人から自宅の電話番号とともに「電話ください」と記されたメッセージを受信。早速その電話番号にかけたところ、義弟からすぐ本人につながり、数十秒ほど通話するだけで取材日が決定した。


同氏の語るところによれば、ウェブサイトを通じて1日に200 通以上のE メールに返信するという。携帯端末「ブラックベリー」の機能を駆使して、乗り物での移動中、食前・食後や就寝前など、とにかくちょっとでも空いている時間があれば、E メールを書く。「ユリ・ゲラーから返事が来た!とびっくりされる方がたくさんいるみたいです。本人ではなく、秘書が代わりにメールを書いているのではないかと疑う人もたくさんいます。でも違う。私がすべて文面を書いているのです」と、携帯電話の画面を見せてくれる。近付くと、彼が香水の匂いを漂わせていることに気付いた。


メールの大部分は、ユリ・ゲラー氏に対する悩み相談である。こうした問い合わせに対して、同氏は「ポジティブなイメージを描くことの大切さ」を説くのだという。先日も、ある男性から「私もあなたのようにスプーンを曲げられるようになりたい。どうしたらスプーン曲げが可能になるのか」と尋ねるメールが届いた。この男性に対してもやはり「ポジティブに思考することを覚えよ」と伝えたらしいのだが、驚いたのは、彼がさらに加えて「スプーン曲げなんて忘れろ」と諭した、と言ったことだ。そして「超能力を手に入れようなんて思うな。それよりも、人生の目標を設定しなさい。お酒を控えなさい。常に成功をイメージせよ」と叱咤激励したというのである。

スプーン曲げといえば、いわば彼の代名詞だろう。それを「忘れろ」だなんて、彼はもう、超能力者ではなくなってしまったのか。

)日本庭園の側には巨大な鳥居が設置されていた
日本庭園の側には巨大な鳥居が設置されていた

「超能力者」は廃業?

ユリ・ゲラー氏の人気が日本で沸騰するきっかけとなったのは、1974年に日本テレビ系列で放送された「矢追純一の木曜スペシャル」を始めとするテレビ番組への出演だった。同番組は26.1%という高視聴率を叩き出し、各地の学校では、給食の時間に生徒たちがスプーンを力づくで曲げるいたずらが流行したという。その彼が、35年の時を経て、ロンドン郊外の邸宅で「スプーン曲げなど忘れろ」と言っている。

現在62 歳になった「超能力者」には、スプーン曲げ以外にもあまりに多くの成すべきことがあるのだ。1999年には、「エラ/孵化(ふか)する少女」なるサイコ・サスペンスを執筆。企業を相手とした講演活動に加えて、日本に生産ラインを持つという宝石のデザインも手掛けている。また英国においては、ITV系列で2002年に放映された実験ドキュメンタリー「I’m a Celebrity……Get Me Out Of Here!」の第1回シリーズに出演した。最近では、次世代の超能力者を発掘するテレビ番組フォーマットを考案し、自らその各国版に出演するためドイツ、オランダ、ハンガリーなど世界中を飛び回っている。


一方で、彼自身が「超能力」を披露する機会は減少しているように思える。

2007年には、ドイツで発行されている魔法・魔術の専門誌「マーギッシュ・ベルト」とのインタビューにおいて、「超能力を使うなんてもう言わない」と発言したとして、「ユリ・ゲラー、ついに『超能力』を撤回か」と報じられた。これに対して本人は、2008年に同じくドイツのリベラルなオンライン・マガジン「テレポリス」の取材を受けて、「『もう超能力を操ると喧伝しない』とは言ったけれど、超能力を私が持たないという意味ではない」との反論を展開している。

この件について真意を正すため、愚直にも改めて「あなたは超能力者なのですか」と尋ねてみた。すると返ってきた答えが、「もう『超能力者』とは名乗らない。私は現在、『神秘を与える者』となったのです」。狐につままれた感じ、という言い回しは、こういうときの気持ちを表現するためにあるのだろう。あるいは、聞く者を当惑させるこうした発言も、「超能力」の成せる業なのかもしれない。

室内は絢爛かつ雑多
室内は絢爛かつ雑多な装飾が施されている
アートプロジェクトの支援
この日ユリ・ゲラー氏の元には、新進アーティストのヘレン・マザックス氏がアート・プロジェクトの支援の依頼にきていた

疑惑の人物か、それとも確信犯か

ユリ・ゲラー氏が披露するスプーン曲げが果たして超能力によるものかどうかについては、これまでにもメディアや科学者たちの間で論争が繰り広げられてきた。言い換えると、スプーン曲げは常に「まやかしではないか」との疑惑にさらされてきたとも言える。最も象徴的なのが、カナダの奇術師ジェームズ・ランディとの「対決」だ。「疑似科学批判家」との肩書きも持ち、著作やテレビ番組などで「手品のトリックを応用することでスプーン曲げは可能」と主張した同氏とは、後に名誉毀損を主な理由とする訴訟問題にまで発展している。

ユリ・ゲラー氏の存在を「疑惑の人物」としているのは、「超能力」の信憑性に関する論争だけではない。「米国中央情報局と連邦捜査局から依頼され、旧ソ連の国家保安委員会の電子記録を超能力で消去するプロジェクトに関わったことがある」という「職歴」。「メキシコで油田を探り当ててメキシコの市民権を授与された」という「逸話」。ビートルズのリーダーであったジョン・レノン、F1レーサーのルイス・ハミルトン、ヴァージン・グループ会長のリチャード・ブランソンといった、各界の第一人者との「交遊録」。こうした彼の言動を伝える新聞各紙の報道は、記者たちが眉に唾をつけた痕跡ともいえる「カギカッコ」だらけになっているのが分かる。


しかしあえて言うならば、こうした疑惑の真偽を問う論争こそが、彼の存在を肥大化させてきたのだ。そして特筆すべきは、ユリ・ゲラー氏本人がその事実にあまりに自覚的なことである。

曰く、「悪いパブリシティなんてない」。19世紀のアイルランド人作家オスカー・ワイルドが残した「話の種になるより悪いことが一つだけある。それは話の種にもならぬことだ」という言葉を引用した後で、「私はこれまで、常に論争の的となってきました。それは、才能の一つといってもいいでしょう。カリスマと言い換えてもいい。決してお金で買うことはできない、貴重な能力なのです」という考えをとうとうと述べる。


さらには自身のHPに「懐疑者たちへ、感謝します」と題した文章を載せて「彼らが35年間にもわたって無料で私の宣伝活動を行ってくれた」という、あまりに直接的な表現過ぎて皮肉にすらならないような見解さえ記している。「私をイカサマ師だと思うにせよ、奇跡を起こす人間だと思うにせよ、一つだけ確かなことがある。それは私が世界で最もすぐれたPR導師の一人に違いないということだ」とまで明言するのだ。疑惑が取り沙汰された人物が、ここまではっきりとその疑惑の効用を喧伝する例はそう多くないだろう。

この人、確信犯だ。

いくつもの曲げられたスプーンやフォークが貼り付けられた自動車
いくつもの曲げられたスプーンやフォークが貼り付けられた自動車。歴史上の人物や著名人などが使用したというプレミアものも多く紛れているという

テムズ河沿いの大邸宅

「英国人の家は城、人生は裏庭にある」ということわざがある。保守的な英国人が描く理想とは、郊外の街に大きな邸宅を構え、家族と共に静かな生活を送ることだという。ユリ・ゲラー氏は、「無料で宣伝活動を行ってくれた」という懐疑者たちのお陰で、この英国人の理想を見事に実現してみせた。


ロンドンのパディントン駅から約30分ほど電車に揺られると、レディング駅に到着する。そこから車を15分ほど走らせると、ロンドン市内よりもずっとゆるやかに流れるテムズ河沿いに、大きな邸宅が並ぶ光景が見えてくる。この地に、総工費2000万ポンド(約28億円)ともいわれる、ユリ・ゲラー氏の豪邸が建っているのだ。

門構えには、「番犬います」の注意書き。来訪者がインターホンを押し、名前を告げると、門がゆっくりと開く。敷地内に足を踏み入れると、目の前に広がるのは、ヘリコプターの発着所にもなるという広大な庭。ここまでは保守的な英国人にとっての理想郷にも映るが、よく目を凝らしてみると、やはりここは「超能力者」ユリ・ゲラーの家であることが分かる。

まず庭の至るところに、曲がったスプーンのオブジェを見かける。また庭には、約1年にわたって家族で住んでいたことがあるという日本への愛着からか、鳥居がそびえる日本庭園に加えて、「山中湖の僧から寄付された」という、重さ1トンの角灯もある。また居間の角には、宇宙人のフィギュア人形が置かれていた。


日本での超能力ブームが終息しつつあった1985年、先述のリチャード・ブランソン氏から「子どもの教育のためには英国に住むのが良い」との助言を受けて、ユリ・ゲラー氏は生活の拠点をこの「城」に移したのだという。以来、妻と共にこの地で2人の子どもを育ててきた。現在、27歳になった息子のダニエルさんはロンドンで法廷弁護士として働き、その一つ下の娘ナタリーさんはニューヨークで女優になることを目指している最中だ。

懐疑論者たちが逆立ちしても実現できない。そんな意地悪な声がどこからか聞こえてきそうなほど、優雅な生活空間がそこにはあった。

広大な庭にあるスプーン曲げをモチーフとしたオブジェ
広大な庭にあるスプーン曲げをモチーフとしたオブジェ

超能力者の正体とは

「スプーン曲げなど忘れろ」や「もう超能力者とは名乗らない」などといった発言の真意はともかく、彼がキャリアの方向転換を図っていることは確かなようだ。「幼い頃はあまり恵まれていない家庭で育ちました。だからテレビでスプーン曲げを披露していた頃は、富と名声ばかりを追い求めていたのです。本当に浅はかな人間だったとは思う。でも今は変わりました。私は今後の人生を、人々を助けるために費やしたいのです」との思いを実現するため、チャリティー活動にも尽力している。

この人はもう、超能力を商売道具とはしたくないのかもし れない。「スプーン曲げなんて忘れろ」発言の意味を、そんな風に何とか理解しようと努めていたら、ユリ・ゲラー氏が「スプーンは持ってきたか」と尋ねてきた。詰まるところ、スプーン曲げを喜んで披露してくれるらしい。サービス精神が旺盛というか、節操がないというのか。こちらも、さっきまで彼の「超能力」をあんなにも疑っていたのに、スプーン曲げが間近で見られるとなると、やはり、何だかわくわくしてしまうのだから、お互い様なのかもしれない。


動画機能を持ったカメラを用意しようとすると、動画撮影は禁止だと言いながら、「ほら曲がってきた、曲がってきた」と、もうスプーン曲げを始めている。確かにスプーンは徐々に曲がってきている、ようにも見える。スプーンを深く握り締めて前後に揺らしているからそう見えるだけで、我々が視線を逸らした一瞬を利用して既に一定の角度まで曲げられていた、と勘繰ることもできなくはない。それから彼は一旦私たちに背を向けて、後方にある暖炉の前にある柵にスプーンを置いてから「今度はひとりでに曲がっていくよ」とヤジロベーのように揺れているスプーンを指差した。気付けば、スプーンは確かにきれいに90度、反り返るように曲がっている。最後にはそのスプーンに、彼の名前とハートマークをサインしてくれた。

居間でのインタビューが一通り終了すると、今度は庭やその他の部屋での写真撮影に付き合ってくれた。私とカメラマン、そしてアート関連プロジェクトの相談のために訪れたというアーティストとその娘を含んだ計4名を携えて、まるで観光ツアーのように敷地内を紹介していく。質問にも淀みなく答えてくれるし、「ジョン・レノンからもらった」り、オークションで競り落としたという、16世紀のイングランド王エドワード6世のスプーンなどが取り付けられた名物の車を見せてくれたときは、「記者たちの聖地だ」と言いながらポーズを決めてくれた。移動中もカメラマンの足元が滑らないようにと気遣うなど、とにかく気配り上手な一方で、「あと5分で写真撮影を終えてしまおう」と物事をテキパキとこなしていく仕切り上手でもある。

マメで、配慮がきめ細かく、手際が良い。ちょっとお調子者だけど、なんだか憎めない、苦笑しながら思い浮かべてしまうような存在。でもやっぱり、どこか安心しきれない、危険な匂いも漂わせている。

その魅力を、世の中では「超能力」と呼ぶのかもしれない。

 

丑年をおいしく過ごそう 英・独・仏 おウシ自慢

英・独・仏 おウシ自慢 丑年をおいしく過ごそう

今年の干支は丑年!そこで英国、フランス、ドイツで展開するニュースダイジェスト編集部が、各国を代表する牛と乳製品をピックアップ。3国それぞれがイチオシする、栄養たっぷり、おいしさ満点の乳製品を食べれば、2009年がモ~っと良い年になるはず!

おいしい英国を発見!

ジャージー牛ジャージー牛乳が生んだ
クロテッド・クリーム

くるりと大きな眼に、ふさふさの長いまつげ̶̶そんな愛らしい容姿が印象的な、英国領ジャージー島生まれの乳牛、ジャージー種。実は同種から採れる牛乳が、英国の「午後のひと時」には欠かせない存在だということはご存知だろうか。2009年がもっと豊かになる、ジャージー牛乳の恵みをご紹介しよう。

ジャージー牛乳は「量より質」

「ジャージー牛乳」と言えば、濃厚な味で日本でも人気が高い牛乳の1つ。とはいえ、このジャージー種の原産地が英国だということは、意外と知られていないのでは。ジャージー種の飼育が英仏海峡に浮かぶ英国領ジャージー島で始まったのは、1700年ごろからとされている。赤茶色の毛と大きな眼が特徴で、乳牛の中では最も小さく、性格は人懐っこくておとなしい。ホルスタイン種と比べると約半分程度しか産乳量がないものの、乳脂肪分が高いミルクにはコクがあり、バターなどの乳製品を作るのに適している。

そしてその味と性質を生かして作られるのが、英国人に愛されて止まない乳製品「クロテッド・クリーム」だ。クロテッド・クリームの乳脂肪分は55~63パーセントで、バター(約83パーセント)と生クリーム(約45パーセント)の中間ぐらいに当たる。ねっとりとしたクリームは口に入れるととろりと溶け、コクはあるのにしつこさが無いのが人気の秘密だ。そして原材料はミルクのみ。そう、クロテッド・クリームはジャージー牛乳の旨みと特徴を最大限に引き出した、魔法のような食べものなのだ。

「神様の食べもの」の秘密

クリーム・ティーウィリアム・グラッドストン元英国首相に「神さまの食べもの」と称されたクロテッド・クリーム。その歴史は長く、紀元前500年ごろにレバノンからフランス北西部の地域に製造方法が伝えられ、その後、この食文化はイングランド南西部に位置するデボン州とコーンウォール州に定着した。英国のほかの地域と比べ、比較的温暖で日照率が高い両州は肥沃な土地にも恵まれ、クリームの製造に欠かせないジャージー種が多く飼育されていたことから、クロテッド・クリームはこの2つの州の特産物になったという。それぞれ「デボンシャー・クリーム」と「コーニッシュ・クリーム」と呼ばれ、現在「本物」のクロテッド・クリームが製造されているのは両州とレバノンだけだと言われている。

ジャージー牛乳は糖分が高いため、生産工程の途中でクリームの表面が凝固し「クラスト」と呼ばれるハチミツ色の膜が出来るが、この膜こそが本物のクロテッド・クリームの証とされている。クロテッドとは「固まった」という意味で、これが名前の由来でもある。製造方法はいたってシンプルで、脂肪分が高い牛乳を弱火で煮詰め、時間を掛けて水分を飛ばしたものを一晩おき、表面に固まった脂肪分を集めるだけ。仕上がりの味を決めるのは素材と製法のみで、それゆえにごまかしが利かない。肥沃な土に育った牧草を食べて育ったジャージー種から採れたミルクだからこその旨みが、クロテッド・クリームには凝縮されているのだ。

ジャージー牛とお茶をどうぞ

「ご飯がまずい」という不名誉な認識が定着している英国だが、観光客の多くが、紅茶とスコーンとクロテッド・クリームをセットにしていただく「クリーム・ティー」や、さらにサンドイッチなどが加わった「アフタヌーン・ティー」に憧れるのもまた事実。そしてこの伝統的なお茶の習慣にも、クロテッド・クリームは欠かせない存在だ。カップにミルクとお湯のどちらを先に入れるかについて討論してしまうほど紅茶好きな英国人だが、実は、スコーンにクロテッド・クリームを先に塗るか、ジャムを先に塗るかでも真剣に悩んでしまうほどこだわりがあるのだとか。とはいえ、最近では割高な本物のクロテッド・クリームを出すお店は少なく、代わりに乳脂肪分が高いダブル・クリームをホイップしたものが出されることが多いという。

Rodda's120年の伝統の味をご家庭で

「我こそがクロテッド・クリームの本家本元なり!」とそれぞれが主張しているコーンウォール州とデボン州。両州に数あるクリーム製造所の中でも、1890年にコーンウォー ル州で創立されて以来、一家でコーニッシュ・クリームの伝統的な味を守り続けている「ロッダ」社は、英国民の誰もがその名を知る存在だ。金色のクラストとシルクのような舌触りが特徴で、生前のエリザベス王太妃もファンだっ たという。

5代目オーナーであるフィリップ・ロッダさんは歴代のオーナーたちと同様、同州の牧場から毎朝届く新鮮なジャージー牛乳を使用する一方で、積極的に最新の機械類を使い、保存料なしでも日持ちする製品を作ることを可能にしたという。英国の「おいしい」伝統を守り進化させていくロッダ社のクロテッド・クリームは、オンライン・ショップのほか英国内の各大手スーパー・マーケットで販売中。本物の伝統の味を手に入れて、おいしい 2009年を迎えよう!

Rodda’s Cornish Clotted Cream
Tel: +44(0)120 982 3300
www.roddas.co.uk

クロテッド・クリーム取扱店

Devon Cheese Ltd.
ご当地の味を新鮮輸送
デボン州の牧場と提携し、同州で作られたクロテッド・クリームを販売するオンライン・ショップ。スコーンとジャムがセットになった「デボン・クリーム・ティー」や、チーズも扱っている。
Devon Cheese Ltd.
East-the-water, Bideford, Devon EX39 4QY
Tel: +44(0)123 742 2800
www.devoncheese.com

Johns Supermarket & Delicatessen
ご当地の味を新鮮輸送
デヴォン州のインストウ村にて、1960年代から、地元で採れた食材のみを販売しているこのお店。ハンドメイドのクロテッド・クリームは、オンラインで注文することも出来る。
Johns Supermarket & Delicatessen
Instow, North Devon EX39 4HY
Tel: +44(0)127 186 0310
www.johnsofinstow.co.uk

The Devon Cream Company
本場の味を世界に発信
瓶詰めにされた同社のクロテッド・クリームは、日本にも輸出されている。一番の人気商品は、ブランデー風味のクロテッド・クリーム。開封せずに冷蔵保存すれば、約1年間持つのも魅力だ。
The Devon Cream Company
1 Ingoldmells Court, Wiltshire SN13 9N
Tel: +44(0)122 581 2712
www.coombecastle.co.uk

Jersey Cow Farm Shop
一家自慢の味を堪能
牧場を営む一家が経営するショップで、チーズやアイスクリームなども、すべて同牧場で育てられたジャージー種のミルクを使っている。クロテッド・クリームなどの一部商品をオンラインで販売中。
Jersey Cow Farm Shop
5 Belle Vue, Bude, Cornwall PL32 9SP
Tel: +44(0)128 835 5650
www.jersey-cow.co.uk

ミルクから食用肉まで何でもお任せ

ヴォージュ種無敵のヴォージュ種と
極上の乳製品

フランス北東部、ドイツ国境近くのアルザス地方は、フランスでも有数の農業地域。なんでも同地方には、ミルクから食用肉としてまで活用出来るオールマイティーな牛、ヴォージュ種がいるという。そしてそのミルクから作られた乳製品は、まさに絶品。極上のチーズとバターを食べて、仏流に丑年を満喫してみては。

オールマイティーな牛、ヴォージュ種

マンステール頭から背中にかけ、一直線に伸びる白毛が特徴のヴォージュ種は、フランス北東部アルザス地方のヴォージュ山脈を中心に生息する牛。この種は、17世紀に迎えた30年戦争時代(1618~48)にスウェーデン人がフランスに持ち込んだものが起源とされている。ヴォージュ山脈の気候が寒さの厳しい北欧諸国の気候に酷似していることから同種はめきめきと増殖し、20世紀初めには12万頭を超えた。

乳牛としてだけではなく食用肉としても活用出来ることから、第一次、第二次世界大戦時にはフランス軍に強制徴収されるほどの人気を見せたヴォージュ種。だがその需要と供給のバランスが崩れ、1970年初頭には3000頭にまで激減してしまう。その後、農林水産省からの通達で種の保存が計画され、77年には8500頭にまで増殖し、現在では1万頭超を保っているという。1メートル30センチ前後と小さめの体にも関わらず、体重は600キロ前後とどっしりした体型で、乳牛1頭につき、年間およそ4400トンのミルクを生産する。

こだわりの郷土チーズ、マンステール

マンステール世界有数のチーズ生産国であるフランスでは、数千種類にも上るチーズが作られていると言われている。ここで紹介したいのは、アルザス地方やスイスとの国境に位置するフランシュ=コンテ地域圏、ヴォージュ山脈付近のヴォージュ県などを代表する、ヴォージュ種のミルクを使用して作られたチーズ、「マンステール」。マンステールは、フランス製のワインやチーズなどに対して与えられる認証「AOC」を持つ、アルザス地方唯一のチーズとしても有名だ。

ウォッシュ・タイプと呼ばれるこのチーズは、表皮を塩水で何度も洗うことで菌を繁殖させ、外側から熟成させるという独特の手法で作られている。熟成が進むと表皮はオレンジ色に変色し、かなりクセの強い臭いを放つ。とはいえ、口に入れるとまろやかで、口いっぱいに広がる濃厚な牛乳の甘さに驚くはずだ。マンステールは乳牛の食生活や生活風土などで味が大きく変わることから「フロマージュ・ド・テロワール(郷土チーズ)」と呼ばれており、アルザス地方では茹でたジャガイモと一緒に食べるのが通例となっている。もちろん、ワインのつまみやデザートにも最適だ。

フランス料理には欠かせないバター

バター世界三大料理の一つにも数えられるフランス料理だが、それに欠かせない食材の一つがバターである。マンステール・チーズに比べると生産量は少ないものの、アルザス地方ではバターも生産されていて、中でも南部に位置するリンタル村で作られるものが有名だ。豊かな自然に囲まれ、高山の牧草を食みながらスクスク育ったヴォージュ種のミルクから作られたバターには、ほかにはない自然の味わいがある。目印は、表面に付いたかわいい牛のマーク。このバターがアルザス料理に合うのは言うまでもない。

おすすめアルザス料理 ★ アルザスのチーズとバターを使った簡単レシピを紹介

マンステール・チーズのタルト

タルト型: 直径30センチ(6人前)
200g(およそ6個)
フレッシュクリーム 150g
0.5g
コショウ 0.5g
小麦粉 15g
バター 20g
パイシート 205g
マンステール・チーズ 110g
1. ボウルに卵、クリーム、塩、コショウ、小麦粉を入れハンド・ ミキサーでよく混ぜる。
2. タルト型にまんべんなくバターを塗り、パイ生地を型に敷き、フォークで適当に穴を空ける。
3. マンステール・チーズを小さなサイの目に切り、パイ生地の上に並べる。
4. パイ生地の上に1で作ったタネを流し入れ、200度のオーブンで40分間焼いて出来あがり。

チーズとバターの入手方法

Klei Belcha
珍しい食材を探すなら
ハチミツ関連の商品、香辛料たっぷりのパン・デピス、フルーツ・ジュース、シロップ、ハーブ・ティー、アルザス・ワインのほかに、マンステール原産のフォアグラ、郷土ならではの珍しい商品が目白押し。
Klei Belcha
21, Grand Rue 68140 Munster
Tel: +33(0)3 89 77 20 57
9:30-12:00 14:00-18:30 無休

Fromagerie: Ferme Roess
チーズ製造を見学出来る
チーズ製造の工程をガイド付きで見学出来る(仏語・独語)。見学時間はおよそ1時間、終了後にチーズの試食あり。水・土曜日は午後からオープン。マンステール・チーズの製造時間は10:00-12:00。
Fromagerie: Ferme Roess
4, Oberer Geisberg 68140 Soultzeren
Tel: +33(0)3 89 77 13 72
www.chezchantaletdany.fr
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Auberge et Ferme du Ried
郷土料理を堪能しよう
大自然に囲まれた牧場にたたずむレストラン。産地直送ならではの新鮮な食材を生かした郷土料理が味わえる。月曜日は定休日。11月15日~ 3月1日は週末のみオープン。
Auberge et Ferme du Ried
Le Ried 68140 Luttenbach près Munster
Tel: +33(0)3 89 77 36 63
このメールアドレスは、スパムロボットから保護されています。アドレスを確認するにはJavaScriptを有効にしてください

Fromagerie: Ferme du Saesserle
美味しいチーズならココも忘れずに
マンステール・チーズの製造の工程を見学することが出来る(見学可能なのは午後のみ、要予約)。チーズの販売も行っており、牧場ではボージュ種を見学出来る。
Fromagerie: Ferme du Saesserle
155 Ferme du Saesserle 68380
Breitenbach Haut Rhin
TEL: +33(0)3 89 77 49 46
年中無休

写真©OTVM


人も牛もモ〜っと健康に!

ホルスタイン女王ホルスタイン種の
安心・安全ビオ牛乳

白と黒のブチがトレード・マークの牛、ホルスタイン種。同種の原産地であり、古くから牛乳産業が盛んなドイツは、世界第4位、EU第1位の牛乳生産量を誇る酪農大国である。そんなドイツで近年注目されているのが「ビオ牛乳」という存在だ。同じホルスタイン種のミルクでも、飼育法が違うだけでなぜ味も栄養価も違うのか、その秘密に迫る。

乳牛の女王、ホルスタイン種

ホルスタイン世界で最も有名な牛の品種といっても過言ではない、ホル スタイン種。同種の原産地は、ライン川河口の低湿地であるオランダのフリーネ地方と、ドイツ北部のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州に当たる地域である。あまり知られていないが、この品種を立派な乳牛に育て上げたこの2つの地方の名を冠した「ホルスタイン・フリーシアン」というのが正式名称だ。

ホルスタイン種は年間6000~8000キロと、乳牛の中では最大の産乳能力を誇り、黄色味の薄い美しい乳白色のミルクを出すこと、そして世界で一番多く飼育されていること から「乳牛の女王」の地位を不動のものとしている。ちなみに、日本で飼育されている乳牛の99パーセントを占めるのも同種だ。そんな大活躍を見せるホルスタイン種だが、ドイツで今、その飼育法とミルクに大きな変化が起こりつつある。オーガニックな飼育と搾乳を実現した「ビオ牛乳」が登場したのだ。

BIO健康で美味しいビオ牛乳

最近、ドイツのあらゆるスーパー・マーケットで見かけるのが、緑の六角形の「ビオ・マーク(Bio-Siegel)」が目印のビオ食品。これは規格認証制度として、有機農業の生産から流通、販売、品質管理にいたるまで、徹底した品質管理が行われているオーガニック食品のことだ。誕生したのは2001年、ドイツで狂牛病(BSE)の感染が確認され、食品に対する不安が急激に高まった時期だった。

現在、パンや野菜、肉にフルーツなど、ありとあらゆるものが登場しているビオ食品。中でもビオ牛乳は人気で、消費者への定着度も高い。初めて飲む人は、同じホルスタイン種から採れたミルクでも、普通のものとビオ牛乳の美味しさと栄養価の違いに驚くはずだ。もちろん品質の面でも安心でき、普通の牛乳との価格差があまりないことも人気の理由だ。

健康と幸せの法則

ホルスタイン消費者が、いつもの牛乳からビオ牛乳へと切り替えるのは簡単なこと。だが農家にとって、その変化は一体どんな形で現れるのだろう。ドイツ北西部、ノルトライン=ヴェストファーレン州で酪農を営むユリアン・トーレンさんは「ビオ牛乳作りが難しいのは事実。でも、私は消費者の人生を『食』の面から応援していきたい」とその情熱を語る。

ホルスタイン種を飼育するトーレンさんは、それまでの一 般的な牛乳の製法からビオ牛乳の製法へと6年前に切り替えた。ビオ牛乳作りには、農場の設備から乳牛の飼育方法まで、あらゆる面で変更が必要で費用がかさむ。実際、ビオ牛乳作りへの転換を考えても、コストと採算を天秤にかけてあきらめてしまう酪農家は少なくないと言われている。

トーレンさんがビオ牛乳作りへと切り替えるきっかけとなったのは、彼の父親の病気だった。食事に特に神経質にな らなければいけない種の病気であったため、食の安全について、彼自身も敏感にならざるを得なくなったという。それを機に、本当に体に良いものを作らなくてはいけない、という信念を持つようになったトーレンさん。ビオ牛乳を作るために手間が倍増する反面、収益は大きな伸びを期待出来ないのが現状だ。しかしそんなジレンマを抱えながらも、消費者の人生を「食」の面から応援したいという情熱が彼を支えた。

ビオ牛乳普通の牛乳と比べ、栄養価の面でも味の面でも勝っているビオ牛乳だが、それは飼育方法に秘密があるようだ。トーレンさんによれば、乳牛が緑の草を食べれば食べるほど、乳の色がより白く、美しく変わるという。「生まれてすぐの仔牛は母牛の母乳で育て、十分な敷地の中で放牧し、無理のない搾乳サイクルを組むことで、牛自身の体力が付いてくる。すると、その牛から取れる牛乳にはたくさんの栄養が含まれ、風味も豊かになるのです」。

良いミルクは良い牛人生、ということだろうか。酪農家の想いと牛のパワーがたっぷりと詰まったビオ牛乳を飲んで、これまで以上に健康的な1年にしてみてはいかがだろう。

牛をもっと身近な存在に

Upländer Milchmuhseum
牛についての博物館、モージアム
入場料はロビーに置いてあるミルク缶の中に支払うが、金額はお客さんにおまかせ。手作りチーズ体験も出来る(参加費は1グループ100ユーロ、要申し込み)。
Upländer Milchmuhseum
Korbacher Str.6, 34508 Willingen - Usseln
+49(0)563-2922222
www.muhseum.de

Dresdner Molkerei Gebrüder Pfund
世界一美しいチーズ屋さん
ギネス・ブックに登録されるほど美しいチーズ屋さん。ドイツで初めてコンデンス・ミルクを作ったのも同店だ。営業時間は10:00~18:00、日曜と祝日 は15:00まで。
Dresdner Molkerei Gebrüder Pfund
Bautzner Str.79, 01099 Dresden
+49(0)351-808080
www.pfunds.de

ファームステイ
忘れられないファーム・ステイを
農家の生活を体験しながら自然と触れ合えるのがファーム・ステイの醍醐味。乳搾りや、藁のベットで過ごす経験は、特に子どもたちにとって忘れられないものになるはず。下記のウェブサイトで目的の地域を選択すれば、ドイツ全国からステイ先を検索出来る。
www.bauernhofurlaub.de

MILKA
紫の牛がトレード・マーク「MILKA」
ドイツで一番有名な牛、それはチョコレート・メーカー「MILKA」のロゴに描かれた紫の牛。「MILKA」はスイスのメーカーだが、ドイツに主要生産工場を持っている。アルプスの牛から採れた牛乳がふんだんに使われたチョコレートのまろやかさも美味。お近くのスーパー・マーケットなどで購入出来る。
www.milka.de
 

新年特集:英国のお笑い

新年特集:英国のお笑い
エリートたちによるユーモアの実験

所変われば、笑いも変わる。いや、ユーモアのセンスにこそ、世界各国における文化の違いが最も如実に表れるという。そこでニュースダイジェスト新春第1号では、英国・フランス・ドイツの現地編集部が、それぞれの国ならではのお笑い事情に迫った。お笑いを通して欧州3国の新たな魅力を再発見すると同時に、新年の初笑いを兼ねれば、一石二鳥。まずはエリートがお笑い業界を支配する、英国の実例から紹介する。

英国のお笑い

高学歴のコメディー業界

英国でコメディアンとして活躍したかったら、名門オックスフォード大学もしくはケンブリッジ大学に入学するべし。

冗談で言っているのではない。例えば、ナンセンスなユーモアで1960~70年代にかけて時代の寵児(ちょうじ)となったお笑いグループ、モンティ・パイソン。彼らメンバー6人のうち、実に3人がケンブリッジ大卒、2人がオックスフォード大卒だった。またコミカルな表情や動作が笑いを誘う「Mr ビーン」の役で日本でも人気のローワン・アトキンソンは、オックスフォード大学クイーンズ・カレッジで理学修士を取得している。昨年末に発売されたDVDの売り上げが好調なジミー・カーは、ケンブリッジ大学社会政治学科卒だ。他にも高学歴な英国人コメディアンは、枚挙に暇がない。

しかしよく考えてみると、これってかなり不可思議な現象ではなかろうか。疑問その1。オックスフォードやケンブリッジのような難関校に入ってまで、何ゆえにコメディアンになりたいと思うのか。その2。貧乏でみじめな下積み時代を経ていないエリートたちが手掛けるコメディーなんて、面白いのだろうか。その3。それまで名門大学に入学するだけのエリート教育を我が子に施してきた親は、泣かないのか。

コメディアン
左)「Mr. ビーン」の主人公を演じるローワン・アトキンソンもオックスフォード大卒である
右)日曜紙「オブザーバー」にてコラム記事を執筆するコメディアンの
デービッド・ミッチェルはケンブリッジ大卒

首席からコメディアンへ

オックスフォード大学のコメディー・サークル、「オックスフォード・レビュー」の会長を昨年8月から務めているジョセフ・マーカムさん(21)が、こうした数々の疑問に答えてくれることになった。たかがサークル活動と侮るなかれ。先のローワン・アトキンソンに加えて、モンティ・パイソンの中心メンバーであったテリー・ジョーンズ、ロマンティック・コメディー映画「フォー・ウェディング」の脚本家リチャード・カーティスといった、後に英国コメディー界の重鎮となる才能を輩出してきた、いわば 英国随一の「お笑い芸人養成所」である。

大学街オックスフォード市内の中心を走る大通り、ブロ ード・ストリートに面した本屋のカフェ。マーカムさんはそこで、辞書のように分厚い本を広げて待っていた。読んでいたのは、英国が誇る17世紀の劇作家ウィリアム・シェイクスピアの傑作、「テンペスト」。聞けば同大学で5番目に古い歴史を持つ、由緒正しきオリオル・カレッジにて英文学を学んでいるという。しかもその学年で最も成績優秀な生徒であることから、首席の称号を授与されているときた。だから寮での夕食時など、学生が集合する場においては特別に黒いガウンを着用する栄誉が与えられている。

その彼が、「大学を卒業したら、1年間だけフランスに滞在し見聞を広げて、やがてはお笑い芸人になりたい」と真顔で言う。いやマーカスさんだけでなく、「オックスフォード・レビュー」のメンバーの多くがコメディーの世界で将来のキャリアを築くことを夢見ている。「オックスフォードやケンブリッジに入学する人は、行動力のある人が多いのです。彼らは趣味でもゲームでも、とにかく一番になろうとする。自分が興味を持つ分野であれば、その道を究めたい、と考えるタイプですね」と、マーカスさんは説明してくれるのだが、だからって、別にお笑いを究めなくてもいいじゃないか。「私たちのサークルでは、文学、歴史、演劇を専攻する学生が多い。彼らはシェイクスピアなどの喜劇を通じて、コメディーの世界に興味を持つようになる、というパターンが多いみたいです」。

なるほど、オックスフォードの学生らが扱っているお笑いって、なかなか高尚らしい。

ネタ元は英文学

マーカスさんたちにとって、英文学とコメディーは深く密接している。

「英文学の勉強とお笑いのネタ作りは、ほとんどの場合が並行した作業になりますね。シェイクスピアのテキストを読んでいたら、急にコントのアイデアを「ピン!」と思いついて、次のページにはその台詞を書いているという具合です」と言う彼のノートを見ると、確かにシェイクスピアの講義に関するメモと、コントの台本がごちゃ混ぜになっている。「英文学の学習は、コメディー制作にとって非常に有益です。まず文学パロディーを作るときの資料となる。さらに名作の構成を学べば、それを自分たちの作品作りにも生かすことが出来ます。私が好きな作家は、14世紀の物語集「カンタベリー物語」を書いたジェフリー・チョーサーです。彼の人物の描き方というのが、本当に素晴らしい。登場人物たちが繰り広げる軽妙な掛け合いを読みながら、声を上げて笑ってしまうこともよくありますよ」。なんと教養深いコメディアンであろうか。

ネタが集まってくると、今度はインターネット上のソーシャル・ネットワーキング・サービスである「フェイス・ブック」でのチャットを通じて他のメンバーたちと一緒にアイデアを交換していく。そうして出来た台本を基にしたパフォーマンスを、毎年夏にスコットランドの首都で開催されるエディンバラ・フェスティバルなどの大型イベントで披露し、メディアから良い批評を受ければ、彼らの活動が注目を集めて次のキャリアのためのステップとなる、というわけだ。

目指すはクレバーな笑い

ライバルであるケンブリッジ大学の名門コメディー・サークル、「フットライツ」のメンバーと行う合同イベントも恒例行事の一つ。昨年は、「世界の終末は近付いているか否か」をテーマに討論会を行ったという。宗教論争を彷彿とさせるこの深遠なテーマを掲げたお笑いイベントが、果たして面白いのだろうか。

そこで、同イベントの模様を映したビデオを見せてもらった。意外なことに、これが面白いのである。フットライツのメンバーが、牧師に扮して世界の終末論を展開していたかと思うと、会場の観客に紛れていたメンバーが抗議するという形で乱入して、掛け合い漫才が始まる。続いてオックスフォード・レビューを代表してマーカスさんが登場し、「世界に終末なんてこない」ことを証明するという立場から、ジョークを連発していく。こうして柔道の団体戦のように、各陣営からそれぞれメンバーが登場してネタを披露しながら対戦していくのである。

「もう視聴者は、テレビのコメディー番組で目にするお決まりのジョークに、食傷気味になっている」と考えるマーカムさんたちは、常に新しい笑いの方法論について頭をめぐらせている。目指すは、「クレバーな笑い」。「『クレバー』といっても、別に小難しい知識を見せびらかすことを意味しているのではありません。そうではなくて、人を笑わすための斬新な方法を見つける能力のことを、『クレバー』と呼ぶのだと思うのです。コメディーの世界において実験的な試みを行うのと、聴衆を実際に笑わせるという2つのことを両立させるのは、非常に難しい。しかし、だからこそやりがいを感じる」と、まるで前衛芸術家みたいなことを言う。

そう、彼らにとって笑いとは、芸術の一分野なのだ。

オックスフォード・レビュー
オックスフォード・レビューのメンバーたち。左端がマーカムさん

モンティ・パイソンが火付け役

英国のコメディアンは、身体障害者や人種差別、戦争犯罪といった政治・社会的な問題を含んだ話題をネタに扱うことが多いのだが、マーカムさんによると、これも一種の「笑いとはすぐに結び付かないものを使って人々を笑わす」という「クレバー」な試みの一つであるという。だから「英国のコメディー界全体が、いわゆるブラック・ジョークに傾いている」とも。路上に置かれたバナナの皮で足を滑らせスッテンころり、といった分かりやすいドタバタなお笑いは、英国では廃れつつあるようだ。

この「笑うべきものでないものをも笑いの対象とする」という流れは、英国コメディー史に金字塔を打ち立てたモンティ・パイソンの登場から始まった。オチのないコント、ブラックなネタといった彼らが手掛けた実験的なお笑いは、「既存のものと相対する笑い」という意味を込めて、やがて「オルタナティブ・コメディー」と呼ばれるようになった。このとき、笑いは芸術へと昇華したのだ。そしてこれに続いて1970年代頃から、ケンブリッジ大とオックスフォード大卒の教養深いコメディアンが続々と登場することになったのである。

笑いとは社会的な行為

ところで心配なのが、マーカムさんのご両親の反応である。日本で東大生がお笑い芸人になると言ったら、その学生はきっと家族の猛反対に遭うことだろう。ところが、マーカスさんのご両親にいたっては、このお笑い志望のオックスフォード生を全面的に支援しているという。「両親は、私が素晴らしいことをしていると喜んでくれています。一つに、自分が本気になって取り組める好きなことを見つけたということに対して。さらには、幼い頃から私自身の中にあった偏屈な部分を、人を笑わせるためのエネルギーに転化させることで社会に貢献する手段を見つけることが出来たという事実に対してです」。マーカムさんは幼いころ、いわゆる引きこもり少年だった。だからご両親も「実家で悶々として暮らしているよりも、コメディアンとして活動した方がずっと社会的」であると理解を示してくれているのだという。

ネタの宝庫でもある英文学を通じて教養深くなり、笑いを通じて社交的な人格を形成する。コメディーのネタになると思えば学校の勉強もはかどり、いまや国内のメディアからも注目される人気者になった。

日本のお受験で苦しむお子さんにも、試しにお笑いをやらせてみてはどうだろうか。

ジョセフ・マーカムさんジョセフ・マーカムさん

プロフィール
オックスフォード・レビューの会長、21歳。1950年代初頭に創設されて以来、英国の演劇・テレビ界などで活躍する著名人らを輩出してきた同コメディー・サークルの運営を2008年より手掛ける。同年夏に開催されたエディンバラ・フリンジ・フェスティバルで発表した作品「Bonfire of the Ottomans」は、多くの批評家から高評価を集めて注目を浴びた。

新春特集

フランスのお笑い
ドイツのお笑い

 

2008年ニュースを語る

2008年ニュースを語る

早いもので、2008年もあと2週間で幕を閉じる。今年は世界的な不況のため経済関連のニュースが注目されたが、その他の分野でも多くの事件・出来事があった。今回は、特に重要と思われる10の分野のニュース・サマリーから、今年1年の動きを振り返ってみたい。(猫山はるこ)

果断な経済政策で支持率も回復
首相の来年の采配に期待

瀕死の状態から何とか生還、しかしまだ足元は危うい──これが今年のブラウン首相の姿だったかもしれない。昨年から続いていた政府支持率低下の傾向は今年も一層強まり、労働党は、5月の地方選での大敗に続き、同月及び7月の下院補欠選挙でも敗退。また、ミリバンド外相が党首交代を訴えるかのような記事を新聞で発表したり、一部の労働党議員が公然と党首選を要求するなど内部からも突き上げに遭い、首相の威信はすっかり低下した。

10月初旬の内閣改造では、仇敵ピーター・マンデルソン氏を助っ人として呼び戻し、政府の窮状の深刻さを更に露呈。しかしここで皮肉にも、金融危機が首相に名誉挽回のチャンスを与えることになる。大手銀行への公的資金注入を始めとする果断な経済政策の実行によって指導力を見せつけたことで、首相の好感度は一気に上昇。20%台で低迷していた政府支持率も30%台に回復し、11月にスコットランド中部で行われた下院補欠選では無事、労働党候補を勝利に導くことができた。

しかし、英政界の流れは早く、既に「ブラウンの復興期は終わった」として、保守党が再び盛り返してきたことを指摘する声もある。12月初旬に「クイーンズ・スピーチ」で発表された政府法案を見ると、経済以外にも多くの課題があることが分かるが、首相の指導力は再び発揮されるのか。次期総選挙の実施期限まで残された期間はあと1年半。来年も、ブラウン政権に要注目である。

政治
左写真: 労働党党大会でベテランの余裕を見せた ブラウン首相(写真右)と妻のサラさん(同左)
Picture by: Anthony Devlin/PA Wire/PA Photos
右写真: 労働党には「真の改革」が必要だと訴え、論争を呼んだミリバンド外相
Picture by: Dominic Lipinski/PA Wire/PA Photos

金融危機・不況で英経済が一変
銀行救済、大手破綻など

金融危機と不況の報道が続いた1年だった。まず2月にはノーザン・ロック銀行の一時国有化が決定。民間企業の買収は結局、実現しなかった。一方、バブル崩壊で住宅市場は一気に停滞し、政府は9月、印紙税の非課税枠を拡大するなどの市場救済策を発表した。

9月にはまた、大手銀行ロイズTSBが、経営難の同業大手HBOSの買収を発表。株価が急落していた住宅金融大手ブラッドフォード・アンド・ビングリー(B & B)も国有化され、金融危機の拡大を国民に実感させた。こうした中、政府は10月初旬、500億ポンド(約7兆5000億円)の公的資金注入を柱とする銀行救済策を発表。更にこの数日後、ロイズTSBなど大手3行に総額370億ポンド(約5兆5500億円)の公的資金を投入することを明らかにした。

国立統計局によると、今年6~8月の失業者数は、過去11年で最高の182万人に上った。小売大手ウールワースの破綻は、イングランド銀行が12月初旬に実施した政策金利の2%への引き下げと共に、国民に大きな衝撃を与えたと言える。同銀のキング総裁は、英国は今年後半に景気後退に入ったとの見方を示しており、今後2年間にデフレーションに直面する危険性も口にしている。

ポンドが記録的な安値を続け、去年の今頃には想像すらできなかったような状況が続いている英経済。果たして来年のこの時期には、少しでもこの悪夢から覚めているのか、今は誰にも予測がつかないといったところだろう。

経済
左写真: 住宅市場活性化案を発表するブラウン首相(写真中央)Picture by: Lewis Whyld/PA Wire/PA Photos
右写真: HBOSのホーンビー最高経営責任者(写真左)とロイズTSBのダニエルズ最高経営責任者(同右)
Picture by: John Stillwell/PA Wire/PA Photos

ポイント制実施など規制厳格化
秋にはIDカード導入

スミス内相
IDカード導入スケジュールを
発表するスミス内相
Picture by: Jack Hill/
The Times/PA Wire/
PA Photos
英国の移民規制厳格化の動きを実感させられた年。最大のニュースは、新たな移民規制のシステムとして「ポイント制」が始まったことだ。従来の複雑な制度を簡素化し、欧州経済領域(EEA)加盟国以外の国からの移民労働者の入国を制限するものであり、着々と導入が進められている。

偽装結婚などを防止するため、結婚ビザの申請可能最低年齢は18歳から21歳へ引き上げられた。また不法労働取り締まりなどを目的とするIDカードは、まず滞在期間延長を申請する学生ビザ、結婚ビザ保持者を対象に、11月から発行が始まった。12月の「クイーンズ・スピーチ」で発表された政府法案の一つは、市民権取得に関する規則を更に厳格化するものである。

フィル・ウーラス移民担当大臣は、10月の就任以降、移民に対する厳しい姿勢を示す数々の失言で物議を醸している。景気悪化で英国人の雇用確保が最優先課題となるなか、移民規制は今後、更なる厳格化はあっても、緩和されることは考えにくい。

英国国教会のキーワードは「分裂」
女性主教問題などで紛糾

カンタベリー大主教
英国国教会発足以来の危機に
直面する ウィリアムズ・
カンタベリー大主教

今年の英国国教会関係のニュースでは、「分裂」という言葉が目立った。7月初旬に行われた同教会の総会は、女性主教を認めることを決定。カトリック教会から「(英国国教会との)和解に対する更なる障害」と非難されたほか、今後、この方針に反対する教区が英国国教会から離脱することも懸念されるという事態を引き起こした。

また、同月中旬から8月初旬にかけて、全世界の聖公会の主教が集まる10年に1度の会合「ランベス会議」がケントで開かれたが、女性主教及び同性愛者の聖職者任命の問題をめぐって、主にアフリカや南米の200人以上の主教が出席をボイコットすることになり、保守派と進歩派の分裂を露呈した。会議では結局、これらの問題について解決は見出せず、ウィリアムズ・カンタベリー大主教が「一致と相互理解」を訴えるに留まった。その他には、同大主教が2月、イスラム法のシャリーア法の英国への部分的導入を支持する発言を行ったことも大きく報じられ、物議を醸した。

「CO2排出量を8割削減」と表明
政府の意気込み見せる

環境
ビニール袋の無料配布を禁止する
スーパーが増加
Picture by: Clara Molden/PA Wire
/PA Photos
景気が悪いと環境対策は二の次になりがちだが、エド・ミリバンド・エネルギー・気候変動相は、就任早々の10月中旬、二酸化炭素(CO2)の削減目標を、これまでの「1990年比で2050年までに60%減」から「同80%減」へと修正することを発表。環境対策に対する政府の強い意気込みを見せつけた。

そうは言っても世界的な不況の影響はやはり避けられず、今年はリサイクル資源の需要が大幅に低下し、価格が暴落。このため、引き取り手のいないリサイクル資源を大量に抱えた地方自治体の一部では、既に一般世帯からのリサイクルごみの回収をやめる例も出ており、環境保護策を後退させる動きであるとして懸念する声が上がっている。

皇太子は還暦、息子は軍隊で活躍
元妃は事故死との評決

ヘンリー王子
陸軍士官としてアフガニスタンに
駐留したヘンリー王子
Picture by: John Stillwell/PA Wire/PA Photos
昨年から行われていた故ダイアナ元皇太子妃の死因審問で4月、「過失による事故死」だったとの評決が出された。一方、その元夫のチャールズ皇太子は11月14日、60歳の誕生日を迎えた。なかなか国王になれない皇太子には同情論もあるが、これを期に慈善活動なども改めて評価され、幸せな還暦を迎えられたと言えるだろう。

一方、2人の息子たちは、次男のヘンリーが昨年末から今年2月末まで陸軍士官としてアフガニスタンの前線に従軍。兄のウィリアムは年初の4カ月間、空軍のパイロット養成集中訓練を受けた。来年は、ウィリアムが空軍捜索救難隊、ヘンリーは陸軍航空隊でそれぞれパイロットとしての訓練を受けることが決まっている。

少年によるナイフ刺殺事件が多発
少女失踪は捜査中止に

嘆き悲しむ母
6月、ロンドン南部ウォータールーで、15才の娘を殺害されて嘆き悲しむ母親(写真左)Picture by: Stefan Rousseau/PA Wire/PA Photos
特に今年前半、ロンドンを中心に、ナイフを使って10代の少年が同年代の少年を刺し殺す事件が多発。若者の犯罪問題の深刻さを浮き彫りにした。今年初めから11月中旬までの統計によると、ロンドンにおける若者の刺殺被害者は25人に達している。

また、昨年5月、ポルトガルで英国人少女マデリン・マッカーンちゃん(当時3)が行方不明になった件で、同国の警察が7月、捜査打ち切りを決定したことも大きなニュースだった。少女の両親が「容疑者」に特定され、センセーショナルな報道が目立ったこの事件では、同国警察の捜査能力、報道機関の役割などの問題が浮かび上がった。

更に、ロンドン・ハリンゲー区の「ベビーP」虐待死事件、ウェスト・ヨークシャー州での母親による少女誘拐偽装事件では、地方自治体の児童福祉サービスが、地域の子供の保護という責務を果たせていない実態が暴露され、強い批判を浴びた。ハリンゲー区では事件を受け、児童サービス部長が解雇された。

ボリス・ジョンソン新市長が誕生
「タレント政治家」から転身

ボリス・ジョンソン氏
5月、ロンドン市長に選出されたボリス・ジョンソン氏(写真右)と妻のマリーナさん
Picture by: Dominic Lipinski/PA Wire/PA Photos
5月の市長選で、保守党のボリス・ジョンソン候補が、ベテランのケン・リビングストン氏を破って初当選。当初は、公共交通機関での飲酒禁止や若者のナイフ犯罪対策などで一定の評価を得るものの、次第に「我がまま」ぶりも目立つようになった。

10月初旬には、かねてから好ましく思っていなかったロンドン警視庁のイアン・ブレア警視総監に対し、スミス内務相への事前連絡なしに事実上の解雇宣告。また11月には、テムズ・ゲートウェイ橋建設やテムズ河横断トラム導入計画など、前市長の構想による大規模交通計画を、費用削減のためとして片っ端から廃案にした。ロンドン西部での混雑税課金については、最短で2010年までに取り止めることを決定し、環境団体などから批判の声も聞かれる。「次の市長選ではリビングストン氏が復活するのではないか」との見方も出ているが、2012年オリンピックの準備も本格化する来年以降、新市長の行政手腕が注目されるところである。

「ヒト性融合胚」の作製を容認
難病治療の研究目的

科学
同法改正では妊娠中絶可能期間も焦点となった
Picture by: Katie Collins/PA Wire/PA Photos
科学の分野では、ヒト胚研究に関する過去20年で最大の法改正が実現したことが特に大きなニュースだった。11月末、「2008年ヒト受精・胎生学法」が施行されたことによるもので、これにより、パーキンソン病やアルツハイマー病などの難病治療の研究のため、ヒトの細胞核を動物の卵子に注入する「ヒト性融合胚」の作製が容認されることになった。この法改正をめぐっては、カトリック教徒など保守派から反対意見が続出し、いまだに「将来、クローン人間が作製される可能性を生む」などとする批判の声が強い。同法にはまた、レズビアンのカップルが、体外受精(IVF)で生まれた子供の両親として法的に認められるとの条項も含まれた。

学力試験の採点遅延で批判の嵐
新資格導入は問題含み

教育
中等教育の最終試験「Aレベル」では史上最高の合格率を記録
Picture by: Owen Humphreys/PA Wire/PA Photos
今年の夏、イングランドの公立学校の全国共通学力テストである通称「SATs」の採点が大幅に遅れ、児童・学校・家庭省は大きな批判を浴びることになった。採点を委託されていた米系民間会社「ETSヨーロッパ」は失態を演じた末に政府との契約を切られ、これがきっかけとなって10月、14歳向けのSATsが今年限りで廃止されることが決まった。

また、9月の新年度より、新たな資格として「ディプロマ(Diploma)」が導入された。14~19歳を対象にした、職業技術と教養科目を同時に学べることが売りの資格だが、導入前には現場の教師から準備期間不足との不満の声が続出。生徒への周知も十分とは言えず、浸透には時間がかかりそうだ。

 

お取り寄せで年末を満喫!Online Shopping

お取り寄せで年末を満喫! Online Shopping

街も人も心躍る年末シーズンが、いよいよ到来!とはいえ、クリスマスや年末年始のお持て成し、そしてプレゼントを買いに行くとなると、長蛇の列や予算の悩み、そして物色にかかる膨大な時間など、意外とストレス要因が多いのも事実だ。でもそんな時にこそ活用したいのが、パソコンを仮想デパートに変えてくれるオンライン・ショッピング。お取り寄せサービスを最大限に利用して、1年の締めくくりを心行くまで楽しもう。

※ サイトの内容や価格などは、掲載当時の情報です。

産地直送品でおいしさ格別 お取り寄せグルメ

自宅でのお持て成しやお呼ばれした際の手土産、それに1年の感謝の気持ちを込めたお歳暮。どんな時にも対応できる万能アイテム、ご当地グルメを紹介しよう。

「デキる」と思わせる上質ビール

Arran BreweryArran Brewery
www.arranbrewery.com

お歳暮やプレゼントの準備に忙しいこの時期、手ごろな価格で、しかもセンスの良さをアピールできる贈りもの選びには意外と悩んでしまうもの。そんな時にぜひおすすめなのが、スコットランド南西沖に位置するアラン島が誇る地ビール「アラン・エール」だ。伝統的な醸造法と厳選された原材料のみを使用し、さらに大自然に囲まれた同地ならではの清水が生んだ深い味わいが楽しめる。滑らかな口当たりの「アラン・ダーク・エール (500ml x12本入り、£22.80)」が一番人気なのだとか。
★重量と納品先により配送料、配送日数が異なる


「本当においしい」を贈りたい

Eynon'sEynon’s
www.eynons.co.uk

クリスマスのロースト料理と言えば、やっぱり主役となるのはお肉。高品質で安心して食べられるものを安い値段で手に入れるなら、1860年代からウェールズで牧場を経営しているという一家が運営するこのサイトを利用してみては。英国各地の農場経営者たちとも提携しているため、スコットランドやイングランドで育てられた最上級のお肉も揃っている。また、お手製のベーコンやソーセージ、パイなどのお惣菜も充実しているので、家事からちょっぴり休息をとりたい主婦にも心強い。
★英国本土は一律£8.95でチルド輸送。注文の翌日から配送日を指定できる


英国人の大好物をご家庭でも

PieministerPieminister
www.pieminister.co.uk

お肉や野菜がぎっしり入ったパイは、英国人の「ソウル・フード」。このパイ専門店は、「好きなのに、おいしいパイが売ってない!」という人々の欲求不満を解決すべく、2004年にイングランド南西部の街、ブリストルで創業されて以来、すでに全国に支店を増やしつつある。定期的に新しいレシピが登場するが、やはり人気なのは王道の味である、英国産のステーキがたっぷりの「Pm Pie(£3.25)」なのだそう。冷凍保存もできるので、急な来客に応対する時にも重宝する。
★12個から注文でき、4日以内に配送(火~土)。国内の配送は£9.40~


女王も納得、自然の恵みジュース

James WhiteJames White
www.jameswhite.co.uk

イングランド東部サフォーク州で果樹園を営むオーナーが、自慢のリンゴ・ジュースを市場に出品したところ、あっという間に全国で販売される人気商品に……という経緯を見るだけで、味の良さに定評があることが分かる。しかも、2002年にはスパイス入りのトマト・ジュース「ビッグ・トム(75clx12本、£29.50)」が、王室御用達であることの証明「ロイヤル・ワラント」をビクトリア女王から授与された。3ケース(36瓶)を1つの住所に注文すれば、8ポンドが割引きされる。
★12本1ケースから注文可。配送日数は5日


ここ一店でもてなし上手に

House of CheeseHouse of Cheese
www.houseofcheese.co.uk

ワインのおつまみに、食後のデザートに、切るだけで立派な一品になってくれるチーズはこの時期、大活躍。チャールズ皇太子から「ロイヤル・ワラント」のお墨付きを受けているこのチーズ専門店は、英国とフランスの酪農家たちが作った様々な種類のチーズを取り寄せ、手ごろな価格で販売している。クリスマス期間中はクラシック・チーズ・コレクション(£35.20)など、特別な盛り合わせも大充実。チーズに合うクラッカーやフォアグラのパテなども扱っている。
★国内一律£7.95で翌日配送。12月のみ、£35から注文受付


一家自慢の新鮮シーフード

Dee FishDee Fish
www.deefish.co.uk

いつもよりちょっぴり贅沢したくなるこの時期、スコットランド南西部から、獲れたての新鮮な魚介類を取り寄せてみては?家族7人がそれぞれ漁、加工、販売の工程に携わり、鮮度も品質も厳しい基準で保っている。サーモンやトラウトなどの燻製までお手製というこだわりようだ。真空パックで届けられるので、ホタテ(250グラム、£6.75)やロブスター(200グラム、£2.90)、サーモンなどは、お歳暮としても喜ばれるはず。季節・水揚げ量によって商品に多少変化あり。
★午前11時までの注文(月~木)は配送日数2日


定番の贈り物で失敗しらず

Royal Mile WhiskiesRoyal Mile Whiskies
www.royalmilewhiskies.com

お歳暮の定番とも言えるのがアルコール類。エディンバラのロイヤル・マイルに店を構えるこの酒屋は、シングル・モルトのスコッチ・ウィスキーが専門だが、その他の地域の名品も広く扱っている。サイトに掲載された膨大な数の酒類に思わず頭を抱えてしまいそうだが、この時期ならではのギフト・パックやサイト一押し商品を選べば、ハズレなし。葉巻などウィスキーの味と合うあらゆるものを取り揃えているのも嬉しい。クラシック・モルト・トリオ(20cl×3本、£30.45)など。
★15本までは、国内一律£6.55(+VAT)。配送日数は約1週間。実費負担で各国への配送も可


クリスマスはこれがなくっちゃ

Abel and ColeAbel and Cole
www.abelandcole.co.uk

日本人にとっての新年のおせち料理のような存在が、英国ではクリスマス・プディングとミンス・パイ。ロンドン各地で農家直送野菜の販売・配送を行っているこのお店では、ミンス・ミートと呼ばれるドライ・フルーツの砂糖漬けを使った伝統のデザートにもオーガニック食材が使用されている。クリスマス・プディング(450グラム、£7.85)やミンス・パイ(6個入り、£3.95)などのクリスマス商品は、17日までに注文を。写真はチョコレート・ジンジャーブレッド・マン(60グラム、£2.09)。
★8ポンド以上から注文可。配送料は無料だが、配送区域はロンドン中心部と南西部のみ

1つあれば、パーティーの準備完了!クリスマス・ハンパーズ

この時期になるとよく見かける商品が、お菓子やワインなどの詰め合わせ「ハンパーズ」。ボリューム満点でパッケージも特別感たっぷりだ。自宅用にも贈りものにも、困った時はハンパーズ!


1アイテム、豪華主義で勝負

House of FraserHouse of Fraser
www.houseoffraser.co.uk

さすがは英国が世界に誇る高級デパート「ハウス・オブ・フレイザー」とあって、世界の名だたる名産品がぐっと凝縮された、豪華な品揃え。確かな品質はもちろん、パッケージの見栄えのよさも第一級だ。ボックス・セットのほかにも、バスケットに入った、求めやすい値段の詰め合わせも用意されている。写真はイングランド東部サフォーク州でフリー・レンジの牧場を営む「ジミーズ・ファーム」が同デパートのためだけに考案した、極上の肉を詰め合わせたスペシャル・ハンパー(£95)。
★£50以上のお買い上げは送料無料、配送日数3~5日(月~金)


しっとりした高級感を出すなら

Marks & SpencerMarks & Spencer
www.marksandspencer.com

確かな品質で人気の高級スーパー「マークス&スペンサー」からは、ワインやクラッカーに、ビスケットやチョコレートなど、パーティーにもぴったりの品物が勢揃い。黒や、落ち着いたピンクを基調としたパッケージは高級感があり、テーブルに置くだけでクリスマス気分が盛り上がるはず。ワイン、食料品、キッズ用のハンパーズが用意されていて、値段は£30~999と、人数や目的によって選ぶことができる。写真はワインとグルメ、菓子類がぎっしり詰まった「The Gourmet(£250)」。
★配送日時を指定でき、配送日数によって値段が異なる


詰め合わせにも個性がキラリ

Marks & SpencerJohn Lewis
www.johnlewis.com

デパート「ジョン・ルイス」は、菓子類、生鮮食品、オーガニック製品など、世界各国のありとあらゆる特産品をミックスしたハンパーズを用意。またシャンパン、チョコレート・トリュフ、バス用品などが揃った女性向けのセット「For Her」(£44)や、手編みのピクニック・バスケットにワインやグルメ商品が詰まった「The Nutcracker Hamper(£100)」など、カテゴリーも独創的だ。すでに値下げしている商品もあるので要チェック。クリスマス前の配送は、19 日(金)が最終オーダー。
★配送日数5日を選ぶと配送無料、日時指定は商品ごとに料金が異なる


低予算でも満足度たっぷり

DebenhamsDebenhams
www.debenhamsflowers.co.uk

英国を代表する百貨店「デベナムズ」のハンパーズは、£24~450と幅広い予算が魅力的。詰め合わせはどれもボックスかバスケットに入っていて、中身はもちろん、見た目でも迷ってしまうはず。また、同デパートは高品質なオーガニック食材に特に力を入れていて、ジャムやチャツネなど、特に防腐剤などが気になる食品も安心して購入できる。なかでもおすすめは、発展途上国からの製品を適正価格で販売する「フェア・トレード」の商品をバスケットいっぱいに詰めた「Fairtrade Flavours(£45)」(写真)。
★重量や配送日時の指定により配送料金が異なる

一度はもらってみたいプレゼント 女性・ファミリー向けアイテム

簡単なようで実は一番難しいのが、女性とキッズへのプレゼント選び。自分では買わないけれど、貰ったら嬉しいものや、実は憧れていたものを贈ることが満足度アップのコツだ。


一家に一台でパーティーの主役に

The Chocolate Fondue CompanyThe Chocolate Fondue Company
www.chocolatefonduecompany.co.uk

チーズ・フォンデュならぬチョコレート・フォンデュを家で簡単に作れる機械「チョコレート・ファウンテン」がパーティーに一台あれば、大人も子どももがっちりと心を掴まれてしまうはず。これはファウンテンというネーミングの通り、小さな噴水型の機械から温かいチョコが流れ、そこにイチゴやマシュマロなど好きな具をかざしてチョコ・フォンデュが作れるという、夢のようなマシーン。家庭用サイズ(£19.95~)はもちろん、さらに大きなパーティーにはレンタルもどうぞ。
★午後1時までのオーダーは翌日配送


みんなを笑顔に変える、魔法のスイーツ

The Little Cupcake Company
www.thelittlecupcakecompany.co.uk

The Little Cupcake Companyおもちゃのようなかわいらしさと、ちょっぴり懐かしいおいしさで、去年からロンドンで大ブームとなっているカップ・ケーキ。見た目重視の店が多いなか、ここでは厳選された素材のみを使用して手作りされているため、味も大満足だ。普通サイズ(£1.60~2.00)に加え、キッズやいろいろ試したい女性には嬉しいミニ・サイズ(£1.20~1.50)も用意されている。通常は48時間前に注文できるが、クリスマス・シーズンは10~14日前に予約を入れよう。
★配送料は配送日数の指定により異なる


プレゼントの王道、ブーケを全国配送

Serenataflowers.comSerenataflowers.com
www.serenataflowers.com

離れているからこそ、気持ちがストレートに伝わる贈りものをしたい─そんな人にぴったりなのが、指定の住所に花束を贈ることが出来るこのサービス。国内はもちろん、世界のほとんどの国に配送が可能なので、国を超えてサプライズ・プレゼントを演出することもできる。「花のことはさっぱり……」という人も、季節ごとのおすすめや、クリスマスの特別ブーケが用意されているので安心だ。メッセージは200文字以内(英語)まで添えられる。
★国内は配送無料(時間指定なし、月~金)


空けても食べてもウキウキがいっぱい

ThorntonsThorntons
www.thorntons.co.uk

英国で全国展開しているチョコレート・ショップ「ソーントンズ」では、クリスマスにぴったりのスペシャル・チョコがずらり。サンタやトナカイ、雪だるまの形のチョコレート(£5.60~)や、ワインとチョコの豪華な組み合わせのハンパーズなどが揃う。なかでもおすすめなのは、一粒一粒にアルファベットを書き、オリジナル・メッセージが贈れるという「アルファベット・トリュフ(22文字は£14、23文字は£19.53)」。25日までの配送は22日まで受付。
★配送日数に指定がない場合は、届け先1件につき配送料£4.95


「優しい気持ち」を贈りたい
エコ、チャリティー系プレゼント

贈る側も贈られる側も、なんだか優しい気分になれるのがエコやチャリティー・ギフトの素敵なところ。1年の締めくくりに、思いやり溢れるプレゼントはいかが?

贈りものでも地球を応援

So OrganicSo Organic
www.soorganic.com/home.php

もっと気軽にエコを日常に取り入れたい!という人にぴったりなのが、環境負荷を最小限に減らしたオーガニック製品を扱うこのサイト。オーガニック製品といってもどれを選べばよいのか、はたまた本当にオーガニックなのか分からないもの。でもこのサイトでは、グリーンな生活を提唱する創設者が、自信を持って家族や友人に勧められる商品だけを販売しているので、プレゼントするにも安心だ。正午までに注文すればその日のうちに発送されるというので、プレゼント選びの最終兵器としてもおすすめ。
★£80以上購入すれば送料無料(国内のみ)、それ以外は£3.95~


感謝の気持ちを世界に広げよう

OxfamOxfam Unwrapped
www.oxfam.org.uk

貧困に生きる人々の支援活動を行うチャリティー団体「オックスファム」が提案するこの「アンラップト」。新しい形のチャリティー活動として注目を集めているこのプログラムは、贈り主がサイトからプレゼントを選ぶと、メッセージとプレゼントの内容を掲載したカードが相手に届き、さらに、選んだ支援が貧困に立ち向かう人の元へ贈られるというシステムになっている。プレゼントは25本の植林(£8)、ロバ(£50)、学校の机とイス(£30)など。
★配送料無料、メッセージ・カードは配送日数3日


未来に繋がる贈りものを

Practical ActionPractical Action
www.practicalpresents.org

貧困に生きる人々をサポートする非営利団体「プラクティカル・アクション」も、オックスファムと同じシステムで「本当に必要とされている物資を、本当に必要としている人に送る」というコンセプトのチャリティー・プレゼントを実施。レンガ(£35)はジンバブエのスラム街に、レスキュー・ボート(£492)は毎年モンスーンの深刻な被害を受けるネパールに送られるなど、贈り先の詳細が分かるのも嬉しい。相手にはメッセージとプレゼント内容を書いたカードが届けられる。
★配送料無料、メッセージ・カードは配送日数3日


楽しみながらエコを続けられる

Natural CollectionNatural Collection
www.naturalcollection.com

フェア・トレードやオーガニックなど、地球に優しい製品を販売するサイト。有機栽培のコットンでできた衣料品や自家発電で遊べるおもちゃなど、楽しみながらグリーンな生活を送るためのアイテムやアイデアが満載だ。メンズ、レディース向けの商品からキッズ、アウトドア、電気製品に掃除道具など、カテゴリー別におすすめ商品を掲載していて、頻繁に内容が変わるので小まめにチェックしよう。おすすめは、鳥がエサを食べる様子を眺めることができるガラス製のエサ箱(£29.95)。
★£70以上の購入で配送料無料(日時指定なし)

マンネリってなに? の個性派ぞろい 変わり種プレゼント

家族や古くからの友人など、毎年プレゼントを渡す相手には、どうしても同じようなプレゼントを渡しがち。気心が知れる間柄だからこそ、冒険心に溢れる贈りものをしてみよう。


オリジナル新聞で一生の思い出をプレゼント

inthepaper.co.ukinthepaper.co.uk
inthepaper.co.uk

「いつか新聞の一面を飾りたい」という野望の持ち主や、記念日などを迎えた友人には、好きな記事を掲載できるオリジナル新聞をプレゼントしてみてはいかが?まず紙面に入れたい人の名前や詳細を記入し、発刊日などの詳細を決め、次にクリスマスや誕生日、スポーツや芸能の中からカテゴリーを選ぶ。記事や新聞社の名前を選び、一面を飾る写真を登録すれば、世界に1枚だけの新聞ができあがり。さらに、見出しや記事を自分好みに編集することも可能だ。通常の配送料に追加料金を足せば、世界中に発送可。
★配送料£2.95、配送日数3日。£2.50の追加料金で翌日発送も可


星の名付け親になれる?!

Universal Star listingUniversal Star Listing
www.starnames.com

とびきりロマンチックな贈りものを探している人にぜひ試してほしいのが、なんと星に名前を付けることができるというこれ。まだ名前が付けられていない無数の星からお好みのものを選べば、あとはお好きにネーミングを(£18.95)。新しい名前が記録された証明書と、その星を観測するための手引書も贈られる。とはいえ、天文学での命名権、あるいは星の所有権を手に入れるわけではないのでご注意を。天体望遠鏡を使えば、選んだ星を特定の日時に見ることが出来るので、友人や家族に自慢してしまおう。


これで一人前のサッカー・ファンに

lastminute.comLastminute.com
www.lastminute.com/site/

「毎年、同じようなプレゼントしか思いつかない」というマンネリを打破したい人には、ありとあらゆる商品を売るこのサイトがおすすめ。キッチュな雑貨からエステ体験、はたまたバンジー・ジャンプ体験など、様々な商品が並ぶが、なかでも変わっているのが、サッカー・チームの株主になれる(値段はウェブサイトを参照)というもの。「トッテナム・ホットスパー」や中村選手が活躍する「セルティック」まで、英国のサッカー・クラブの株を購入することができる。他にも「月の土地の購入権」という変わった商品が用意されている。


新しい自分を発見! してもらおう

Extreme ElementExtreme Element
www.exelement.co.uk

自分ではなかなか決心が付かないけど、プレゼントされたら挑戦するしかない!そんな「新しい体験」をプレゼントできるのが、様々なエクストリーム・スポーツを紹介しているこのサイト。強風を下から当てられることで室内でスカイダイビングが出来る「インドア・スカイダイビング」や、特殊なビニール素材でできた巨大な玉に入り、急な坂を転がり落ちる「ハーネス・スフィアリング」、王道のロック・クライミング(£38.17~)など、アドレナリン大噴出は間違いない!
★購入証明書をEメールで即時に配送、郵便は配送日数1~3日(£2.49)

※ サイトの内容や価格などは、掲載当時の情報です。

 

クリスマス・ディスプレイ2008

クリスマス・ディスプレイ2008

街は光に溢れ、気分も装いも華やぐこの季節。なかでも目を奪われるのが、年に一度の特別な装飾で個性を競っているデパートのクリスマス・ウインドー・ディスプレイだ。そこで今回は、リバティのディスプレイ製作に携わったロンドンのディスプレイ制作会社に勤める日本人デザイナーを指南役に迎え、製作裏話などを伺いながら、各店の例年の傾向と今年の特徴を探ってみた。いつもとは少し違った視点でウインドー・ショッピングを楽しんでみては?(文・写真: 黒澤里吏)

今回の指南役

梶谷典子さん
梶谷典子さん日本でディスプレイ制作会社に6年勤務した後、来英。語学学校に通っている間にElemental Designにパート・タイマーとして採用され、2006年に労働ビザを取得。以来、同社にてディーゼルやラコステ、スワロフスキー、ルイ・ヴィトンなど、有名ブランド店のディスプレイ・デザインを手掛けている。

ディスプレイ・デザイン会社
マスコットのアウディ君Elemental Design

ブリクストンにオフィスを構えるディスプレイ制作会社。社長のゲイリーさんほか5人のデザイナーが常駐しているうえ、ワークショップも併設しており、製作まで一貫して行う。主な取引先は主要デパートや、有名ファッション・ブランドを主とした各種小売店。
(右写真:人懐こいマスコット犬のアウディ君)
www.elemental.co.uk

Elemental Design
左写真)今年のカルバン・クラインのクリスマス・ディスプレイ用に製作されたプロップ
右写真)欧州最大規模のショッピング・モール、ウエストフィールドのイメージ・デザインも手掛けた。


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リバティ LIBERTY

Great Marlborough Street W1B 5AH
最寄駅: Oxford Circus駅

1920年代のチューダー様式を再現したエレガントで格調高い建物が目を引くリバティ。ショー・ウインドーは決して大きくないが、例年、独自の美意識を反映させたドラマティックなディスプレイを創り上げている。今年は「サーカス&マジック・ショー」をテーマに、アンティーク調の素材を効果的に配して華やかで耽美的なイメージを演出。

ディスプレイ制作の舞台裏

他のデパートと同様、リバティもトータル・デザインは自社で行っているので、私たちのような制作会社では、リバティから依頼されたプロップ(小道具)を製作したり、イメージに適うものを探して提供したりするのが主な仕事になります。例えば背景に使っている紅白幕(写真1)ですが、「古びたアンティーク調の生地で」という依頼に応えるため、まずはこの柄を編集ソフトのイラストレーターで作り、次に古ぼけた趣を出すためにフォトショップで加工。それを100メートルに及ぶキャンバスにプリントして、さらに紅茶で染め上げているんです。ちょっとした生地なんですが、とても手間がかかっているんですよ。しかも、染色を担当した方がデザイン室で丸々一週間、朝から晩まで作業していたんですが、室内に紅茶の匂いが充満し、気分が悪くなったスタッフが出たため、後半は工場に移動してもらいました(笑)。また、既存のアイテムを使うときは、eBayなどもよく利用します。アンティークの家具などを探すにはうってつけなんですね。クリスマス・ディスプレイは各デパートが総力を挙げて臨みますから、企画から制作、搬入までそれこそ一年がかりの仕事になります。各店とも今、既に来年の企画を練っているところだと思いますよ。

リバティ
写真1
ブランコに施されたリボンなど、細部まで徹底的にこだわっている
リバティ
写真2
「マネキンが鳥かごから出てくるイメージで」という依頼のもと、製作されたもの。
リバティ
写真3
マネキンが座っているマジック・ボックスも同社で製作。
リバティ
写真4
スケッチ画

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セルフリッジ SELFRIDGES

400 Oxford Street W1A 1AB
最寄駅: Marble Arch / Bond Street駅

近年ファッション寄りのディスプレイが続いたが、押し寄せる不況の波を吹き飛ばし、よりクリスマスらしさを演出するため、なんと40年以上ぶりにサンタクロースがウインドーに登場。とはいえ伝統的なサンタとは程遠く、床屋にいたり、コインランドリーにいたり、入浴中だったり、はたまた地下鉄でプレゼントを運んでいたりと、まるで身近にいる誰かのよう。総勢200人以上のスタッフが関わったというのも納得の傑作だ。

鑑賞ポイント

セルフリッジはシーン構成が独特ですよね。誰もが経験したことのある日常の場面をお洒落に楽しく演出するのが上手。意外とアイデアは繰り返されていて、見せ方を変えているだけだったりもしますが、何にせよ巧みです。ネオン使いも定番ですね。50年代と80年代をミックスしたようなポップ感があるし、キャッチコピーも冴えています。今年のヒットは地下鉄車両のウインドーかな。奇抜で明快、しかもダイナミックで最高ですね。ぜひ細部まで目を凝らして見てください。

セルフリッジ
セルフリッジ
セルフリッジ
過去の作品からセルフリッジ
2006年の作品は、緑をふんだんに用いたイメージ先行型 ディスプレイ。神話上の動物や仮面の人物などを配し、 シュールで童話的な世界を再現した。
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ハロッズ HARRODS

87-135 Brompton Road SW1X 7XL
最寄駅: Knightsbridge駅

例年、この季節に開催される注目イベントとのタイアップ作品が、各3.6×2メートルの巨大なウインドーを飾っている。今年は映画「007 慰めの報酬」がテーマ。映画で使用された小道具や衣装の数々は、実際に店内で商品として売られているものも多く、ボンド・カーとして知られるアストンマーチンも展示。ジェームズ・ボンドの持つセクシーなイメージと、ハロッズのラグジュアリー感が絶妙にマッチしたディスプレイだ。

鑑賞ポイント

2年前の「007 カジノ・ロワイヤル」の公開時は当社がディスプ レイを担当し、カジノの華やかさも相まってパーティー感溢れる装飾でしたが、今回はより洗練されたイメージですね。メイン・モチーフの円形オブジェは短期間しか展示されないのが惜しいほど贅沢なつくりです。ハロッズの顧客は富裕層が主ですから、素材の一つひとつまで本当に気を使っているんですね。ゴージャスでセクシーな「007」のイメージにピッタリだと思います。

ハロッズ
ハロッズ
ハロッズ
過去の作品からハロッズ
Elemental Designが手掛けた2007年のディスプレイ。ロシアン・バレエとのタイアップ作品でテーマは「ロシアン・クリスマス」。白が基調のピュアでエレガントなイメージ。
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フォートナム&メイソン FORTNUM & MASON

181 Piccadilly W1A 1ER
最寄駅: Piccadilly Circus/Green Park駅

児童文学や童話などから着想を得たドラマティックなディスプレイで毎年話題の的。今年はアンデルセン童話「雪の女王」の幻想的な世界を、手仕事による丹念な装飾で見事に描き出している。店内では12月28日までの毎週日曜に子どものための「雪の女王」朗読会を行っているほか、18日までの毎週木曜夜は「雪の女王カクテル」のつくり方が学べるカクテル教室を催すなど、物語にちなんだ各種イベントを開催中(有料)。

鑑賞ポイント

ロンドンで一番凝ったディスプレイと言っても過言ではない、唯一無比の存在だと思います。シアター・セッティングなどを彷彿とさせるもので、職人の技が全面に発揮されている。ディスプレイというより芸術作品に近いですよね。とても西欧的で、日本ではなかなかできないタイプのものです。ちなみにフォートナム&メイソンは伝統的というイメージが強いし、実際にそうだと思うんですが、クリスマス以外では時々、斬新で奇抜なディスプレイを施したりもしていますね。

フォートナム&メイソン
フォートナム&メイソン
フォートナム&メイソン
過去の作品からフォートナム&メイソン
「不思議の国のアリス」の世界を再現した2006年のディスプレイ。ハンドメンドの展示品一式は翌年、オークションにかけられ、約7800ポンドで落札されている。

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ハーヴェイ・ニコルズ HARVEY NICHOLS

109-125 Knightsbridge SW1X 7RJ
最寄駅: Knightsbridge駅

モードの最先端をいくハーヴェイ・ニコルズだけに、ファッションとアートを融合させた革新的なデザインで毎年話題を呼んでいる。特筆すべきはアイデアが光るユニークなモチーフ使いと空間使いの面白さ。今年はジュエリーをメイン・アイテムに使った、パーティー気分溢れるディスプレイだ。ウインドーごとにテーマ・カラーが設けられているのも特徴で、お勧めのクリスマス・ギフトが色別に見やすく展示されている。

鑑賞ポイント

ファッション・コンシャスな若者客をターゲットにしているだけに、抽象的なイメージ寄りのディスプレイです。場所柄、バスの中から見ている人も多いので、レイヤーを生かし、遠目からの視線も意識したつくりですね。大胆な構図やドラマティックなマネキン使いも特徴的。マネキンのメイクは通常、専門のアーティストがスプレーなどで施しますが、ハーヴェイ・ニコルズのものは特にカッコいいので、チェックしてみてください。

ハーヴェイ・ニコルズ
ハーヴェイ・ニコルズ
ハーヴェイ・ニコルズ
過去の作品からハーヴェイ・ニコルズ
2006年のディスプレイ。「Rejoice and Recycle」がテーマだけに、小道具の多くはリサイクル品。普段見慣れている素材を思いもよらない方法で使っていて、まさにアイデア勝ち。

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ハウス・オブ・フレイザー HOUSE OF FRASER

318 Oxford Street W1C 1HF
最寄駅: Oxford Circus / Bond Street駅

真っ赤な電飾に雪の結晶で描いたツリーの光がオックスフォード・ストリートでひときわ目を引く本店。ウインドー には同色使いのギフトボックスをランダムに配し、さらにミラーを用いることで奥行き感を出した、高級感漂うディスプレイだ。

鑑賞ポイント

スタイリッシュなOLからファミリーまで、お洒落にそれなりに気を使っている一般客がメインなので、流行を意識してはいますが、マネキンにはメイクを施さず、客層を限定しすぎないように配慮しています。また、ミラー+グロス・ブラック+ゴールドの素材使いは、ディスプレイ業界の秋冬の流行ど真ん中。非常に今年らしいデザインですね。

ハウス・オブ・フレイザー
ハウス・オブ・フレイザー

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デベナムズ DEBENHAMS

334-348 Oxford Street W1C 1JG
最寄駅: Bond Street駅

「英国民に最も愛されるデパート」とも言われる1813年創業の老舗店。今年のウインドーには愛嬌たっぷりのトナカイたちが登場し、ドレッサー、ダイニング、クラビング、家族でのお出掛けなど、クリスマスのさまざまなシーンを楽しく演 出している。

鑑賞ポイント

コンサバ系のデパートだけに、比較的いつも控えめというか、オーソドックスなディスプレイが多いんですが、今年はなかなか遊んでいますね。メイン・キャラクターのトナカイも可愛いし、シチュエーション設定もいろいろなターゲット層に訴えるよう工夫されています。外観のゴールドの電飾もとても奇麗で、存在感抜群ですね。

デベナムズ
デベナムズ

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マークス&スペンサー MARKS & SPENCER

458 Oxford Street W1C 1AP
最寄駅: Marble Arch / Bond Street駅

今年のクリスマス向けテレビCMではリリー・コールやテイク・ザット、ツイギーなどの有名人を起用しているマーク ス&スペンサー。赤を基調としたウインドー全体に流れるリボンのモチーフが、シンプルなディスプレイに表情を添えている。

鑑賞ポイント

何と言っても家族向けですから、商品がメインで分かりやすい。ある意味、教科書的なディスプレイです。「3 for 2」を大きくアピールしているのも正解ですよね(笑)。とはいえ、一定の高級感を保っていますし、オックスフォード・ストリート店の外観ディスプレイはいつも目を引くつくりです。今年もとてもクリスマスっぽくて素敵ですね。

マークス&スペンサー
マークス&スペンサー

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お見逃しなく!
コベント・ガーデン・クリスマス・ライト 「コンステレーション」
COVENT GARDEN CHRISTMAS LIGHTS “Constellation”

The Market, Covent Garden WC2
最寄駅: Covent Garden駅

マッシヴ・アタックやU2のステージを始め、ライブ・パフォーマンスにおける視覚効果や建築インスタレーションなど、世界的に幅広い活動を行っている英国のアーティスト集団、UNITED VISUAL ARTISTSが贈る新感覚のインスタレーション。LEDライトが収められた金属製のチューブが天井いっぱいに等間隔で吊られており、星降る夜空のような印象的な光を放っている。また、サウス・ホールの手前に備わったスクリーン・パネルは、金属製チューブのコントローラーになっており、パネルをタッチすることで思い思いに光を操作できる という、画期的な仕組み。このインタラクティブなアトラクションは毎日15:00 / 16:30 / 18:00 / 19:30の計4セッション(各30分間)行っており、誰でも体験可能。ぜひ足を運んでみて。
www.coventgardenlondonuk.com

コベントガーデン
コベントガーデン
 

国会議事堂の前に座り込み7年 ブライアン・ホー氏にインタビュー

国会議事堂の前に座り込み7年 ブライアン・ホー氏にインタビュー

ロンドン随一の観光名所である国会議事堂の前で、7年にわたり座り込みを行っている反戦運動家がいる。ブライアン・ホー、59歳。黙したままこの議会民主主義を象徴する建物と対峙することに1日の大半を費やし、そして時に抗議者として怒りに満ちた叫び声を上げる男の素顔とは、どのようなものなのか。冷たい雨が降る国会議事堂の前で、彼に話を聞いた。(執筆: 本誌編集部長野雅俊、写真: 前川紀子)

ブライアン・ホー
エセックス州生まれ、59歳。20~40代にかけて、世界各地の紛争地帯を訪問。2001年6月2日より、イラクへの経済制裁に反対して国会議事堂前で座り込みを始める。同年9月11日にニューヨークで発生した同時多発テロを受けて、米英を中心とする多国籍軍がアフガニスタン、イラクに侵攻を開始するにつれ、英国における反戦運動の象徴的な存在となった

ブライアン・ホー

帰還兵のような佇まい

その日、ブライアン・ホー氏は松葉杖をついていた。

東側に国会議事堂、南側にウエストミンスター寺院を臨むパーラメント・スクエアの一辺に、反戦メッセージが貼り付けられた薄汚れたテントが並べられている。指定された時間にこのテントの前で待っていると、ウエストミンスター駅の方角から、口にタバコをくわえたホー氏が少しずつ歩を進めながらやってきた。聞けば、デモの最中に警官に倒されて足を痛めてしまったのだという。小雨がぱらつく中、ヘルメット型の帽子を深くかぶり、松葉杖に支えられながら歩く姿は、深い傷を負いながらもジャングルの奥地から生還してきた、帰還兵のように映った。

どうやら、つい先ほどまでトイレに行っていたらしい。パーラメント・スクエアには下水施設がないので、用を足したいと思えば、駅の公衆トイレまで出掛けなければならない。ちなみに、公共トイレが閉まっている時間はどうするか、という点については「トップ・シークレット」となっているようだ。

取材のために用意した録音機のスイッチを入れる と、のっけからものすごい剣幕で話し始めた。「かつて大英帝国は世界の半分を支配していた。つまり、世界各国の人々を奴隷扱いしていたってことだ。一体、何様だって言うんだ。傲慢なのは、米国も一緒。ニューヨークで2001年に起きた同時多発テロの被害をことさら強調する輩がいるけど、だったら1973年の9月11日のことを、あいつらは覚えているのか。その日に米国のヘンリー・キッシンジャー国務長官が、チリの指導者であるサルバドール・アジェンデを殺したんだよ。あとあのテロの廃墟のことを『グラウンド・ゼロ』って呼ぶらしいけど、ふざけんじゃない。『グラウンド・ゼロ』って、元々は奴らが日本に投下した原爆の爆心地を指す言葉だろう。原爆が落とされた直後の広島・長崎を写した写真と、ニューヨークの世界貿易センターの跡地を比べてみたらいい。広島、長崎は街全部が燃えてなくなってしまったんだ。比較になんか、ならないじゃないか」。

一度話し出したら、なかなか止まらない。インタビューは既に、彼の独演会のような様相を呈してきていた。

警察・司法との終わりなき戦い

ホー氏は現在、59歳。日本でいえば、あと1年でめでたく定年を迎え、還暦のお祝いにもらった赤いちゃんちゃんこを着て、照れながら記念写真の撮影に応じるような年齢である。

その彼が、日中はかなり交通量の多い道路の反対側、つまり国会議事堂の前から目を光らせている複数の警察官を指差して言う。「市民を守るのが警察の本来の役割だろう。でも奴らは、『2005年重大組織犯罪及び警察法』とやらをお題目に掲げて、一般市民には何の危害も与えていない俺ばかり監視しているんだ。そして法的根拠も示さず、俺のテントを破壊する。奴らの行為こそ『重大組織犯罪』じゃないか」。

国会議事堂前に座り込みを始めたのが2001年6月のことだから、彼の路上生活は今年で7年目を超えたことになる。そしてこの7年間は、彼の抗議活動の取り締まりを図る体制側との間で繰り広げられた戦いの歴史でもあった。

2002年10月、舗道上の通行を妨げているとして、ウエストミンスター・カウンシルがテントの撤去を求める裁判を起こしたが、高等裁判所はホー氏がパーラメント・スクエアで言論の自由を行使する権利があるとの見解を示し、この訴えを認めなかった。2005年には、テロ活動の取り締まりとの名目で、事前の承諾なしに国会議事堂と軍基地の周辺1キロ以内で抗議活動を行うことを禁ずる「重大組織 犯罪及び警察法」が国会で成立。しかしホー氏はこの法律の施行以前から同敷地内に住んでいたため、事後に定めた罰則によって処罰することを禁ずる「法の不遡及(ふそきゅう)の原則」が適用され、彼が国会議事堂前で引き続き抗議活動を行うことを認める判断を高等裁判所が下した。そしてこの判決は、ホー氏が世界で唯一、事前に許可を得ることなくこの場所にテントを張ることのできる人間となったことを意味していた。だから宛名に「Parliament Square」と書いて手紙を送ると、ホー氏に届く、という冗談のような話が現実に起きている。

ところが2006年5月になって、今度は内務省がこの決定を不服として控訴審に訴えた結果、判決は覆った。そこでホー氏は法律が求める通り、国会議事堂前での抗議活動の許可を申請したところ、これに対して警察は抗議活動の範囲を3メートル以内に収めるのならば良い、という条件を出す。テントを設営するにしても、約1.5畳分の広さしか認めないというのだ。ホー氏はこの条件に従わず、その正当性をめぐって法廷で徹底的に争う構えを見せたが、2週間後には78人の警察官がやってきて、テントやプラカードを没収してしまった。

ブライアン・ホー
雨が強くなってくると、傘を差し出してくれた

長年の戦いの末に勝ち得た場所

しかし、ホー氏の抗議活動は、そこで終わらない。彼は支援者の声に支えられながら、尚もこの地に留まった。さらには、警察が突きつけた「3メートル以内」などの諸条件の根拠が不明確であるとして、2007年に裁判所がこれらを無効とする判断を下す。つまりパーラメント・スクエアは、警察と司法を相手に、ホー氏が血みどろになって戦い抜いた末に勝ち得た場所なのである。彼は現在でも、主にその抗議活動の是非をめぐる相当数の裁判を抱えている。また「安全確認」に来た警察にテント内を荒らされることも日常茶飯事。今年1月に行われたデモでも逮捕されている。

ホー氏が戦う相手は、いわゆる体制側の人間に限らない。深夜、酔っ払いに絡まれることもしばしば。英兵に襲撃されたり、米国大使館の館員に鼻を折られたこともある(安全確認と称して彼のテントを荒らしてばかりの警察は、こうした肝心なときに全く頼りにならないのだという)。

もちろん、そんなことでくじけるホー氏ではない。車内から「社会の寄生虫」と野次を飛ばしたトラック運転手を停め、運転席から引き摺り下ろして、「臆病者!真実から目を逸らすな」と叫びながら、テント前に展示している、戦争で負傷した子どもたちの写真と向き合うよう訴える。大手テレビ局のチャンネル4が主催したイベントで、「The Most Inspiring Political Figure」として表彰されたときは、受賞スピーチで「お前たち、こんな賞を俺にくれてしまって、一生後悔するぞ!」とマイクに向かって叫んだ。

そうやって7年間、ひたすら戦い続けてきたのだ。

プラカードや写真
テントの並びの中央には、反戦メッセージや戦地の惨状を
写した写真が貼り付けられたプラカードが置かれている

筋金入りの運動家

インタビューが始まってから1時間ほど過ぎると、雨足がだいぶ強くなってきた。雨に濡れることなど、もう慣れっこになっているのだろう。気付けば、隣ではホー氏が傘も差さずに軍歌を歌い出している。

支配を! ブリタニアよ
大海原を治めよ!
ブリトンの民は 断じて 断じて 断じて
奴隷とはならじ!

英国を象徴する女神が世界を支配していく様子を謳った愛国歌「ルール・ブリタニア」を一節歌い終わった後で、「ふざけるな!」と叫んだ。「聴いたか?今の歌。大英帝国はこんなに傲慢なんだ。植民地の奴隷を散々こき使っておいて、自分たちだけ『断じて奴隷とはならじ』だと?英国人の子どもと、外国で生まれた子どもの違いは一体何だ!」。

こちらが一つ質問すると、優に数十分は話し続けてくれる。エネルギーをほとばしらせながら、抑揚をつけて話すから、聞いている方は飽きない。叫んだり、優しく語り掛けたり、そして歌ったり。まるで1人芝居を鑑賞している気分になるのだが、話している方は大変なのではないかと余計な心配をしてしまう。

一体、彼をそこまで突き動かすものは何だろう。こちらの問い掛けに、ホー氏は「子どもたちの命を救うため」だと極限まで短くなったタバコをくわえながら言った。「外で暮らして寒くないかって?そりゃ寒いよ。俺は生身の人間だからね。でも、パキスタンの山で冬服もなく、シェルターにも入れない難民の子どもたちに比べれば、大したことはない。夏は暑いかって?そりゃ暑いよ。日中はずっと陽射しに照らされるか、空気の通りの悪いテントの中で生活しているんだから。でもイラクで水のない暮らしをしている子どものことを思えば、俺なんかが泣き言を口にできるかい?」。

日々の暮らしは、彼の運動の支援者や通りすがりの人々からのささやかな寄付のみで食いつないでいるという。どこの国にも反戦運動家はいるのだろうが、集会が行われたときだけ気炎を吐いたり、ドクター・ストップがかけられることを想定してハンガー・ストライキに臨む中途半端な運動家とは、覚悟の深さに雲泥の差を感じる。

抗議の手段としては、非効率なのかもしれない。反戦活動なんて時代遅れ、とする見方もあるだろう。それでも、彼の行動はイデオロギーを超えて人々の心をつかむだけの魅力を持っている。だから、元労働党議員のトニー・ベンやコメディアンのマーク・トーマスといった各界の著名人たちが、彼の運動を全面的に支持しているのだ。

その魅力は、騎士道物語の読み過ぎで自らを伝説の騎士と思い込んでしまう男を描いた17世紀の文学「ドン・キホーテ」の物語が持つものに何だか似ている。老体に鞭打って体制側に1人で立ち向かっていく様子は、風車に向かって突撃するあの主人公のようではないか。

バニーさんのバッジとコーヒーを入れるホー氏
左)この日テントの見張りを手伝っていた通称バニーさんが着ていた
コートの襟には、ホー氏の活動への賛意を示すバッジが
右)防水シートに覆われたスペースに置いてある
ガスコンロで湯を沸かし、コーヒーを飲む

ウエストミンスターでのある出来事

なぜ彼は、国会議事堂を戦いの場に選んだのか。

クリスチャンである彼の答えは「神に導かれたから」であった。

2001年6月2日、当時53歳だったホー氏は、議事堂のすぐ近くに位置する名門パブリック・スクール、ウエストミンスター・スクールの生徒と話を交わしていた。子ども好きな彼は、昔からよくこうして、登下校中の生徒たちに語り掛けていたという。「国会議事堂にいる政治家の子どもたちが通う学校」では学べない、大切な何かを対話を通して伝えたかったのかもしれない。

だがある日、同校に通う生徒の1人が彼に向けて発した一言に、ホー氏はひどくうろたえることになる。「ギャビン・チャップリンという名前の男の子が、おじさんのことを『狂ったブライアン』って言っているよ」。7年前の出来事にもかかわらず、彼はその少年の名前をはっきりと覚えていた。

ショックを引きずったまま、彼はパーラメント・スクエアまで歩いていく。そこで「天にいる人はすべてをしっかりと見ている」ことを思い出した彼は、たまたま持っていた3枚のA4用紙に、それぞれメッセージを書いた。

「Stop Killing Kids」「Make Peace Not War」「Let Iraq Infants Live」。

そして座り込みが始まった。気が付けば、午前2時。通り掛かりの、軽く酒に酔った男性が「こんなところで何をしているんだ」と自分に向かって話し掛けている。「よくぞ質問してくれた」と返して路上での議論が始まり、そういったやり取りが日常生活の一部となっていった。

でも、チャップリンとの名を持つ子どもが恐らく大した悪気もなく吐いた言葉が、なぜ国会議事堂前で座り込むきっかけとなったのか、彼の説明を聞いただけでははっきりとしない。彼の言葉では、これも「神様の思し召し」ということになるのだろうが、たぶん、それだけが理由ではない。

テント
毎日の暮らしを営むテントは、国会議事堂の正面に向き合うように設置

戦争と平和、そして家族

ホー氏は、イングランド南東部エセックス州に5人兄弟の長男として生まれた。

父親は、英軍の狙撃兵だった。ナチス・ドイツのベルゲン・ベルゼン収容所に乗り込み、その惨状を目にした最初の英兵の一人だったという。終戦後に賭博場で働き始めたが、店の金を横領するなどのトラブルを犯した後に、ガス自殺でこの世を去った。

父親を亡くしたホー氏は、やがて一家の稼ぎ手となっていく。16歳で造船の仕事に就き、その後は商船の水夫として働いた。そして海の旅を通して、スエズ運河、中東やインドなどといった世界各地での紛争の実態を目にしたり、耳にしたりすることになる。英国に戻り、イングランド中部ノッティンガムにある福音伝道主義系の大学に6カ月間通った後、アイルランド独立闘争で揺れていた北アイルランドへ。そこでギターの流しをしながら、対立する双方のグループと平和的解決に向けての議論を行うなどして毎日を過ごしていた。

エセックスに戻ると、今度は引越しと大工の仕事を請け負うようになる。またこのときに向かい側の家に住んでいるシザーリアンという名の女性と知り合った。しかし彼女と結婚して家庭を持つようになっても、世界の紛争に対する興味は尽きなかったという。1989年になると、戦争報道を得意とするオーストラリア人ジャーナリスト、ジョン・ピルジャーのドキュメンタリー作品に影響を受けて、ポル・ポト政権下のカンボジアに赴くことを決意した。その頃には5人の子どもがいたにも関わらず、である。

「座り込みを始めてから、ピルジャーが俺に会いに来たんだ。そう、憧れのジャーナリストから、今度は俺が取材を受けることになったというわけ。だから言ってやった。あんたにキスして、そしててめえのこと蹴っとばしてやりたいって。だって俺はあんたの映画を観てからすっかり影響されてしまい、家族と離れ離れの生活を送ることになっちゃったじゃないかってね」。

祖国で経験した地元住民との軋轢

その後も、紛争地帯を巡る旅は続いた。ロシア、中国、アフガニスタン、そして東西を隔てる壁が崩壊する瞬間のベルリンにも居合わせた。こうした国々への旅を通じて、「心と目で会話することの大切さ」を学び、「英国人の子どもも、例えばアフガニスタンの子どもも同じだけ尊い」という認識に至ったという。

そして再び、英国に戻ってきた。今度こそ、7人に増えた子どもと共に、イングランド西部ウスターシャーの地で幸せな毎日を過ごすことになっていた。少なくとも、そうなるはずだった。

ホー氏は近所の教会の集まりで、世界各地で発生している紛争の実態を余すことなく伝えようとした。また障害を抱える子どもたちをミニバンに乗せて、郊外へと遊びに連れて行ったりもした。だが地元の人々は、そんな彼の厚意に対して反感と憎しみで応じる。いつしか自宅の窓からレンガが投げ入れられたり、郵便箱に花火を仕掛けられるようになった。ミニバンに至っては粉々になるまで破壊された。被害の様子を検察庁に詳細に報告すると、迷惑行為は一層悪化していったという。皮肉なことに、世界中の紛争地帯を駆け巡ってきた彼にとっての最大の悲劇は、こんなにも身近なところに転がっていたのである。

国会議事堂の前に辿り付いたのは、それから間もなくしてのことだ。

反戦メッセージを記したバッジ
年季の入った帽子には、世界中を旅しながら集めた、
反戦メッセージを記したバッジが付けられている

ドン・キホーテの存在意義

ホー氏がもっとも多く聞かれる質問の一つに「いつまで国会議事堂前での抗議活動を続ける予定か」というものがある。戦争が止むまでだとしたら、果たして戦争のない時代というのが、いつになったら到来するのか。

既に過ぎた7年という月日は、そのまま自身の家族と離れて暮らした時間を意味する。つい最近、娘が結婚するという話を耳にした。その娘さんとは会いたくないですか、と聞くと「もちろん会いたいよ」と返すだけで、急に口数が少なくなってしまう。当初は最大限の声援を送ってくれていたという妻についても、あまり話したがらなかった。

実は彼は、その妻との間に生まれた初めての男の子を、生後12時間で亡くしている。地元の障害児の世話をすれば、地域社会を敵に回してしまった。ウエストミンスター・スクールの子どもには、「狂った男」と呼ばれた。

不器用なんだろう。戦争に手を染める大人たちを糾弾するという行為も、詰まるところは、子どもたちへの愛情表現であるはずだ。時に攻撃的に映る彼の性格と、意外なほどに青くきれいな目とのギャップが、そのことを物語っているようだった。

 

ホー氏がどれだけ反戦活動に邁進しても、たぶん、彼が生きている間に戦争がなくなることはないだろう。だとしたら、彼は今、無為な時間を過ごしているだけなのだろうか。

そうではない、と思いたい。日々の生活に忙しく、対岸の火事に思いをきたすにはあまりに怠惰な私たちに、戦争で失われる小さな命について、たとえ一瞬でも思いを馳せる機会を提供している。戦争行為に対してすっかり現実感を失ってしまった人々を、私たちに代わって糾弾してくれている。

取材の終了間際に、いつか戦争のない時代が本当に来ると思いますか、と聞いてみた。すると白い息を吐きながら 「俺は、自分の任務を全うするだけだ。そうだろ?」と問い返してきた。

21世紀のロンドンを生きるドン・キホーテは、今日も国会議事堂の前で、警察官と睨み合い、叫んだり、そして歌ったりしているはずだ。

ブライアン・ホー氏からのメッセージ

今回、インタビューに応えてくれたブライアン・ホー氏が、 英国ニュースダイジェスト読者のために特別にメッセージを寄せてくれました


 

ジャケット・アート再発見

音楽もダウンロードで入手できるこの時代、レコードはおろか、CDさえも買わないという人が増えてきた。いまやジャケットのアートワークが持つ価値や意義は、すっかり失われてしまったのだろうか。そこで今回は、UKロックの歴史を辿りながら、これまで生み出されてきた名盤の数々を、ジャケット・デザインの観点からもう一度、振り返ってみたい。正方形の中で繰り広げられる無限のアートを、今こそ再発見する時!(黒澤 里吏)

60s ジャケット・アート開拓期

英国における大衆音楽の分野で、レコード・ジャケットが表現方法の一つとして重要視されるようになったのは、やはりビートルズ以降と言えるだろう。それまでは、バンドのメンバーがただ笑っているだけの写真を使ったものがほとんどだったが、ビートルズはまずセカンド・アルバム「With the Beatles」で、笑っていない4人を写した渋いモノクロームの肖像で新しい世界観を示した。以降、新作ごとに画期的な試みを取り入れ、とりわけ「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」は、ジャケットに初めて歌詞を載せたアルバムとして有名。ビートルズが打ち出した新しい表現は後世に多大な影響を与え、今でも何度となく模倣されている。

また、米西海岸に端を発するLSDカルチャーはサイケデリック音楽を生み、それに伴ってジャケット・アートも発展。英国では先に述べたビートルズ の「Sgt. Pepper's~」に影響が見られるほか、クリームはアルバム「Disraeli Gears」で、ボブ・ディランの作品などでも知られるマーティン・シャープを起用し、その音楽性をダイレクトに反映した圧倒的なカバーを完成させた。サイケデリック・ロックはその後、キング・クリムゾンなどに代表されるプログレッシブ・ロックへと発展し、ブリティッシュ・ロックの新しい分野を確立することとなる。

Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band (1967)
The Beatles

Sgt Pepper's Lonely Hearts Club Bandポールによる下絵をもとに、ポップ・アーティストのピーター・ブレイク卿がデザイン。4人の背後には彼らがヒーローと崇める歴代の著名人たちが勢揃いしている。当初、ジョンはヒトラーも候補に挙げていたが、撮影当日に却下されることとなった。(写真提供:Toot'n Reg)

Disraeli Gears (1969)
Cream

Disraeli Gears60年代にサイケデリック・アートの一時代を築いたオー ストラリア人アーティスト、マーティン・シャープの傑作。ビクトリア時代の版画も取り入れた絢爛(けんらん)なデザインだ。シャープは収録曲「Tales of Brave Ulysses」で歌詞も提供している。(写真提供:Toot'n Reg)

In The Court Of The Crimson King (1969)
King Crimson

In The Court of The Crimson Kingクリムゾン作品の歌詞を担当していたピート・シンフィー ルドの友人で、コンピューター・プログラマーのバリー・ゴドバーが自画像として描いた作品。ゴドバーは本作リリース直後の1970年に、心臓発作により24歳の若さで急逝している。(写真提供:Russell Taylor)

Abbey Road (1969)
The Beatles

Abby Road1969年8月8月、レコーディ ングを行った「EMI」のアビー・ ロード・スタジオ前で撮影され た、あまりにも有名な1枚。こ ちらもポールによるスケッチが 原案。フォトグラファーのイア ン・マクミランが撮影にかけた 時間はたった10分だという。(写真提供:Satori K)

Ogdens’ Nut Gone Flake (1968)
Small Faces

Ogdens’ Nut Gone Flakeベーシストのロニー・レーンが、当時マリファナ入れとしてよく使われていたタバコ缶に着想を得て、ビクトリアン・デザインのパッケージで有名なタバコ会社「オグデンズ」に協力を仰ぎ制作。12インチのオリジナル盤は見開き5面の円形ジャケット。(写真提供:Toot'n Reg)

The Who Sell Out (1967)
The Who

The Who Sell Out The Whoの3作目となる、ラジオ局とCMをテーマにしたコンセプト・アルバム。ジャケットも商品広告を意識しており、前後面をそれぞれパネル状に2分割し、各メンバーが巨大化された食品や日用品を手にしているというポップなデザイン。(写真提供:Nick Collins)

70s バンドの「色」をジャケットに投入

70年代は音楽が産業として大きく発展した時代。さまざまなムーブメントが生まれ、スタイルが分化されていく。そしてロキシー・ミュージックやデヴィッド・ボウイに代表されるように、バンドやミュージシャンは自身のパブリック・イメージにこだわりを持ち、自らアート・ディレクションを手掛けるなど、アートワークや演出により重点を置くようになる。

それまでジャケット制作は、レコード会社の専属スタッフによりインハウスで行うことがほとんどだったが、この頃から独立系デザイナーを起用するバンドも出てくる。その代表格が、ストーム・ソーガソンが所属するデザイン集団、「ヒプノシス」に制作を依頼したピンク・フロイドだ(彼らはビートルズの次に「EMI」社から外部デザイナーの起用を許可されたバンドだった)。一方、ローリング・ストーンズは独自のレーベルを立ち上げ、その1作目として「Sticky Fingers」を発表。アンディ・ウォーホルがデザインしたジャケットが話題を呼び、以降もセンセーショナルな作品を次々と生み出していく。

また、70年代後半のパンク・ムーブメントは、そのDIY精神とともに多大なインパクトをもたらした。「パンクは過去100年の間に起こった数々の運動、たとえばロシアのアジプロ、ダダイズム、シュールレアリズム、シチュエーショニズムなどに根ざしたムーブメントの一つと捉えている」と語るアーティストのジェイミー・リードは、アンバランスな帯に新聞の見出しから切り取ったランダムな文字列を配したり、ユニオン・ジャック柄や安全ピンなどを用いたりして、時代のイコンとなったセックス・ピストルズのイメージを完璧なまでにグラフィックで表現した。

Wish You Were Here (1975)
Pink Floyd

Wish You Were Hereデザイン・グループ「ヒプノシス」のストーム・ソーガソンがタイトルとアートワークを担当。シド・バレット脱退後ともあって「不在」をテーマにしており、炎に包まれ燃えている男が握手しているイメージは、初対面の際に本心を明かすことを嫌う人間心理を象徴しているとされる。(写真提供:Nick Collins)

Sticky Fingers (1971)
The Rolling Stones

Sticky Fingers本物のジッパーが付いた斬新なカバーは、アンディ・ウォーホルの発案。ジッパーを下ろすと、後にバンドのロゴとなるベロ出しリップ柄を施したブリーフのカードボードが現れる。同作は猥褻との理由で物議を醸し、スペイン盤は別デザインに変更された。※ 写真は一部破損(写真提供:Nick Collins)

Animals (1977)
Pink Floyd

Animalsストーム・ソーガソンのデザイン。巨大なブタの風船をロンドンのバタシー発電所上空に飛ばし、3日間かけて撮影。途中、風船が空高く飛んで行ってしまい、一時は警察も出動する騒ぎとなったが、最終的にケント州の農場にほぼ無傷で着地したのだとか。(写真提供:Nick Collins)

Barrett (1970)
Syd Barrett

Barrrettピンク・フロイド創始者の一人、シド・バレットのソロ2作目にして最後のスタジオ・アルバム。もともと画家志望でアート・スクール出身のバレットが自ら描いた昆虫の絵に、絶妙なタイポグラフィによるタイトルが添えられた、儚さが漂う美しい1枚。(写真提供:Nick Collins)

Some Girls (1978)
The Rolling Stones

Some Girlsハリウッド女優たちとバンドのメンバーが交互に配された内ジャケットの写真が、外ジャケットの切り抜かれた顔部分からのぞくという凝った仕様。レーベル側が女優たちに正式に許可を取らなかったことから、後に裁判沙汰に発展した。(写真提供:Satori K)

Roxy Music(1972)
Roxy Music

Roxy Musicバンド・メンバーの50'sスタイルへの愛好を反映したデザインは、その後ロキシー・ミュージックのアートワークを数多く手掛けたニック・ドヴィルが担当。カバー・ガールは、後にミック・ジャガーの弟、クリス・ジャガーと結婚した、カリ=アン・ミュラー。(写真提供:Toot'n Reg)

Physical Graffiti (1975)
Led Zeppelin

Physical Graffiti通算6作目となる2枚組アルバムで、ニューヨークの4階建てフラットの写真を使用。内ジャケットに描かれた人物写真や絵が、外ジャケットのくり貫かれた窓部分から見える仕掛け。1976年のグラミー賞でベスト・アルバム・カバー賞に選出されている。(写真提供:Toot'n Reg)

Brain Salad Surgery (1973)
Emerson, Lake & Palmer

Brain Salad Surgeryスイス人画家でデザイナーのH・R・ギーガーによる原画を採用。表面は2枚仕立てで、観音開きのトップ面を開くと女性像が現れる。後に映画「エイリアン」のデザインを手がけて世界的に人気を博したギーガーの、初の公式作品としても有名。(写真提供:Nick Collins)

Do It Yourself (1979)
Ian Dury & The Blockheads

Do It Yourselfアート・スクール出身のイアン・デューリーも絶賛のグラフィック・アーティスト、バーニー・バブルズがデザインしたバンド2作目のアルバム。背景に使われているのは壁紙のサンプルで、12以上のパターンが制作された。バブルズは1983年に自殺。(写真提供:Nick Collins)

Never Mind The Bollocks, Here’s The Sex Pistols (1977)
The Sex Pistols

Never Mind the Bokkocksセックス・ピストルズのアートワークといえば、ジェイミー・リード。どぎつい色にランダムなレタリングを配した、シンプルながら強烈なデザイン。これ以上ないほどの粗さとインパクトの強さが、バンドのイメージに完全マッチ。(写真提供:Kaz)

Go 2 (1978)
XTC

Go 2「ヒプノシス」による高いデザイン・コンセプトをもつ1枚。「This is a RECORD COVER」から始まって、機械的で皮肉めいた解説が続き、読んでいるとまるでロボットが喋るのを聞いているような感覚に陥る。音もジャケットに違わず斬新で前衛的。(写真提供:Nick Collins)

80s レーベルの個性が際だつ時代

ポップ・スターが記録的ヒットを量産する一方で、続々と生まれた独立系レーベルが精力的な活動を展開した80年代。なかでもインディ・ムーブメントの担い手、ザ・スミスを送り出したレーベル「ラフ・トレード」の存在は大きい。そして同じころ、マンチェスターでは「ファクトリー・レコード」社が新たなムーブメントを生み出そうとしていた。同レーベルの専属デザイナーとして活動を始めたピーター・サヴィルは、ニュー・オーダーなどを手掛けて注目を集める。また、「4AD」社はヴォーガン・オリバーをデザイナーに迎え、独自の世界を築いた。個性がより生かされ、表現の幅もますます広がっていくなか、CDという新たなフォーマットの登場により、ジャケット・デザインは大きな転換期を迎える。

Low-Life (1985)
New Order

Low-Lifeグラフィック・デザイナーのピーター・サヴィルは、もう一人のメンバーと言っても過言ではないほど、デザイン面でバンドと密接に関わってきた。フロント・カバーの人物は意外な抜擢、ドラムのステファン・モリス。トレーシング・ペーパーの効果が生きたクリアでミニマルなデザイン。(写真提供:M.E)

Welcome To The Pleasure Dome (1984)
Frankie Goes To Hollywood

Welcome To The Pleasure Dome性的な歌詞が問題になり放送禁止となった大ヒット作「Relax」 や、米ソ冷戦を批判した「Two Tribes」等で一世を風靡したFGTHのデビュー作。このカバー絵は、当時アート・スクールを出たばかりだったロ・コール作。(写真提供:M.E)

Doolittle (1989)
Pixies

Doolittleニルヴァーナやレディオヘッドなどにも多大な影響を与えた米国出身の彼らは、デモテープを英レー ベル「4AD」に気に入られて英国からデビュー。アートワークはヴォーガン・オリバーが一貫して 担当しており、サウンドに合ったシュールで退廃的なイメージ。(写真提供:Nick Collins)

The Sky’s Gone Out (1982)
Bauhaus

The Sky's Gone Out20年代のドイツの芸術活動「バウハウス」に名を借りた彼らは、ゴシックの元祖。ライブでは常に黒い衣装を身にまとい、ストロボ・ライトの閃光による演出のもと、ダークで激しい音を鳴らしていた。これはそんな彼らの表現活動をビジュアル化したような1枚。(写真提供:Nick Collins)

Meat Is Murder (1985)
The Smiths

Meat is Murder菜食主義を声高に訴えた名作。スミスのカバーのほとんどはモリッシーが選んだ古い映画や写真のイメージだが、本作では1968年のドキュメンタリー映画「亥年」のカットを採用。ヘルメットに書かれていたオリジナルのスローガンは「Make War Not Love」。(写真提供:Kaz)

Bummed (1988)
Happy Mondays

Bummed伝説のクラブ、「ハシエンダ」で見出されてファクトリー・レコードと契約。後に全盛となるマッドチェスター・ムーブメントの先駆けとなった1枚で、同ムーブメント関連のアートワークの担い手だった「セントラル・ステーション・デザイン」がカバーを担当。(写真提供:M.E)

90s - 00s 12インチから12センチへ

マッドチェスター、ギター・ポップ、エレクトロニカなど、新ジャンルが次々生まれると同時に、CDが完全に主流となった90年代。大判のレコード・ジャケットに心を躍らせる人の数は圧倒的に少なくなった。反面、デザインのデジタル化も進み、今までとは全く異なるアプローチの表現が可能となったうえ、ブックレットという形の12センチ四方のアートが新たに生まれたことも事実だ。コンピューターの普及なども手伝って、バンドのメンバーが自らアートワークを手がけることも珍しくなくなった。

2008年夏、ピーター・サヴィルは「アルバム・カバーの時代は終わった」と発言。音楽ダウンロードが一般的になり、価値観が変わりゆくなかで、ジャケット・アートは今後どう変化を遂げるのだろうか。

Screamadelica (1991)
Primal Scream

Screamadelica90年代のマッドチェスター全盛期を代表するアルバム。音、アートワークともに当時のドラッグ文化の影響をモロに反映。前面にタイトルなどが一切入っていないにもかかわらず、バンドおよびEカルチャーの出現を象徴する1枚として広く認知された。(写真提供:Satori K)


Dubnobasswithmyheadman (1993)
Underworld

Dubnobasswithmyheadmanメンバーのカール・ハイドとリック・スミスが所属するデザイン集団、「トマト」の作品。混迷するラインと文字を配した過不足のないデザインは、エレクトロニック・ビートとカットアップの美学を見事に反映。ダンス・アルバムのデザインにおける新基準となった。(写真提供:Satori K)

Mezzanine (1998)
Massive Attack

Mezzanineメンバーの1人でデザイナーの3Dは、自然史博物館のために昆虫の写真撮影をしていた経験もあるファッション写真家、ニック・ナイトの作品を起用。南米産の珍種カブト虫の頭部写真に特殊加工を施し、シャープで危険、かつ力強いイメージを完成させた。(写真提供:Satori K)

You Could Have It So Much Better (2005)
Franz Ferdinand

You Could Have It So Much Better今や飛ぶ鳥落とす勢いの、グラスゴー出身の4人組。全員アート・スクール出で、ビジュアル・イメージも自ら手がける多才ぶり。2作目となる本作では、ロシア構成主義を代表する前衛芸術家、アレキサンダー・ロドチェンコの作品をモチーフにしている。(写真提供:Satori K)

Kid A (2001)
Radiohead

Kid A1994年以降、バンドの全作品のアートワークを担当しているスタンリー・ドンウッドが本作で描いているのは、熱と冷気が一度に迫ってくるような、山脈を中心とする風景。ドイツの画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒなどからの影響も見て取れる。(写真提供:Satori K)

Hey! Venus (2007)
Super Furry Animals

Hey! Venus通算8作目となる本作では、2作目以降、全作品のカバー・デザインを担当してきたピート・ファウラーに代わって、日本人アーティストの田名網敬一を起用。バンド・メンバーが来日時に田名網氏の作品を見て「ブッ飛んだ!」ことから採用が決まったという。(写真提供:Chinami)

名盤はパクられてナンボ!?

世にパロディものは多々あれど、ビートルズほどその対象となったバンドはないだろう。かなりの数のパロディが出回っている 「Abbey Road」をはじめ、彼らのジャケットでコピーされなかったものはないとまで言われているほどだ。例えば米国の覆面前衛芸術集団、The Residentsのファースト・アルバム「Meet The Residents」(写真左)は、「Meet The Beatles」からデザインとタイトルを借用。EMI がこれに憤慨して告訴すると騒いだが、実はジョージとリンゴはこれを気に入り、自ら購入したという噂だ。ほかに「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」などもよくパロディ化されている。写真右はその一枚、80年代のガレージ・コンピ盤 「Graveyard Stomp」。


(写真提供:Nick Collins)


コレクターの的になる 世間を騒がせたレコード

ロキシー・ミュージック「Country Life」、R・ストーンズ「Beggars Banquet」(写真左) など、猥褻、悪趣味、冒涜表現などで物議を醸し、デザイン変更を余儀なくされたカバーは、後にコレクターズ・アイテムとなって高値で取引されていることが多い。例えば写真の通称「ブッチャー・カバー」、ビートルズの「Yesterday And Today」(同右)。白衣を着たメンバーが解体された赤ん坊の人形と肉片を手に微笑む姿は、あまりに不気味で制作意図を疑うが、背景には彼らの意思を無視したレコード会社への反抗などの理由があった様子。しかしやはり悪趣味すぎるため、発売後、回収されて別カバーに変更。オリジナル盤には相当な高値がついている。


(左写真提供:Nick Collins、右写真提供:Satori K)

お気に入りのカバーをご紹介

Hey! VenusSuperfuzz Bigmuff
Mudhoney

Nick(「All Ages Records」オーナー)
80年代の終わりごろ、地元のリーズである日、なじみのレコード屋の前を通りかかったら、このジャケットが目に飛び込んできたんだ。思わず「うわっ!なんだよこれ!」って。即買いして家で聴いたら、これまたブッ飛んじゃってさ。忘れられない体験だね。
Long IslandLong Island (single)
Gorilla Angreb

Ayako(「All Ages Records」スタッフ)
ジャケットはいつも、写真よりイラストの方に惹かれますね。これはロンドンで見つけたデンマークのバンドのシングル盤なんですが、インパクトのある絵と色合いが好き。実はTシャツも持ってます。残念ながら、このバンドはもう解散しちゃったんですけどね。
Jesus Meets the StupidsJesus Meets The Stupids
Stupids

Philippe(音楽プロモーター)
英国のハードコア・バンドなんだけど、イラストがまずいいよね。さらに裏面のスケボーしてるメンバーの写真を見て気に入って、音を聴いたらやっぱり好きだった。この1枚で彼らのことを知って、過去のアルバムも遡って全部聴いたよ。
Up All Night! 30 'Northern Soul Classics'Up All Night! 30 'Northern Soul Classics'
VA

Etsu(グラフィック・デザイナー)
90年代後半に雑誌でノーザン・ソウルの記事を読んで興味を持ち、大阪のレコード屋で購入。見た瞬間「音もいいはず!」と思ったのを覚えてます。実際、全曲当たりで踊れる曲が満載でした。いつか本場英国のシーンを体験したいという気持ちも芽生えましたね。
In The Land Of The Blind Oneeyed Is KingIn The Land Of
The Blind Oneeyed Is King
Mika Vainio

Taigen(「BO NINGEN」 Vo.&Bass)
フィンランドでPAN SONICっていう音響ユニットを知ったんですが、Mikaはその1人なんですね。後日、ロンドンであるアーティストのライブに行った時、会場でこれを発見。写真も一目で気に入って購入しました。いろんな意味で、聴く時間を選ぶ作品ですね。
Plastic AshtrayPlastic Ashtray (Single)
Urusei Yatsura

Russell(ミュージシャン)
自分が音楽をやるきっかけになったバンドなんだ。18歳の時にジョン・ピールのラジオで聴いたのが初めての出会い。以来、ライブに通って、そのうち彼らの活動を手伝うようにまでなって。ジャケットもみんなカッコいいんだけど、これは特にお気に入り。
Inside In / Inside OutInside In / Inside Out
The Kooks

Lono(音楽コーディネーター)
写真に惹かれてジャケ買いしたら、音も良くてライブもサイコー!私自身、しばらく音楽業界から離れていた時期だったんですが、彼らのライブを見に行って業界に戻る決意を固めました。しかも私、街でよく彼らに会うんですよ。不思議な縁を感じますね。
Cosmic Slop Cosmic Slop
Funkadelic

Aruta(変態絵描き)
アルバム・ジャケットのアートワークには自分自身、すごく影響を受けてます。これはカムデンのレコード屋で見つけて即買い。もともとCDで持ってたんですが、この絵はやっぱり大きいサイズで持ちたいと思って。カオスな感じがたまりませんね。
Radiator Radiator
Super Furry Animals

Chinami(グラフィック・デザイナー)
デビュー当時から音は好きだったけど、この、ピート・ファウラーが手掛けた2作目のジャケにハートを射抜かれちゃって!以来、大ファンになって、毎回新作が出るのを心待ちにするほどでした。SFAの音ともピッタリで、最高のコラボだったと思います。
6 For A Fiver6 For A Fiver
Short Bus Window Lickers

Pasty(パンク・ロッカー)
実はこれ、友達のバンドなんだけどね。ジャケットに使ってるのは道端に落ちてた手袋なんだよ。ほら、よく見るとあちこち汚れてるんだけど、いい味出してるだろ?音は一言でいうとストリート・パンク!ちょっとバカげてて、これまたサイコーなんだ。
 

英国人の言い訳術

各界の第一人者から学ぶ、英国人の言い訳術

世間では、ラジオ番組の収録でおふざけが高じた人気コメディアンと司会者が総スカン状態となっているようです。しかしこのお2人、ひたすら謝るだけであまり芸がない。そこで今回は、英国人がこれまでこうした修羅場において、どのような言い訳を繰り出してきたかを振り返っていただきたいと思います。各界の第一人者たちが残した迷言の数々から、英国流の言い訳術を学び取っていただけたら幸いです。

(すばよしこ)

ラッセル・ブランド&ジョナサン・ロス*英国人コメディアンのラッセル・ブランド、テレビ司会者ジョナサン・ロスが、BBCのラジオ番組内で、コメディ俳優アンドリュー・サックス氏の孫娘と性的関係を持ったとする内容を同氏の留守番電話に残すという悪ふざけを行った。これが聴取者などからの抗議を呼び、後日発表した声明の中で、両者は共に謝罪した。

芸能人

聞かれた質問には、とりあえず適当に答える
モデルは、歌手のジョージ・マイケル

‘Prescription drugs. And I was tired.’
「処方薬。そして疲れていたから」
ジョージ・マイケル

解説
2006年2月、自家用車を運転していたマイケル氏は、信号待ちしている最中に運転席で違法薬物を吸入、車内で意識を失った。また同年10月にも同様の理由で車内で倒れているところを通行人に発見され、警察に通報されるという事件が発生。同月に行われた裁判では、所持していた薬物は合法的なものであり、倒れていた理由を「疲れていたから」と説明した。

在英邦人への教訓
このときの裁判で検察側は、「何を摂取していたのか、そしてなぜ倒れていたのか」を聞くことによって、マイケル氏による違法薬物の所持を立証しようとしていました。それに対するマイケル氏の答えは、「処方薬であり、疲れていたから」。口八丁手八丁のイメージがある芸能人ですが、意外と言い訳するのが下手なようです。違法薬物を吸引して卒倒した直後に病院へと搬送されたマイケル氏は、そこで薬物の中毒症状が出ていると診断されているのですから、ただ単に「疲れていた」だけで済む問題ではないことは明らか。ただこの回答で一つ見習うべきことは、不器用ながら質問には答えようとしていることですね。その誠意だけは、評価してあげましょう。

まだある芸能人の言い訳術

「眠かったから」
エイミー・ワインハウス(歌手)
かねてから薬物中毒の疑いが持たれ、その奇行が注目を集めていた歌手のエイミー・ワインハウスが、下着姿で一般道を歩いていたことに対して弁解。なぜ眠いと下着姿で路上を歩くのか、という理由についてのはっきりとした説明はなかった模様です。

「ブリーチ剤を吸ってしまったから」
ピーチズ・ゲドルフ(タレント)
2006年に薬物吸引で卒倒した挙句に病院へと運ばれた彼女は、その理由を「自身の髪を脱色するために用意したブリーチ剤を吸い込んでしまったから」と説明。その奇妙な理屈が、薬物中毒を疑われる理由となっていることに彼女はまだ気付かなかったのでしょう。

「抗生剤を飲んでいたから」
カプリス(モデル)
英国在住の米国人モデル、カプリスが、検問にて飲酒運転が発覚した後に、裁判所で行った発言。抗生剤と飲酒検問の関係性の説明はなし。ボキャブラリーの貧困さが原因なのか、芸能人の言い訳術には、首をかしげてしまうようなものが多く見られます。

スポーツ選手

単純明快な口実は、小粋な言い回しで煙に巻く
モデルはサッカー選手のジョー・コール

‘The conditions definitely played a major part.’ 「状況に大きく影響された」
ジョー・コール

解説
2006年に開催されたサッカーのW杯ドイツ大会において、イングランド代表は格下と見られていたパラグアイ相手に苦戦。試合後の記者会見でその不甲斐ない試合内容の原因として30度の高気温を挙げたのが、同代表の中盤を務めるジョー・コール選手だった。この試合は何とか1-0で勝利を収めたものの、同大会におけるイングランドは準々決勝で敗退した。

在英邦人への教訓
小難しい言い回しは、英国人が最も得意とする話法です。例えば、上のコメントにある「状況」って具体的には一体何を意味すると思いますか。この後で「気温が下がるといいんだけど」などと言っているので、「暑さ」のことを指していると考えていいでしょう。たださすがに、「暑過ぎて動けなかった」ではあまりに言い訳じみて聞こえてしまうので、「状況」という、より抽象的な言葉で代用したのですね。ただ単に物を失くしてしまっただけなのに、「Misplaced(置き間違えた)」と言って誤魔化すのも同様です。ちなみにイングランド代表が、「状況」が変わりナイターの試合が主となった2008年のサッカー欧州選手権においてもまさかの予選敗退を喫したのは、残念な限りです。

まだあるスポーツ選手の言い訳術

「ピッチが荒れていた」
アレックス・ファーガソン(サッカー監督)
名門マンチェスター・ユナイテッドを率いるファーガソン監督が、2001年のFAカップ敗戦後に残したコメント。ジョー・コール選手の場合と同じく、悪いグラウンド状態で戦わなくてはいけないのは、対戦相手も同じはず。

「家の引越しで忙しくて、忘れていた」
リオ・ファーディナンド(サッカー選手)
監督が監督なら、選手も選手。マンチェスター・ユナイテッド所属のファーディナンド選手は、2003年にドーピング検査を受けるのを忘れてしまい、その理由として「家の引越しで忙しかった」と述べました。これで彼は8カ月間の出場停止に。

「エアコンの風で軌道がずれた」
マービン・キング(ダーツ選手)
英国で5本の指に入るほどの実力を持つダーツ選手が、2003年に行われた大会の準決勝に敗退した原因を述べたときに出た、とっさの一言。彼の対戦相手はより重く、そして平らなダーツを使用していたため、エアコンの風の影響を受けなかったとも。

政治家

深刻な悩みを打ち明けて同情を買う
モデルは、自由民主党のマーク・オートゥン議員

“The problem was undoubtedly compounded by my dramatic loss of hair.”
「ハゲに悩んでいたから」
マーク・オートゥン

解説
2006年、自由民主党の内務省スポークスマン(当時)を務めていたマーク・オートゥン議員が党首選に出馬した際に、同議員が過去に23歳の男娼を買っていたとのスキャンダルが発覚。これにより、同議員は党首選への出馬を撤回し、さらに同ポスト辞任。後にこの一件について「サンデー・タイムズ」紙上に約 3700語に及ぶ謝罪文を掲載した。

在英邦人への教訓
言い訳や釈明において、最も頻繁に使われるテクニックが「泣き落とし」。家庭を持つ自民党の党首候補が、隠れて若い男娼を囲っているとのニュースは当時の一大スキャンダルとなりました。「妻子がいる身でなぜ」との問いに対するオートゥン議員の釈明は「ハゲに悩んでいたから」。どれだけテレビを通して熱く政策を語っても、彼の髪の薄さばかりに注目する一般市民に失望し、やがて男娼に癒しを求めるようになったとのことです。ちなみにこの「私じゃなくて、環境が悪いんだ」という論法は、世界各国で利用されているのではないでしょうか。社会事件を起こした犯罪者などがよく使っているのを鑑みると、それなりに説得力があるのでしょう。

まだある政治家の言い訳術

「私は、スーパーウーマンではない」
シェリー・ブレア(元首相夫人)
トニー・ブレア首相(当時)の妻であるシェリー夫人が2002年、過去に詐欺で逮捕歴のあるオーストラリア人男性に、息子のフラット探しを依頼していたことが発覚。その釈明会見において放ったこの一言こそ、泣き落としの真髄です。

「ビッグ・ブラザーの視聴率が良いから」
ジョージ・ギャロウェイ(リスペクト党議員)
本来の実務を放り投げて、チャンネル4の実験ドキュメンタリー番組「ビッグ・ブラザー」に数週間にわたって出演していた同議員。「国会議員としての義務を放棄してまでなぜテレビ出演するのか」との声に対する反論は、スポンサー企業も顔負けの視聴率主義に支えられていました。

「妻が髪が乱れるのを嫌がるから」
ジョン・プレスコット(元労働党議員)
ホテルから党大会が開催される会場まで、わずか約250メートルの距離を、リムジンを利用して移動することについて非難された際の説明。ちなみにプレスコット夫人の前職は、美容師。しかしなぜタクシーじゃなくて、リムジンなのでしょうか。

電車・鉄道

新しい概念を主張して説得する
モデルは、労働組合RMTボブ・クロウ書記長

“He needed sports therapy
to repair his ankle.”
「スポーツ・セラピーが必要だったから」
ボブ・クロウ

解説
捻挫を理由として数カ月にわたって病欠していた鉄道職員が、その休暇中に室内スポーツ、スカッシュをプレーしていたことが2003年に発覚。この知らせを受けて、ロンドン地下鉄はこの職員の解雇を決定した。しかし、労働組合RMTはスカッシュをプレーしていたのは治療のためとして同決定に抗議し、騒動はやがて24時間のストライキにまで発展した。

在英邦人への教訓
捻挫を理由に数カ月も欠勤していて、しかもその間スカッシュしていたことがばれてしまった、という状況は、正直言ってなんとも苦しい。そんな土俵際で、どううっちゃりを打つか、という方法を示した好例です。そうです、「スポーツ・セラピー」なる新しい概念を持ち出して反論を展開すればいいのです。科学や医療などに関連した、学術的な響きを持つ言葉だと、説得力が増します。もし相手が困惑したような表情を浮かべたら、「え?スポーツ・セラピーを知らないの?」と逆に問い返してみましょう。鉄道業界の労働組合RMTのボブ・クロウ書記長のように、生まれつき顔に凄みがある人がこのような因縁をつけると、さらに効果があることも付け加えておきます。

おかしな地下鉄・列車の遅延原因

「露が落ちたため」
過去の記録を見ると、夏には高温(heat)、秋には落ち葉 (leaves on the track)、冬には雪(wrong kind of snow)、そして春には露(dew)といった自然現象が電車の遅れの理由となっているようです。結局、列車は四季を通じて遅れていることになります。

「運転手の背が大き過ぎたから」
2005年9月にグラスゴー中央駅で起きた遅延の理由。そのときの電車の運転手を務めたのは、約195センチの身長を誇る男性でした。彼は運転席の椅子の高さが調整できなかったために、「前方の視界を確保できない」として運行を突然キャンセルしたそうです。

「カラスが低空飛行をしているから」
ロンドン郊外では狐や豚、牛などの動物が線路近くに出没したために電車が遅れる、というトラブルが現在でも頻繁に起きているようです。1999年には「カラスの低空飛行」によって電車に遅れが出た、という奇妙な事例が報告されています。

BBCを悩ます言い訳
TVライセンス不払いの理由

「テレビを持っていない」
衛星パラボラ・アンテナが取り付けられた家の住人までもが使う、最もポピュラーな言い訳なのだとか。

「この家の住人ではない」
パジャマを着用したままでこのセリフを口にする者も多いという。

「妻が払っていると思っていた」
日本の中年男性が好んで使うこの常套句は、 英国人男性の間でも頻繁に利用されている。

 
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